エッセイ 1

 

 

                                                         

4月3日

  父がなくなったとき、お通夜の日に自分のマンション少しだけ、

  帰ったとき、鏡をみていたら、第三の目があつ〜くなり、真っ赤に

  なっていた。

  その時の、父のメッセージは、「自由にいきろ」だった。

  父は、死んでから自由な肉体になってはじめて、この世のしがらみ

  の無意味さを感じたのではないだろうか。。。

 

  私は、その後、東京でジョーン=オーシャンのセミナーと、アイサーチ

  JAPANの会合に出席させていただいた。

  アイサーチの方には、障害(視覚)をもった20代のご兄弟(男性)がみえて

  いました。(かれらは、仕事が休みのとき、海にもぐります。)

  そこでのお話が、とてもすてきだったので、upさせていただきたいと思います

 

  ・障害という言葉に、ぼくらは、抵抗ないです。海のなかにも、ひれが1個し

   かないやつとか、目が1個しかないやつとかいるけど、それはそいつの

   個性だから。。。

  ・休みの時に、つえをつきながら、街を散策する。すると、温度だけでなく

   湿度を感じる。マンホールのしたの、水の音を感じることもある。

   そして、空氣の匂いを感じることもある。。。

  

   五体満足でも、こころに障害(バリア)をもつ人もいる。(これは、だれの

   発言だったか、わすれましたが。。。)

   こちらの方が、問題だといっていました。(この発言には、私を含め、多くの

   ひとが、うなずいていました。。。

 

   今から、8年前にすでに、こういう発言をするひとがいたのです。

   会のはじめに、「だいたい、ぼくは障害者という言葉自体がいやなんだ」

   といっていたスタッフは、大きな観点で生きているおふたりに、びっくり

   するとともに、満面の笑顔でした。。。 

   

   この会に、父を亡くしてまもない私は、すごくいやされました。

   昼下がりのおだやかな会場の雰囲気は、イルカとクジラを愛するひとの

   あたたかいエネルギーにつつまれていました。

 

2月12日

  この前、クロワッサンにこんな記事がのっていた。

  浜 美枝さん(私の大好きなひと)が、沖縄の花織(はなうい)という織物の

  復元をされている、読谷村の與那嶺 貞さんを取材した記事だ。

  沖縄にこんな言葉がある。。。

             「ザリガナ サバチヌヌナスル イナグ」

  こういう意味です。

  ”女の人生は、もつれた糸のようなもの。

   でも、切ってすてたら、一生布は織れませんものね。

   丹念に、ほぐしていけば、美しい布が織れるのよ。”

 

  沖縄に次にいったときは、読谷にいって、貞さんにお会いしたいものです。

  そして、丹念におられた”花織”も、ぜひみてもたいものです。

 

  人生は、糸がこんがらがることがありますよね。

  私のあみものの好きなおばあちゃんも、もつれた糸を丁寧にほどいて、またま

  いてつくっていた。 

  

  琉球語で’ティアンダー’という言葉が、ある。

  手に付くいい油という意味で、自分の人生を自分で紡いできた、ということ

  なんですね。

  たとえば、亡くなった時に、「おばあちゃんは、ティアンダーだったね。」

  というふうにいうんです。

  人を表わすのに、ここまで深い言葉ないですよね。

  私も、人生を紡ぐように、生きていきたい。

 

  この、”花織”は、沖縄の光のもとでは、どんな藍色をしているのだろう。

  一度、見てみたい氣がする。

 

 

2月11日

 今日、だんなが夏から、かかわってきた”坂の上のマリア”を見てきた。

 うちの実家も、あたらしいまちづくりのなかで、姿を変えていく。

 主人公のマリア役の、入江杏子さんに、私も自分のありし日の母の姿を重ねあわせて、涙

 していました。

 方言の言い方が、あんな言い方はしないよね〜というとこもあったけど、(台所での、言い

 合いのところの、怒ったときのおばあちゃんのニュアンスがちょっと違うと思った)、北九州独

 特の心のhotさを、てれくささから、わざと口汚くいうところを、中村有志さんよく演じてました。

 

