春光会異聞その7−千年王国
武蔵野の昔を留めるかのように千年はゆうに超えていると思える大きな欅(けやき)の木が一本天に届けとばかりに聳え立っている。それはそれは太くて頑丈で立派な木だ。ギラギラ照り付ける夏の太陽に向かって繁った梢のざわめきは風が吹かずとも朗々と何かを歌っているように聞こえてくる。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を現す。いつの頃からか、そんな風に聞こえて来るんだがねえ。ほれ?」
と風間さんは目の前に見える森のような木を指さしてそう言った。同じ会に所属して会の指導者として若い人からも随分慕われている風間さんには、私も何かにつけて人生の教えを請うていた。初めてこの木にお招きを受けたその日は、そうあれからもう二十年以上経ったのだろうか?そのご招待は風間さんへの私の弟子入り懇願に対しての承諾の返事のようなものであったからまざまざと憶えている。弟子の取らないことで有名な先生だったから多少興奮気味で足が宙に浮いていた。
「私は何だかオーケストラの演奏のように聞えてきましたよ。ベートーベンの運命ですかねえ。はは・・、これも聞きようでどうにでもなりますね。しかし、この木はいいなあ。実にいい。懐かしい感じがする。先生の絵で何度も見た木だ。この木には千年の記憶があると思うと樹齢千年とはやはり凄いもんですねえ。全宇宙の記憶でしょう?アンドロメダ星雲の1,000億個の恒星のいくつかの星が爆発したことなども体の記憶として持っているかと思うと、凄い凄い。ねえ、先生。それに、東国に独立国家を作る野望を抱いた平将門が馬に乗って疾走してゆく姿も見ているかも知れませんねえ。かの相馬小二郎が。大いなる魂を感じさせて包まれている様な気がして、この木の下で昼寝でもするといにしえの夢が見られるかも知れませんねえ。先生。」
私は弟子になれたのが嬉しかったものだから随分とはしゃいでいた。
「実は私は時々そうするんですがね。ヘッヘッヘッ・・・。」
風間さんは悪戯っぽく笑ってそう言った。当時、風間さんは60代で仕草や何もかもがお若かかった。画家として油の乗り切った頃であったろう。細身の体躯にしなやかに着こなしたGパンと藍染めのシャツ、ローズマダーのアスコットタイをあしらった姿は無類のダンディぶりだった。東京人のいなせな感じがした。それでもお若い頃、絵の道に進むというので親からは勘当を受けて放浪生活を長くしていたそうだ。その時に巨木に魅了されて日本中の巨木という巨木を訪ね歩いたそうだ。そして絵のモチーフも木以外は興味がないといった感じだった。
秋ともなると枯葉で山ができた。子供達が枯れ葉潜りをしても、すっかり隠れる位だ。冬には裸になった枝が網の目の様に絡み合って巨大な鳥籠の様相を呈していた。むく鳥が群れになって無数に止まっている様子はまるで絵に描いたようでユーモラスと同時に壮観でさえある。風間さんはよくここの風景を描いた。この千年王国の木をテーマにして何枚描いたのか分からない程だ。渋い祈りのようないい絵だといつも思う。春に催す春光展の会場では毎年、彼の描いたけやきの巨木が掛けられるのを待ち焦がれるファンも多いと聞く。一際微光を放ってその木に向かって拝むように手を合わせていた観客が何人も出たという伝説もあるくらいだった。
「屋久島なんか二千年、三千年は当たり前だからねえ。そうなると趣がないってことになりますわなあ。まあ、孤高の木というのがいいですねえ。」
この言葉は彼の自意識だといっていい。自尊心は五千年以上。エベレストよりも高い。
