ウルグァイの小さなカブトムシ

研究所の庭にカブトムシ
このJICAのプロジェクトが始まってはじめての夏の1997年1月の頃,広い研究所の庭の芝生の中にはあちこちに色とりどりの花が咲いていました。その間に2〜3cmの小さな黒いカブトムシを見かけるようになりました。オスのカブトムシは頭(実は胸)の上に先が二股に分かれた短い角と口のほうから後ろの方へ弓なりに伸び,先端は鋭くとがっている1本の角があります。これに対してメスのカブトムシは角はなく一般的なコガネムシの形をしています。目ざとい後藤信男専門家はさっそく捕まえて近くに孫がいれば土産になるのだがと目を細めて言われていました。また,大根田智専門家は家で待っている子供さん達になんどとなく持って帰られたようでした。

それから2年経った同じ頃の今年の1月中旬に,サルトの果樹保護技術改善計画の櫻井精専門家が所用で研究所を訪問されました。その帰りに足もとにいた小さなカブトムシを見つけられ,いつも持ち歩いておられる昆虫採集用の鞄の中から標本瓶を取り出し,とてもうれしそうに,しかも大事そうにしまわれました。当日は日本大使公邸での新年会が予定されており,時間が迫っていたためうしろ髪を引かれるような様子で,またいたら捕まえておいてくださいと頼まれて戻って行かれました。

カブトムシ採集
子供の頃の夏休みにはよく裏庭の木に留まっているカブトムシをとっては友達と大きさを競って,角のりっぱな大きなオスを捕まえると友達の前で胸を張って見せびらかしたものでした。そんな少年の頃のわくわくした気持ちをずっと持ち続けておられるような櫻井専門家の意を汲んでこの小さなカブトムシを少し集めることにしました。

まず,普通の出勤時間に見てみると角や頭など体の一部が残っていることがわかりました。早起きの鳥達の格好の餌になっているようでした。
そこで運動不足解消もかねて少し早くRamblaの散歩道をきょろきょろしながら歩いてみました。歩道に出てきたところを人に踏まれたりしているものもありましたが,2,3日するうちにオス,メス両方とも結構集まりました。そこで櫻井専門家に「カブトムシを取りましたよ」とメールで知らせました。そのついでに「ところでこれをスペイン語では何と言うのでしょうか。門番は"cascarudo"と言っていました。」と書きました。するとしばらくして次のようなメールの回答が来ました。この櫻井専門家はチョウや他の昆虫には大変造詣が深く,趣味がそのまま職業になってしまったのではないと思われる,羨ましい限りの果樹,柑橘類の虫害の専門家です。

カブトムシのスペイン語
メールの回答は「甲虫をラテン名で Coleoptera といいます。これに相当するスペイン語はcoleóptero ですが,escarabajo または gorgojo を使うこともあるようです。 カブトムシはコガネムシ科 Scarabaeidae に属し,コガネムシ(灯りに来る種類をブイブイというところもあるようです)に非常に近い仲間です。角のないメスのコガネムシは大きいだけで全くのコガネムシです。

ウルグアイで出している「nuestra tierra」シリーズの No.15 に"Insectos y Arácnidos"という本があります。この本の Los Coleópteros の章に Escarabajos y Cascarudos という項があり,ここを見ると escarabajo は糞虫(フンチュウ,エジプトではスカラベという神聖な虫)の仲間, cascarudo はコガネムシの仲間を指しているようです。そして普通に見られる甲虫の一つに "torito"または"bicho candado" と言うものがある。この虫は頭に大きな曲がった角を持っていると書かれています。また,写真の説明にはオスの説明に「torito」を使っています。従って一般的にはカブトムシは cascarudo でも良いですが,torito または bicho candado の方がよりよいように思います。とってもらったカブトムシの種を指すにはまた別の名前があるように思います。ちなみに"gorgojo" は一般的にはゾウムシ(象鼻虫)のことをいうことが多いようです。」
さらに続けて「cascarudo とは硬い翅を持った虫のことだそうです。従って大部分の甲虫類はcascarudo ということになります。ただし,ホタルなどは甲虫類ですが柔らかい翅を持っていまして軟鞘類と呼ばれることもあります。そして卵の殻を cáscara というと教えてくれました。この二つの語源は同じようです。この話を聞いて,INIAの助手が初めのうちは"cascarudo"とは甲虫全部のことだと盛んに言っていた訳がようやく分かりました。」と丁寧な返事をいただきカブトムシのスペイン語での言い方については一件落着しました。

小さなカブトムシの正体?
ところでこのウルグァイの小さなカブトムシは何と言うのか興味が湧き,手がかりはないかとさっそくWWWの一括サーチエンジンで探してみました。カブトムシだけですと1000件近くあり大変ですので,更に南米を掛け合わせてみました。それでも何十とありましたが,それらしきサイトをみつけました。

