ドイツの医師 von Basedowに由来する病名ですが、アメリカではグレーブス病(Graves' disease)と呼ばれます。眼が出てくる病気としてご存じの方もいらっしゃると思います。甲状腺がはれ、甲状腺ホルモンが異常に増えてしまう病気ですが、その原因が自己免疫であると判明したのはそれほど昔のことではありません。
自己免疫によって起こる病気を自己免疫性疾患と呼びます。自己免疫疾患とは、聞き慣れない言葉かもしれませんが、簡単にいうと「自分で自分を病気にしてしまう病気」とでも申しましょうか。感染症、例えば肺炎や肝炎は外界から侵入した細菌やウイルスによって起こる病気です。一方、自己免疫疾患では、病気を起こしているのが本来自分の体を守っている白血球なのです。体を保護する役割を担っている免疫系が、反乱して自分自身を攻撃してしまう病気なのです。その代表的な疾患が、慢性関節リウマチなどの膠原病といわれる疾患群ですが、その他にも自分の肝臓を壊してしまう自己免疫性肝炎、自分の赤血球を壊してしまう自己免疫性溶血性貧血など多くの自己免疫疾患があります。自己免疫性甲状腺疾患としては、バセドウ病と橋本病(慢性甲状腺炎)が代表です。両疾患共に遺伝的背景が濃く、家族内に両疾患を持つ方が多いのが特徴です。但し、橋本病は潜在性のことが多いので分からない場合が多いと思われます。
バセドウ病や橋本病では、自己抗体というものが体にできます。抗体は、元々外界からの異物を排除するために白血球が作るものですが、これがなんと自分自身の臓器に対して作られてしまい、結果的にその臓器に異常を起こすことになります。バセドウ病では、甲状腺ホルモンが異常に大量に産生されるようになりますが、その原因は甲状腺刺激抗体(TRAb, TSAb)という自己抗体なのです。この甲状腺刺激抗体を作っているのが、自分の白血球(正確にはリンパ球といわれる白血球のうちの一部)なのです。ですから、この病気を治すには甲状腺刺激抗体を産生しているリンパ球を取り除ければいいわけです。しかしながら、ことはそう簡単にはいきません。悪さをしているリンパ球を識別する方法がないからです。他の大部分のリンパ球は、大切な役割を担っていて生命維持に欠かせません。そもそも、体に悪さをするリンパ球は、発生の過程や免疫監視機構の働きで取り除かれているはずなのです。それがどういう訳か残ってしまい悪さをしているわけで、根本的には体内の免疫監視機構にどうも問題がありそうです。というわけで、バセドウ病は奥が深い病気であることがお解りいただけたでしょうか?
バセドウ病では、甲状腺ホルモンが大量に産生されますので甲状腺機能亢進症となります。甲状腺ホルモンは、体の代謝に重要なホルモンですが、多すぎると代謝が異常に亢進した状態、例えば激しい運動をした時のような症状がでます。食べても食べても体重が減り、疲れやすくなるのが特徴です。脈が速くいつも動悸を感じ、汗が多く、手のふるえを自覚します。ほとんどの例で甲状腺が腫れます。このはれを甲状腺腫といい、バセドウ病では全体に腫れるのでびまん性甲状腺腫といいます。前述したように眼の症状もバセドウ病の特徴の一つです。まぶたが腫れる眼瞼浮腫、眼球が飛び出す眼球突出などがよく見られる症状ですが、進行すると眼球運動に支障をきたし、ものが二重に見える複視や、視神経が圧迫されて視力低下をきたす重症例もあります。
循環器 :
動悸、息切れ、不整脈
消化器 :
食欲亢進、下痢、軟便、体重減少
神経・筋肉・皮膚 :
筋力低下、四肢麻痺、発汗過多、いらいら、手指振戦、全身倦怠感、浮腫
生殖器 :
無月経、過小月経
眼 :
眼瞼浮腫、眼球突出、結膜充血、複視、視力低下
頸部 :
びまん性甲状腺腫