 でも、帆柱の空氣のやさしさや、ピュアさが、

 やさしい一編の詩のように、各場面にちりばめられていて。。。

    つれあいの元教え子の、恵海ちゃんの自然でのびやかな演技、

    つれあい自身も、ワンシーン杏子さんとのからみがあって・・・。

    身内としては、うれしはずかしというところでしょうか。

 

 去年の夏から、いえのことはそっちのけで、(保育園の移動など、私一人でやりました)

 映画にうちこんで、いいたかったこともあるけれど・・・まあとにかく、ふかく関わったものがひ

 とつの形になって、かわりゆく八幡の最後の風景の中に、かわいい教え子とともに、映像とし

 てのこせたのだから、さぞかし本人は、うれしいのだろう。

 今日も、うちあげだ。

 地域を愛し、教え子に愛され、なかなかしあわせな教諭のひとりだと思う。

 たくさんの出会いに感謝したいね・・・。

  

 

1月7日

 今日、たまたまNHKを見ていたら、星野 道夫の軌跡が、あった。

 アラスカに、星野 道夫が、どうしてこんなに惹かれたのかは、わからない。

 でも、ガイアシンフォニー第3番でみたアラスカは、透明な透き通った世界だった。

 今日の映像も、美しい。星野 道夫の魂のように・・・。

 神話のストーリーテーラー’ボブ・サム’は、ここにも、登場していた。

 まるで、道夫の魂の語り部のように・・・。

 ワタリガラスの神話を、追い求めている最中に、あちら側へいってしまった道夫。

 

 ”シサム通信”という会報(アイヌの人たちと交流する会)の中で、昨年北海道在住のアイヌの

人たちのところへ、ボブ・サムが招かれ、海を渡って会いにいき、星野道夫の魂を送る儀式をし

たと書いてあった。

 道夫は、確かにこの世にいなくなった。あんなにかわいい息子と、奥さんを残して。

 (私も、ガイアシンフォニー3を見たとき、ちょうど母は、闘病中だった。)

  

  今は、わかる。道夫も、私の母も本当は死んでいない。

  私が、ふたりを覚えている限り、ふたりは本当にしんでいない。

 

  さて、私は死ぬ時、ふたりのように何か遺せる人になっているだろうか?

 

  20世紀はテクノロジーの時代だった。しかし、その進歩が進めば進むほど、

 私たちと世界は遠い関係になっていくようだと、道夫はいった。

 

  大自然の中の一部に、人間が存在しているということ、

  私たちは自然の一部の恩恵をうけて、この世に生をうけたことを、いつのま

 にか忘れてしまった。

 

  アラスカのフラワーエッセンスが、ある。

  ピュアで、どこまでも力強い、まるで星野 道夫のように・・・。

  このエッセンスを飲むと、星野 道夫の愛した世界(アラスカ)を想い出す。

  私たちは、いとしい地球をいつも抱きしめ、感じながら生きていたい。

  道夫が、そうであったように・・・。

 

  星野 道夫のご冥福を、心から祈ります。

 

   

12月16日

 生まれる時に、ある程度の痛みをともなったように、こちらから、あの世

も、ある種の痛みをともなうのは、やむえないかもしれない。

でも、今の医療には、死に向かう人への、魂の救済という視点が、完全に抜け落ち

ている。

 そこで、ホスピスの重要性を感じている。

 死が、疎まれるものから、尊ばれるものになるのは、何時の日か?

