東チベット旅行記
2日目 昆明から中甸まで
朝食用のお弁当をもらい5時55分ホテル発、5分ちょっとで昆明空港に到着した。搭乗前の検査は厳重で靴まで脱がされ、ショルダーバッグも中を調べられた。7時25分離陸、35分ほどのフライトでデチュン自治州の州都中甸(ジョンディエン)に到着した。高度は3,200mあるが空気の薄さは気にならず蒸し暑さから開放されたのが嬉しい。待合室にお寺の絵が飾られていてチベットに来たのだなという実感が沸く。中甸県は以前からシャングリラと宣伝していたが、なんと今年5月に香格里拉(シャングリラ)県と県名を変えてしまった。デチュン自治州は23,000平方キロメートル、16の少数民族が生活している。州都中甸は人口30,000人、そのうちチベット人は5,000人である。
中甸空港 待合室の絵
現地ガイドの斯南都吉さんに迎えられ3台の4輪駆動車に分乗して今夜の宿に向かう。今日から19日間この4輪駆動車で旅をするのだ。10分足らずで観光賓館に到着した。建物の外観はペンキでけばけばしく塗られていて落ち着きがない。周りの建物を見ると古い建物も外壁はペンキで新しく塗り立てられている。観光のために町の美化が行われているのだが、中国人のセンスと日本人のセンスには違いがあるようだ。
観光賓館 中甸の市街
1時間ほど休憩した後、松贊林寺(ソンツェンリン)に向かう。長征路というメインストリートを北に向かって進むと騎馬像がある三又路に出た。ここを左に曲がってしばらく走ると前方の丘の上に寺が見えてきた。松贊林寺だ。松贊林寺は1667年から1671年にかけてダライラマ5世によって建立された黄帽派(ゲルク派)の寺で、清の地代には2,600人の僧がいたというが、文革で破壊され今の僧の数は700人になっている。
騎馬像 松贊林寺
車を降りて本堂の前に出ると扉が閉まっていた。本堂の前の部屋に四天王の壁画の写真を撮っていると扉が開いたので中に入れるのかと思ったら5秒もしないうちに閉ってしまった。この扉は仏様を通すため、1日4回だけ日の出前と修行の時に開けるのだという。
本堂 毘沙門天
脇の入り口から本堂の中に入ると正面にはダライラマ5世の像、その左側にはパンチェンラマとダライラマの法座、黄帽派の祖ツォンカパの像、弥勒菩薩の像が並んでおり、その左には大蔵経が収められている。ダライラマ5世の像の右側には釈迦像、小さな霊塔、2人の住職の等身大の像が並んでいる。2階には中央には弥勒菩薩の像、その左にはツォンカパの像、右にはダライラマ5世の像が並んでいる。
この寺には27歳の活仏クースホホ5世がいて、信者が次々お参りをしている。我々も一人ずつ活仏の前に進み、お守りの紐をかけていただく。活仏とは文字通り生きた仏様であるから戻るときは活仏に後ろを見せずに引き下がらなければならない。
寺を出ると袖の長い民族衣装を着た若い女性に囲まれた。写真のモデルをしていて1回で1元(15円)だというので記念に撮らせてもらう。チベット人には美人が多い。
チベット人の少女
ホテルの近くにあるレストランで昼食をとった後、チベット人の民家を訪問する。3mくらいの塀に囲まれた広い敷地に大きな3階建ての家が建っている。1階は家畜を入れ、2階が住居、3階は飼料や食料の倉庫だという。各階の面積は300平方メートルくらいあるが、こんなに大きな家でも普通の大きさだという。
チベット人の民家
2階に登ると前面は広いベランダになっていて、柱には魔除けのヤクの頭蓋骨がかけられている。
魔除け
中に入ると25平方メートルくらいの部屋があり、その奥には100平方メートル以上ある大きな客間がある。客間の中央には直径50cmもある太い丸木の柱があり、ハタで飾られている。部屋の隅には大きな囲炉裏がありそのそばには仏壇がある。部屋にはたくさんの机と椅子が並べられており、一度に50人くらいが座ることができる。若い人が我々のためにバター茶を作ってくれた。塩気があってなかなかおいしかった。
客間 バター茶つくり
入り口の部屋の左側には50平方メートルくらいの仏間があり、壁一面に大きな仏壇が作られている。まるでお寺のようだ。
仏壇
この家には82歳のおばあさんのほか7人が住んでおり、ヤク20頭、羊40頭を飼っている。畑が3分の1ヘクタールある。豊かな家では200頭ものヤクを飼っているという。
82歳のおばあさん
ホテルに戻ったあとは自由時間になったが、眠くてふらふらするので2時間ほど休み、夕食前に街の中を散歩する。道端でマツタケを売っていた。買って帰りたかったが3日くらいしかもたないのであきらめるほかない。以前ガイドから乾燥マツタケを買って帰ったことがあるが、香りがなく全然うまくなかった。乾燥マツタケなど買うものでない。