連載小説の部屋

ホ−ムペ−ジ
笑いの館本館

部屋開設・・平成11年1月3日

最新更新・・・・・平成13年8月6日

恋風夜風

(最新更新)

闇の奥から響きわたる薄気味悪い声に源之助は語り掛けた。
「影法師とやら、あまり調子に乗るでない。そなたは、自分の剣を
天下一と思うておるらしいが、それは大きな間違いじゃ」

「なにをいうか、源之助、拙者の剣が天下一でないとな」
「当たり前よ。天下一の剣とは、ただ斬れれば良いというものではない。
それは、天下に光を与える剣でもなければならないのじゃ。このような

簡単なことがわからぬとは・・・・」
「だまれっ!!拙者の剣を侮辱するとは許せんっ!!」
その言葉と同時に今まで雲に隠れていた月が雲間から顔を
出した。」

その月明かりの中に黒頭巾姿がぼおっと浮かび上がった。
その瞬間、影法師の腰がひねられ、大刀が鞘を離れ、源之助
に襲い掛かった。

と同時に源之助の身体も本能的に反応していた。
拝領した備前守忠正が円弧を描いて悪に踏み込んでいた。(続く)

<第一回から前回までは以下をご覧下さい。>

「ちょっと、三治さんはいるかえ。」
「誰かと思えば、お京姉さんじゃないですか。そんなところに立っていないで
こっちへ入って下さいよ。」

三治は。何か聞きたげに入り口で立っているお京を見やった。
こんもりとした胸の盛りあがりを朱色の帯が押え込み、頬にまとわり
ついたほつれ毛も艶っぽいお京であった。

・・あんな体がまだ男を知らないなんて、もったいねえことだ・・
三治はつくづくそう思った。
「三治さん、何をほおっとしているのさ」

お京の声に三治はほっと我に帰った。
「こいつはすまねえ。ちょっととりこんでたもんで」
「三治さん、源之助様は?」

「ああ、源さんですかえ。さっき出かけられたきりまだ お帰りになっていませんぜ。」
「ああそうなの。」お京の顔に落胆の影が浮かんだ。

(お側用人但馬の守様上屋敷)
「源之助、よう参ったな。久しぶりじゃのう」
「但馬の守様にはご機嫌うるわしく」

「源之助、お主まだ仕官する気にはならぬか」
「はい、私は生来の無頼者ゆえ仕官するよりは、こうして
気楽に日々を過ごすのが性に会っておりまする。」

「そうか。神道無空流の剣を極め、上様もお側におきたいと
申されてやまないお主だが、せんないことだ。まあそれは
それでした仕方あるまい。」

「時になあ源之助」
これまで笑みを浮かべていた但馬の守の顔が別人のように
緊張し、声をひそめるようにして源之助にささやきかけた。

「は、なんでございましょうか」思わず、源之助も但馬の
ただならぬ様子を感じて居住まいを正した。
「源之助、お主、影法師を知っておるか。」
「世のうわさに、夜な夜な江戸の町を徘徊し、老若男女を問わず

殺生するという極悪非道の悪鬼とは聞いておりまするが、それ
以上の詳しいことは存じあげませぬ。」
「実はな、その影法師を成敗せんと南町、北町の両奉行所が

必死に警護するも,きゃつは巧みにその裏をかき、つい昨夜も
下谷に住む隠居が犠牲になってしもうたのじゃ。ところが
懐中のものは何一つ取られておらず、きゃつのねらいが

金でないことは明らかなのだ。」
但馬の守の顔には、苦悩の色が濃かった。
「但馬の守様、すると影法師のねらいは・・」

「それじゃて。源之助。検死の者によれば、その切り口は
こういってはなんだが、ぞっとするほどの見事さだったそうじゃ。
恐らく、災難にあった者は切られたのも気づかぬうちに命を失ったの