 私は、人を愛と尊厳をもって、送れるようになることを、願ってやまない。

 

 私に改めて、生きることと、死ぬことを考えさせてくれた6歳の男の子しげくん

に告知したママのお部屋は、ここをクリック

 来年、BSで、お二人のストーリーが、放映されます。

 しげちゃん、うちの母をはじめ、がんに倒れた世界中の尊い命に

敬意と、魂のやすらぎを、祈ります。

 

 

 

 

11月24日

幣立神宮について・・・

 熊本の、奥に、(車で1時間くらい)幣立神社という神社が、あります。

 2度ほど、いったのですが、天河が、裏でこちらが、表ともいわれています。

 天河と同じで、車で奥に分け入っていくと、途中で、あたりの氣が、かわってくるのが

わかるのですね。

 

 神社の、左手に小さな神社があり、この奥から、下の方にくだっていくと、天皇家の

旗と、井戸水。

 なにか、とても深い”いわれ”を、感じました。

 

シュメール文字について・・・

 下関に、(これは、全国にあるけど、九州と下関が、この辺では多い)、シュメール

文字のきざまれた石があるのです。

 ある日、ぐうぜん「シュメール文字と、ジョン・レノン展」が仕事場の、近くであったの

で見に行ったのです。

 そのふたつの、組み合わせが、不思議だったので、会場の人に聞いたら、シュメー

ル文字にかかれている内容は、「LOVE&PEACE」で、これはJOHN LENNONの生前

のメッセージと一致するから・・・ということでした。

 博多の画廊の方でしたが、とても感じのいい人でした。

11月19日

12/10に、フジコ=ヘミングのコンサートに、いくことになった。

 

飯田史彦さんたちが、すごくすすめていたし、以前たまたまNHK−TVで、特集してい

たのを、みていた。

その時は、あまりピンとこなくて、でも、なんか気になって、彼女を目で追っていた。

 

そして、今年「知ってるつもり」で、取り上げられた彼女をみて、次の週のコンサートチ

ケットを買うかどうか決めようと、思ったのだった。

「しってるつもり」・・・母親との葛藤・ちっともほめてくれない母親が、実は娘のことば

かり考えている大甘の母親だと、しった時・・・。それも、なくなってから、わかるなん

て。

 

実は、私の母も私のことを誉めるのが、へただった。(ほめられるとすぐ木に登っちゃ

うからからかな?)

ただ、私が素直な気持ちで人のために、動いた時、妹には、ほめてくれてたらしいの

 

母親って、無償の世界で一番の応援団だったんだね。

だんなのやさしさと、またぜんぜん違うね。

それを知ったのは、私も、母がなくなってからだった。

 

「知ってるつもり」を、見終わって涙がどお〜っと、でた。

私は、フジコ=ヘミングの、気持ちがよくわかる。

また、素直でなかったお母さんの気持ちも・・・。

母の愛は、無償で、尊くて、大きいね。(感謝)

そして、その器の大きさを、今度は私たち娘が、受け継がねば・・・。

 

さっそく、チケット買いました。妹と、この日はじっくり癒しの音に浸ろうと思います。

 


 

母が亡くなったとき、下関のお友達がたまたま送ってくれた本が「生きがいの創造」だ

った。

この本に、どれだけ救われたか、わからない。

死を含めた人生の試練を、魂のレッスンに必要なものと、書いてあるのだ。

その人生の課題を、人はあの世で決めてくるという。

大学の助教授なのに、こんなスピリチュアルな本を書いて、・・・バッシングも多かった

と思う。

でも、身体を壊してまで、2足のわらじをはく史彦さんは、筋金いりのヒーラーだと、思

う。

感謝のお手紙をだしたら、直筆のお手紙を送ってくださいました。

とてもすばらしい、自然体の飯田史彦さん・・・この場を借りて、ありがとうございまし

た。

 

11月16日

青木愛子さんという方がいて、彼女はアイヌのシャーマンであ 

り、お産婆さんだった。

その辺は、「ウパシクマ」と

いう分厚い本に、のっているが、さわっただけで、

おなかのなかがどうなっているか、わかったらしい。

代々青木さんのうちは、お産婆さんのうちで、たくさんの子どもたちをとりあげたらし

い。

 

