御神楽沢
(南会津) '97/8/13〜16  渡部、斉藤        記=斉藤
13・曇りのち晴れ、14・晴れ、15・晴れ、16・晴れ


一難去ってまた一難とは良く言ったもので、歯車というものは一度狂いだすとなかなか元に戻らない。
我々の山行は常にそんなものなのだが、これだけいろいろあった沢旅も珍しい。
前回、メジロアブにたかられながら延々と歩いた袖沢林道を 
“こうさ!バビュ〜ンとさ!行くわけよ” と提案したのは私だった。・・・・これが、歯車の狂いのひとつとも知らずに。
8/12
今回の計画は、昨年夏、台風にビビッてあきらめた(好判断だったが)御神楽沢を登攀し、その時登った中門沢を下降するルートだ。
前夜に山入りということで、翌日の食料を小出IC付近のコンビニで調達しようと当て込んで来たが、みごとなまでの無限の闇をまえに朝昼抜きが確定してしまった。
長いシルバーラインのトンネルを抜け小雨の降り出す中、奥只見ダムサイトの駐車場にテントを張り、それだけはしっかりと東京で買い込んできたビールで暗闇を肴に入山祝いをする。「コイデいいのだ!」
8/13
テントから抜け出すと、曇りながらも昨夜からの雨はあがっていた。
ラッキーなことに6時前から土産物屋が開いており、暖かいけんちん汁の朝食をとり、特別にオニギリを作ってもらい昼飯の調達もできた。
さんざん腹をいっぱいにし、いつもながらのノンビリスタートとなる。
ダム湖畔の丸山山荘の先から始まる袖沢林道は、立派なゲートがあり一般車は通行できない。
名渓“御神楽沢”へのアプローチは、アブ林道4時間以上の歩きを強要されるのだ。
山荘脇の駐車場に車を止め、身支度を整え10:00ちょうどに出発する。(出掛けに、なんとなく“いやな予感”がしたので、ザックに2万円ほどを仕舞い込む。)
今回の“バビュ〜ン”な新兵器とは、折りたたみ自転車。これで袖沢林道をイッキに駆け抜けようというたくらみだ。
計画にあたって相棒の渡部は「そんなうまくいくかぁ〜?」と疑いのマナコを私に向けたが(その割にはパンク修理セットなど持ってきてヤルキになっていた)沢床までの舗装道路を快適にダウンヒルする私は“フッ!メジロもこれでぶっちぎりさ!”とミョ〜な自信にあふれていた。
が、数分後にはその浅はかな自信は打ち砕かれた。
平坦だと思っていた林道は記憶と裏腹に起伏が多く、快適なサイクリングには程遠い。
おまけに歩きと違い両手はハンドル、そこに泣きっ面にアブという状態で、熱い最中に雨具・防虫ネットの難行苦行は、なんども我々を発狂させた。
結局、行程の半分ほど自転車押しについやし、中門沢への分岐に着いたのは13:30だった。
昨年のタイムから考えると気持ち3,40分の短縮ができたが。精神的にも肉体的にもかえって疲れたような気がする。
分岐を左に入り、小さな橋を渡った先で、自転車をデポする。
予定ではこの自転車を4日後の夕方、回収することになっている。苦難をともにした自転車にしばしの別れを告げ、いよいよ御神楽沢の遡行を開始する。
しばらく歩くと袖沢取水口の堰が見えてくる。夏の太陽をいっぱい吸い込んだライトブルーのプールを横目に左岸から入渓し、沢水に足を浸す。
ヤッパこれでなくちゃ!日の当たる気持ちのいい川原でオニギリをほおばる。
渡部はさっそく釣竿を片手にホフク前進している。いつもの夏の山行がやっと始まった。
今日の予定は下流域で幕を張り、明日はムジナクボ沢先の上流域で幕。
明後日はイッキにつめ上げ会津駒のピークを踏み中門沢を下降、上流域で一泊し翌日は脱兎のごとく山を降り自転車に乗って“バビュ〜ン”と奥只見ダムサイトへ、で祝杯ビール(結局バビュ〜ンとは行かないのだが)。
まァいつもながらの、余裕があるようでないような計画である。
すでに14時をまわっているので、幕場を探しがてら釣り上がる。水温が高いせいかアタリもなく2,3の枝沢を見送ると右岸から明るく開けたミチギノ沢出合いに着いた。
