モンテビデオの市内バスとその会社の対応

後藤信男:

国際協力事業団ウルグァイ獣医研究所強化計画短期専門家

(派遣期間:97年1〜7月,99年4〜6月)


ウルグアイの首都,モンテビデオ市の人口は135万人くらいで日本の京都や神戸に近い大きさです。しかし,今は地下鉄はもちろん,電車もありません。かつては路面電車が発達していて,今でもレールだけが残っている道路があちこちに見られます。交通量の増大にともない主要幹線に地下鉄を建設する計画が浮上してきましたが,今はもっぱら市内を縦横に走っている市内バス(Colectivo)が庶民の足になっています。私の住んでいるマンションの掃除や洗濯をしてくれているメイドさんも週2回バスで通ってきます。運行時刻表はどこにも貼ってなく路線によっては何台も次々とやってくることもあれば,30,40分も待たされるときもあります。本数は少なくなりますが,真夜中でもバスは走っています。メーデーやゼネラルストライキの時はあらゆる交通機関がストップしますが,そのような時でも緊急の人のために1時間に1,2本ですがバスを走らせています。いかにバスが市民に頼りにされているかがわかります。

メインストリートの7月18日通りはバスが数珠
つなぎになることもある

どのバスにも番号と行き先が前面に大きく表示されています。例えばある会社の121番はPunta CarretasとCiudad Viejaの間を循環しています。長期に滞在する人は本屋などで市内バスのガイドブックを買っておくと便利かもしれません。バスは前の入口から乗り,ワンマン方式もありますが,大抵は前方のドアのそばに座っている車掌に料金を支払い切符をもらいます。この切符は下車する時に回収するわけではありませんが,時に途中から検札する人が乗り込んできて丹念に調べてゆきます。ある日午前中に乗った別の路線の券をポケットからうっかり出したら違うととがめられましたので,最後まで持っている必要があります。これは乗客の不正よりも車掌などの不正防止のための検札のようです。現在は大人1区間7.5ペソ(約80円)ですが,石油の値上がりがあるとまもなくバス代も上がります。高齢者優待や学生割引の回数券などがありますが,必ず身分証明書(ID)を提示します。学童児の通学時は無料で,年金生活者でも受給額により割引があります。バスの前の方の席には妊婦用の優先席があります。福祉には伝統的に力を注いでいるこの国の一面がうかがえます。

早めに手を前に差し出す
ようにあげて合図する
停留所(Parada)には名前はなく,車内でアナウンスもありません。降りる所に近づいたらドアの上にあるブザーを押せば止めてくれます。市内は一方通行が多いので乗るときと降りるときの停留所が違うときが多いので,降りるべき所が近づいたら目を皿のようにして注意しなければなりません。停留所は大体会社ごとに設置され行き先番号の109とか,121とか書いてあり,それらの会社のバスは停まりますが他の会社のバスや番号の書いていないバスは離れた別の場所に停まります。日本のようにたとえ会社が違っても同じ場所に停まりませんので,その点注意しなければなりません。

バス会社は,銀色の車体に赤い帯,下のほうがブルーのバスのCUTCSA,黄色のUCOT,赤と白のCOETC,青と白のRAINCOOPなどが主なもので,この中でCUTCSAが7割を占めているといわれ最も大きい会社です。このバスをはじめて見た時は,東京の蒲田,羽田方面を走っている京浜急行バスとそっくりだと思いました。この会社のバスは他社と違ってかなり古く,エンジンの音が大きく,窓ガラスもガタガタしているのが多いようです。さすがに近年はブラジルやアルゼンティンで現地生産されているボルボやベンツなどの新車に代わりつつあり,車体の色も下のほうのブルーが濃紺色になっています。自家用車ではオートマチック車はあまりありませんが,バスではオートマチック車がかなり走っており,運転手は気楽に車掌とおしゃべりしながら混雑している道路を運転してしていますのではらはらすることもあります。
ボンネットバスも現役で活躍している
路上でバスの運行状況をチェックしている会社の監視員がいます。これもどうも正しい運行状況の把握とともに運転手の怠慢などをチェックしているようです。

CUTCSA社のバスと事故を起こすと大変です。この会社のバスは事故の時の保険に入っていない代わりに,強力な?弁護士を何人も抱えており,たとえバスが加害者でも,ぶつけられた被害者は大抵泣き寝入りだと日本からの移住者の方々からも聞いていました。事実過失のないあるJICAの専門家が運転中の自家用車にこのバスに追突されたとき,弁護士に相談しても裁判に相当日数がかかることと複雑な手続きのためのほか,どうも弁護士自身がバス会社の弁護士とは渡り合いたくないようで結局うまく交渉できませんでした。

ところで,今年(1999年)の3月30日(火)のEl Observador紙に「車掌は市会議員の無料乗車を認めなかった」という見出しで一面を割いた記事が大きな写真とともに掲載されていました。そこに写っているのは何と獣医研究所で私のカウンターパートのDr.Cなのです。そして,彼の右手には水戸黄門の格さんが印籠を見せるような格好で市会議員の証明書が写っています。前にも「ウルグァイ便り」で書きましたが,国家公務員でも勤務時間外は別の職業を持っていてもよいことになっていて,同氏の場合は市会議員なのです。ただし,議員としての報酬はありません。ここでは,皆,市会議員とか市役所とか言っていますが,本当は日本での県会議員,県庁に相当します。その記事にはおおよそ次のようなことが書かれていました。