彼女は、その後40代で子宮ガンの手術をしてから、人の身体のなかの病がみえた

り、憑依状態になるとかがおきて、だんだんシャーマンとしての自分を自覚してゆき、

お産婆さんから、シャーマンへ人生がながれていくんですね。

 

 彼女の仕事は、お産婆さんだけでは、なかった。

 愛子さんは看取りの仕事も、していたらしい。

 最後の土壇場になると、よばれた愛子さんが、一人でじっと見守りながら、魂がこの

世からあの世に、いきやすくしてあげていたという。

 その時に非常に苦しむひとをみていると、早くあの世に送ってあげないとかわいそう

だというんで、祈るんだそうです。

 何を祈るかというと、アイヌの神様にむかって、早くお迎えにきてくださいと祈るんだ

そうです。

 こんなに苦しんではかわいそうだと。

 七転八倒して苦しむ人もあれば、スッと死んじゃう人もいる。

 でも、苦しんだ果てに死んだ人の形相はとてもすごい。

 そのまま家族に見せたら、家族は恐がって近寄らないだろうというこんで、事切れ

た時に全部それをやわらげてあげるんだそうです。

 青木愛子さんはもともとがお産婆さんですから、あの世からこの世に赤ちゃんが来

る時に見守る人な訳ですね。 逆子がいると、手をあてて「戻れ」というようのことを言

うと、ちゃんと戻ってきたそうです。

 あの世からこの世に生まれること(誕生)、この世からあの世に生まれること(死)、

大きい意味で、どちらも誕生ですよね。

 そこに、いつもアイヌの世界では、愛子さんがいた。これは、シャーマンである愛子

さんのおしごとです。

 私は、自分がかつて(過去世)で、愛子さんと同じような仕事をしていたのではない

かと、思っています。 2人の方に過去世をみてもらって、また自分でもそう思いまし

た。

 じゃあ、今生でのお仕事はというと、ある意味でとても短い人の一生を、自分の使

命を思いだし、いかに幸せにいきてゆくか、それをアドヴァイスするお仕事ですね。

 そのために、今数秘術や、自然療法をやっているのだと、思います。

 

 「女のタオイズム〜中国女性道教史〜」(人文書院)という本のなかに、死に際し

て、男は自分が決めた時、サッとあの世にいけるが、女はお迎えが来ないとあの世

へは、いけないというくだりが、あるのです。

 

  私は父が最後の時、窓際のへやだったので、つい、「おとうさん、空がきれいね。」

と、声をかけてしまいました。その、声に呼応るように、父の魂は抜けていって、しまっ

たのでした。

 あっと、言う間でした。

 その後、心電図に異常出て、担当医がとんできました。

 私は、変なこと言わなけりゃよかったと、後悔し、あわてていましたら、妹が帰ってき

ました。

 そのあと、すぐ、父は旅立ちました。

 母が、ちょうどおばちゃんの世話で、自宅に帰っているつかの間でした。(母のいな

い間に、いったのは、悲しませたくない父のやさしさだったのかもしれません。父は母

を、とてもあいしていましたから。)

 

  おばあちゃんは、百歳までいきましたが、暑い夏、具合が悪くなり、救急病院に運

ばれ、入院の手続きを、待っている間に処置室で、1人でなくなりました。かわいそう

なことをしました。

  お願いして、処置室に入り込んで、看取りたかったです。

  大好きなおばあちゃんでしたから・・・。

  あとで考えると、処置室におじいちゃんがきていたようでした。

  「もうそろそろ、いこうや、おばあちゃん。」と、声をかけたのでしょうか?