ちょうど右岸に幕場がある。例のごとく“今日はぁ〜自転車こぎぃ〜疲れたしぃ〜、まだ初日だし〜”と二人で自己完結型の独り言をつぶやきあいながら、そそくさとタープを張りだす。
ここらへんの「あ・うん」の呼吸と妥協の加減というのは渡部も私もよく心得ているのだ。
渡部が焚き火の準備をしているあいだ、出合の小さな落込みからイワナを抜き上げ、宴の膳に供す。
昼間のメジロからバトンタッチしたヤブ蚊に閉口しながらも、蚊遣りの焚き火で酒を呑む。
自転車こぎの疲れもあり、いい心持になったころタープにもぐりこむ。
夜半、体中がモ〜レツにカユくなり目がさめる。明け方の寒さで目覚めるのはしょっちゅうだが、カユさで目がさめたのは初めてだ。
隣に寝ている渡部も同じようで、もぞもぞしている。我々の就寝基本形態?はシュラフカバーに防虫ネット。
ダニか蚊がカバーの中に入ったかな?と思ったが、めんどくさいのでカユさに耐えながらまんじりともせず朝を迎える。
8/14
カユいながらもウトウトしたのか、渡部の「うわぁっ!」という奇声で目覚める。
眼を開けると朝日に照らされたタープの内側に大量の蚊がべったりと張り付いている。“・・・コ・コイツラの仕業なのね?”
オタオタとタープから転がり出て、体中ボリボリかきながら火をおこし朝飯を作る。
で、落ち着いて焚き火をはさんで腰掛ければ、お互い大爆笑。
「・・・・オ・オマエ 誰?」「オマエこそ誰だ?」って漫才みたいだけれど、洒落にならないほどお互いの顔が変わってる。
渡部にいたっては、顔が宍戸城、唇がはれて声が金子伸夫状態におちいってる。朝から思いっきり笑かしてもらった。
和やかな?朝食もおわり、顔中にムヒをぬりたくり7:00に出発する。
昨年は台風に追われ中門沢を駆け抜けたが、今回は天気も上々、大きな入道雲と青空の境目がクッキリと見える。
私だけの感覚かもしれないが、子供の頃見たようなホントの夏空は、青さを通り越して黒に近い色になってくる。
都会では星が見えないと言うけれど、この青空も見ることはできないだろう。
そんな青空と御神楽の美しい森と水は、お互い張り合うように私の目に飛び込んできて、体中カユいけどワクワクしてくる。
ノンビリしたいところだが、今日はできるだけ距離を稼ぎたいので、道草もほどほどに3時間ほど進むと、大きな岩盤を断ち割ったような岩畳についた。
原生林に囲まれた大きな岩のオブジェはどんな芸術家もかなわない自然だけが作れる作品だろう。
岩畳で一本いれて、記念写真なぞを撮ってから出発。
ところどころの釜を水線通しに泳いだりしながら、2段20m、ナメ滝をこえるとゴルジュが見えてくる。
腰までつかりながら進むとゴルジュは左曲し、そこに8mほどの滝をかけている。
その滝の左というかゴルジュの右岸壁を登ると大きく開けた2段25mのスラブ状の大滝が目の前に現れる。
ドーム状に岩壁で囲まれた滝は、スケールも大きく見ごたえがある。
滝は右から取り付いて、中段のバンドをシャワーを浴び左にトラバースすれば、あとの登りは楽そうに見えるが、偵察をかけた渡部はスゴスゴと引き返してきた。
確かにこの水量では無理なようで、結局そのまま左岸垂壁を登ることにする。
それほどの距離はない壁だが、一箇所岩が飛び出している所がありザックが振られそうなので、空身で渡部がザイルをひく。
落ち口の高さまで上がると草付きになるが、傾斜もあり渡部が慎重にビレイを取りザックと私を引き上げる。
御神楽の最大の難所と言われている滝なので慎重に登ったせいか、結構時間をくってしまった。
大滝から先の渓相は穏やかなナメがつづき、ホッと一息ついたついでに昼食のソーメンを食べ一本いれる。
腹も落ち着いたところで出発。途中4m滝手前の左岸に鯨のような岩を見つけ“鯨岩”と命名。
ゴーロ帯を過ぎると50mナメ滝が現れる。ところどころ階段状になっている見事なナメ滝を越えたところで、幕場を探しながら釣り上がることにする。
