Hisaaki
Kato Web Office ◆しんどい時に好きな歌詞:ジュゼッペ・ウェルディの歌劇「ナブッコ」
Memorandam
昔、ここがプライベートだけのことを扱ったサイトだった頃から現在にかけて、色々と気になったことや思ったことを書いておりました。Web2.0時代になりましたが、管理するのも面倒ですので、メモランダムとしてこのHTMLに過去のメモランダムを記録として残しておきます。自分が過去に何を考えていたかを振り返る記録になりますのでね・・・。
音楽が好きな人なら知っている人もいる19世紀のイタリアの作曲家であるジュセッペ・ウェルディの歌劇「ナブッコ」の歌曲の冒頭の部分が好きなのです。特に、しんどい気分の時にこれを思い出します。「ナブッコ」の舞台となるのは、旧約聖書の詩篇ところです。遥か彼方の故郷シオン(エルサレム)に想いをはせてユダヤ人たちが合唱する歌曲があり、それの冒頭が上に挙げた部分です。
行け 思いよ 黄金の翼に乗って
行って楽め(やすめ) あの山で あの丘で
そこに待つのはやさしい故国
甘いそよ風が漂っていよう
ヨルダン川の岸辺やシオンの丘の崩れた塔に
われらの心を伝えてほしい
ああ 失われし美しい祖国よ
心はりさけるような懐かしい悲しい思い出よ
運命の予言者が持つ黄金の竪琴よ
なぜ黙って柳の小枝に下がるのか
胸に秘めた思いを取り出し
過ぎし日の事を我らに語ってくれ
エルサレムの運命に似た悲しい響きの声を聞かせてくれ
さもなくば慈悲深き神の知恵を授かり
神の調べを奏でてくれ
それにより我らに苦しみに耐える力を与えておくれ
◆名言いろいろ
・ベルントルト・ブレヒトの「ガリレオ・ガリレイの生涯」より、
「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。」
この名言、どこかで聞いたことがある人もいるかもしれませんね。確かにそのとおりで、歴史がよく教えてくれてます。英雄は時として独裁者となることもあるからです。だけど、それを全て悪いとは言えません。それを判断するにはその時代の観念と価値観といったモノの見かたを学ばなくては判断することはできないのですから…。そう私は思っています。
ちなみに、ブレヒトの「英雄論」にもこんな一節があります。
「名言のない時代は不幸だが、名言を必要とする時代はもっと不幸だ。」
・アーネスト・ヘミングウェイの「兵士の故郷」より、
「ぼくは神の王国なんかにいやしない」
「人間はみなそこにいるのだよ」
「誰が為に鐘はなる」などで有名な作家であるアーネスト・ヘミングウェイの「兵士の故郷」から私のもっとも好きな部分です。特に、これの後半の「人間はみなそこにいるのだよ」という一節は私が特に好きなとこです。なんか、原点に戻ったようなそんな感じがします。
・太宰治の「走れメロス」より、
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。」
「人間失格」や「晩年」、その他の作品で有名な太宰治の作品です。彼の作品は一通り読んでみたのですが、なんか幸せじゃないんだよね〜。だけども、「走れメロス」と「晩年」はめずらしく好きな太宰の作品です。たしか、「走れメロス」のほうはかなり前に映画になったから皆さんも知っているでことしょう。
私はこの話の主人公の牧人であるメロスの不義を許さない性格はとても好きです。
上に挙げた一言は私の心の中に残って離れない一言です。これって滅びの美学とでもいうんでしょうかね?
文中のこの部分はこうなってます。
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代わりの友を救う為に走るのだ。王の奸倭邪知を打ち破る為に走るのだ。走らねばならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。」
あと、オマケで「晩年」のほうの一節も、原文をそのまんまで、
「死のうと思つてゐた。ことしの正月、よそから着物を一反もらつた。お年玉としてである。着物の布地は麻であつた。鼠色のこまかい縞目がおりこめられてゐた。これは夏に着る着物であらう。夏まで生きてゐようと思つた。」
◆学部の頃にふと気になった本とその時のメモ(2001年頃?)
