カヌ沈隊 深町氏=記
古礼沢
(秩父 滝川)  '04/5/2〜4   深町(カヌ沈隊)渡部・斉藤・河西    
2曇りのち晴れ・3晴れ・4曇りのち雨



電車の中で、サイトウさんからの「集合時間が1時間遅くなったよ」という旨の留守電を聞いた。
まあ、ヤスさんのところで待っていればいいか、と思いつつ「ちわーっす」と通称東京山小屋の扉をあけると、作業着姿のヤスさんが今にもずり落ちそうなくらいだらしない姿勢で椅子に座っていた。
「あ〜、オマエか。シゴトがおわんねーから、いけねー」
いつもゲンキなこの人にしては珍しく眼が半分死んでいた。どうやらマジみたいだ。
集合時間まであと1時間以上あるし、「仕事のジャマだ、シッ、シッ」と追い払われてしまったので、仕方がないから駅前のペッパーランチに行き、たいして腹も減っていないのにステーキを食った。ヒマつぶしの為にゆっくり食おうと思っていたが、なぜか食いだすとバクバク食ってしまう悲しい性。店に入ってから出るまで15分しかかからなかった。
仕方がないから山小屋に戻り、しばらくボケーっとしていたが、このあいだ軍刀利沢でバーナー板を燃やしてしまったことを思い出したので、ベニヤ板と工具を借りてバーナー板の制作をはじめた。ギコギコ切っていると窓からヤスさんが顔を出し、「オマエなんでそんなヘタなんだぁ?薄いもの切るときはノコをねかせんだよ。そんなことも知らねーの?」と親方が新米を叱るように指導される。そのかいあってか、「80リットルザックにギリギリで入る硬派特大サイズバーナー板」が完成した。
そうこうしているうちにすみ放御一行が到着。代表のワタナベさん、下山責任者のサイトウさん、幹部候補のカワニシさんの3名である。てゆうかほとんどフルメンバーである。これに今回の山行では、カヌ沈のなかでも取分けすみ放寄りと噂される狩猟班長と、両団体の合併組織「すみ沈隊」もなかなか良いよなぁと考えているワタクシフカマチ隊員が合流する形であったが、狩猟班長の離脱によりワタクシがカヌ沈代表として参戦することと相成ったのである。

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シトシトと降る小雨。重く垂れ込めた霧の朝、奥秩父は豆焼トンネルの手前、出会いの丘駐車場に設営されたテントの中では、「ホントに沢登りに出かけるか否か」という議論が展開されていた。といっても議論に賛成も反対もあるわけではなく、それぞれが等しく「せっかくだから沢登りしよう」という考えと、「雨だから嫌だなぁ、温泉入って名物のほうとうでも食べようよ」という考えを3:7くらいの割合で持っていて、なるべくなら前者を選びたいものだねぇと思ったりしてみちゃったりしたりなんかして〜、というところがなんとなく論点であった。
「やっぱり」と「でもさぁ」がゆっくりと押し合いへし合い、3:7が4:6になり、4.5:5.5になったかという頃、にわかに霧が薄くなったせいか、二日酔いから回復したせいもあってか形勢は一気に8:2に逆転し、勤勉な沢屋であるすみだ放沓山岳会は、本来の目的である沢登りをしようというモチベーションを取り戻したのであった。そこからは話が早い。サッサと着替えを済まし、朝飯を食い、すみ放恒例の儀式という入山祝いのキャッチボールを行う。ワタナベさんサイトウさんは高校球児だっただけあり、投げる球の質が違う。10球程度キャッチしただけで中指がシビれた。「ヤスさんがいればなぁ〜」と言ったのは誰だったか忘れてしまった。

滝川までのアプローチは、豆焼トンネル手前の林道を入る。車道終点から雁坂峠への登山道を登り、程なくして滝川沿いのトラバースルートを分岐する。ここから先はアップダウンのさほどない、快適な道である。徐々に天気も回復し、深酒のだるさもとれ、奥秩父の深い森を楽しみながら歩く。所要時間、チンタラで3時間。滝川の下部ゴルジュ帯を巻くかたちで、釣橋小屋のやや下の川原に出る。

