東チベット旅行記
9日目 理塘から道孚へ
今日は道孚(タウ)まで326kmの移動である。8時20分招待所発、競馬祭が行われる広い緑の草原を抜けて山道に入る。道路はアスファルトで舗装されているので久しぶりに平均時速50kmで走る。ヤクの放牧のために切ってしまったのだろうかこのあたりの山には木が生えてなく、草ばかりである。
山道と理塘の街並み
8時30分4,180mの峠に出る。エーデルワイスはたくさん咲いていたが、ほかの花は見られない。エーデルワイスはどこにでもあるので写真を撮る気にもならない。
峠
9時45分カズラ峠に出る。霧が深くて景色はなにも見えない。標識を見ると4,717mと書いてあるが手元の高度計では4,270mしかない。この後、通った剪子山峠でも表示は4,659mになっていたが、高度計では4,300mしかなかった。之は高度計の指示がおかしいのでなく、少しでも高く見せようと意図的に高めに書いているのである。中国の標識の高度はあてにならない。
カズラ峠
11時50分雅江(ヤージャン)に到着、ここで昼食をとる。高度計は2,600mを示しているから2時間で1,700m近くも下ったことになる。食堂の近くに市場があったので覗くと肉売り場にヤクの頭が着いたままの肉がぶら下げられていてギョッとする。
雅江の街 肉売り場
この町にはカム族のチベット人が住んでいる。カム族は頭に赤い布を巻く習慣がある。
カム族の女性と男性
通りに尼僧が座ってお経を読んで布施を求めている。中国人ガイドは皆こういう僧はニセモノだと言うが、国から認められて手当てを受けている僧だけが本物で、布施に頼っている僧はニセモノと考えているらしい。
尼僧
13時発、町を流れている雅龍江を渡り上流に向かう。高度が下がったせいか、この辺りにはトウモロコシ畑が多い。14時30分高尓寺峠を通過する。この峠の高さは4,412mと表示されているが高度計では4,130mしかない。
15時50分塔公寺(ハルゴン・ゴンパ)に到着した。7世紀に造られたサキャ派の寺で110人の僧がいる。かって文成公がチベットに嫁入りしたとき、持参した12歳の釈迦の像をこの寺に一時置いたといわれている。正面には本堂の大雄宝殿があり、釈迦が祀られている。周囲の壁画は新しく見えるが300年前の壁画の上に忠実になぞって描いてあるので300年前と変わらないという。2階の部屋には銀の仏塔が8つ並べられ、4人の活仏の写真が飾られている。
塔公寺大雄宝殿
大雄宝殿の左側には千手観音堂がある。1997年建てられた新しい建物で、高さ9.33mの千手観音が祀られている。この観音像はチベットで1番大きいきい観音像だという。
千手観音堂
大雄宝殿の入り口の左右に2つの井戸がある。右側の井戸は龍が住んでいると信じられている。寺の裏手にはたくさんの仏塔が並び、背後には2つの山が見える。左の山は観音菩薩の山、右の山は文殊菩薩の山で、塔公寺にの周りには全部で5つの神山があり1周するのに15日間もかかるという。
龍が住むという井戸 仏塔と観音菩薩の山
寺の周囲の塀には大きなマニ車が並んでおり地元の人が熱心に回している。
マニ車を回す人
16時50分発、アスファルトの道を快調に走る。17時30分八美鎮という村を通過する。この村には大きな寺や仏塔があるが素通りするほかない。ここを過ぎるとまた山の中に入り恐怖の泥道になる。峠を越え坂を下って曲がり角に来ると前方からトラックの列がやってきた。泊まって通過するのを待つが後から後へとやってくる。路線バスもやってくる。30分ほど待ってようやく全部通り過ぎたが、下の方で崖崩れでもあって開通したのだろう。
山を降りるとまた舗装道路になりほっとする。20時15分道孚(タウ)に到着、ここにある大きな仏塔を見学したがもう暗くなって写真をとれないので明朝再度来ることにして道孚県招待所に向かう。招待所泊りにはもう慣れたが、ここも部屋にはトイレも洗面所もなく、水はポットが置いてあるだけである。共同トイレはいわゆるニーハオトイレで溝の上に低い仕切りがついているだけで、写真からわかるように前から丸見えである。ただ掃除が行き届いていて不潔感はない。
道孚県招待所 客室
ニーハオトイレ
Hさんを載せた救急車は夜も走り続けて夕方に成都の病院に到着し、早速診断してもらうと高山病による眼底出血で2,3ヶ月で元の状態になるということであった。失明してしまうのでないかと心配していたのでほっとする。それにしても高地は怖い。