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父母の声
卒園式を迎えて H16.03.29
「こばとかわら版」より抜粋 H15.09.21
こばと30周年によせて H15.02.29
こども達のふるさと「こばと」 H14.03.30
運動会 H13.10.14
夏休み H11.06.08
卒園児の親として H13.04.22
アヤキの卒業 H13.04.10
運動会をしました H12.10.01
春のこばとバザーレポート H12.05.01
卒園を迎えて H12.03.25
リズム参観に参加して H12.02.23
お母さんからハツネちゃんとサトシくんへ H11.11.15
お母さんからサトシくんへ −最近、自分でトイレに行きたがります− H11.11.02
お父さんからアヤキちゃんへ −こばとの夏を終えて− H11.10.07
お母さんからハツネちゃんへ H11.06.21
お母さんからミチアキくんへ H11.06.21
お父さんからショウヘイくんへ H11.06.08

卒園式を迎えて ( H16.03.29) サトシくんのお母さんから

 今日27日、息子がこばとを巣立ちました。上の娘の時代を入れると、通算約10年のこばとライフでした。今は、子育ての季節が一段落した安堵感と寂しさがないまぜになった気持ちです。
我が子どもは、こばとで「水・土・太陽とともだち」のモットーのままに、身体も心も健康に育ちました。たくさん歩き、思いっきり自然とたわむれ、よき保育者と仲間たちからたっぷりの愛を吸収しました。人生最初の6年間で、こんなに豊かな生活が送れたこと自体が、彼らにとって生涯にわたっての財産になったと思います。
息子の最後の1年間は、年長児1人という状況で、親としては正直心配した時期もありました。でも、この1年で彼は、年下の子をいたわりリードするお兄ちゃんとして、たのもしく心優しい少年に成長しました。
 これから息子は、学校という大きな集団に入ります。ここは、よくも悪くも「社会」です(「俗世」と言っていいかもしれない)。この中で、しばらくは苦労するかもしれません。でも、こばとで築いた人間を信頼する心とたくましい肉体で、必ず乗り越え道を切りひらいていくことと信じています。
 育児日記などをつけるような性分でない親ですが、入所から卒園までそれぞれ約6年間こばとで保育者と交わした「あゆみ」(連絡帳)が、立派な育児日記となりました。子どもたちが大人になってこの家を出る時、持たせるつもりです。いつか彼らが「あゆみ」を読み、自分が多くの人の愛情に包まれて育った道のりを知ることによって、きっと生きる勇気を与えられることでしょう。
歴代の保育者の皆様、本当にありがとうございました。


「こばとかわら版」より抜粋 (H15.09.21)

 「こばとかわら版」に寄せられた、連絡帳「あゆみ」の中からの記事、近況を抜粋します。


 今日は楽しみにしていたお弁当日。さっそく出発!車の中では行ったことのない道だったのでワクワクドキドキしていました。公園につくと巨大ローラーすべり台へ挑戦!だんだん高くなると「ヤダ〜」と言っていましたが、上までつき、すべると、お尻がガタガタして大笑いのヒロちゃんでした。次はジャブジャブ池へ!上から霧のように出ている所が気に入り、何回も入ってサヤちゃんと大笑いです。浅い所ではワニ(泳ぎ)ができ大満足でした。他に馬が食事を食べているのをくぎづけで見ていたり、少しだけヤギをさわったらヤギがジロっと見て大さわぎしたりと、たくさん大さわぎした一日でした。 (H15.07.25 ヒロちゃんの母より)

 さくやくん、ゆづるくんと一緒にごはんを食べ始め… なりちかくんが最初の野菜を食べている時には、さくやくんは最後のスパゲッティーをツルツル。まだスパゲッティ-になっていないゆづるくんとともに両脇からさくやくんのスパゲッティ-を取り普通に食べているのには笑ってしまいました。 (H15.07.14)

 七夕が近いのでうたをうたってからお散歩へ出発!!16号に出るとパトカーが止まっていて、ヒロくんがダッシュで歩道橋をかけあがると、タクシーがひっくりかえって大事故でした。ジィーと見つめ「気をつけようね」と話すと「パポーパポー」と目をかがやかせて言っていました。公園ではブランコに乗り、ちょうちょさんは「もっともっとやってー」(こいでー)をなぜか「もっともっとなっとー」
と叫んでいました。砂場40cmくらいの高さから手をかりてジャンプ!!「パポーみたいにかっこいい〜」と言うと照れて下むいてニヤニヤしているひろくんでした。 (H15.07.01)

 寝起きで少しウンチをしていたジュリちゃん。オムツを替え、おしりを拭きながら「こうやっておしり拭いていると、刺激されてウンチがブリブリ出る時があるんだよね」と話していると、その時…勢いのついたウンチがブリブリ〜と飛び、林のエプロンにベッチョリ。すごかった!!
 思わず笑ってしまった「園の生活」です。でもその瞬間の林先生を思うと笑ってしまうのは申し訳ないですぅ。 (H.15.6.30)

