丸山岳 大幽西ノ沢遡行〜東ノ沢下降(南会津 黒谷川)  '99/9/4〜6   斉藤・渡部     記=渡部

4・曇り時々晴れ、5・晴れ時々曇り、6・晴れ


「行くところ其所此所と、至る所に湿原や池とうが点在する丸山岳の穏やかな山頂部に立つと、この二日間、南会津最深部の沢を溯ってきた歓びがジワジワと胸に込み上げてくる。〈中略〉
丸山岳に至る歓び、それは外でもない原始の姿を今に止めた山に、こちらも極めて原始的に、動物的本能と嗅覚を頼りとした山登りを展開できるところにこそある。
そして、それに最も相応しい登り方が沢登りであり、大幽西の沢からの接近であったのである」
     ----------(大内尚樹氏 大幽西の沢の記録から)----------------
登山家でシダ植物研究家の大内尚樹氏の丸山岳に関する記録を初めて読んだのは、もう十年近くも前のことだろうか。
「原始の姿を今に止めた山」その言葉は、南会津という柔らかでいて、どこか頑なな語感とともに、私のどこかにずっと引っかかっていた。
そして、いつの間にか丸山岳への想いは、たおやかで美しく、おおらかで頑丈な精神を持つ女性のような山だという、勝手な憧れへと変わっていった。
その丸山岳に向かう計画が持ちあがったのは昨年のことだった。
しかし、その時は雨で山域を変更。仕切りなおして向かった今年のお盆も、体調不良と雨と臆病風が原因で見事敗退した。
三度目の正直を狙った今回、いつもののんびりムードに鞭を打ち、なにがなんでも山頂へ届こうと、斉藤と誓ったのだった。
出発の夜、ネクタイ姿の相棒を有楽町で拾った車は、週末で賑わう銀座通りを走り抜けていく。
“あっ、あの娘カワイイなぁ・・・”などと時折ノタマイながらも、私たちの見据えるものは遠く丸山岳の光り波打つ草原だったのだ。・・・ホントよ。
9/4
9月にもなれば、さすがにあの憎らしいアブの大群もすっかり姿を消していた。
快適な仕事道を取水堰堤までたどり、大幽沢に入る。
ブナ、ミズナラ、トチ(その他はよく分からん)気の早い葉が何枚か黄に色変わりを見せている。
前回よりも水量の多い沢を徒渉を繰かえし進む。
黒河原沢出合先の大きな釜で一人の釣り人に会う。
まったく釣果はないようで、岩魚は上へ溯ってしまっているのだろう。
この気の良さそうな釣師が今山行で出会った最初で最後の人となる。
屏風沢出合で薄日の射してきた頭上をカワガラスがかすめた。渓に沿って見事な飛行だが、太った体で羽根を必死に上下するさまがおかしい。
前回引き返した地点のツルツルの滝を左から高巻き、落ち口近くに懸垂下降し、小一時間行った朝日沢出合先の廊下を抜けたところで昼飯とする。
やっぱりカレーパン立ち食い。いつものごとく芸がない。
朝日沢を抜けると渓は少々険しさを増してきた。深い釜を胸まで浸かり、直登・高巻きを繰返した。
途中、斉藤が木苺を見つけ頬張る。頬骨をくすぐるような酸っぱさが、遡行意欲をふたたび掻き立てる。
14時50分、朝日岳から丸山岳への稜線が正面に見え、なんだかホっとする。
時間も押してきている、そろそろ今日の寝床を探さねば。
その後、いくつかの小さな川原を見送り、コンタ1130m付近の流れるプールのように右曲する左岸の川原を今宵の宿とした。
夕刻、飯の支度をしていると、目の前の小沢からカモシカが下りてきた。ここはヤツの水飲み場なのだろう。
しばらく岩陰に身を潜めていたが、意を決したように一気に沢を駆け下っていった。
あんな風に森を飛びまわれたら・・・カモシカに比べたら、わしらイモムシ以下だわな。
21時ころ雷雨。水位確認のためケルンを立て、テントに入る。
30分ほど様子をうかがっていたが、増水の気配もなさそうで、いつの間にか眠りについた。
9/5
今日は快晴の気配。のんびりムードに鞭打つつもりだったが、朝から焚き火とたっぷりのお茶で体を温める。幕場に朝陽が射しこむころ、のんきに出発となった。
つづく小滝を越え、5m・8mの連滝は右岸を高巻き懸垂下降。なおも続く滝を登り、へつり、高巻く。西の沢はとにかく忙しい。
途中、左岸の大きな流木に堰き止められた砂利地で昼飯とする。ここは絶好の幕場、四つ星か?