ではないかというておった。」
「但馬の守様のお考えでは何流の使い手と。」
「いや、それがわしにも分からぬのじゃ。と申すのが

影法師の切り口は地摺りの剣に見るような下から跳ねあげた
ものに良く似ているそうじゃが通常のものより数段鋭い
ものであるとのことじゃ。」

この時、但馬の守の話を遮るように、数匹の犬の遠吠えが
遠くから響きわたった。それに地底からひねり上がるような断末魔の
悲鳴が聞こえた。

「源之助!」「かしこまりました。行ってまいりまする。」
「源之助。ちょっと待つがよい。」「は?」
奥へ姿を消した但馬の守はやがて、なにやら長い物を抱きかかえるように

して戻ってきた。
「源之助。これは上様がかねがねそちにとらせよといわれて拙者に
預けられた名刀じゃ。お主の一生の友とせよ。」

「ありがたき幸せにござりまする。」
源之助は早速、懐紙を口に名刀の鞘をはらって刀身を見つめた。
砥ぎぬかれた刀身はさわやかな光をたたえていた。

「但馬の守様。これは見事。」
「どうだ気に入ったか。」
「拙者には過ぎたる名品。この光には村正の妖刀の光と異なり

人をあたたかく包むものがあります。確かこれは、備前守忠正が生涯 一振りのみ鍛えたといわれる長尺ものの名品」
{そのとおりじゃ、源之助、腰のものをこれに替え、早速見てまいれ。」
源之助は名刀を腰に差し据えると一人闇の中に飛び出していった。

但馬の守の屋敷を出ると外は漆黒の闇であった。
その闇の奥底にぼおっと光が見え、耳をすますとかすかに人のざわめきが
聞こえる。源之助はその光の方へと歩を早めた。
「これは、源之助様。」奉行所の取り方が提灯の灯を源之助に向けた。

彼らの顔は恐怖に引きつっており、江戸きっての使い手の声が高い
源之助の顔を見た彼らはほおっとため息をついた。
「源之助様」取り方達は提灯を源之助の足元に向けながら、

源之助の視線をうながした。
「こっこれ・・・」さしもの源之助も言葉を失った。

年のころは50前後であろう。どこか生活の余裕を感じさせる大旦那と
いった感じの男であった。それがみぞおちのあたりから鋭い切っ先で
跳ね上げられ、額までが一つの線上で割られていた。

「これが影法師の鬼人剣か・・」源之助は息を飲んだ。
「何か取られているものはないか。」源之助にたずねられた取り方は
「それが、何一つとられてはおりません。」
「そうか、なにかおかしな点はなかったか。」
「はい、特には・・」

源之助は再度、犠牲者を見やった。「何かがおかしい。」
源之助は心の中でもやもやを感じていた。しかし、その「何か」
がどうしてもわからなかった。

(再度三治の家」

「本当に遅いねえ」お京は紅をうっすら引いた形の良い唇を開いた。
お京が何かを言葉にする都度、開いた唇からかわいらしい舌が見え
隠れするのを三治は黙って見ていた。

「遅くなったな。」突然の源之助の声であった。
「源之助様。こんなに遅くまでどうされたのですか。」
「影法師がまたやりおって・・」
「いや、恐い。」影法師の名を聞いた途端、お京は源之助の
懐に飛びこんだ。

(翌日)
翌日の夕刻、源之助は拝領の大刀をたばさむと一人夕闇の中にさまよい出た。
夕刻といっても灯かりのほとんどないころとて、人の顔もほとんど判別が
つかなくなっていた。

宵闇の力が増し、やがて、漆黒の世界があたりを包んだ。
「今宵もまた、血のにおいが」源之助はそうつぶやきながら歩を進めた。
三治が持たせてくれた小さな提灯の灯かりがかすかにまたたいていた。

やがて、人が時雨橋と呼んでいる小さな橋のたもとに差し掛かった時である。
闇を切って、ひゅっと源之助に襲い掛かかるように飛んできた物があった。
源之助の鍛えた体が本能のように反応し、抜打ちをするように鞘を払った
刀で飛来したものを叩き落としていた。

「はっはっはっ」闇の奥からなんともいえない不気味な声が湧いた。
「さすがじゃ、源之助。わしの小柄を払うとは。見直したぞ。
これまで必殺の小柄を体に飲み込んだ者は数知れぬが払ったのは
お主が初めてじゃ。」
------続く