 今日は4人でおさんぽ!飛行機がとっても大きく見えて「すっご〜い」と大よろこびでした。公園につくとアヒルさんカメさんに「げんきだったー!!」と話しかけていました。砂場でだんごをつくると、葉っぱを持ってきて「これにおいてー」と柏もちのようにしていました。五小では、ニワトリさんたちに「おまたせ〜」と言いニコニコ。お魚の所では、「お魚天国−さやかちゃんバージョン」をうたっていました。 (H15.06.26 サヤカちゃんの母より)

 大きい子達が七夕の製作をしている時、赤ちゃん部屋でブロックをしたり、本を読んだりしました。ユズルくんは、ジュリちゃんのおもちゃを見つけると「ねんね、ねんね。」と「これはジュリちゃんの!」と思っているのかベッドの方へ。「ジュリちゃん、ねんねしてる?」と聞くと、タオルを持ち上げて「ジュリちゃん。」とのぞきこんでいるユズルくん。ジュリちゃんは、今日はお休みでした。
 その後みんなで踊ったおどりはノリノリで踊っていました。 (H15.06.25)

 公園に行く途中、かなへびを発見!。ヒロキくんは手で触ろうとし指で触ると「キュッ」と鳴く声が聞こえるので面白がって追いかけて触っているとしっぽが切れてしまいました。切れてもしっぽが動いているので少しびっくりした様子でした。歩きながら「バラが咲いた、バラが咲いた・・・」と歌っているので、ずいぶん古い歌をしっているんだねと驚きました。 (H15.06.16 ヒロキくんの父より)

 下の子供達と離れて上の3人(サトシくん、ユウちゃん、ユウスケ)だけで西口共同保育所の子供達の待つあけぼの山へ。アスレチックまでの間、前回ザリガニ釣りをしたところで、ザリガニやオタマジャクシをとりました。
 アスレチックのターザンロープも上手にできて、帰ろうと歩きだしたらユウスケくんが持ってきた虫網がない!
 ひとりで行くのはヤダ〜!!と言うユウスケくんにユウちゃんが「一緒に行ってあげる」 サトシくんも 「じゃサトシも行ってあげるよ」と。ユウスケは2人にあとでありがとうと。 (H15.05.28 ユウスケくんの父より)

 木々、竹やぶがうっそうと生い茂る森の中を探検。落ちていた竹や枝をコンコン、キンキンたたいて演奏しながら歩きました。森の中は6月に未をつけるモミジイチゴの花がたくさん。今から楽しみです。朽ちた切り株をユウスケくんと2人でこわして遊んでいると中からゴソゴソ…とダンゴ虫がたくさん出てきてゆうちゃん大騒ぎ。大喜びで(よ)を呼びにきましたが手にとって見るのはこわくて×。手のひらからひじに向かってトコトコとダンゴ虫が歩き登ってくると「ヤダ〜!!」 (H15.4.16)

 サクヤが一歳半になり、あゆみには今までのように保育士の方とのやりとりだけでなく、他の子と関わる様子についての記述が増えてくるようになりました。てんとう組はヒロくん、ナリチカくん、ユズルくん、サクヤやの4人です。この4人はやんちゃ盛り。にっこにこで一緒に遊んでみたり、泣いたり泣かされたり、それぞれ自分達ののやりたいことをめぐって衝突することもよくあるようです。けれど悲しいときは肩を?たたいてなぐさめあったり仲間意識もほんのりめばえかけているようです。4月7日のあゆみにこんな事が書いてありました。サクヤとナリチカくんとユズルくんが3人で遊んでいるときに、保育士さんが名前を呼ぶと皆「ハーイ」と手を挙げて返事をするのですが、どの子の名前を呼んでもにっこにこの笑顔で3人とも返事をする様子にわらっちゃいましたと。それを読むなりぱっとその光景が目に浮かんで母もおかしくて笑ってしまいました。きっと3人とも返事をしている間中、とても嬉しかったのでしょう。あゆみを読むとこんな日常の1コマ1コマから、こばとのみんながまるで兄弟のように(いえ通常の家庭ではこばとほど自由で伸びやかに過ごすことは難しいでしょうから、それ以上かも・・・・)共通の体験を通じてお互いに親しみあいながら成長していく姿を感じ取ることができ、本当に嬉しくなります。
 両親が働いていて、家庭と別の場所で長時間を過ごすことは、一歳児には大変なのかなと思うときもありますが、あゆみを読んでいくと、こばとの皆さんに温かく囲まれつつ楽しく充実した毎日を送っている朔哉、そしてちょっとずつたくましくなっていくサクヤの様子が伝わってきて、本当に豊かな時間を過ごさせていただいていると思います。 (H15.04.07 サクヤくんの父より)


