更新日 : 2002年 5月25日
尺八雑話(29) 「印象に残る曲」
稽古してもらった曲で印象に残っている曲がいくつかある。
大内山
自分にとって非常に大切な曲だったと今でも思う。
間(ま)の感覚を身につけるのに大いに苦しめられた。
この曲の稽古をつけてもらった時、随所にある半間の△印に苦労した。何回吹いても駄目が出て、相当数吹いた記憶がある。しかし、この曲を一応終わって何となく、拍子や間(ま)に自信が持てたような気がする。特に「半間なら、まかせてくれ」?という気になった。
おぐらやま みねのまにまに くるしめば いまひとたびの
けいこありなん
六段の調べ
一言でいえばおそろしい曲である。
拍子をとるのに、身体を横に振っていた(横取り)のが、「六段」に入ると、中段から、横取りではきつく縦に拍子をとらないと(縦取り)間に合わない。いきなり違った世界に放り込まれる感がつよく面食らう。
今思うと、「六段」の拍子取りは新曲のそれに充分通じるのではないか。
「六段」はこれ以外にも怪しげな魅力や難しさで覆われている。かなり前にラジオで琴の演奏があり、先代の米川文子先生が出演された時のことである。演奏が終わって、アナウンサーが先生に「一番いやな曲は何か」と聞いたところ、先生は言下に「六段」と言われた。
どうしてかとの質問に「お琴を弾かない人でも知っているでしょう」といわれた。名言である。良く「六段」くらい暗譜でといわれるが、恐ろしくて未だにできないことを今でも言い訳にしている。
昔小倉百人一首の謎を書いた本があった。今は絶版になっているそうだ。何か恐ろしい謎が全体に込められているとの説が展開されていた。
「六段の調べ」は百人一首のように、知る人が分解すると、何か大きな謎が浮き出てくるのではないか。例えそのようなことが無くともそう思わせるような雰囲気を持っている。今になって思うと米川先生が,あの時いやな曲といわれた背景にはこのようなこともあったのではと勝手に推測している。
だんだんに けいこすすみて さしかかる
むなつきはっちょう ろくだんのさか
蛙