更新日 : 2002年 1月11日
尺八雑話(3)   「あがるということ(2)」

長いこと尺八を吹いていても,いまだにあがる。

時々、全然あがらないのではないかという人に出会う。しかし、聞いて見ると、其の人も謙遜なのか、あるいはあがらないというと偉そうに見えると思うのか、あがりますよと言う。

いろいろな人に聞くと、人はどうだろうかなどと気にすることがそもそもあがる原因らしい。

しかし、「だいたい、何のために竹を吹いているのか。あがらないためなのか。人に誉めてもらいたいからか。否である・・」 といった悟りの境地には程遠く、舞台が終わって、よござんしたなどと誰かに言われると、どう考えても良いことなどあろう筈がないのに、

家へ帰って何度も何度もテープを聞いてよござんしたなどとぶつぶつ言ったりする。
そばで女房が睨む。この時は自分が上がりきっていたことなどどこかへ行ってしまっている。我ながら、どこか悲しくもあり、滑稽でもある。



   たけふきは じょうずといわれ うでをさげ
                                                       
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