こばと30周年によせて (H15.02.19寄稿)

 こばととの出会いは1990年、今から13年前の春先でした。長女もなみが1歳を迎えたころに巣鴨から、我孫子の実家に近い柏に越してきて保育園を探しました。公立保育園はどこも「満員」で空きがなく、数箇所見学に行ったが、安心してもなみを預けられそうなところはありません。
そんな折に見かけたのがちひろ館の柵にかかっていたこばと共同保育所の看板でした。はじめてこばとに行ったとき、50代とおぼしきかざりっけのないおばさんが赤ちゃんをおぶい紐で背負って洗濯をしていました。「今の時間はゆっくりと話ができないから午後1時半ごろ来て」とそっけなく言われ、(お炊事担当のおばちゃんかな)と思ったその人は、こばとの愛の長、いーちゃんでした。
 もなみは1歳4ヶ月からこばとのお世話になりました。さくらんぼ保育の本を読み、ビデオも見て、自然な中で育つ子供の力を見るのを楽しみに期待しました。現実にはもなみは登園開始直後から風邪をひき熱を出し、自然児にはほど遠く、太陽と土と水に馴染むのに親子ともども数ヶ月かかりましたが、少しずつ鍛えられていきました。
 もなみに続き、長男ぜんも生まれる前から(?)こばとっ子となりました。善は生後7週くらいでお世話になり、4月末の株主総会の時期に入れた仕事を機に、ぜんはそのとき唯一の赤ちゃんとして入所して、「ぜんちゃん、ぜんちゃん、赤ちゃんちゃん!」と皆に唄われて大きくなりました。
 真夏、素っ裸になった子供たちに一日に数回行水させてくれ、着替えさせてくれたおかげで汗疹をほとんどなくひと夏すごせるのはさすがプロ。自宅ではとてもとても同じことはできません。
 こどもを布団に寝かせ、その布団の下に大人が足を投げ出すように入れて足全体を揺らしながらこどもをトントンと寝かせる「いーちゃん技」はこばとの風物です。
 朝のお散歩、あさのさんの手料理のお昼、お昼寝、手作りおやつ、午後遊び、とこばとでの時間は毎日リズミカルに、こどもの眼の輝きを大切に、刻まれています。
 こばとができて30年、こばとのおかげで、働く親がどんなに助かってきたことでしょう。親が仕事をしている時間だけ子供をただ預かってくれるのではありません。子供の一日を豊かに、いきいきをした時間にしてくれるから、親もエネルギーをもらえます。
 社会の情勢が変わり、保育者の面々やこばとの周囲の環境はこの13年でも変化しましたが、こばとの子供達の笑い声と目の輝き、歌声は変わりません。それは、こばとの「心」が受け継がれ、こどもへのまなざしが変わらないから。
 こばとがこれからも子供たちと親達にとっての、自然の中での育つ場として栄えるよう願っています。小学校五年生になったぜんの「ぜんが大人になってもこばとがずっとあるといいな」の言葉を聴き、一層にこばとの永き繁栄を願ってやみません。


こども達のふるさと「こばと」 (H14.03.30寄稿)

 今日は次男の卒園式。長男から足掛け12年、こばと共同保育所でこども達を育ててもらい保父母・関係者の皆さん、本当にありがとうございました。お蔭様でこども達も元気に大きく成長し、感謝いたします。こばとは公立の保育園と異なり、年齢の違う小さいこども達と一緒に生活し、小さい子はいろいろなことができるようになってきたお兄ちゃん・お姉ちゃんに憧れ、また大きな子は小さな子をやさしくいたわりながら子供社会の中で、成長させてくれる本当にいい環境でした。
 今思うと卒園進級式、バザー、運動会などいろいろなことが思い浮かびますが、日々の子育てを通じ自分自身でもいろいろなことを学ばさせていただきました。
  あゆみ(連絡帳)も14冊になり、こども達の成長を記録する大切な財産になりました。こども達がもっと大きくなった時、このあゆみを読み返すときっとみんなが本当に協力しあい僕たちを可愛がって育ててくれたんだと感激すると思います。今でも長男はこばとがもうひとつのふるさとだと言っています。いつまでも初心を忘れず、皆とやさしく触れ合えるよう成長していって欲しいと願っています。 
 (ユウキくんの父より) 


運動会 (H13.10.14寄稿)