この巨木は千年もの長い間、地上で起きては消える諸々の営みを黙って見詰めて来たに違いない。幾百万の者達がこの巨木の回りでホッと一息をつき、幾千の者達が落下し命を落としていったに違いない。今でもこの公園に来る者達に涼しい木陰を提供し優しいねぐらを与えていた。何よりも千年という年月を凝縮した命の象徴としての重厚さと輝きを周りに与えている事の方がこの巨木にとっての使命であり誇りだった。この長老の風格たるやこの一帯の生きとし生けるものの全てを圧倒していて、巨大な蛸の足の様に絡み合った木の根元には寒風さえも寄せつけぬ程の洞穴のような窪みがいくつも出来て一つの洞穴には神さえ祭られている。何かにつけてはその窪みの一つに座りながら瞑想をすると風間さんは言う。
「この木に包まれていると千年前の声が聞こえるんだぜい。ほら、中に入ると太い幹に耳を押し付けなくとも維管束の中を水の吸い上げる音がゴウゴウと聞こえるだろう?まるで川が天に向かつて流れている様で壮観だろうが。大地の大いなる循環ちゅうやつやね。」
「天に向かって流れている川ですか。詩的ですねえ。」
時には街のざわめきが井戸端会議のようにも聞こえてきて、驚いたのは数十キロも離れている新宿や池袋あたりの繁華街の雑踏の中での何気ない会話が何かの弾みで混信したように聞こえてくる事もあるのだ。
「電波塔なんだね。この木がね。ほんに不思議な木だよ。」
風間さんは80を越した今では、一日中この木の中にいるそうだ。
「もう住んでいる。」
「えっ?住んでいる?」
「ガハハハ・・・。それになあ、この祠の奥に異次元の扉があるんじゃあないかと随分探したんだぜ。確かにどこかにはあるんだ。まだ謎は解けねえ。」
「異次元の扉ですか?本当にありそうですねえ。ここには菩薩かなにか祭られているし、特に巨木というのは天界への橋渡し、天国への階段には違いないですからねえ?きっとあるに違いありませんよ。でも、まだまだ見つけないで下さいよ。お願いしますよ。」
「いつだったか?この冬の事だがねえ。奇妙な一日があったんだ。いつものようにここへ瞑想にやってきた時なんだけどねえ、そうだねえ、流れる雲も忙しなく動き、どこか速回しの映画フィルムを見るように景色が動いていたんだ。遠くで汽笛の音がして列車の走る音がした。昔のデゴイチの音だねえ。それでさあ、ふと外を見ると枯葉に埋もれて皺だらけの顔を首だけ出している小人の老婆がいたんだ。狆みたいな顔をしたねえ。その老婆が言うんだよ。
<アンタ、天蓋天中殺にて暗室。もうあんたは死んじょるばい。>
そんなことを言ったと思ったら、いつの間にか消えてしまったがねえ。はは・・・。もう俺は死んでるんだってさ?ははは・・・?それで端と思いついたんだが、随分前からだがねえ、阿弥陀如来の声が聞こえて来るんだぜい。阿弥陀様の声がさ。ヘッヘッヘ。それはもう法悦だぜ。法悦。ガハハ・・。」
風間さんは祠の中から遠い宇宙の果てを見つめながら大笑いしてそう言った。私が話を続けようと横を向くと、巨木の祠の中に旨い具合に出っ張って祭壇みたいに自然に出来ているところに風間さんは全身を横たえてすやすやと眠ってしまったのである。寝顔が気持ちよさそうに笑っていた。
それから、それから、不思議な話なのだが、いやあ〜、どう言えばいいのか?けやきの木の祠の中で我が身を捧げるようにして風間さんが眠るように亡くなっているのが発見されたのは半年以上も前の木の葉のすっかり散った木枯らしの吹く寒い頃であったそうな。が?しかしですよ?この半年というもの私は風間さんと毎日のようにあの木の中で会って、絵の話、人生の話をずっとしていたんですよ。確かに毎日のように会っていたんだ。私と風間さんはね。きっと異界への扉を見つけたんだと思うんだ。私が木の祠を訪ねていくと必ずニコニコと迎えてくれたからねえ。先ほどだってさあ。彼も気づいてないのかも知れないねえ。何とも狐に鼻をつままれたような話じゃないか。
風間 俊樹。 会員ナンバー176。 保谷市在住。 男性。 81才。