下村満子の大好奇心
「コム・デ・ギャルソン」というのは、「男の子のように」という意味だそうだ。
きらびやかでエレガントでといったこれまでのファッションの常識をうち破り、会社名のとおり、男の子のように大胆で独創的な作品で世界のファッション界を魅了してきた川久保玲さん。
昨年11月、デザイナーとしての評価に加え、日本を代表する有能な女性経営者として「ビジネスウーマン・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。フランスの著名なシャンパン会社ブーブ・クリコ社が毎年、世界各国の女性経営者の中から一人を表彰する。日本では川久保さんが第一号だ。
が、当のご本人は「どうも、章というのはあんまり……」と、それほどうれしそうではない。
下村:受賞されてどんな気分?
川久保:いやあ、どの賞も、あんまり……。賞はちょっとって感じなんです。
下村:なぜですか。
川久保:自分がやっていることに対して、点数をつけるとか、そういう感覚がないんですね。賞をいただくと、何かもう、ある程度のことはやったと。そういうことと関係のないところにいたいんです。
下村:そういう謙虚な気持ちでいらっしゃるからまた新しいものが出てくる(笑)。
川久保:でも、サクセスしていないんです。そのへんの実情がわかっていただけないんですよね。
下村:ま、そう言わずに説明してほしいんですけど。
川久保:サクセスしてるというのは、もう過去のものとか、安定しているというニュアンスが入りますよねぇ。でも、全然安定してないんです。明日はどうなるかわからない。
下村:ビジネスとしても、デザイナーとしても?
川久保:もちろん、つくるということのほうが危機感は大きいですけれどもね。まあつくることが良くなければ、ビジネスも成り立たないので、関係あるんですけど。
下村:危機感の一番コアの部分って何ですか?
川久保:同じレベルで物づくりができるのかということですね。
下村:無から有をつくるお仕事ですものね。
川久保:そうですね、出てこなければ安定しない仕事ですから。次のシーズンはつくれないかもしれないし。つくれたとしても、「評価」がいろんなことを決定しますから、「ダメ」という烙印を押されたら、それを取り戻すのは大変なんですね。それがまたビジネスとつながってるところで、一層不安なんです。
下村:雑誌作りも似たようなところがあって、ビジネスである以上、売らなければいけないのだけれど、かといって、納得できないものは出したくない。
川久保:それは同じです。全く。
下村:自分を曲げてまで、ね。
川久保:絶対できない。ですから、生きる道が非常に限られてますね。
下村:わかります。だから緊張感みたいなものがいつもある?
川久保:危機感ですねぇ。過去にやったことは絶対やりたくないというのがありますから、もうほんとに幅が狭くなるんです。その中から、同じ強い表現を生まなきゃいけないということで……。
下村:ただ、そこに通っているコアの部分というか、精神はそう変わらないわけでしょ。
川久保:突きつめて言うと、ちょっとおこがましいんですけども、一つの価値観というか生き方があるわけですね。たとえば、自由でありたいとか。すべてそこから出発してるような気がしますけど。
下村:人間として自由でありたい。
川久保:私が仕事をしているのも、それがありますし、スタッフもそういう人間が集まってると思うし。
下村:昔から好きだったんですか、この世界。
川久保:繊維会社に就職して、しばらくしてこの世界に興味を持ちました。ファッションというのは、やはり変化ですよね。その変化が面白いんですね。やめられないのは多分そこだと思います。
下村:大学は慶応の文学部ですよね。デザインの基本的な勉強は、ご自分でなさったわけ?
川久保:いっさい私はやってません。哲学科で美学をやりましたけど。昔はスカートの丈がどのくらいとか、えりの格好とかシルエットがとうとかいうことがデザインだったと思うんですけど。いまは、ちょっとちがって空気みたいなことをデザインするのが……。ですから、空気を感じることとか、眼ですよね。
下村:なるほどねぇ。で、会社を設立するときは大変でした?
川久保:そうでもなかった。仲間が集まって、なんかやろうというノリで。いつもあまり先のこと考えない(笑)。
下村:川久保さんの作品というのは、黒が基調だし、形も非常にベーシックというか、ムダがない。
川久保:いらないものはなるべくとっていこうという進み方は、私の性格かもしれないし、経験から、それが一番強いということになったのかもしれないですね。なるべく説明しないでわかってもらいたいというが基本的な方針ですから。
下村:ただ、背が高くて、相当プロポーションがよくないと、着こなせないという気がするんですけど。
川久保:全く関係ないですね。そしたら自分も着られないですもの(笑)。その人の持っている強さとか個性とか、それが着こなすんですね。あるいは、自分がこういう強いものを着る、主張のあるものを着ると、もっと頑張れるとか、ま、そういう思いで着る方もいるみたいですね。それはうれしいですね。私の思っていることと同じだから。
下村:するとやっぱり、価値観をシェアし合える女性が着る?