去る3月24日(水)17時,市会議員Cは市役所の近くの7月18日通りとクロスするAmorin通りの停留所からCiudad Vieja行きのCUTSA社103番のバスに乗り,車掌に市会議員証を見せて座ろうとしたら,車掌から「その証明書は通用しません。現金を払うかまたはすぐ降りてください。」といわれました。Cは「私はバスを降りないし,お金も払わない」といい,続けてこの証明書は1997年12月に市議会が発行した市会議員の身分証明書に代わりになるもので,昔のメダルと同じであると車掌に説明しました。車掌は「私はあなたが市会議員であることは疑っていませんが,この証明書では乗車できません。」と直ちにお金を払うか,下車するように言いました。たまたまこのバスには2人の警察官見習いが乗っていて,車掌は彼らに仲裁をしてもらいましたが,Cは納得しません。「それなら警察署に行きましょう」と車掌は言い,Cも同意しました。そこで,車掌は乗客にカガンチャ広場近くの7月18日通りとCuareim通りのところで下車するように告げました。その停留所にはCUTCSA社の監視員がいて「あなたから説明を聞いた後に訴訟することにしますが,とに角下車してください。」とC市会議員に言いました。バスはPaysandu通りにある派出所3aに止まり,そこでかわるがわる事情を述べたところ,この問題は3aではなく,派出所2aの管轄だとのことで,彼らはまた,バスで2aまで行きました。ここに到着したのは18時10分でした。そこの副所長はUmpierrezという人で,Cは彼にこの問題にどう対処すべきかを尋ねたところ,彼は,訴訟するならば正規の手続きをとるように答えました。市会議員Cは,この派出所を去る前に副所長に対して1997年の法令No.27873−市議会の仕事に従事しているメンバーの有する権利―について説明したそうです。

モンテビデオの市庁舎,22階から市内を一望できる
展望テラスがある
C市会議員はこれまで首都のバス乗車に関するトラブルに一度も出会ったことはなかったかもしれませんが,今まで,映画とか音楽会など集まりに無料で議員が入場できることについて一般市民がいぶかしむ場面もあったらしいです。 市役所筋によれば,モンテビデオ市議会の交通委員会はCUTCSA社および市交通当局の幹部を召集して二度とこのようなことがないように手を打つとのことです。事実,議員Cの文書による問題提起の後,3月25日(木)に議会はCUTCSA社,その労働組合および市庁の幹部に将来同様なことが生じないように申し入れました。 CUTCSA社のある組合員は,今回の出来事について「車掌たちがその証明書の事を知らなかったのではないか」,会社の労働者はすべての無料パスの「マニュアル」を持っているはずで,また,会社には「すべての身分証明書の写しが掲示板に展示」してあるといっています。
1997年12月までは市議会議員は公共交通機関を無料で利用できるメダルを持っていました。今回,問題になった証明書は法令No.27873の発令以降,議員の写真,個人的なデータ,議会での役割などを記した身分証明書の代わりになるものでした。

以上がEl Obserbador紙に掲載された記事の概要です。同紙は日本でいえば日経新聞のような経済関係に詳しいどちらかといえばお堅い新聞ですが,何故このような問題を大々的に取り上げたかよくわかりません。余程当日の記事がなかったのか,それとも記者がCUTCSA社かあるいは市議会に対して含むところがあったからなのか,その意図は分かりません。上記の記事によれば,この出来事はどうやら車掌,運転手および監視員が法令を知っていたかどうかという個人レベルの問題になりそうな感じがします。 JICAのプロジェクトには長期,短期専門家が入れ替わり立ち代り着任し,離任してゆきます。特に,はじめて訪れる専門家と携行機材の受け入れにリーダーや業務調整員と研究所側の職員が空港で入国手続きに立ち合います。この時にいつも手続きの方法が違うそうです。機材についてはまったく手付かずのチェックなしの日があるかと思えば,インボイスに照らし合わして1個ずつ梱包を開けて見ている場合もあります。しかも,農牧水産省の検査と税関の検査,書類への記載が二重に行われることもあります。専門家が携行する機材は技術協力協定に基づく供与機材であることをどこまで認識しているのでしょうか。そして末端の通関などの現場の職員にどこまで伝えられているのか疑問になります。

南米の多くの国がトップダウン・システムです。大統領はトップダウン・システムの頂点に立つ存在であり,各役所の局長などは多くの指示,決済を忙しくこなしています。元所長が支所の水道や電気の保守のことで会社へ出かけてゆき交渉しなければならないと嘆いていました。所属長がいろいろなことを一手に行うために,部下は頼りきってしまうため個人レベルの問題意識が薄れてしまうために起こるのではないかと思われます。

バス会社と一括して表記していますが,ほんとんどが協同組合方式です。日本の個人タクシーの協同組合のようなものです。例えば,バス1台だけ所有している人が自分で運転手をしながらバス会社に参加する場合もあります。1台のバスを持った社長兼運転手ということになります。バスを数台持っているオーナーは運転手を何人か雇ってバスと運転手を参加させます。その場合運転手は雇用者でオーナーからの指示で動くことになります。従って,指揮系統が非常に複雑になってしまいします。

また,C議員はアフリカ系の黒人の出身で,ウルグァイでは9割近い白人に対して極めて少数の存在です。ウルグァイでは人種差別はほとんどないといわれています。今回の問題の根が人種問題と関連があるのか,わずかの滞在ではわかりかねますが,これからも注目してゆきたいと思います。

その後の顛末はどうなったのか,その後新聞には出てきません。C氏は相変わらずのマイペースで研究所に出勤しています。普段は穏やかな方ですが,やはり市会議員さんで言うべきことはしっかりといっているようです。(1999年5月20日記)

 

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Last update:May 23, 1999