 9月30日(日)、運動会を北柏ふるさと公園でおこないました。明け方まで雨降りで天気が心配でしたが、雨はなんとかあがって、ホッと胸をなでおろしました。
 こばとは少人数なので、よその大きな保育園のようなにぎにぎしさはないのですが、産休明けの赤ちゃんから年長さんまで一人ひとりが主役の運動会です。お父さん・お母さんたちの出番も多く、「以前いたことのある公立保育園ではほとんど出番がなく、まわりの人とおしゃべりするばかりだったけれど、こばとの運動会は親も参加する場面が多くて楽しい」(新入のお父さんの声)。
 最近は、産休明け〜2歳くらいの赤ちゃんたちの入所が増え、赤ちゃんの競技はとてもにぎやかでした。きょとんとしてすわったままの子、あらぬ方向へ行ってしまう子と、さまざまでした。
 ハイライトは、つばめさん(年長)の「つよいぞ、つばめにんじゃ」。日頃の忍者修行の成果を発揮します。手裏剣投げから始まって、コースに設けられたうんてい・板のぼり、棒のぼり・竹馬・なわとびをつぎつぎにクリアしていきます。とくに棒のぼりは筋力が要求され、体づくりがしっかりできていないと登れません。つばめの競技を見るたび、こばとの保育の集大成を見る思いです。
 最後は、親も全員参加の綱引き。いつもこれでお父さん・お母さんたちは、翌日筋肉痛となるのでした。


夏休み (H13.08.26寄稿)

 学校の夏休みも間もなく終わろうとしていますが、夏休みにはこばとのOB・OGたちがよく遊びにきます。そんな日は、こばとの中は久しぶりの再会をよろこぶ小学生で、同窓会のようになります。卒園しても、こばとはいつも暖かく迎えてくれます。とくに学校や学童での新しい生活に慣れていく途上の1年生にとっては、気持ちの疲れをいやす場としてこばとが存在しています。高学年になっても、放課後ふっと訪ねてくるOBもいたりします。現在2年生になったはつねも、昨年は心の葛藤に悩み、こばとで心をいやすことが何度かありました。その時、よっちゃんはじめ保育者の皆さんが、在園の時と変わらず暖かく迎え入れてくださったのには、親としても本当に感謝しています。卒園生にとって、こばとはまさしく「心のふるさと」になっています。
 親にとっても、ありがたい存在です。
 (サトシくんの母より)


卒園児の親として ( H13.04.22)寄稿

 この3月で、次男の幹朗もこばとを卒園。長男とあわせて6年もの長きにわたってお世話になったこばとともお別れかと思うと、なんとも感慨深いです。送り迎えがもうないという開放感がある反面、何とも寂しい気もしています。
 子どもをこばとに預けているということを言うと、みんな決まって、「どうしたの?公立に入れなかったの?」ときいてきました。こっちはこばとがいいからこばとに預けていたのですが、そのへんの所はなかなかわかってもらえなかったようです。まあ、保育料は高いし、バザーとかの仕事も入って大変だし、無理もないかもしれませんが。野菜で言うなら、あえてちょっと高めでも有機農法の野菜を選んで買っているようなものでしょう。 こばとでは、保育者が本当に一緒になって我が子を育ててくれました。子どものためなら時には少し無理をしてくれているのがよくわかりました。公立でもこういう保母さんはいるのでしょうけども、こばとはこじんまりしていて親と保育者の関係が近い分、よけいに保育者が近い立場で子どもを見てくれたように感じます。
 我が家の子ども2人は、他の子どもと同じようにゲームが好きで、テレビのアニメに夢中で、チョコレートやケーキが大好きな子どもです。でも、2人ともこばとで育った何かがプラスされているような気がします。虫が好きで、生き物が好きで、自然の中で体を使って遊ぶのが大好きです。キャンプやサイクリング、登山が好きで、自然に触れることに楽しみを見つけ、何かを感じることのできる子になってくれたと思います。
 わたし個人としては、こばとのみんなでツリーハウスを作って保育者と親子で一晩とまったあのキャンプが思い出に残っています。場所を探したり、材料を調達したりの準備は大変だったけど、「子どもたちの夢を形にできた」という充実感がありました。こばとの保育を、親の立場で一緒に作れたという気がしました。子どもたちはあんな体験を2度とすることはないと思いますが、子どもたちの心のどこかに、夏の1日、自然とふれあった思い出として残っていってくれるのではないかなあと思います。 (ミキオくんの父より) (H13.03)


アヤキの卒業 (H13.04.10寄稿)

私達の娘がこばとに通い始めてから合計で2年と8ヶ月、他のベテランの方々から比べると 我が家のキャリアは一番浅いのですが、親としてはかなりの感慨があります。
 アヤキをこばとに入れるきっかけとなったは 彼女が初めて行った幼稚園でした。そこでの教育も自然を大切にするとてもよい園だったのですが、大人数を前にして何処か画一化した教育のような気がして もっと子供の個性を育ててくれるようなところを切望していたように思います。 たまたまそこで知り合った方が、以前こばとにお子さんを預かって頂いていたとお聞きし、夏休みの臨時だけと言うつもりで預かっていただく事にしました。
 こばとの良さについては他の投稿の方々も書いていると思いますが、あえて書かせていただくと、
 ・こどもの個性を尊重
 ・自然に親しむ
 ・小人数
 ・親子の教育参加
 ・兄弟の擬似体験(助け合い・譲り合い・仲間意識。。。)
 ・安全な食事(アトピー等の対応など。。。)
などがあります。 私どもは特に両親の教育への参加がもっとも大切な点だと思いました。
現在の少子化の中では 特にお子さんの教育に関心を持たれている方が増えているように思いますが こばとではそういった親の思いも同時にかなえてくれるところでした。