我々としてはめずらしく真剣に登ってきたので魚影を見なかったが、入れたとたんにヒット!丸々と太ったイワナが水面から踊り出す。
とにかく入れ食いで、釣ったイワナを外している間に、置いた竿にまたかかっている。おまけに釣れるのはどれも9寸前後の型のいいイワナばかり。
今宵の肴はあっという間に調達できたが、しばらくその引き味にイワナとたわむれながら登っていくと、連瀑帯となる。
時間も16時を過ぎているためヤヤあせりはじめたところに釜をもつ5m滝に出くわす。
左岸から登ろうとするが、今一歩が出ず、渡部がてこずり、私もてこずる。
ここまで幕場適所はあまり無かったため、何とか巻いてしまおうと手前左岸ルンゼから巻きにはいる・・・・が、これがまずかった。
途中、滝の落ち口の高さでトラバースしようとしたが地形的に無理があり、どんどん高みに追い上げられてしまった。
傾斜もきつくなり、日も暮れかけ、やむなく降りると、もうあたりは暗くなってきており、しばらく戻った右岸に幕を張る。
不本意ながら増水一発、落石即死のルンゼ下一畳の幅もない細長い川原だが・・・
幸い空には満天の星、イワナも大漁、開き直って狭い川原で焚き火の宴。釣り上げたイワナは油がのっていて最高にうまかった。
最後の高巻き失敗でドッと疲れたせいか、早めにタープにもぐりこむ。さすがに、ここまで登ればアブもヤブ蚊もいないが、足が沢水につかるのは塩梅が悪かった。
8/15
翌日も快晴。
狭いながらも楽しい我が家を撤収し、焚き火とお茶で体を暖め8時過ぎに出発。
昨日てこずった5mを渡部がもう一度登ってみる。
腰までつかり水中のスタンスを使い、ややシャワーを浴びるとアッサリと登れた。
肉体的、精神的、時間的、追い込まれると冷静に滝を読めない。まさにその典型だった。
しばらく進むと10m直瀑が現れる、手前の小ゴルジュに流木が橋のようにはさまっている。
釜を回り込んで右岸からこえ、小1時間ほどでムジナクボ沢出合いにつく、ここまで幕場はなかったので、昨日の判断は正しかったようだ。
1595のムジナクボ沢出合いをすぎると水量も減り源頭部の様相となる。快適な幕場も4,5箇所ほどあった。
中門岳からの沢が右岸から入る開けたところで一本入れる。今日中の中門沢下降を考えれば、この沢をつめるほうが早いかもしれないが、情報もないし御神楽沢も完登してみたいので先に進む。
小さなナメ滝を何個か越えると、イナズマ型の滝が現れる。なかなかキレイな滝だ。
右側のカンテ状の岩づたいに登り、つづく2段5mを小さく巻き、右に曲がる5mの中盤からフリクションを効かせ登る。
1750からコンターが緩くなってくると、お花畑のなか桃源郷の小川のような瀬がつづく。
あとは、何個かの滝を登り、ただただつめ上げていくと、水が途切れヤブに突入。
時間を気にしながらヤブをかき分け、会津駒北西の草原に飛び出した。
木道をいくハイカーが草原を歩く我々をイブカシゲに見ている。
時間は13時を回っている。木道に腰掛け一服し、すぐさま次の行動に移る。
中門岳から西へ緩やかにのびる尾根を確認しコンパスをふり慎重にヤブに突入する。
昨年登ってきたヤブだが、コンターが緩い上に、強烈なヤブに方向修正しながら降りるうち、どうも確信が持てなくなってきた。
まわりは密ヤブでまったく視界がきかない。ようやく背の高い木を見つけ登り、渡部と交代で確認してみると、どうも左に流されてしまったようだった。
なぜか、中門岳西の2038ポイントが右手に見えるのだ。
何度か現在位置を確認してみたが、下手なところに降りるとど〜しよもなくなるので、キツネにつままれたような気分だが戻ることにした。
降りるより大変な密ヤブを登り、中門岳にやっとのこと戻るのに1時間以上のロスをしてしまった。
時計はまもなく16時になる。再突入にはタイムアウトだ。ここで一思案。
ケース1:強引に再突入
ケース2:ここ山頂でビバーク、翌朝早出でイッキに中門沢を駆け下りる。
