割谷(奥多摩 日原川支流) '97/3/9 斉藤・渡部  記=渡部
快晴 気温高く3月下旬の陽気


今シーズンの沢始めは斉藤の発案で小川谷最深部、割谷に決まった。
釣り師の車で賑わう日原川の林道を抜け、終点の駐車場で身支度の後、出発。
七跳山直下から延びる尾根を回り込みながら下ると、三又の河原が奥多摩らしからぬ広がりを見せている。
登攀具を付けて酉谷をしばらく進み、割谷に入るとすぐに、まだ炎を残す焚き火の跡。
太い幹まで燃えている所を見ると、おそらく朝一番で入った釣り師が先行しているのだろう。
10m滝は雪と氷で水線付近に取り付けず、右のチムニー状の窪を巻き気味に上がるが、斉藤の無責任な声援もむなしく、上部で行き詰まる。
辛うじて使えそうなホールドをボロボロとまき散らし、つま先立ちの足はプルプルと、必死でリスを探す目はうるうると震え出す始末。
行きはよいよい帰りは地獄、ズルリと抜けそうな牛の頭ほどの岩に不本意ながらも全体重をかけ、なんとか中段の小さなバンドに降り立つ。
早くも遡行意欲15%位まで落ち込む。気を取り直し今度は滝の落ち口へのびる反対側の岩棚へ股裂け状態で乗り移り、どうにかタビが引っかかるスラブを這い上がり灌木にビレーをとる。
こんな効くか効かないかの微妙なフリクションに乗り移るときの心境というのは、ピンサロなんかで「いい子居るのかなー、居ないのかなー」なんて思いながら入店する時の心理に似ていて、(夜の町では大概、フリクションは効かず滑落してしまうのだが)人生の様々な葛藤の形態がここに凝縮されている様で、沢登の奥深さを改めて感じてしまうのである。
後続はロープを着けて登り、事なきを得る。ホッとしたところで左岸上部を見ると、巻き道が山腹に走っていた。
しばらく行くと、やっぱり釣り師の姿。岩のように微動だにしない後ろ姿に強いオーラを感じ、内緒で大きく高巻いてしまおうと画策する。
右岸の高みの藪をガサゴソ行くがどうも地形的に無理な様子で、諦めて下りたところに丁度二人の釣り師。
私は天使のような笑顔で挨拶する。
しかし、ギロリと光る四つの目玉からは”死んでも先には行かせねーぞ光線”が我々に向かってビキビキと照射されていた。
強烈な光線をまともにくらった我々は為すすべもなく、日向の岩に腰掛けて朝の野点で時を待ちながら心の傷を癒すのだった。
どうも今日が解禁日らしく、釣り師の気合いの入れようは半端じゃないようである。
それにしたって、気合いにも限度があるはずで、光線を放ったその場所から2、3歩先の小さな落ち込みで10分以上も粘られては、たまったものではないのである。
釣りが楽しいのは揺るぎない事実である。
釜の底から伝わる糸の脈動にアドレナリンの沸騰を覚えるとき、その一瞬は、もしかしたら沢旅の全行程に匹敵する程の興奮ではないかと思うときもある。
しかし源流での釣りが他者を排除した時にだけ存在する遊び(何処かで聞いたフレーズ)だとするならば、そんな事を続けているとケツの穴が小さくなってウンコが出なくなっちゃうよと言いたいのである。
もし他者(熊、鹿、人間、森羅万象全てのものじゃ)の影響によって釣りにならなくても、それが自身の釣りであり、運命なのだと思えないのだろうか。思えるわけねーか。
釣り師の姿が見えなくなって暫くしてから腰を上げ、釣り竿片手にのんびり進むことにする。
彼らの話では落ち込みごとに二、三匹は居ると言っていたが、私の腕ではアタリも無い。
早々に釣りはやめ、しばらく行くと二俣。左に入り伏流を行くと獣の体毛が畳一枚ほどの広さで河原に落ちていた。
脱毛にしては随分と抜けたもんだなーなんて言いながら辺りに目をやると、まだ赤身を残す背骨のついた牡鹿の頭が転がっていた。
頭と前足二本を残すのみで、肋骨や大腿骨がないところを見ると、おそらく熊が持ち去ったのだろう。
行政区域は東京都でもここは小川谷の最深部、なかなか獣臭さの漂う谷である。
熊ちゃんの恫喝に恐れをなし、ホーホー、ピーピーとやたら喧しくなった我々一行はナメ滝群を越え、アイスクライミングごっこで臭い記念写真を撮り、根で大岩を抱きかかえる大木に目を見張りながらも快調に突き進む。
今一つ現在地がはっきりせずも、まあ、そろそろツメでしょうと言うことで二俣(と言うより右から入るルンゼ)を右へ入る。
初めは雪面を壺足で進むが段々と傾斜が強くなり、斉藤リードでカッティングしながらのイヤラシイ登攀となる。
斉藤が何かに取り憑かれたかのように雪のルンゼにルートを刻んでゆく。彼が振り払っている物は、人跡未踏の氷雪か、それとも日頃の煩悩か。
海より深い煩悩を払いきれない男の登攀は鬼気迫るものがあり、つるつるの雪のルンゼをノーロープで這い上がってしまう。
「こんな所、ロープがなきゃオラいやだー」と駄々をこね、ザックから出したロープを投げて引き上げてもらい、そのまま次のピッチへと進む。
最期のピッチを登り終えた斉藤が振り向いて一言「また、やってしもーたー」あわてて登りあがって見ると、みごとな淋しい支尾根。
現在地を確認すると1595mピークから南西に延びる手前の尾根のようで、気合いを入れて笹藪に突入する。
背丈を超える藪にはハッキリとした獣道が付いていて、しばらく尾根を進んだ後、今度は東にトラバースする。
藪の薄くなった所で稜線に向かい、もう一漕ぎしたらあっけなく登山道に出た。
下山は縦走路を西に向かい、ダラダラ下る酉谷沿いの登山道を両腿をひきつらせながら下りた。
酉谷本流は水量こそ大したことはないが、まあまあの谷巾と広がりを持っていて、骨谷の出合から先、登山道は良くなり、所々に良い幕場が点在していた。
帰路、立ち寄った中華屋の肉天は大変ボリュームがありました。


7:14日原鍾乳洞着/8:10林道終点着/8:40発/9:00三つ俣/11:10釣り待ち出発/11:30二俣/14:20支尾根/14:50登山道/15:40分岐/16:30骨谷出合/17:00三つ又