 日々の連絡帳はかなり詳細にその日の出来事を書いていますし(アヤキは親の都合でこばとを含め3ヶ所の保育園・幼稚園にいっていますが その中でもっとも詳しい)、定期的な保父母さんとのMEETINGでは親の意見を十分にいう事ができました。私達の思いで 教育がいくらでも変える事が出来たのが すばらしい点だったと思います。またアヤキは一人っ子ですので 年上のお兄ちゃんやお姉ちゃん、弟、妹と毎日接しているようで、擬似の兄弟体験も出来ました。
 最終的にアヤキはこばとではなく 親の都合で東京の幼稚園を卒業したのですが、こばとの教育に深く共感を持った私どもは、事あるごとにこばとにわが子を預けに来ました。おかげで彼女も一応こばとの卒園生の仲間に加えていただき、無事こばとを巣立っていく一人となって、本人も大変喜んでいました。
 こばとでの思い出はつきませんが、こばとでもらった力をもとにわが娘は 小学校で新たな生活を続けていきます。
 保父母の皆さん、そしてこばとっ子のご両親の方々の支えがあって今日を迎えられたのだと思います。皆さん本当にありがとうございました!
 そして これからのこばとの伝統をなくさずに受け継いで、多くの素晴らしい子供達を送り出していただきたいと思います。 私達もOBとして、すこしでもお手伝いさせていただきたいと思います。
 (アヤキちゃんの父より) (H13.03)


運動会をしました (H12.10.01)

 この秋の天気は、週末に雨がふるというあいにくのローテーションで、この日も朝方まで雨が降り、屋内でガマンかな(雨天の場合は西口共同保育所をお借りする予定でした)と思われたのですが、なんとか上がり、会場のふるさと公園に集合しました。
 こばとの運動会は、大きな幼稚園や保育園のようにシビアな競争やマスゲームはほとんどありません。そのかわり、子どもたちひとりひとりが主役の競技や演技をします。小さなクラスは、父母といっしょに(というより父母が子どもをつれて競技をするという感じ)着替えやタオル・ハンモックなどの競技をこなします。また、父母だけでなく小学生、おじいちゃんおばあちゃんも、パン食い競争や追いかけ玉入れ、綱引きに参加して汗を流しました。圧巻は、つばめ(年長)の競技で、1人ずつ登場して懸垂・棒登り・板登りとジャンプ、竹馬・縄跳びのメニューを一気に披露します。棒も板も高さがハンパじゃありません。悪いけど、ひ弱な幼稚園の子にできるかしら?これぞ、こばとっ子の神髄。親たちも子どもの成長ぶりに感動します。ウチのさとしも、去年は恥ずかしがってぜんぜん競技をしませんでしたが、今回は自分で楽しんでやっていました。
 終了するころには太陽も見え始め、暑くもなく楽しい運動会でした。保育者の皆さん、お疲れさまでした。
       (サトシのハハ) (H12.10.10寄稿)


春のこばとバザーレポート (H12.05.01)

 4月23日(日)は、天気はよかったのですが、突風の吹き荒れる日で、敷物のブルーシートが舞い上がってしまい、設営に手間取りました。当日は、昔からのこばとのOBの方々が応援に駆けつけてくださいます。もうお子さんが中学生になる人もいて、せっかくの休日にバザーのたびわざわざこぼとのために来てくれるご好意に、ただただ感謝です。 お客さんは、いつもよりやや少なめ。それでも、開会時刻の11時ちかくになると、多くのお客さんが公園内を取り囲み、開会宣言とともに会場にどっとなだれこんできました。いい品物は、最初の一瞬でゲットされます。売り子も、懸命でフル回転です。
 お昼すぎには、あらかた品物ははけて、2時に終了、みんなで後かたづけをして、無事バザーは終わりました。人手不足で家具類の扱いをやめたために、昨年よりやや収益はさがりましたが、まずまずの大成功でした。品物の提供者の皆様、応援のOBの皆様、本当にありがとうございました。
 サトシのママ (H.12.05.01寄稿)


卒園を迎えて (H12.03.25)