この前、ふと読んでいた一冊の本にこんなことが書いてありました。その本とは、加藤諦三という人の「20代の私を支えた言葉」(PHP文庫)という本です。
その中に、特に印象に残った部分がありました。
それは、"自己固有の高貴なもの"という部分です。
その中でも特に私の心に残った文章を載せることとします。
現代の凡人は、平凡にして偉大なる凡人ではなく、平凡にして低俗なる凡人なのである。現代は理想を語るものが冷笑され、凡庸なる人間が、凡庸であることによって大きな顔をしている時代である。
青年よ! 失われたる人間性の回復と新たなる人間性の獲得をめざして、自らに与えられた固有の運命を行きようではないか。誰のものでもない。自分自身の人生を、世界でただひとつの自分の人生を、できれば感謝して生きようではないか。
きびしさに耐えて、きびしさに耐えて……。
最後の「きびしたに耐えて、きびしさに耐えて……。」というのは、ある意味で、トルストイの"苦悩の中をゆく"で出てくる「待ってみることだよ、何よりも待ってみることだよ」というこの言葉になにか通じるものを感じます。
そして、文章の序盤にある「現代は理想を語るものが冷笑され…(以下省略)」という部分は、私の好きな19世紀末のフランスの作家であるヴェリエ・ド・リラダンの「夢見る人々と嘲笑う人々に」という言葉と何か本質的に似通ったものを感じずにはいられません。
◆好きなゲーテの詩
いまはまだ日中、ひとは活動する
(Noch ist es
tag, de rege sich der Mann)
やがて夜となれば、もうたれも働けぬ
(Bald kommt die Nacht, wo niemand werken kann.)
これは有名なゲーテの詩の一つです。
この詩について、システム論で有名なフォン・ベルタランフィはこう述べています。
「この詩は私の考察の結びにつながっていく。今日の目標ということ、とりわけ科学とヒューマニティーの相克(*)ということについて多くが語られている」
*…相克とは「対立する二者が争うこと」という意味。
◆チャップリン「独裁者」より:喜劇王であるチャールズ・チャップリンは、生涯をかけて社会問題と人生の悲哀を描き続ける真面目なる理想家でした。特に映画、「独裁者」の最後で彼が述べている言葉は私が最も好きな言葉の一つです。
私は支配したくない。
私は人の幸福を願いながら生きたい。
貪欲が人類に憎悪をもたらし、悲劇と流血をもたらした。
思想だけがあって感情がなければ、人間性は失われてしまう。
必要なのは知識でなく思いやりである。
思いやりがなければ残るのは暴力だけである。
心に愛を知らぬものだけが憎しみ合うのだ。
人生はもっと美しく、もっと素晴らしいはずだ。
そして、ゲーテはこのようなことを述べています。
「王にせよ農夫にせよ、その家庭の中に平和を見いだすことのできる者が 最も幸福な人である。」
・2001年06月26日 「進むべき道−人はどのように進むべきなのか」:昔のメモ
最近、進路のことで悩むことが多いのです。そりゃ、大学四年生にもなりゃ当然のことなのですがね…。
私の場合、三年の頃から大学院への進学を考えていたのですが、わりと周囲の人間からの反対が多いです。
そりゃ、民間企業に就職するか公務員という道を目指せば、民間企業ならばよほどヘマをせずにちゃんと仕事をしていればそこそこのお給料がもらえるし、公務員ならばよほどのことがない限りリストラによる首切りすらもありません。
だけど、大学院へ進学して研究者になろうとすることは普通の人間から見た場合は狂気の沙汰とでも言うべき所業です。そりゃ、止めに入るのもわかるんですけどね…。
だけどね、どんな理由並べたって私の希望を止めることは不可能だと思うんですよ。むしろ、止められるものなら止めてみなさいよって感じですからね。反対する自分の親ですらも私は容赦なく叩き潰していますし…。
ある人からは下手すれば、無駄になるとも言われましたけど、無駄って一体何なんでしょう?リスクの高いことはそれだけ失敗の確率が高いわけですが、だからといってそれで断念してよいのでしょうか?それに、それが無駄だったかどうかは本人が判断することであり、人が最終的に判断することではないのでしょうか?