カブトムシとコガネムシの仲間では,簡単な説明と写真入です。まず,カブトムシについては「カブトムシはコガネムシ科に属し,この仲間は世界から1,300種も知られ,大型種のなかには体長が150mmを超えるものまであります。」ということがわかりました。かなりの種類が東南アジアや南米大陸にいるようです。

ネプチューノオオカブトムシ(Dynastes neptunus)は体長:130〜150mmで分布は南米(コロンビア,ベネズエラ)となっています。

ヘラクレスオオカブトムシ(Dynastes hercules)は体長:70〜150mmで中・南米に分布して,オスはネプチューノオオカブトムシとともに体長では世界最大の甲虫のひとつであると記載されています。

アクテオンゾウカブト(Megasoma actaeon)は体長:約90〜120mmで分布:南米(コロンビア,ペルー,アマゾン川流域で,世界でもっとも重い甲虫のひとつとのことです。

このように大きいものや重いものだけが人気があり小さなカブトムシは掲載されないのだろうかと次々とめくってゆきました。日本ではデパートなどでカブトムシを売るようになって久しいですが,大きさで価格に差があるようで,大きいものはそれなりの値段がついています。

abderus
アブデルスツノカブトムシのオス

さらにめくってゆくとアブデルスツノカブトムシ(Diloboderus abderus)体長:25〜30mmで分布:南米(ブラジル南部〜アルゼンチン)と書いてあり,しかも写真はウルグアイ産(体長30mm)です。やっとウルグァイの小さなカブトムシの名前がわかりました。
昆虫図鑑によるとカブトムシ亜科(Dynastinae)のなかでさらに小さいカブトムシで,日本のトカラ諸島の宝島には13〜15mmのクロマルコガネがいるそうです(中根猛彦)。しかし,少なくとも私が見た中では一番小さく,かわいらしいものです。


ヘラクレスの友達

アブデルスはギリシャ神話ではもっとも偉大で人間界最強者のヘラクレスの友人の一人でした。カブトムシの世界でも小さなアブデルスツノカブトムシは,世界最大の体長のヘラクレスオオカブトムシにひけをとらない存在からこの名前が付けられたのでしょうか。


生活史
アブデルスツノカブトムシの一生
ウルグァイの畑作農家向けのパンフレット(INIA発行)のなかに,図のようにこのカブトムシの一生(生活史)が載っています。小麦などの畑作農家にとっては毎年7月から10月にかけて,食欲旺盛なこのカブトムシの大きな幼虫の時期に麦の根を食べられる食害が出るということで問題になっており(いわゆる根切り虫),この駆除対策の試験成績が報告されています。




櫻井専門家から追加情報
さらに櫻井専門家から追加の情報をいただきました。 「cascarudoを辞書で引いてみますと,アルゼンチンでは”コガネムシ,甲虫類の総称”とあります。また,A Textbook of Entomology (Herbert H. Ross, 1956) のスペイン語版ではコガネムシ科のふん虫,コガネムシ,カブトムシの全てに 「escarabajo」を使用していますので,スペイン語にはカブトムシの総称はないようです。あるいはヨーロッパや南米では甲虫類の頭の角が「かぶと」に結びつかないのかも知れません。
 井上さんのおかげでこの虫の学名がわかり,しかも小麦を加害するということなので害虫目録を当たってみました。

 Diloboderus abderus (Sturm) [アブデルスツノカブトムシ]のところに,ウルグァイ名は成虫:torito, bicho candado,幼虫:isoca とあります。torito とは toro [雄牛] の縮小名で小さな雄牛のことで,この虫にふさわしい名前だと思います。もう一つの bicho candado の bicho とは虫のことで,candadoとは南京錠のことです。なぜ南京錠の虫なのか,なかなかわかりませんでしたが,このカブトムシを手に持っていじっているうちに,頭部の長い角の先端が二股になった前胸背板の小さな突起にピッタリと納まることがわかりました。まさに南京錠です。

どちらの呼び方もこの虫にふさわしいと思いますが,このことがわかってからは bicho candado の方がよりふさわしいように思いました。
 なお,コガネムシ類すべてに,幼虫:isoca とあるところから,これは特定の種を指しているものではないようです。」(1999/2/16櫻井 精)


モンテビデオでも1〜2月の公園や緑地でこのアブデルスツノカブトムシの成虫を見かけますのでちょっと気にとめてみてください。
蛹室からの脱出は月夜に多く見られ,脱出後カブトムシは月の光に向かって飛び立つといわれているとてもロマンを感じさせてくれるカブトムシですが,ウルグァイの農家にとっては,この小さなカブトムシには気を許せない存在のようです。

最後に本題の話題提供の切っ掛けを作っていただき,その後もいろいろと専門的に調べていただきましたJICA果樹保護技術改善計画(ウルグァイ,サルト)の櫻井 精専門家に感謝申し上げます。
(1999/2/20 井上忠恕記)

蝶と昆虫のリンク集(高波雄介氏)はこちらからご覧ください。


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Last update:Feb. 24, 1999