 サホがこばとへ入ったのは、6か月になったばかりの頃でした。兄達は、1歳近くになって保育所に入ったので、「早すぎたかな」という不安はありましたが、離乳期を控え大船に乗ったような安心感もありました。
 月齢の近い友達にも恵まれ、すくすく育ちました。こばとの良さは、困ったことをすぐ相談できること。早穂は3歳頃、じんましんがあり、食事など配慮してもらい助かりました。また、熱がでた時や具合の悪い時も、やむをえない場合は仕事の区切りがつくまで預かってもらいました。これも、少人数で家庭的な雰囲気のある保育所ならではの良さでしょう。
 「ゆっくり、じっくり、ていねいに」− 発芽がそれぞれの種によって差があるように、こばとでは、機の熟すのを待ってくれます。この「待つ」という一見無駄のようなことが、保育の中でどれだけ大切かということを、3人の子育てを通して知りました。「待つ」間、子どもは何もしていないわけではないのです。見えないところで蓄めているのです。
 早穂は、年長にとても憧れていました。独楽・側転・縄跳び…これらはどんなにやりたくても、年長にしかやらせないものだからです。きっとこの気持ちが、年長になってからの飛躍につながるのでしょう。年長の課題を次々にこなしていく早穂。絵に伸びが見られない時、保育者の方々は、より良い刺激が得られ描きたいという気持ちが増すように、他園との交流や遊び等、機会を多く持つ努力をしてくれました。卒園式で持てる力を出し切って、側転や縄跳びに挑む早穂の姿を見て、何時の間にこんなに成長したのかと驚きを覚えました。
 小学校に入り、元気に通っています。こばとで6年間培った力で、これから起こるであろう困難な情況も切り開いていってくれると信じています。

 (サホのママ) (H12.05.15寄稿)


リズム参観に参加して (H12.02.23)
 こばとからは私1人でしたので、リズムの様子をちょっとレポートさせていただきます。
 1時間の間、リズムに集中する子供たち、すごく成長したなと実感。サホちゃんのしなやかな動き、ショウタ君も熱心に取り組んでいたし、ハッちゃんもしっかりした動きをしていました。特別私が感動したのは、ナツノちゃん。じっくりとヨウコちゃんの後を追いながら、しっかりしたリズムをしていました。ヒカル君もわずかな時間なのに皆と一緒、そして今日は、サトシ君もリズムに参加。頑張ってました。
 かぶさんのワニは、リズムにのって本当に上手。拍手ものです。そして今日は、湖北台のお母さんと一緒に私もリズムをしました。身体を動かして、心がとき放たれていく感じで、とても気持ち良い時間をもてました。
 やはり1番は、湖北台の若〜いお母さんたち。みんなスパッツやら半袖Tシャツでやる気満々。圧倒されてしまいました。
 ユウとサヤカのママ (H.12.02.23寄稿)


お母さんからハツネちゃんとサトシくんへ (H11.11.15)

 ほんの数日前から、我が家の長男さとし(第2子 2才4か月)が、一人前に「立ちション」をするようになりました。こばとのトイレは子供用にできているので、ちゃんとできるのですが、家でも同じノリでやろうとして、便座のフチに小さなオチンチンをちょこんと載せているのがおかしいやらかわいいやら。
 「立ちション」は、誰か先生が教えたのかと聞くと、そうではないらしい。また、おしっこをした後、オチンチンを振ってしずくを落とす始末法も知っており(母はそんなことは教えられない!)、これも大人に教わったものではないらしい。どうやら、年上のお兄ちゃんたちのやるところを見て覚えたらしいのです。
 異年齢集団の中で生活することのよさを、あらためて実感したできごとでした。
 こばとの園舎はほとんどワンルームで(通称「赤ちゃん部屋」という畳の部屋はありますが)、ここに全員がともに生活します。このようなところは、世の母親間で出回る「保育所選びのポイント」で見ると、ズバリ「劣悪な環境」ということで、真っ先に選外になるのでしょう。私も最初こばとを見学した時は、そう思いました(もちろん園舎は広いにこしたことはないし、この現状で一番気の毒なのは、自分のデスクもない保育者の先生方でしょう。そんな中でも頑張って保育にたずさわる熱意に頭がさがります)。 でも、そのようなハンディは、保育の工夫次第でクリアできるものであることは、こばとの保育を見ていく中でよくわかりました。
  昔、私たち親世代が子どもだったころは、まだ地域の子ども集団が残っていて、その年齢構成はさまざまでした。規模もせいぜい十数人程度です(私は子どもの自然な集団はこのくらいが適正だと思っています)。子どもたちは自律的に行動し、子ども同士の中で生きる術を学んでいました。今はすっかりなくなり、子どもが生活する家族以外の集団は、学校(幼稚園)・保育所といったところで、同年齢の子どもが30人も40人もいるという、人間を「管理」する上限としか思えない不自然な集団しかありません(縦割り保育を実践しているところもあるようですが、あくまでもイレギュラーな保育体制という認識であることに変わりなく、非日常性を感じます)。
 家庭に兄弟が少なくなった今、かつて生きていた子ども集団を取り戻すことはできないのでしょうか。柏ではその数少ない実践の場の一つがこばとだと思います。 初めは、こんな環境で我が子の年齢に応じた発達が保証されるかどうか、正直なところ疑心暗鬼でしたが、先生方の工夫でその心配はなく、むしろ年上の子から教わることのメリットが大きいことを感じています。
  さとしのお姉ちゃんのはつねは、来春入学です。今度行く予定の学童保育はどんなところだろう、こばとのようであってほしいと、親の方が心配しています。
 ハツネちゃんとサトシくんのママ (H11.11.15寄稿)