ケース3:反対側だが、登山道で檜枝岐に降りる。
条件:袖沢林道にデポした自転車と、ダムサイトの車を回収。さらに明日の夜には帰路につく(渡部は明後日、子供と上野動物園)
まず、ケース1は、昨年中門沢をつめ上げたので分かるが、明るいうちに水のある幕場に降りられないと考えた。
ケース2は山頂では幕を張れず、仮に一泊したとしても、1日で中門を下降するのは難しいだろう。
ケース3は檜枝岐に降りれば温泉とビールにありつける。でも条件はクリアできない。
しばらく思案したあと、我々は檜枝岐に降りることにした!(ぜんぜん思案してない・・・・)
まぁ、この時点ではお金も多少持って来たし、向こう側に降りても、タクシーで奥只見に戻れるとタカをくくっていたのも事実だが・・・・
そうと決まれば、昨年時間もなく踏めなかった駒のピークを、ザックをデポして踏む。この山域ではメジャーな山だけあって沢山の登山者がいた。
ふと考えると昼飯を抜いていることに気づき、急に空腹に襲われる。中門沢を下降する予定だったので、水もろくに上げてない。さてどうするか?
シャリ負けして木道にへたりこむ我々をみて気の毒に思ったのか、オジサンオバサンの団体登山者が、オニギリ、漬物(千枚漬、これはホントにうまかった!)、おまけにデザートに笹団子を恵んでくれた。
人の情は身にしみる。涙がでるほどうまかった!(しかしよっぽど物欲しそうな顔をしていたのだろう)
お蔭様で空腹もおさまり、まわりの登山者に檜枝岐から奥只見の交通手段があるか情報収集をする。(ここらへんは下山隊長の仕事なのだ。)
しかし何人かに聞いてみるが、皆言うことがハッキリしない。
バスがあるはずだとか、銀山湖の船に乗ればとか、3時間かかるとか、5時間以上かかるとか、そんなこと出来ない?とか、もうイロイロ。
どの情報が正しいのか判断しかねたが、もう降りるって決めちゃったもんネッ!と下山を開始する。
途中、日も暮れヘッデンでの下山となったが、檜枝岐についたのは昨年より早く7時ごろだった。
村では、昨年と同じように盆踊りが行われていた。木曽節が夏の夜風にのり遠く近くに聞こえる。
楽しげなリズムに村の人たちが輪になって踊っているが、都会の盆踊りみたいに夜店など一個もないシンプルな踊場は、先祖の霊を迎えるという本来の意味が見るものに伝わり、なにか荘厳な感じがする。
じっと見ていると、その輪に引き込まれそうになるが、とにかく汗を流そうと公営の温泉に向かう。
温泉につかり生き返ったところで、風呂場のお兄さんに奥只見へ行く方法を聞いてみると、バスが走っているらしいが、お盆時はあるかどうか分からないという。
多少、金はかかってもとタクシー会社に電話をしてみたが、タクシー会社いわく(はじめ奥只見がどこか分からないようだった)今から出ると明日の朝になる?・・・そ・そんなに遠いの。料金は行ったことがないので分からない?・・・高いことは十分想像ができる。ハァ〜〜。
そんなやり取りをしているうちにあきらめた。とにかく銀座で呑みすぎてタクシーで家に帰るのと訳が違うのはハッキリとわかった。
かなり道は絶たれたようだが、とにかく一杯やりながら作戦会議を開こうと、昨年もお世話になった“村一”に向かった。
店は檜枝岐歌舞伎の練習帰りか、村の人で混み合っていた。
風呂上がりの生ビールで下山祝いの乾杯をし作戦を練るが、酔っ払った頭で考えてみてもど〜しよもなさそうだった。
最終手段は、バスで会津高原駅に出て東京に戻り、私の車で再度奥只見に行きダムサイトの車を回収する。
ただ問題は、林道奥の自転車を回収するとなると往復10時間近くかかり、丸1日の仕事になる。・・・・それと東京に帰る旅費は今ここで呑んでしまっている・・・
それでもおバカな我々は、なんとかなるわい!とビールをおかわりする(アルコールによる現実逃避はお手のものなのだ)
そんな我々を見かねてか、店の主人がバスの時刻表を持ってきてくれた。
見てみると、