そして、ある人からは就職することからの逃げではないのか?と言われました。思わず殴ってやろうと思いましたがそこは耐えました。自分の夢に妥協して就職することがいやだから、自分を否定したくないから大学院に行って研究をしようと思っているのです。だけど、それを理解してくれる人は少ないです。たとえ、自分がなりたい研究者になれなかったらそれでも私は満足して民間企業にでも就職します。
人はそれなりの年齢になってくると先のことを考えるようになってきます。先が見える人間は、それだけリスク回避の手段を用いようとします。しかし、二十代の今、この時に自分の目標というものに万に一つの可能性を信じて突っ込んでいくことはとても大切だと思います。
作家の有島武郎という人はこんな言葉を残しています。
「前途は遠い、そして暗い。しかし恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者よ。」
夢追い人とは、まさにこうあるべきではないでしょうか?少なくとも、人は夢追い人であると思っている私はそう思うのです。
私は、大学入学まで、人生の目標はいつも二番煎じでした。もともと、機械に関することに強かった私はエンジニアを目指していました。だけど、大学は出ておきたかったので高校は普通科の高校に進学し、数学が全般的に弱かったために止む無く文系の道を選ぶことになってしまいました。
大学は、当時、コンピュータ関連で新規にできた会津大学に進学するのが希望でした。十年以上触れてきてそれなりのレベルに達していた私のコンピュータ技術を生かしたかったことがあり、それに、私が機械と触れ合うことが好きであったということも理由でした。しかし、数学のレベルがどうしても上がらず、断念することになってしまいました。
だけど、私はもともと好きだった政治経済を大学で勉強しようと思いました。法律と政治経済に関することは十代の前半から興味を持ち、それなりの本も読んで自分で独学で勉強していたこともあったからです。政治経済の学部か法学部で興味のある国際法について学びたかったのです。
しかし、試験が苦手(これは今でも本当に苦手です…)な私はことごとく試験に落ち、センター入試の補欠で現在在学している駿河台大学の法学部と文化情報学部を合格しました。補欠合格の場合、空き枠ができたら合格通知が来ます。合格通知が来たのは文化情報学部でした。
背に腹は変えられぬ、という諺があります。私はその言葉の通り、法学部の補欠合格を捨てました。悲しかったですね、いや、とてもね…。
だけど、そこで腐っている人はそれで終わりです。人間は、その場におかれたら割り切って最大限の努力をすることが大事です。ただ腐っているとただの人で終わってしまいます。
少なくとも、自分一人で出来る限りのことはやっているつもりです。だけど、やはり、何かが足りないのです。だから、大学院に行って研究をしようと思ったのです。
夢が潰えたとしても、また再起すればよいのです、人とは少なくともそうあるべきなのです。ある人から、努力しても実を結ばないこともあるのだといって私は諭されましたが、それを恐れて自らが望む道と異なる道を歩むべきでしょうか?
夢というものは、容易に叶うことがないからこそ夢であり続けるのです。容易に叶う夢などは、別に夢でもなんでもないです。
自分の本当にやりたい事、それは見つけることは容易ではありません。だけど、自らが進むべき道は、自分が一番やりたい事だと思います。
最後に、私の好きな漫画家の手塚治虫の有名な言葉を一つ。
「医者は生活の安定を約束していた。しかし、僕は画が描きたかったのだ。」
これを読まれた方に最後に一言、嘲笑う者がいたとしても、夢をあきらめないでください。夢が潰えたとしても、その夢は努力をしていれば絶対に姿を変えてあなたの前に現れてくれるはずです。断じて行えばいかなる障害も己の敵ではないのです。