口蹄疫を制圧した国の牛肉生産

口蹄疫の発生がない国を示すステッカー
詳細(スペイン語)

ウルグァイは20世紀前半の二度の大戦などの際に牛肉などの食料や羊毛の供給国として経済的に潤い世界屈指の裕福な国でした。牛の背中に乗った国として,とりわけ牛肉はウルグァイの経済を支えてきました。しかし,その後の需要の変化に対応できず,肥沃な土地に依存したこれらの生産は,近代化,合理化が遅れてしまいました。
生産を低下させ,牛肉の輸出を強く制限される伝染力の強い病気の口蹄疫の制圧に成功したその経緯と牛肉生産の状況をアルゼンティン,ブラジル,パラグアイなどの近隣諸国の状況をみながら調べてみました。

低いところに水飲み場が設置される
Estancia

世界一の牛肉消費国から輸出へ
ウルグァイは牛の飼養頭数が約1000万頭です。人口322万人ですから国民一人当り約3頭の割合になります。最近のデーターでは一人当たり年間62.5kgの牛肉を食べていますので日本の5倍強ということになり,隣国のアルゼンティン(約60kg)とともに世界でも最高の牛肉消費水準です。アルゼンティンでは1986年には牛肉の年間消費量が90kgをピークに大きく減少したということです。これは健康指向および嗜好の変化などにより鶏肉などへ転換していったものです。ウルグァイでも徐々に同じような傾向がみえはじめています。国内消費が減った分,輸出に振り向けざろうえないことは当然のことでしょう。

この牛肉の消費量減少傾向はアルゼンティンとともに今後5年間で5%減少すると予想されています。一方では,肉牛飼養技術の向上により生産性が上がり数年のうちには両国合わせて生産量から消費量を差し引いた残りの輸出可能量は,200万トンないし250万トンになるという予測もあります。

口蹄疫の撲滅への歩み
基幹産業の畜産物のなかで特に牛肉の輸出の拡大を図るためには,何よりもこの常在していた口蹄疫を撲滅することが重要な国家政策として取り上げられ推進されました。

口蹄疫(Foot and Mouth Disease,スペイン語でAFTOSA)とは口蹄疫ウイルスによる牛,豚,めん羊等の偶蹄類(ひずめの形が割れている動物)の急性伝染病です。症状は口,蹄(ひずめ),乳房の皮膚や粘膜に水疱ができ,ただれ(糜爛(びらん)),発熱,よだれを流したり,歩行障害が主な特徴です。口蹄疫のウイルスには7種類の血清タイプ,数十のサブタイプがあります。
 口蹄疫ウイルスは口,蹄(ひずめ)等にできた水疱が破裂することにより,周りの家畜に物凄い速さで広がっていきます。
 口蹄疫が発症した家畜は急激に痩せます。牛では死ぬことは一般的に少ないですが,幼ない家畜では死ぬこともあります。
 この病気は畜産業に重大な影響を与えることから,世界中で最も恐れられている家畜伝染病で,発症例のない国はこれらの発症国からの畜産物の輸入を厳しく制限します。
口蹄疫はヨーロッパからの移住者が連れてきた家畜から伝播していったものです。
1870年の中頃にはアルゼンティンで始めて口蹄疫が確認されたのと同時,ないしは,その直後にウルグァイでも感染例が報告されています。以来,最近まで常在していました。1970年以前には,年間平均して12,000〜16,000件,多い時には30,000件もの感染例があったことが記録されています。