@檜枝岐

7:00

御池

7:25

 

乗換え

 

○御池

8:10

尾瀬口 

8:50着

 

発(船)

8:55

奥只見ダム

9:45

A 〃

9:00

9:25

 

 

● 〃

9:55

 

10:35着

 

11:05

11:45

B 〃

13:55

14:25

 

 

● 〃

15:20

 

16:00着

 

16:10

16:50

の3本があった。
やった!3本目の奥只見ダム16:50は自転車の回収が出来ないだろうが、2本目までなら十分だし、バスと船で2時間なら今の持ち金でなんとかなりそうだ。
そうと決まれば節約しなくちゃとお店を出ればいいのだが、アルコール効率の高い酎ハイに切り替え11時近くまで呑んでしまう(救いようのないバカ)
昨年は台風直撃のなか、民宿のオバサンに救われたが、今日は天気もいいので(金も無いのだが)会津駒登山口 公衆便所脇に堂々のビバーク。
タープを張れず星空を眺めての野宿だが、夜露がちょうど良く酔いをさましてくれた。(ホントはすっごく寒かった)
8/16
朝早くから会津駒へ登る登山者たちの話し声で目が覚める。
沢山の登山者が脇を歩いていくので、ゴロゴロもしていられず、撤収し観光案内所まで歩く。
バスが本当にあるか確認しようと思ったが、そんな朝早くから開いてはいなかった。
7:00発のバスを待つために、バス停前のますや旅館のテラス?でコーヒーを飲む。腹もへっていたので、なにか食べるものはないかと聞いたが、コーヒーだけらしい。
隣の土産物屋が開いていたので、菓子パンでもと探してみたがそこもなかった。
しょ〜がないと諦めると、美人の若奥さんが焼きたての自家製パン、土産物屋のおやじさんが、これでも食うかと人形焼を持ってきてくれた。
昨年の民宿のオバサンといい、檜枝岐は優しい人ばかりだ。丁重にお礼を言ってありがたく頂いた。
そろそろ7時になろうかとしていたが、昨年もお世話になった檜枝岐を去りがたく、二人で相談し9時のバスに切り替えることにした。
奥只見ダム11:45でもなんとかなるわいとタカをくくったノンビリオジサンの前を7:00のバスが走りぬけていった。
コーヒーのおかわりをした渡部が“いろいろあったけど、こういう人情に触れる旅ってのもいいもんだねぇ〜。後で村を散策するか?”などと呑気なことを言っている。
私は念のためもう一度バスの時刻表を確認してみる。そして唖然とした。
「・・・・・・・・・まだ・・・・いろいろありそうだぞ。」
昨晩はヨッパラッていて気づかなかったが、御池→尾瀬口の2・3本目に注書きがあり、よ〜く読むと6/16〜8/14・8/17〜10/9の間運行と書かれていた。
私の横で固まった渡部が「うんこ〜〜〜?」とつぶやく。私が「ということは今日は8月16日だからぁ・・・・・・・」
渡部が「さっき、ブォ〜〜〜って行ちゃったやつ?」と私に問う。私は深くうなずく。
テラスに座るおバカ2人に朝の日差しが差し込んできた。
途方にくれたオジサン2人。トボトボと観光案内所の駐車場にもどってみたが、どうも今日は休みらしい。
案内所でなにか他の方法を聞き出そうと思ったが、多分ないだろうことはわかっていた。
わずかな望みを託して、時刻表にある奥只見郷観光開発協議会に電話をしてみたが、やはりバスはなかった。(結局1本目もなかったらしい・・・)
私の声があまりにも情けなく聞こえたのだろう、電話にでたオネエさんが「船だけは動いているかもしれません」と船着き場のある鷹巣地区の電話を教えてくれた。
そこまで行くバスがなければどうしよもないのだが、明日の事を考え、船だけは動いていることを確認する。
渡部には動物園をあきらめてもらわなきゃならない、というより渡部の子供たちにあきらめてもらわなきゃならない・・・か?
山好きの馬鹿オヤジを持つと子供はかわいそうだ。
“ベンヨコ(公衆便所横)でもう一泊かぁ〜〜〜”となかばあきらめたとき、ど〜せ野宿なら・・・とあることがひらめいた。