川久保:そうですね。
下村:仕事を持ってる女性とか?
川久保:必ずしもそうでないようですけど。仕事を持ってないと着れないみたいな感じで書かれたりしますけど、違いますね。
下村:でも、どこかで自分をはっきり持っている人でないと、むずかしいんじゃないですか。
川久保:そういう人が好きですからね、私。手応えのある人がいい。だから、そういう人に着てもらえたらいいなと。少し変わってる人が好きです。
下村:アハハハハ。日本の女性の最近の生き方とか、個性とか、欧米と比べてどうですか。
川久保:どの国というわけ方よりも、その人の行き方によるんですけれども、比較的自分がないというんですか、なんとなく流されて生きる人たちが、やや日本は多いかしら。
下村:仕事に対しても、下らない仕事はやりたくないとか、なるべく楽をして果実だけ手にしたいとか……。
川久保:下らない仕事って何かと思いますよね。下らない仕事っていったら、みんな下らなくなりますよね。そういう積み重ねがあって、一つになるっていうことが、どうしてみんな分からないのかしら(笑)
下村:全く同感。英語のキャリアというのは「積み重ね」という意味ですよね。 会社はいま社員400人とか。
川久保:販売の人入れると、400人ちょっと出ますね。社員の男女比率は半々ぐらいです。
下村:社長としての川久保さんの経営方針とかポリシーは?
川久保:まあ私なりにいいものをつくって、それを気持ちよく喜んで着てくださればいいという、それに尽きるんですね。利益を出したいとか、もっと大きくしたいとか、そういうものは全然ないです。
下村:利益を優先順位の第一位には置いていないということ?
川久保:利益は結果です。
下村:質とか創造性が優先する?
川久保:そうです。非常にシンプルなんです。でも、ある意味でむずかしいです。
下村:むずかしいでしょうねぇ。
川久保:やはり、いまの人たちって時間とかおカネが大事ですから、なかなかその考えを隅々までいき渡らせるのはむずかしくなりました、最近は。
下村:川久保さん自身、いわゆるビジネスというのは好きですか。私は案外ビジネスがお好きなんじゃないかと思う。
川久保:うーん、そうですね。そうなんですよね。はっきり言って、(笑いながら)数字はあんまり見たくないですけどね。つくることは面白い、そしてそれがどのぐらい売れたかっていう結果が面白いんですね。
下村:やっぱり、そうでしょ。
川久保:ええ。まあ、そこをいつもは言わないんですけど(笑)、その面白さは非常にありますね。いわゆるアーティストじゃないんですね、だから。やっぱり自分がやったものが売れて数字にならなければ面白くないですもんね。
下村:だから、やはりビジネス・ウーマンなんだと思うのね。売れない場合はなぜ売れないのか、そういう理由を考えたりもするわけでしょう。
川久保:それはもうしょっちゅう悩みますよねぇ。
下村:思いもかけない結果とか、自分がこれはいけるんじゃないかと思ったものがそうでなかったりとか、そういうことあります?
川久保:あります。ただ、最近、その思いがけなさが少ないですね。いまは平均的。これは、いまのね、いろんなことを表してるのかもしれないですけど、平均化してますね。そう思いません?
下村:みんなと同じだと安心だというか……。いまの空気って、むずかしい話とか、本質論はいやだとか。だから適当にという……。
川久保:苦労とかむずかしいことはいやなんですね。
下村:それから一生懸命なんて言葉も嫌いだし。川久保さんはよく「一生懸命」ってことを言ってらっしゃるけど(笑)。私も、実はその一生懸命派なんだけど。この間、言われちゃった。「一生懸命っていうの、いまははやらない」って。
川久保:じゃ、朝礼でなんて言いましょう(笑)。
下村:ファッションの世界というのは、みんなお手々つないで仲良く、調和の生鮮でなんて言ったら、つまらなくなるでしょう?