1972〜1998年の口蹄疫発生件数の推移

72

73

74

75

76

77

78

79

80

81

82

83

84

85

発生数

138

634

179

522

319

982

35

371

428

34

3

6

16

23

86

87

88

89

90

91

92

93

94

95

96

97

98

発生数

58

232

10

62

34*

0

0

0

0

0

0

0

0

*:最終発生1990年6月18日


このような状況下で更に急性伝染病の口蹄疫の伝染が悪化する一方でした。
1952年にはじめてワクチンが接種されて以来,法律の改正や予算的な措置などあらゆる努力がなされました。多年にわたり4ヶ月ごとのワクチン接種キャンペーンが展開されはじめ,さらには1年間に亘って免疫力を維持できる油性ワクチンの接種により効果的になりました。隣接国のブラジル,アルゼンティンとの協力もあり発生は次第に減少し,1990年6月の発生を最後にその後発生していません。1993年にはOIE(国際獣疫事務局)によりワクチン接種による清浄国として認められ,1994年6月にはワクチン接種も中止しました。その後も更に発生はなく1996年にはワクチンを接種していない清浄国として認められました。

牛を枠場に追い込みワクチン,投薬,治療などが手ぎわ良く行われる
Corral

日本へもウルグァイ産牛肉を輸出
このような経緯で南米では始めてワクチンを接種していない口蹄疫清浄国を成し遂げました。これまでは口蹄疫ウイルスの伝播を抑えるために加熱した牛肉で,日本では牛肉の”大和煮”などの原料としてしか輸出できませんでした。非加熱処理牛肉のテーブルミートとしても輸出できることになり,自然環境のもとで牧草で飼養された肉牛から生産されたグラスフェッド牛肉が輸出できるようになりました。
1995年11月には米国農務省・動物植物衛生検疫局(APHIS)はウルグァイをワクチン不使用の口蹄疫清浄国と認定しました。これにより米国は牛肉の輸入をガット・ウルグァイラウンドにおいて衛生条件が整い,年間2万トンの低率関税割当枠を設定しました。約60年ぶりに対米牛肉輸出が再開されました。1997年10月には日本も対日牛肉輸入を認めることになり,日本へ1998年(1〜12月)には約308トン(55万ドル)の牛肉が輸出されました(INAC)。

口蹄疫の清浄化がすすむ周辺各国
同じくチリがワクチンを接種していない口蹄疫清浄国を成し遂げました。さらにアルゼンティンは1994年以来口蹄疫の発生がなく,1997年5月にはワクチン接種による清浄国としてOIEによって認められています。米国農務省は厳しい衛生検疫条件を付けて1997年8月から非加熱処理の牛肉の輸入を解禁しました。

主要国の牛肉生産量(単位:千トン)
1994年の統計

生産量,枝肉換算重量)

世界のシェア(%)

USA

11,194

23.8

Canada

903

1.9

Argentin

2,600

5.5

Brazil

4,550

9.6

Uruguay

370

0.8

EU

7,753

16.5

Australia

1,829

3.8

N.Zealand

566

1.2

Japan

602

1.3

世界総計

46,940

100.0

さらにパラグアイも長年,口蹄疫撲滅計画を実施しており,ワクチン接種のもとで1995年9月以来発生の報告がありません。ブラジルも口蹄疫の撲滅へ向けて大きく前進しており,地域的には発生事例がなくなっているところもありますが,国土が広いため完全撲滅にはいろいろ難しい問題があるようです。1998年3〜4月にかけてMato Grosso do Sul州での発生報告がありました。

ウルグァイが口蹄疫の制圧に成功し,アルゼンティンも完全な清浄国へ歩み始めています。このような時に世界の牛肉貿易へどの程度の影響が考えられるでしょうか。おそらくウルグァイの生産量(枝肉換算)は現状では年間37万トンから数万トン程度の増加が,処理施設などの規模などからも限度ではなかろうかと言われています。しかし,アルゼンティンはまだ相当の輸出への余力を有しており,米国のみならず,世界的に大きな影響を及ぼすものと見られています。98年12月にアルゼンティン現大統領メネムが日本に公式訪問した際に,日本側に牛肉輸入の解禁を申し入れをしたのもこのような背景があるものと思われます。

南米における口蹄疫の撲滅予想時期は当初2009年頃と打ち出していましたが,近年の対策が順調に進み,現在はコロンビア以南の撲滅予想時期を2005年と上方修正しています(ブラジルPANAFTOSAセンターの見解)。