バセドウ病の診断には、血液検査が重要です。血中の甲状腺ホルモンは非常に微量ですので、正確に測定できるようになったのは私が医学生になった頃で、それほど前のことではありません。特に遊離型の甲状腺ホルモンであるFT3・FT4は、pg/ml(血清1ml中に10-12g)の単位でしか含まれていませんので、測定が可能になったのはつい最近です。甲状腺機能亢進症となるバセドウ病では、血中の甲状腺ホルモン(FT3・FT4)は様々な程度で増えています。甲状腺ホルモンは、通常は脳下垂体からの甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって制御されていますが、バセドウ病ではTSHは感度以下まで低下します。すなわち、脳からのコントロールが機能しなくなっている状態です。また、前述の甲状腺刺激抗体が陽性になります。甲状腺刺激抗体も最近になって測定できるようになりました。測定法によりTRAbとTSAbがありますが、バセドウ病の原因となる自己抗体ですので必ず測定します。約5%位に甲状腺刺激抗体陰性のバセドウ病の人がいますが、その際には他の甲状腺ホルモン上昇をきたす疾患(甲状腺の病気参照)との鑑別が重要です。甲状腺刺激抗体が陰性化することと、TSHが正常化することがバセドウ病の寛解の指標となります。稀に腫瘍を合併することもあり、触診やエコー検査にて調べます。癌の合併が疑わしいときは、穿刺吸引細胞診を甲状腺機能が正常化してから行い確定診断をつけます。
バセドウ病の治療は、甲状腺刺激抗体を消す医学的方法が現時点ではないので、甲状腺の機能を薬で押さえながら抗体の消えるのを待つか、あるいは抗体があっても作用しないほどに甲状腺の働きを手術や放射線で低下させてしまう方法しかありません。いずれにしても寛解状態というほぼ治った状態になります。完治との違いは、再発があり得ることや、甲状腺機能低下症になるため甲状腺ホルモンの補充が一生必要な場合があることです。(1)抗甲状腺薬:甲状腺ホルモンの合成を阻害する薬です。MMI(メルカゾール)とPTU(チウラジール・プロパジール)があります。
(2)アイソトープ療法:放射線による治療ですが、内照射といって薬を飲んで甲状腺内部から照射する方法です。
(3)甲状腺亜全摘術:手術で甲状腺を約5g程度残して切除します。これらの治療法の特徴をまとめてみました。
治療法
良い点
問題点
抗甲状腺薬
簡便;通院で済む
時間がかかる(2~10年以上);副作用があり得る;再発が稀ではない;薬の調節が難しい
アイソトープ療法
簡便;薬より効果が早い;再発はまずない;甲状腺腫が小さくなる
後に機能低下症になる;入院が必要なことがある;1回では済まないこともある;眼症が悪化することがある;しばらくは甲状腺刺激抗体が上昇するので妊娠を控える必要がある;妊婦や授乳をしている人は禁忌
亜全摘術
効果が最も早い
再発や機能低下症となることもある;合併症があり得る;入院が必要;手術創が残る
薬による治療は、年の単位で時間がかかることを覚悟してください。甲状腺腫が小さく、甲状腺刺激抗体が治療で速やかに低下してくる例では良い方法です。但し、速やかに寛解に入っても、再発を繰り返す人もいますので注意が必要です。抗甲状腺薬は副作用も割と多く、その匙加減が非常に難しいため、内分泌(甲状腺)専門医に診てもらった方がよいでしょう。
アメリカでは、ほとんどがアイソトープ治療を受けます。大量のアイソトープで甲状腺を働かなくしてしまいます。その後は、一生甲状腺ホルモンの補充を行います。この方法が、一番医療費が安上がりです。日本では、個人個人に合わせて投与量を加減しますので、すぐに機能低下になることは稀ですが、徐々に低下してくる例が多く、いずれ甲状腺ホルモンの補充が必要になってくることが多いです。また、できる施設が限られている点も問題です。
外科手術は、以前ほどは行われなくなりましたが、依然バセドウ病の治療法としては優れた方法です。概して、甲状腺腫が大きく甲状腺刺激抗体も高い方は、薬による治療では時間がかかります。このような条件に当てはまる方で、早く寛解を希望する場合には最適な方法です。但し、手術も絶対的な方法ではありません。再発も低下症になることもあることを知っておきましょう。また、バセドウ病の手術は、経験豊富な内分泌外科医に施行していただいた方が良いでしょう。