川久保:やっぱり、偏見とね、独断がないと、鋭いものが出てこない。
下村:そうそう。やっぱり嫌い、好きっていう、ね。
川久保:ほんとに好きか嫌いかなんですね。
下村:たとえば、カルダンとかジバンシーのようにスリッパやタオルに至るまで作って、マークをつけて売るといった、多角化というかファッション産業化というか、そういう可能性はありますか。
川久保:たぶんないでしょうねぇ。やはり自分の眼で納得できる範疇があるんですね。それを超えられないって気がするんです。適当にとか、アバウトでは、やはり気が進まない。だから、あるとこまで行ったら、もうストップですね、うちは。そう言いつつ、これまでになっちゃったんですよね。
下村:パリに進出なさって十何年ですよね。パリはファッションのメッカで、感覚的に研ぎ澄まされたものがあるとか言われますよね。やっぱりそう思います?
川久保:いま全体に保守的空気がありますよね、全世界に。フランスでもニューヨークでも、どこも同じですね。日本だけじゃないです。
下村:保守的な傾向はいつ頃から?
川久保:私が感じたのは三年ぐらい前からですねぇ。昔から変わらないものがいい、という価値観でもう埋まっちゃって。
下村:川久保さんのファッションはある意味じゃ対極で、壊していくファッションだから、逆ですね。
川久保:完全に逆。向かい風の中にいまいます。ですから、非常につらいですけどね。
下村:なぜ、みんなこんなふうに保守になってしまったのかしらねぇ。バブル経済がはじけたからかした。それとも世紀末だからかしら。
川久保:変わることがこわいわけです。自分たちの立場がなくなるから。
下村:いまがいいわけではないのに。ただ、変化が激しいから、逆にカオスになっちゃうのがこわくて、保守が一番安全だ、と。
川久保:その中で、自分は自分ってもう頑固に守ってないと。ですから(笑いながら)また最後に頑張っちゃう(笑)。
下村:なんか趣味というのは……。仕事が趣味というと嫌みなんだけど、やっぱりそうでしょう?
川久保:ですから、寝ても起きてもどっか歩いてても、結局それが頭の中心ですから。それをおいて次に何がっていわれると、ないんですよね。だから趣味といわれても、答えがなくて。
下村:食べることは?
川久保:どうでもいいんです。嫌いなものはありますけども。ただ、探してまで食べに行くとかは……。
下村:ないわけ?雰囲気のいいレストランで、たまにおいしいものを食べたいとか。
川久保:そういうの絶対ないです。
下村:はーあ。じゃ、もうほんとに仕事、仕事で?
川久保:ほんとにつまらない人間です(笑)。
下村:で、今日までお独りで……。
川久保:ええ、今日まで(笑)。
下村:仕事がパートナーっていうかエネルギーの消耗の場というか。
川久保:まあ、そうねぇ。結婚とかそういうかたちは、いまの仕事やってたら絶対できないと、もうずっと前に答え出してますし、そういう形にあんまり興味なかった。
下村:やっぱり自由でいたいと?
川久保:一つのことしかできないというのが分かってたんですね。作ることをダメにしてまでしたいと思ってなかったし。外から見られるほど別に(笑いながら)さみしくもつらくもないですから、ご心配なく(笑)。
下村:いや、全然心配してませんよ(笑)。逆に結婚するなんて言い出したら心配しちゃう(笑)。落ち込んじゃったりとか、いやになっちゃったりとか、そういう時どうするんですか。
川久保:もうその中にどっぷりつかって、過ぎるのを待つしかないですね。特別な手当てはないです。
下村:私もそう。
川久保:よくお酒飲むとかする人いるでしょ。そんなことしたって全然。家に帰るだけです(笑)。
下村:いまの時代って、あまり好きじゃないでしょう?
川久保:そうですね。
下村:どんな時代になってほしいなと思いますか。
川久保:要するに全部が同じ一つの動きでまとまって動くような……そういうのはいやですね。特に日本はそうですよね。どうして同じことをやるのかと思いますね(笑)。
とってもシャイで、口数の少ない人だ。インタビューはめったなことでは受けない。カメラを向けるとうしろを向いてしまう。
「洋服が自分の表現の方法ですから。洋服だけ見ていただく。服が説明すればいいと思う。それ以外のことは関係ないと思ってるんです。」
その川久保さんと、今回、二時間以上も話し続けてしまった。言葉少なではあるけれど、一言一言をビシッときめる人だ。
自分のデザインした黒い洋服に身を包み、毅然とすわる姿は、一瞬、尼僧をイメージさせる。まさに”異端”にチャレンジし続ける人にふさわしい。