案内所の観光地図を見ると、御池から尾瀬口の船着場まで18キロ。
9:00のバスに乗れば御池に9:25に着く。船の最終便が16:10。
その差7時間弱。18キロを割ってみれば1時間2.5キロ歩けばいいわけだ。
仮に間に合わなくても、途中で野宿すればいい。
檜枝岐で1日つぶして野宿するよりは少しでも進める。
これにキメ!!これしかナイ!と時計を見ると9時3分前。
後ろを振り向くと、渡部は完全にアキラメきってザックの中身を駐車場に広げ、自分の体もろとも日干ししている。
この男は里に降りるとど〜も緊張感がたりない。
説明しているヒマもないので「ワタベ〜〜〜!バスに乗るぞ〜〜早くしろ〜〜!」と叫びバス停に走り出す。
渡部は訳もわからず、ベランダから逃げる間男のように荷物をかき集め後ろにつづく。
道に出ると目の前をバスが走りぬけていく。大声を出しながら追いかけ何とかバス停で拾ってもらう。
席に座り息を整えてから、渡部に作戦の説明をする。
バスは定刻どおり9:25に尾瀬の玄関口、御池に着いた。
大勢のハイカーでごった返す中、観光バスが次々にゲートを通過していく。
実は渡部も私も尾瀬は行ったことがないので、人の多さに正直びっくりした。
しかし「ずいぶんオ〜ゼ〜の人が行くんだねぇ」などとオヤジギャグをかわすヒマもない我々は、土産物屋で飯をかきこみ10時に出発。
泥付きザックにビーチサンダルを履いたオジサンふたり。ペタリペタリと歩き出す。
BGMに“スタンバイ・ミー”でも流したいところだが、どう見ても“裸の大将”二人旅って感じだ。
御池からは上り坂になっており、しばらく行くと左手に深緑に囲まれた燧ケ岳が遠く望める。
考えてみれば、会津の秘境といわれた檜枝岐と越後の秘境奥只見を歩いて行こうというのだ。
昔なら山深い国境稜線の山々にはばまれた異国の地どうしだ。タクシー会社が分からなかったのも無理はない。
3時間ほど歩いただろうか、景色は最高だが、真夏の太陽は容赦なく照りつけペースは上がらない。
制限時間は7時間、時速2.5キロ以上をキープしなければいけないのに、これではたどり着けないだろう。
ここまで助けられた天気が逆にうらめしい。
こうなったらヒッチハイクしかないと追い越す車にサインを送るが、もともと交通量の少ない山道。たまに通るのはやたらキレイな四駆車で、止まってもくれない。(我々のカッコをみればしょうがないか)
渡部が「なんか、こう俺らにベストマッチするような車が通らんかね?」と言っているとき、うしろから白いバンが走ってきた。
すかさずサインを送ると止まってくれた。
乗せてくれたのは檜枝岐電設鰍フ御主人で、奇しくもまた檜枝岐の人に助けてもらったわけだ。
運転する御主人は、尾瀬口の手前の集落まで行くところを、わざわざ尾瀬口まで送ってくれた。(大変お世話になりました)
御主人いわく尾瀬口まで歩いたら明るいうちには着けないらしい、車窓を流れる景色を見ながら確かにそう思った。
30分ほどで船着き場に着き、丁重にお礼をいい、Uターンするクルマに手を振る。
時計は13:30、16:10の船まで十分余裕がある。腹ごしらえでもと船着き場の食堂にいくが、何かの理由で食事はできないと言う(オバチャンの方言がよく分からなかったのだが)。
んじゃ水分補給とビール4本を摂取。オバチャンがこれでも食えと大盛りの漬物を出してくれた。
波乱の沢旅は、おもろい旅でもあり、おもらい旅でもあった。感謝していただく。
ビールと漬物で腹イッパイにし、店を出て船着場上の空き地で昼寝を決め込む。
自転車回収の問題はあるけれど、これで車は回収できる。あわただしい1日の午睡はたまらなく気持ちが良かった。
16:10。定刻どおり船に乗り込む。
小さな船から見る奥只見湖は日本最大の貯水量を誇るだけあってスケールがでかい。
越後駒−平ガ岳−燧ケ岳とつづく山々、そして登り来た会津駒から集めた水を悠々とたたえている。
40分の船旅で懐かしの奥只見ダムサイトに上陸。車にたどり着く。