ラーメンを食べて出発すると、すぐに1対1の分岐についた。ここから先も連ばく帯が続く。
私が5m2条滝に取り付くが、途中の一動作が恐ろしくて越えられない。高巻きルートはどれもやっかいだ。
代わって斉藤が空身で華麗?なムーブを見せクリアし、二つのザックを送る。
けっこう時間を食ってしまった。
渓はまだまだ源流の姿をみせず、直登・高巻きを繰りかえす。なんだかもうゲップが出そうな頃、手の付けられない連ばく帯に出くわす。
右岸の高巻きに入るが、これが大失敗。
もっと、小さく小さくトラバースしなければいけなかったのだ、おそらく。
こんなところで二時間近くも薮漕ぎしてしまった。200mほど漕いだだろうか。
ネマガリ竹はトラバースをなかなか許さない。灌木とツタはトップを行く斉藤を容赦なく絡めとった。下降路が見つからず、時間と体力だけが奪われていく。
途中、密薮にドッカと腰をおろし、“もう、ここらで寝るか〜”と弱気な私に
“うん、寝ちまってもいいやな。わたべ、酒、残ってたよな?”とビョ〜キな相棒。・・・酒より水だろう、心配すんのは。
重い腰を上げ、しばらくサマヨったら、小沢に出た。それを下降し本流に下りる。
見上げれば、なおも先は滝、滝、滝。
明るいうちには丸山岳に届かないだろうと、お互いの腹の中では覚悟を決めていた。
それから小一時間遡り、草原の左岸を幕場と決め、行動終了。
薪がないのでコンロで飯を炊き、酒を呑み、そそくさと小さなテントに収まった。
しかしテントは暖かい。持ってきて良かった。
夜中に目が覚めて、寝たまま顔だけテントから出して空を見ていた。べったりと満天の星。
斉藤も顔を出し、しばらく眺める。流れ星が二つ、線を引いた。
かなりロマンチックな状況でも、隣がこの男では・・・星に願う気はおきない。
寒いのでシュラフカバーに潜り込み、むりやり眠る。
9/6
昨夜は焚火ができなかったので、身に着けるものはすべてズブ濡れ。
朝一番のこの儀式はなかなかツライが、気合を入れ着込む。
“ヒョエ〜〜〜〜ン、クァ〜〜〜〜”爽やかな草原に奇声がこだまする。
闇が明けるころ、東の空に月を見つけた。今日も天気は上々だ。
6時半に幕場をあとにする。いくつかの滝を越え、最奥の二股を右にとる。
目の前には所々にザレを見せる広い草原の斜面が広がっている。
とうとう届いたという手応えが、胸を突き上げる。
前を行く斉藤は、一歩一歩を確実にゆっくりと、もったいないように登りつめて行った。
丸山岳の草原は想った以上に穏やかだった。
やっぱりおおらかで、頑丈な女性のようだった。
握手した相棒の手の平が、いつもより大きく感じた(疲れによるただのムクミか?)
