名曲ラ・クンパルシータのエピソード

後藤信男,井上忠恕


ラ・クンパルシータ(La Cumparsita)

Palasio
サルボ宮(Palacio Salvo)
モンテビデオは人口135万人のウルグァイの首都。その中心部に新旧市街を分ける独立広場があり,その中央に独立の英雄ホセ・アルティガス将軍の騎馬像があります。この広場に面して古い砦の跡や,ソリス劇場北側に五つ星のヴィクトリア・プラザホテルがあり,また,東に伸びる7月18日通りの南角にサルボ宮(Palacio Salvo)という屋根がドーム状の古い高層の建物があります。かつては南米で一番高いビル(高さ135m,1925年落成)だったそうです。宮殿といっても下の方は喫茶店や会社の事務所がある一方,上の階は市民のアパートになっています。この建物の大通りに面した柱にあまり目立たない2枚の金属プレートが取り付けられています。そのひとつのプレートには次のような事が書かれています。

わが兄弟ウルグァイの人々への感謝

ここ,古いカフェ「ラ・フィラルダ」で1917年,はじめて"ラ・クンパルシータ"がロベルト・フィルポによって演奏された。ヘラルド・マトス・ロドリゲスをはじめラプラタ河生まれであるタンゴの歴史を体系化したウルグァイの作詞家,作曲家,歌手および音楽家達よ,ありがとう。

アルゼンティン・ガルデル協会贈呈
1996年4月


プレートの写真はここから


プレートの中の文にかかれている人のうち,ヘラルド・マトス・ロドリゲス(Gerardo Rodriguez)は"ラ・クンパルシータ"の作者で「ベチョの家」でずっとピアニストとして働いていたことは「ウルグァイのタンゴショウ」のところで書きました。カルロス・ガルデル(1890-1935)は不世出といわれたタンゴ歌手で飛行機事故で若くして亡くなりました。しかし,ロベルト・フィルポ(Roberto Firpo)のことや,彼がロドリゲスとどういう関係があったかなど全然知りませんでした。また,ラ・クンパルシータの意味も良く分かりませんでした。女の人の名前?それとも「ラ・マラゲーニャ」みたいにある地方の娘さんを意味するのでしょうか。 幸い,インターネットのあるホームページでタイトルの意味,詩の内容や作曲の経緯などを知る事ができました。以下にその概要と私見をまじえながら記します。
La_Cumparsita
ラ・クンパルシータの発祥の地を示す
プレート(⇒)

サルボ宮の壁のプレートに書かれているようにラ・クンパルシータは1917年,モンテビデオのラ・フィラルダというカフェでロベルト・フィルポ(1884−1969)によってはじめて演奏されました。 作者のロドリゲスは当時は同市にある共和国大学の建築学部の学生で僅か17歳でした。まだ若かったせいか,それとも謙遜のためか,嘲笑を恐れたためか,あるいは恥ずかしさのためかその辺は不明ですが,最初は匿名で発表しています。フィルポだけが真の作者を知っていました。ロドリゲスは著作権を僅か20ペソでBreyer and Ricordi publishing houseに売り渡してしまいました。7年後の1924年,彼はパリに住んでいましたが,たまたま当地に演奏しにきたウルグァイ人のタンゴ王フランシスコ・カナーロに出会いました。ラ・クンパルシータが大ヒットしたきっかけです。つぎに,タンゴ作詞家のエンリケ・マロニとパスカル・コントゥルシが原詩にかなり長文の詩を追加して,"Si Supieras"(君が知っていたならば)という新しいタイトルにしました。これがブエノス・アイレスで大ヒットしました。すぐその後に,ラ・クンパルシータという曲名でパリに再登場し,これまた大いに受けました。パリからあっという間に四大大陸に広がりタンゴの代名詞のように有名になりました。

続く20年,ロドリゲスは著作権を売り渡したBreyer and Ricordi publishing house(後にリコルディはブレイヤーの共同経営者となる)からこの曲の権利を取り戻すべく法廷闘争に明け暮れ,やっと勝訴しました。つぎに,彼は承諾なしに詩に書き加えたマロニとコントゥルシに対して訴訟を起こし部分的に譲歩したものの勝訴しました。

1942年,彼はカルロス・ガルデルによるレコーディングと販売をやめさせましたが,このことは当然マロニとコントゥルシ未亡人による訴訟をも起こすことになりました。

ところで,ラ・クンパルシータにはそれぞれ異なった数篇の詩がつけられています。フランスやアメリカのバージョン,オルガ・パウルによる詩などです。中でも,ロドリゲスが訴訟に踏み切ったマロニとコントゥルシによってつけ加えられた詩は原文詩の約3倍の長さにもなり,タイトルの意味ともかなり違った内容になっています。