最近、自分でトイレに行きたがります (H11.11.02)

 トイレには「自分!」と言って、始めから終わりまで親の手を借りずに自分でするようになりました。トイレ前の電灯スイッチの下に踏み台を置いておき、いつでも自分でつけられるようにしました。このように、ある時突然にしてやる気は出るものだと驚かされました。
 サトシくんのお母さん (H11.11.02寄稿)


こばとの夏を終えて (H11.10.07)

 私たちの娘、(現在4歳)がこばとに入園してから一年ちょっとが経ちました。 昨年の夏は、臨時預かりでお世話になったので時間が十分ではなかったな?!と思い 今年はめいっぱい“こばとっ子”にしてやろうと思っていました。(うちは両親とも泥んこ・体力・野生派保育の支持者です) で、夏を終えてみると彼女は期待通り別人のように引き締まった真っ黒娘。 果たして今年の夏 彼女は何をやってきたのか?
 ちょっと連絡帳を紐解いてみました。
 7月8日:虫取り、12日:公園で運動・水遊び、17日:手賀沼親水公園で水遊び、26日:我孫子市民プール、28日:じゃぶじゃぶ池で水遊び、29日:市民プール。 31日には こばとの親たちで企画して実現したツリーハウス。 柏にある農家の林を借りてツリーハウスを2つと物見やぐらを作りました。 私は子供たちにかぶと虫やくわがた虫の取り方を伝授することができました。(成果はかぶと4匹くわがた5匹) 最近の子供たちはかぶと虫は買うものだと思っているのを非常に憂いてましたので 私にとってもよい機会でした。 完成したハウスの中でのひとときは大人たちにとっても格別であり、やぐらを登ったりおりたりしてはしゃいでいる子供たちもとても気に入ってくれたと思いました。 夕方のバーベキューのあとはハウスで一晩宿泊する家族もいました。 娘は8月に2週間半のお休みをしましたがそれからさらに19日:市民プール、23:市民プール、26日:親水公園で水遊び、9月2日:あけぼの山で水遊び、3日:親水公園で水遊び、9日:親水公園で水遊び* 思いっきり広い場所で、なんとバラエティー溢れた課外活動。 この夏いったい何回プールに行って泳いだか、何回原っぱで虫取りをしたのか、何回公園で暴れてきたのか とにかく暑い夏もお構いなし、自然とともに過ごした夏でした。 これなら彼女の成長もうなずけます。
 そして先日9月25日に こばとっ子たちの夏の集大成としてこばとの秋の大運動会が執り行われました。(といっても園児はわずかで 保父母と両親やその家族,OBや見学の人数の方が圧倒的に多かったのですが。) そんな中で子供たちは一人一人が今夏の成果を競技の中で示してくれました。 娘はプールが苦手でしたがこの夏で何とか水に顔をつけられるようになりました。 ちょっと臆病でしたが、障害物も乗り越えられるようになりました。(実は運動会の前、心配だった父は娘を連れて二人で運動会の練習をしようと柏ふるさと公園へ行き、3メートルの障害物を何の苦もなくスルスルと登っていくたくましい我が娘を見て 密かに感動しておりました。) 競技の中にこういった成果を盛り込んだすばらしい運動会で親たちは子供たちが何をしてきたのかがすぐに解りました。 さらにはみんなで踊ったダンスに歌に団体競技ととても盛りだくさん。 こばとの夏を過ごしたたくましい子供たちと楽しい時間を過ごせたように思います。 そして娘をこばとに入所することにして本当によかったと思っている今日この頃です。 (運動会の追いかけ玉入れと綱引きで筋肉痛に陥っているDadより)
アヤキちゃんのパパ (H11.10..07寄稿)


お母さんからハツネちゃんへ (H11.07.26)

