ショッピングセンターは刑務所跡



後藤信男:

国際協力事業団ウルグァイ獣医研究所強化計画短期専門家

(派遣期間:97年1〜7月,99年4〜6月)


モンテビデオ市内のあちこちに大小のスーパーマーケットはありますが,日本のようなデパートはありません。そのかわりここ数年間にショッピングセンターが4ヶ所に店開きしました。欧米などにみられるショッピング・モール街ですが,スペイン語一辺倒のここでもShopping Centerで通用しています。New YorkやBuenos Airesなどのそれらからすればこじんまりしています。

一角にスーパーマーケットを備えて,他に紳士,婦人,子供用の洋服店,寝具類,貴金属,家庭用品,コンピュータ,酒類,ハンドバック,靴などの皮革製品,楽器やCD,電気製品,おもちゃなどの店舗のほかに映画館,郵便局,銀行,両替商,写真現像所,理髪店,美容院,クリーニングなどがあり,一ヶ所で日常の用事が済ませられるようになっています。いずれの店もかなり洗練されたセンスで飾り付けられていて,見るだけでも楽しませてくれます。これらの多くのテナントは市の中心街に本店を持つ有名店の出店で,例えばマノス・デル・ウルグァイという毛織物や民芸品を扱う店やクァルソス・デル・ウルグァイという宝石店などは日本の観光ガイドブックにも記載されています。地方へ行くバスターミナルに直結しているショッピングセンターもあります。

Punta Carretas Shopping Centerは刑務所跡地の
再開発。後ろの建築中の国際的なホテルと直結する

市内の多くの店は土曜日の午後から日曜日は閉店していますが,ショッピングセンターは特別の日を除いて年中開いていますので大変重宝がられています。土曜,日曜は郊外に出かけられなかったと思われる人々で大変にぎわっています。混雑のわりにはウイドウショッピングの人が多く,買い物をしている人が少ないように感じますが,最近はいずれのショッピングセンターも競うように店舗や駐車場の増築改築を行っていますので景気は好調なのでしょうか。最近は過当競争と思われる状況のなかで,地元資本のスーパーマーケットなどの大型店はアメリカなどの海外大資本に移っているところが目立ち始めています。さらに,今年はじめからのブラジル経済危機のウルグァイ経済に与える不安材料をどのように克服して行くのかと思うと派手やかな店構えとは裏腹のことを考えてしまいます。

私がよく利用するのはプンタ・カレータス・ショッピングセンター(Punta Carretas Shopping Center)という市内で2番目にできたところです。かつて刑務所だったところで,それらの建物の一部を改装して作られており,店舗内はその面影は一掃されています。門や外部の主要な部分は当時のままにしてあるのは,古くても後世に伝えるものは保存しながら現代にマッチしたように利用して行こうというウルグァイの人々の心意気が感じられます。

昨年末は豪華なクリスマスツリーとともにクリスマス商戦などは大変なものだったそうです。期間中毎日1台のフォードの小型車が当たる抽選をやり相当ににぎわったようです。私たちがアパートを借りたりする時にお世話になる不動産屋のルシアさんは,たまたま買い物をした一枚が当たり大騒ぎだったそうです。

3階の天井の吹き抜けまでの大ツリーに
顔や手を動かす聖歌隊の数十の人形
(Punta Carretas Shopping Center)

3階には,日本の大型スーパーでも見られる屋台方式の飲食店街があります。テーブルが多数ある真中の広いところを囲んでまわりにアサード(焼肉),中華料理,ハンバーガー,ピザ,アイスクリームなど多くの店があり,人々は好みの食べ物を買い求めて中央にあるテーブルで思い思いに食べています。
先日,夕方6時頃この3階の食堂街の一角でピアノの演奏をしていました。ここでは時々バイオリン,ギターやフルートなどの一寸した演奏会を開きます。日本語訳「ほのかな光」というタンゴや「ラモーナ」というワルツの他,聞いたことはあるものの曲名が思い出せないものなど古いなつかしい曲が次々と演奏され,つい1時間ほど聞き惚れてしまいました。

私事ですが,多感な中学時代,第2次世界大戦が始まったばかりでそれほど切迫していない頃,新婚ホヤホヤの叔父夫婦宅の留守番を頼まれ兄と一緒に1週間ほど泊まったことがあります。叔父は当時はハイカラなアルゼンティンタンゴとかメキシコのボレロなどのSPレコードを沢山集めていて朝から晩まで兄と一緒に聞いたものでした。その時の懐かしい曲が次から次へと演奏されました。我にかえってまわりを見廻しますと皆年寄り,とくにご婦人が多いようでした。中にはそっとハンカチで目頭を押さえるような様子の方もいて,みな久しぶりに昔の曲を生演奏で聞いて青春時代を思い出しているに違いないと,人種こそ違え彼らに妙な親近感を覚えました。この国でもご多分に洩れず若者はロックやポップスに心をひかれ,テレビやラジオも殆どそのような音楽ばかり流し続けています。市内のタンゴバーやペーニャと呼ばれるフォルクローレなど古い形式の歌を聞かせる店に行くのも殆どがお年寄りだといいます。洋の東西を問わずお年寄りは大それた望みはもっていません。世界中のお年寄り達が古き良き時代を思い出すような音楽を心おきなく聞けるように願ってやみません。(1999年5月5日記す)

 

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Last update:May 10, 1999