ウルグァイのことを語る時に近隣諸国,特にアルゼンティン,ブラジルなども常に念頭に置いておかなければなりません。 1960年代終わりから1990年代初頭まで,これらの国の政治的,経済的状況は安定せず,その結果,牛肉産業の発達は遅れ,輸出も伸び悩んでいました。しかし,幸いなことに,90年代初頭からこれらの国の経済政策が大幅に修正されたことで,牛肉産業の競争力が高まりました。政治体制の変更と,低金利,国民総生産(GNP)の順調な伸び,公営企業の民営化,そして地域の経済成長を促す政策が功を奏して,これらの国の農業は活性化されました。さらにこれまで述べてきましたように長年の念願であった口蹄疫の制圧が成功しつつある現在,国際的市場へ新しい展開が望まれることから牛肉産業への投資など新たな気運が起きつつあります。

ガウチョと犬のコンビで数百頭の牛の移動
Gaucho & Dogs

牧草で育った肉牛
さらにウルグァイをはじめ南米近隣諸国の肉牛は基本的に自然環境のなかで牧草で飼養されたグラスフェッドの牛肉です。人間も食べることができる穀物類を給与して育てたグレインフェッドの牛肉とは異なっています。グラスフェッドの牛肉は,筋肉内脂肪の割合が低いことが証明されていることから,心臓,血管疾患などの因子を持っている消費者には健康のためにすすめられる牛肉と言われています。
また,消費者は人工飼料添加物の投与,ホルモン剤の使用,動物由来の原料を用いての肥育や人獣伝染病(zoonosis)に対して,1996年以来英国で起きたいわゆる狂牛病(牛海綿状脳症(BSE))問題や日本や各国で問題になっている病原性大腸菌O-157などを契機に極めて強い関心を持っています。

口蹄疫が常在化していた半世紀余りの間,南米諸国の牛肉は加工した製品以外は国際市場から制限されてきました。また国際市場から距離があることなども大きく不利な条件の一つとされてきました。しかし,口蹄疫が一掃されはじめた現在,ウルグァイやアルゼンティンなど牧草だけで育てられた牛肉は消費者の要求に答えられるものであり,産業的にも厳しい要求をしても十分に応える潜在能力を有しています。

最後に,第11回世界食肉会議(北京市:97年9月23〜25日)においてアルゼンチン牛肉産業協会会長のヴィクトール・トネリ氏は、「南米産牛肉のアジア太平洋地域への輸出の見通し」 と題し講演しました。そのなかで南米の肉牛および南米産牛肉には、 以下に述べる要素をすべて満たしているという長所があることを指摘しましたので引用します。

  1. 汚染とは縁のない、 恵まれた自然環境の中で飼養されていること
  2. 自由で健康的に飼養されていること
  3. 人体に有害な物質を一切用いず、 牧草で肥育されていること
  4. どんなに厳しい安全基準を設けている国のいかなる肥育規則にも適合すること
  5. 長年にわたる輸出の経験があり、 各企業には輸出契約を履行する豊富な経験を持った衛生管理者が存在すること
  6. 南米では狂牛病(BSE)が発生していないこと

今後,一層ウルグァイのみならず,南米諸国の牛肉を注目して行きたいと考えます。
(井上忠恕 1998/12/31 記)


参考資料:

  1. 畜産の情報(海外編)98.3,97.8,97.12,96.6,農畜産業振興事業団
  2. ANUARIO ESTADISTICO DE EXISTENCIA FAENA Y EXPORTACION 1996,INAC
  3. I. NA. C. (Instituto Nacional de Carnes)Home Page
  4. 食肉関係資料,Mar.1.1998,(社)日本食肉協議会編
  5. 桶谷良至,井上忠恕:ウルグァイ東方共和国における口蹄疫対策の概要,家畜衛生試験場研究報告,第101号,47-58(1995)


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