 先週の23・24日に、お泊まり保育がありました。ウチのはつねは3度目で、これが最後になります。世間の保育園でお泊まり保育をやっているのは(まったく親がかりでなくそれも年少児から)、あまりないのではないのでしょうか(内容は後日掲載の「連絡帳」を見て下さい)。お泊まり会を契機に、子どもたちは自信をつけ、さらに成長します。はつねも、最初のお泊まりで夜の紙おむつがとれ、2度目で包丁を持って料理することに興味を持ち、今回はまったく慣れたようすでした。毎回事故もなく成功しているのは、保育者のみなさんのご苦労があります。「最後のお泊まり」を親子ともにしみじみとかみしめました。来年は1年生になりますが、学校では1年生は赤ちゃん扱いで、鳴り物入りの遠足もこばとでの日常の散歩コースと同レベルらしいと聞いています。散歩での「日頃の精進」のおかげで、はつねは素手でチョウやトンボをつかまえることが上手になったそうです(今時、町中育ちの子とは思えない!)。はつねにとって、最後のこばとの夏を満喫したいと思います。
ハツネちゃんのママ (H11.07.26寄稿)


お母さんからミチアキくんへ (H11.06.21)

 二人目の子が生後3ヶ月からこばとでお世話になっています。今3歳のこの男の子は生粋の「こばとっ子」。 柏市近辺の勤務ですので、働きながらも母乳で育てたい、と思いながら妊娠中に10カ所ほど保育園を見学してまわりました。ところが「昼休みに授乳に通う」ことを認めてくれる保育園って少ないんですね。保育園にとって難しいことではないのに、どうして?っていうくらい。 「おたくのお子さんにだけお母さんが授乳に通うと、他の子が『どうしてあの子だけ?』って思うでしょうから 」などといわれました。多くの公立、私立保育園には融通のきかなさ、集団的に子ど もをとらえる見方、保育の現場が親には「立入禁止」のようになっている発想、など を私は感じました。
 そこで出会った「こばと」。授乳に通いたいという願いは当 然のように受け入れてもらい、通いはじめの約半年、ちょうど園児達の給食中に私も職場から抜け出して授乳をし、給食もついでにいただくことができました。保母、保父の方達や園児達が、「あっ、みちくんのおかあさん来た!」と笑顔で迎えてくれ、 乳児をかかえて働く身には何よりの安らぎのひとときでした。そうそう、子どもが給 食をこぼしてしまったとき、保母さんが平然と食事を続け、こぼした子が何も言われないのにサーッと走ってぞうきんをとってきてきれいにふき、そしてまたサーッと走ってぞうきんを洗いに行き、絞って干して手を洗って戻ってきたシーンを見たときは 、目から一枚うろこがおちました。普通親がそうじしてついでに怒るけれど、子どものいきる力を奪ってついでに劣等感をうえつける以外の何ものでもないのですね。
 こういうことは、こばとのすばらしさのほんのわずかのの例にすぎません。保母、 保父さん達はみんな温和で、ひたむきで、そして遊びの天才。お迎えに夕方行って、 「きょうは飼っている蚕に桑の葉をとってくるついでに、桑の実もつんで、そのまま食べたりジャムにしておやつに食べたんですよ」なんてきくと、私も仕事よりこっちで過ごしたかった!と思ってしまいます。たき火の上に竹を渡してバームクーヘンを焼く、とか本当に遊びの発想の自在さには目を見張ります。少人数で一人一人を丁寧 にみていただけ、こばとの子は現在の世の中で一番幸せな育ち方をしているのではな いかな、といつも思っています。ぜひ見学にこられ、なかまになりましょう。
ミチアキくんのママ (H11.06.21寄稿)


お父さんからショウヘイくんへ (H11.06.08)

 親の立場から「こばと」に子どもをあずけて良かった点はなによりも、カゼをひかない、病気になりにくい子に育ってくれたこと。うちの子はアトピー、喘息持ちで、丈夫な方でなく、2ヶ月に一度ぐらい体調を崩しがちですが、休まず通園できています。発熱によるお休みも年に1,2回ですんでいます。これは、毎日、お散歩し遊びまわって丈夫な体を作っていただいたおかげです。また、小人数のため感染症にかかりにくいこともあります。
 共働きの家庭では子どもの病気は一大事です。会社を休めないような時に、急に有給休暇を取らなくてはならず、両親の一方が犠牲になるか、夫婦喧嘩をし交代でやりくりするしかありません。 親の目から見て子どもにプラスになっていることは子どもは毎日、友だちと遊びまわっています。たぶん、大人になって、この頃のことは、ほとんど忘れてしまうでしょう。しかし、天真爛漫に友だちと遊びまわったことが、きっと子どもの無意識に蓄積されていると思います。
 今、早期教育が話題になっています。幼児期の神経系の発達はめざましく、それなりに効果があるかもしれません。  しかし、この時期に、自然に触れ合い、いろいろなことを体験し、友だちと一緒に遊び、喧嘩し、仲直りしたりしたことが、その子の将来の生きる力になると思い子どもをあずけています。 
ショウヘイくんのパパ (H11.06.08寄稿)