ここで7人の釣師パーティに会った。挨拶を交わすと、彼らは二俣の幕場に泊まるということだったので、我々は釣橋小屋からすぐのところにあるという極上の幕場に今宵の宿を決める。ここは「極上」という情報に偽りない幕場で、ワタクシが今まで泊まったうちのベスト3に入る快適さだった。薪もふんだんとはいかないが、小1時間でたっぷりと集まる。
焚火を囲んで酒を呑みながら、「ヤスさんもくればよかったのになぁ〜」「でもヤスさんがきてたら酒が足りなかったかもなぁ〜」と言ったのは誰だったか忘れてしまった。見えない月が山肌をいやに明るく照らす夜だった。

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翌日はゴルジュ帯突破の日である。突破したあと古礼沢に入り、テキトウなところで幕である。よっておそらく、今日の行動も長く見積もっても5時間、サッサと行けば3時間程度だろう。1泊ルートを2泊でいく山行。なんてステキなんだ。
ゴルジュ帯は想像していたよりもなかなか立派だった。要所には必ず残置があり、適度に面白い。ドボンして首まで漬かり、寒さに震える人も約一名いたが、あくまでも他人事なので楽しかった。

川を堰きとめている大崩壊のところに、先行パーティがいた。そこで出発前に握った、お弁当のおにぎりを頬張る。カヌ沈ではお弁当という概念がなかったので、ちょっとした盲点というかカルチャーショックを受ける。
二俣には右岸に顕著な幕場があるが、全体を通して泊まれる場所は数限りなくあるので、別段ここに泊まらなくてもいいような気がする。ただし、増水や落石を考えると最も安全な幕場ということになるだろうか。
二俣を古礼沢に入る。ぐっと水量が減り、ゴルジュも小規模になるので、ここからはショボイのか?と思わざろう得ないが、5m滝を越えると開けた広川原になる。
今宵の幕場は広川原の一角、キツツキが穴を開けた一本の樹にちなみ命名した「キツツキの宿」に泊まることにする。深い森に包まれた、爽やかなせせらぎの傍らである。昨日の極上の幕場に勝るとも劣らない、快適な場所であった。
薪をたっぷりと積み上げ、焚火の前にゴロゴロする。サイトウシェフの作る夕飯はなんと、トンカツ。肴はカワニシさんの切干大根と、ワタナベさんとワタクシの合作「すみ沈揚げ」と「すみ沈アラレ」(どんな食い物かはご想像にお任せします)である。
山の夜に、ほうとうホイッスルの「ポー、ポー」という、なんかまあ、どこか懐かしいような、ほっとするような笛の音が情緒を醸し、贅沢な時間がゆっくりと流れてゆく。だがしかし、酒の量がちょっと足りなかった。「ヤスさんがいたら酒が絶対足りなかったなぁ〜」「いなくてよかったなぁ〜」と誰かが言ったか言わなかったか、忘れてしまった。

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3日目は天候が怪しいため、サッサと登ってサッサと降り、温泉にいきましょうと、みんな気合が入っていて、朝の7時にはもう出発した。
広川原を抜けると、すぐに長いナメとなる。実はこれからが古礼沢の真髄なのであった。事前の情報では「源頭部はもののけ姫の世界」と聞いていたが、まさにそんな感じ。苔むした古い森。こういうのを原生林とか極相林と言うのだろう。両門状になった奥の二俣まで、小気味よい渓を楽しみながら歩く。
 奥の二俣からは高度をあげ、やがて伏流となり、沢全体がガレで埋まる。天気も一気に悪化し、昼飯のサッポロ一番塩ラーメンをちょうど食べ終えたころに雨が降り出した。
ガレは長々と続き、左岸の大ガレに入る。ワタクシとカワニシさんは黙々と登ったが、後ろを振り返るとワタナベさんとサイトウさんがバカ話でもしているのだろうか、笑いながらゆっくりとあがってきた。さすがベテランだ。
大ガレの傾斜が立ってきてそろそろヤバくなったので、右のルンゼに入る。そして登ることしばし、待望の登山道に出た。水晶山へはわずかである。激しくなった雨のなか、雁坂峠でビールを飲んで一服し、尾根を下降する。下山隊長のサイトウさんはさすがに足取りが軽く、ワタクシは最後、左ひざが痛かった。

さて、出会いの丘駐車場に帰り着いてみると、あるはずのモノがなかった。立てっぱなしで置いてきたテントがだ。はて、盗まれたのか撤去されたと話していると、管理人のオジさんが寄ってきて、テントは昨日の強風で飛ばされて沢に落ちたという。見てみるとカチコチに固められた巨大コンクリートの2段目に落ちていたので、懸垂で降りて回収した。「ヘンなオチがついたよなぁ」と言ったのは誰だったか忘れてしまった。