 

  母は、肺がんの末期の上に、脳梗塞をおこしており、とても、くるしそうでした。

  それで、もうそろそろ危ないという日、病院に簡易ベッドを持ち込んで,看病しました。

  山場の日には、オイル(フランキンセンス)を焚き、ベネディクションオイルを、身体

のチャクラに、ぬりました。母の身体中に、妹とキスをしました。とてもきれいな身体で

した。

  次の日の夕方、お迎えが来たのでしょう。

  「やっと、いける。」というような歓喜の、表情をみせて、母は逝きました。

  母を送った後は、お産の後のような満足感と、疲労感・・・そして、後悔と罪悪感の

いりまじったなんともいえない気分でした。

 

  母とおばあちゃんを送った経験と、看護婦の妹の仕事上の経験のはなしから総

合して、やはり、女性はお迎えがこないとなかなか往けないのかもしれない、と一つ

の結論に達したのです。

  思えば、女性の一生は、親につかえ、主人につかえ、子どもの世話をし、最後ま

で人につくしたうえに、死ぬ時にはお迎えが来ないといけないなんて・・・決めたら、サ

ッサといけちゃう男とくらべてなんて、最後までなんて不公平なのでしょう。(怒)

  

 そんな女性こそ、自分のやるべき事を見つけ、(使命・生きがい)そして、自分のた

めの 時間をしっかりもち、子どもが独立したあとは、好きなことをし、孫の顔なんぞ

みれたあとは、いつでもすっきりした顔で、おむかえを待とうではありませんか?(興

奮)

 

   青木愛子さんは、残念ながら数年前になくなりました。

       一度、生前にお会いしたかったです。

                

               ご冥福を、心からお祈りします。

 

 

11月15日

今日は山川さんのセミナーで10年前におこった不思議なこと

を、お話しします。

やはり、下関ではじめてか、2回目の山川さんご夫妻のセミナーのこと。

黒板の前で、お話しをはじめられたのですが、男の人の影が見えるのです。

それも、半端な見え方じゃないのです。きになって、きになって、「ちょっと、どいてよ。

話しに、みがはいらないじゃないの。」って、怒鳴りたくなるような見え方。

がっしりした肩幅、かちっとした背広・・・。

イメージ的には、エドガーケーシーに、ちょっと似ていました。

思い余って、前の人に、「ちょっと、男の人の影が気になって、しかたがないんですけ

ど・・・。」

と、私。(初対面の人にきく私も、私ですが・・・。)

すると、その彼女「見えてます。見えてます。それと私、参加者の頭の上の、オーラが

気になって、気になって・・・。」というでは、ないですか。

休憩時間に、お話しすると、なんと彼女は、花や、物からも、オーラや、エネルギーが

でているのが、見えている人でした。

私は、頭の上に、光がぼんやり、みえるだけ・・・。

色なんて、とても、とても・・・。

いろんなものが、見えたことも、ほとんどなく、ただ、なんとなく感じることは多いけれ

ど・・・。

 

ケビンライアーソンのセミナーの時、お互いのオーラを見るというワークがあって、そ

の時は、ペアを組んだ方の頭の上に、色が見えた。(何の色か、覚えてないけど・・・)

私がみてもらったのは、黄色だった。

 

話しが飛んじゃったけど、山川さんのセミナーの時、みえていたのが、セントジャーメ

インだったと、思うの。

亜希子さんに話すと、「そういう風に、見える人もいらっしゃるみたいですね。ありがと

うございます。」ということだった。

最近、沖縄のアトリエさとわさん主宰の山川さんのセミナーでも、セントジャーメインが

見えていた人がいたときくと、やっぱり・・・と、思ってしまうのでした。

 