ザックを降ろしホッとするが、まだ自転車の回収が残っている。時間は17:00。歩いての回収は不可能だ。
さっそくゲートに向かい警備のオジサンにゲートをあけてもらうよう交渉をする。
里での交渉は、下山隊長である私にかかっているのだが、必死の交渉にもかかわらず、オジサンは首を縦に振らない。
ガックリする私をみて、オジサンも気の毒に思ったのか(こんなんばっか)、そばの民宿でバイクを借りたらどうだと言ってくれた。
しかし、折畳みとはいえ自転車を担いで運転するなんて、バイク乗りの我々でも無理なんじゃなかろうかと思ったが、とにかく側の民宿Gでバイクを借りることにする。
民宿の前には、ナンバー無しのカブが数台置いてある。釣り師用なのだろう。
宿の人に事情を話すと18時まで待ってくれという。言われたとおり18時まで待っていると、宿の御主人が出てきてアッサリとゲートをあけてくれた。
どうやら守衛のオジサンが帰るのを待っていたようだ。
車を乗り入れ2時間かけて自転車を回収、再度ゲートをあけてもらい出る。
自転車回収も無事おわり相棒と握手をする。山頂での握手より感動モンだ。
20時過ぎにダム駐車場を出発。
見上げれば月明かりが山際を美しく縁取り。安堵感とともに心が清められる。
ここで、よせばいいのに、この旅のフィナーレを奥只見→檜枝岐→東北道のドライブで飾ろうと決める。
渡部の運転でシルバーラインの分岐から銀山平への道を進む。
私は助手席を倒し、山間に見え隠れする月を眺める。桑田圭介の“月”が心にしみる。まさに山あり谷ありの沢旅も終りを迎えようとしていた。
疲れと湖岸のワインディングに車酔いし、しばらく眠ると、渡部に起こされた。
「ガスがない・・・・」
ちょうど恋ノ岐沢を越えたあたりからエンプティランプが点滅しだしたらしい。
湖岸はもちろん、今日来た尾瀬口から檜枝岐の間にもガソリンスタンドはないのは分かっている。
とにかく檜枝岐までは持たせようと下り坂ニュートラル走行で何とか檜枝岐のスタンドまでたどり着いたが、しまっていた。
道を歩いていた若い衆に聞いてみると、この先、田島までスタンドはないと言う。田島までざっと60キロはあるだろうか。
リッター10キロ走るとして6リッター、ただ予備タンクの残量は確かめようもない。(今日はこんな計算ばっかりだ)
明日の朝になればスタンドは開くだろうが、我々の悪運を信じて出発する。
もうエンプティランプは点滅から点灯になっている。こうなったら車を押してでも田島に着いてやる!
ニュートラル走行が功を奏したのか、田島の町に23:30にたどり着くが、スタンドはもうしまっていた。
たしかに都会じゃあるまいし24時間営業のスタンドがあるわけはない。
こうなったら迷惑承知でと、スタンド“渡辺善次郎商店”裏手にまわり家の表札“渡辺”を確認し戸をたたく。
寝てても起きてもらうしかない。
休んでいるところを出てきた渡辺氏は“困ってるときはお互いさま”と快くガソリンを入れてくれた。感謝!
ガソリンはタンク容量45リットル、キッチリと入った。(ここまで来ると山あり谷ありと言うよりタイトロープの世界だわな)
その後、塩原経由で西那須塩原ICから東北道に入り帰路についた。
途中寄ったコンビニで着替えもしてないことに気づき渡部と一緒に苦笑する。
いつもなら“温泉〜〜!”と騒ぐ下山隊長も面目丸つぶれだ。


8/13 ・10:00丸山荘発/13:40袖沢分岐/14:30ミチギノ沢出合幕
8/14 ・7:00BP発/10:00岩畳/12:00 2段25m上ナメ/5:30連瀑帯下幕
8/15 ・8:15BP発/9:15ムジナクボ沢出合/9:40中門への沢出合/13:00会津駒稜線/14:00中門下降開始/15:40下降失敗戻る/16:40下山開始/19:00檜枝岐に下山


これは後日談だが、会員の中沢の実家は小出にある、ちょうどその時は帰省していたそうだ。
この話をした中沢は「なぁんだ、電話してくれれば車で迎えに行きましたのに、ちょうどヒマをもてあましてたんですよ!」
・・・・人生ってそんなもんです。