タイトルのCumparsitaという語は,イタリア語のComparsa(仮装行列)がなまったものらしくCumparsitaはその縮小語です。この曲はもともとカーニバルに参加する仲間のためにロドリゲスが作ったものといわれています(竹村淳,河村要助)。


絶え間なく続く/みすぼらしい仮面行列が/悲しみでまもなく死ぬであろう/やむものの回りを/練り歩く/そのために/苦しみに充ちた/過ぎ去った日を思い出しながら/彼はベットの中で/悲しげに泣いている/


ここまでがロドリゲスの原詩です。これからあとの詩はマロニとコントゥルシが"君が知っていたならば"というタイトルで追加した部分です。


もし君が知っていたら/まだ,ぼくの心深く/君のために/愛を秘めていることを/ぼくが君を決して忘れないということを/君の過去に戻りつつ/君がぼくを覚えていると/誰が知っているか/
仲間はぼくを尋ねてくるどころか/来もしない/誰もぼくの悲しみを慰めようとしない/君が去ってから/ぼくの心はとても苦しい/君よ,ぼくの哀れな心に/何をしたのか教えてくれ/
でも/ぼくはいつも君を想う/君に対する清らかな愛を持って/そして君はどこにでもいる/ぼくの命の片隅に/ぼくの喜び出会ったあのひとみ/どこを探しても/それを見つけることができない/
捨てられた住み家には/君がいたときのように/窓から/朝日すらささない/ またぼくたちの友だった子犬は/君がいないために何も食べようとしない/一人ぼっちのぼくを見つめながらいつの日か/またぼくから去ってしまった/

マロニらが加えた後半はやはりタイトルの意味とは違っているように思えます。私は今まで何度となくラ・クンパルシータを聞きましたが,メロディーやリズムから受ける感じからは詩とか失恋とか暗い,悲しいイメージを受けたことはありませんでした。歯切れのよいタンゴのリズムであるからでしょうが,今回,詩の内容を知ってから改めて聞いてみると,どこか暗い感じがするのは単に気のせいばかりではないと思います。

そのメロディーですが,当時ロドリゲスはまだアマチュアレベルのピアニストであったため技術的に若干の問題点がありました。彼は最初の2パートしか作曲しておらず,しかも最初のパートは明快なビートに欠けていました。そこで,前記ロベルト・フィルポは第3パ−トを加え,さらに第1パートにハーモニーをつけました。アストル・ピアソラという人は極めて率直に"この曲はD-C-A-Fリズムについていえばタンゴの中でもっともつまらないものだ。しかし,伴奏として旋律を加えるとすばらしい曲となる。あたかも「馬子にも衣装」のように"といっています。現在私どもが聞いているラ・クンパルシータはこのようにかなり改良されたもののようです。

面白いことに,世界でもっとも有名なこのタンゴが最初はあるレコードのB面にプリントされているのです。1917年頃のもっとも流行ったオーケストラはアロンソ−ミノットのオーケストラだったのですが,Victor recording houseが一連のレコードを作る計画を立てこのオーケストラと契約しました。たまたまあるレコードの裏面に空白が生じ,いわば「埋め草」としてある人がラ・クンパルシータを推奨したといわれています。もっとも最初に録音したのはロベルト・フィルポだという説もあります。

ブエノス・アイレスの場末でのタンゴショウ
タンゴはアルゼンティンのブエノス・アイレスの場末の港町ボカを発祥の地とされていますが,ウルグァイ人もタンゴの普及に多大な貢献をしています。ラ・クンパルシータのロドリゲス,タンゴ王のフランシスコ・カナーロ兄弟,Media luz(淡き光)の作者のエドガルド・ドナート,歌手のフリオ・ソーサなど皆ウルグァイ人です。ウルグァイはラ・プラタ河をはさんでアルゼンティンの対岸に位置し,ブエノス・アイレスからモンテビデオまで高速船で2〜3時間の距離で,人種,言語,文化などアルゼンティンとほとんど同じですからタンゴ界でのウルグァイ人の活躍は当たり前です。アルゼンティンのタンゴに隠れてウルグァイのそれは一般に知られていませんが,むしろ本来のタンゴを引き継いでいるかもしれません。

参考:

  1. 八木啓代 ラテン・アメリカ発=音楽通信,新日本出版社(1991)
  2. 竹村 淳,河村要助 ラテン音楽パラダイス,日本放送出版協会(199)
  3. 竹村 淳 ラテン音楽名曲,名演,名唱,ベスト100,講談社(1999)
  4. La Cumparsita-A Short History of the Most Famous Tango Song
    英語によるラ・クンパルシータの歴史
  5. Tango-La Cumparsita
    スペイン語の歌詞

    (2001年3月記)
    写真撮影協力:柏崎佳人氏

     

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    Last update:19 November, 2001