去年から、今年にかけて、セントジャーメインが気になって、気になって、しかたがな

かったのです。

オーラソーマの、56番が、セントジャーメインのボトルで、オーラソーマのセミナーの

中で気になって、ひいてしまったのでした。たまたま、私の兄がこのボトルが、誕生ボ

トルなので、プレゼントしたり、私自身も2本、つかってしまったのでした。

鎮静効果も高く、不眠気味のとき、頭につけて、クイントエッセンスをセットでつかう

と、ぐっすり眠れたもので、重宝しました。

そして、このボトルが仲立ちになって、エンジェルボトルを、たくさん使うことになった

のです。

私の勘ですが、セントジャーメインは、天使と人間の橋渡しを、してくれるのではない

でしょうか。

紘矢さんの本によると、世紀末、セントジャーメインは、日本にくるとのことですから、

私の感覚もあながち、まちがっていないかと思います。

 

オーラソーマをやっていらっしゃる方で、B56のセントジャーメインボトルに興味のあ

る方は、1度つかってみてください。天使の世界へ、いざなってくれます。

 

亜希子さんは、昔は手紙で、読者のために人生相談(アドヴァイス)を、やってくださっ

ていて、私はずいぶん助けられました。

この場を借りて、お礼を言わせてください。ありがとうございました。

 

また、下関で、フィンドフォーンから帰ったばかりのお二人のセミナーでの瞑想、とて

もきもちよかったです。あの時、おなかの子も、きもちよさそうでした。おかげさまで、

元気な男の子が生まれました。

ありがとうございました、またお会いしたいです。

感謝をこめて・・・。

 

 

                                       

 

 

11月14日

ガイアシンフォニー1が、下関であった時の翌日、主催者の

人と、そのお友達と、私と、龍村さんと4人で、川棚へ、樫の

木を見にゆきました。

それは、それは、樹齢100年というようなりっぱな樫の木でした。

 

木とはいえ、女性エネルギー満載で、象のエレナのようでした。

その主催者のひとは、敷物をもってきていまして、龍村さんのヒーリングをはじめまし

た。私は、それを、ただぽかんと、みていたのですが、そのうち、どうしても足にさわり

たくなって、ひかえめにさわっておりました。

あとで、龍村さんが、「足にさわってくれたのは、だれでしたか?」

といったので、ひかえめに「私です」といいました。

あとで、手紙をいただくと、その時「足に触った手がとても気持ちよかった」と、そして

’神の手’のようだったとも、かかれていました・・・。

実はあの時のヒーリングは、私がしたのですが、何か目にみえないものに導かれるように、やっ

たというのが、正しくて、私は、内心びっくりしたのです。

ヒーリングのあと、みんなで車座になって、エネルギーをまわしました。

なんかとても気持ちよくて、悠久の時を感じました。

「昔、このメンバーで、同じことをしていたことが、あったね。」

と、龍村さんはおっしゃいました。

昔とは、過去世で、ということです。(私は、その時ぴんときませんでしたが・・・)

 

そのあと、4人で、瓦そばを食べました。

そして、雑談。好みの女性のタイプは、な〜んて、

ありがちな質問を、主催の女性がしました。

「僕は内面に、菩薩のような女性エネルギーを持った女性

にひかれる。顔とかは、ぜんぜん関係ないね。」と、龍村さん。

ほっ(!?)と、私たち。

その主催の女性は、山川さんも、10年前からよんでいる人で、とてもエネルギッシュ

彼女のことを、”アメノウズメ”のようだと、私が発言したら、龍村さんもそうだそうだと

おっしゃってくれました。

アメノウズメは、アマテラスが、弟(スサノウノミコト)の乱暴にこころをいため、

天の岩戸に隠れた時、肌をだして、おもしろい踊りをみせました。

みんなが拍手喝采しているのをきいたアマテラスが、「わたしがいないのに、

なんでこんなに、みんなにぎわっているの?」といぶかしがり、岩戸からはなれたとた

んに、男の神(ごめん、名前わすれた)が、アマテラスの手をひっぱりだして、世の中

に光がもどったという、神話があるのです。

主催の下関の女性は、光が隠れたこの時代に、光を呼びおこしたり、つなげたりして

いるので、アメノウズメのようだと、思ったのでした。

人それぞれに、お役目があるものなのですね。

 