大小の可愛らしい池とうが、ほんとに妖精の水浴み場のようにも見えた。
右が男湯で左が女湯。私は番台に座りたい。
しばらく山の気に触れ遊び、名残惜しいが山頂をあとにする。
東の沢への下降地点を外さぬように慎重に地図をにらみ、コンパスを振るが、見事にはずす。
登り返して再びなだらかな草原から薮へ分け入る。東の沢は幾度となく方向を変え、ハラハラさせながら一気に高度を下げていく。
30分ほどで水流が現れ、その後は黙々と駆け下りた。延々と平沢がつづく下流部でボーっと歩きながら、頭の中には一つの疑問がめぐっていた。
それは・・・“スナック○○のマ○ちゃんは、なんで故郷へ帰っちまったんだろうな〜”・・・じゃなくって、
“丸山岳はあの姿を、今に止め続けることができるのだろうか”・・・だ。
私は環境保護活動みたいなものに参加したこともないし、林道があればそれを使い山奥へ入る。
ゴミや糞尿を適切に処理することは大切な事だけど、そういったマナーとエチケットを守るだけで、この狭い国土の自然をみんなの遊び場として良しとするには、あまりにも楽観的すぎるだろう。
森へ分け入ることがすでに破壊行為だというのは自明のこと。
でも、自分の目で見て触れないかぎり、森の良さも解らないだろうし、私たちの理解できないものは、いつか消え失せてしまうだろうとも思っている。
一昔前は淘汰され消え失せるものは仕方がないと思っていた。
そんなものを追い求める必要などないとさえ考えていた。
でも最近どうも調子が違う。やっぱりあの森や水の流れは、そのままでいて欲しいと切に思う。
それなら、どうしようか。私などには良い答えなど見つかるはずはなく、せめてできることと言ったら、慎ましく森と接していくことくらいだろうか。
毎日たくさん食べているのだから、森の中では簡単なものを少しだけ食べていればいいや。
穴だらけのキャミソールじゃなかった、脚半もズボンもカミさんに繕ってもらえばいい。
未開拓の岩壁にルートなど、もう刻むまい。
(↑これウソ、こんなことしたことない。ちょっと言ってみたかっただけ)
私たちは早歩きしてしまう癖がある。できることはしてしまう性がある。
だがせめて、この小さな自然の中ではゆっくり歩き、できれば立ち止まっていた方がいいことがありそうだ。
燃え盛ろうとする焚火を、消さずに小さく操ることは難しいことかもしれない。
でも、自然を好む人ひとりひとりの慎ましく森と接する姿は、二十年、三十年後の私たちの子どもの時代に、環境破壊への力を持った抑止力へと形を変えていくように思う。
もし、私の子ども達が自らの意志であの草原に立とうと望むなら、私たちと同じ方法と持ち物で向かってほしい。
そうなればきっと丸山岳も、その姿を今に止めていてくれるような気がする。
この記録はカミさんには見せられない。
これを読んだら、カミさんはきっとこう言うだろう。
“そうそう、慎ましいことは大切なのよ。自然の中だけに限らず、普段の生活からそう生きなきゃね。あなた、慎ましい?・・・だから、ね?ビールだけどさ、発泡酒でいいでしょ?ブロイで。そうしようよ、ね?明日からはブロイねっ!”
人はみなさまざまだ。皆それぞれにスタイルがあり、理想がある。
そして、誰にでも譲れないものがあるのだ。
そんなわけで、ビールだけはなんとしても、なんとしても私は黒ラベルを飲みたいのだ。
“なんだか、説得力な〜いのっ” ←妻の声


9/4・7:15大幽橋発/7:55〜8:15堰堤/8:40東・西の沢出合/9:55黒河原沢出合/10:30屏風沢出合/11:55〜12:40朝日沢出合/14:15コンタ1074からの沢出合/15:00幕
9/5・7:50幕場発/9:30連滝(5m・8m)上/11:40〜12:20昼飯/12:30 1対1分岐/15:30コンタ1500m付近/17:25大高巻き終了/18:15終了/20:30寝る
9/6・6:30幕場発/6:55〜7:15山頂/8:30下降開始/8:55水流現れる/10:45〜11:05南俣出合/12:05窪の沢出合(良好な幕場有)/13:40東・西の沢出合/14:50大幽沢橋