その後、喫茶店で、龍村さんの撮影秘話や、構想、こぼればなしをお聞きしました。

撮影では、カメラマンのほうが権限のある場面があるので(実際とるのは、カメラマン

だから)、その時はだから監督といえども、お願いすることもある(こんな風にとってよ

って)と言う話が、印象的でした。

 

帰りに新下関で私たちは、ハグしあい、「これからも、よろしくね。」と、龍村さんはいっ

てくれました。楽しいときは、あっという間にすぎるといいますが、逆にその日の時間

のたち方は、本当にゆったりしていて、時間の観念を忘れるようなふしぎな1日でした。

この頃は、まだガイアシンフォニーが、日本中を、廻り始めた頃で、私たちもこんなに

近く龍村さんと、お話しできたのです。その後は、あっという間に、・・・日本中で大活

躍の龍村さん。

ほんとうに、なつかしい思い出です。

 

11月13日

今日は、ガイアシンフォニー2の、お話しをしようと、思います時、

ガイア2の時、おなかの子どもは、8ヶ月。

イルカのシーンの時、おなかをつよく蹴っていました。

(わたしのおなかは、サッカーボールじゃないぞ。)

わたしは、独身の頃、無類のイルカ好きでした。

子どもがうまれてから、あまりイルカ、イルカとさわがなくなりました。

それは、子どもがイルカと同じように、’無条件の愛’の、波動をもっているからだと、

思います。

その瞬間がすべてで、感情をもちこさない・・・このへんは、子どもにまなぶところです

ヒーリングパワーもすごくて、私は、いっしょにねていて、あまりにつかれているときは

子どもの小さな手を目や、肩においています。(ねむってるおまえのてを、かってにつ

かって、ごめんよ)

ものすごく、つかれさせられるけど、ものすごくいやされる、ふしぎなそんざいですな、

子どもって・・・。

 

佐藤初女さんの、おつけものの、おはなしも、印象的でしたね。

その後、下関で、初女さんの講演会をお聞きする機会がありました。

その中で、とくに、印象的だったのは、人生でおこる、いろいろなかなしみや、いかり

を、初女さんは、自分の中に1度、しっかりと受け止めるのだそうです。

1日で足りなかったら、2日でも、3日でも・・・。

そうして、解決したら、自分の中ですっきりするそうです。

 

母が亡くなったとき、はじめて、この大きな悲しみを自分の中に受け止めました。

受け止めきれなくて、病院で(心療内科・精神科)泣きながら、先生に訴えかけたこと

も、ありました。

ひとしきり、私の話しを聞いてくれた後、「おかあさま、そんなにあいされてしあわせだ

ねえ。」と、にっこり笑って、いわれたのです。

私は、一瞬、ぽかんとしました。

「そうか。」・・・と、思いました。1番かる〜い、精神安定剤をもらって、かえりました。

いらないと思ったら、もう飲まなくていいからねと、先生。

けっきょく、1錠のんで、おわりました。

 

あとは、自然療法で、いやしてゆきました。

 

母がなくなって、目にみえない助けが、いっぱいきました。

ちかくのカトリック教会に、電話をした。

「母が亡くなって、自分の責任を感じている。

クリスチャンじゃないのですが、懺悔したいのですが・・・。」

電話をとったシスターは、「すぐ、いらっしゃい。」といってくれた。

迎えにきてくださったシスター菅は、とてもやさしく、お御堂に私を、まねいてくれた。

母の写真を手に、しばらく祈ったあと、奥の部屋にとおされて、おはなしをきいていた

だきました。

「今、お母様は、神の御手に抱かれています」と、おっしゃってくれました。

懺悔した時点で、神様ははゆるしてくださっていると、おっしゃいました。

母は、仏教徒でしたが、生前の’無私の愛’は、まさしくキリストの愛でした

その後、しばらくお御堂へのお祈りと、聖書のお勉強に通いました。

1度、シスターの身体を、ヒーリングさせていただきました。

人の、かなしみをすくう暮らしの中で、シスターの肩は、こりこりでした。

服の上からでしたが、ささやかなお礼ができて、よかったです。

 

前置きが、ながくなりましたが、そのシスター菅が、初女さんにそっくりだったのです。

聞けば、出身も同じ仙台だというではないですか。

ふー、びっくりです。

今でも、感謝しています、シスター菅、ありがとうございました。

 

そして、おこることを、しっかりうけとめる大切さをおしえてくれた、初女さん、

ありがとう。                          

                              

 

 

 

11月12日

ガイアシンフォニー1は、はじめてみたものでもあり、とくに

印象深く見ました。

人は健康な時、右回りにエネルギーが回転しているそうです。

はじめてこの映画を見た時、けっこうストレスを私はかかえていたのでしょう。

思いっきり左回りに、回転していたものが、急に右回りに回転し始めたものだから、

映画をも終わった後、気分がわるくなり、ソファーに座り込んで動けなかったです。

映画に癒されることなんて、はじめてだったので・・・。

誰もがもっている’目に見えないものへの、希求’、それを映像という手段で表現した

のは、龍村さんがはじめてでは、ないでしょうか。

 

ガイアシンフォニー第1番の中でも、トマトと、象のはなしが、とくに印象に残っていま

す。トマトは、撮影が終った後、龍村監督が、海外での撮影からの帰宅をまって、一

斉に、地面に落ちたそうです。

なんか、じーんとしませんか、野菜にもこころがあるのですね。

 

もうひとつは、象の話し。象牙がほしいという欲のために、自分の仲間である象を

殺してしまう未熟な人間を、象はわかって理解しているという、そしてそんな人間を

ゆるしているというくだり・・・。

最後に、象が象がストップモーションでたおれるシーンは、何度見ても目を閉じて、涙

がとまらない。

動物でもそうなのだ。人間が人間らしい心をなくしたら、どうなる?

人間のあるべき姿を、またみえないが確かに存在する世界を映したという点で、まっ

こと龍村さんは、男だと、思うのである。

 

龍村監督の映画では、音楽が隠れた主役になっている。

この映画の中で、宮下さんの”誕生”という曲が、いいところでかかっている。

わずか20分くらいの、短い曲なのだけど、ものすごく魂が浄化させられるきがする。

(宮下さんのCDの、”誕生”というCDもおすすめ。いやされます。)

 

ガイアシンフォニーには、龍村さんの地球への’愛’が、つまっている。

 

11月11日

ガイアシンフォニー1で、たしか、はじめと終わりに、でていた

天河神社に、ついてお話ししようと、思います。

新大阪でおりて、在来線にのって、(ごめんね、くわしい行き方をわすれちゃったよ。)

駅に降りたら、タクシーか、バス(ほとんど、本数は少ない)。

人がいっぱい行ってた頃は、見知らぬ人と、同乗も、あたりまえにやってた。

1度雪の日に、ひとりでタクシーに乗ったら、すごいお金がかかった。

山の中に、近いもんね。

 

10年前のその頃、縁のある人しか、天河にいけないとか、いわれてたから、初めて

遠距離バスで、天河に着いた時は、ほんとにうれしかった。

神社の境内で、宮下さんのCDがうってあったりして、独特の雰囲気でした。

その時買った宮下さんのカセット(”平安”というテープ)を、母がとても氣に入って、

父が、その数年後なくなったとき、よく御仏前でかけていました。(テープをかけると、

父の遺影がにこってわらったきがして、母とはなしてた。)

 

ここは、弁天様を祭っているので、お札のおみやげを持って帰ると、母は神棚にあげ

て、大変よろこんでくれました。

こういう神聖な場所に、生前の母をもっとつれていって、やりたかったということが、1

番悔やまれます。

 

私がよくとまっていた民宿には、UFO部屋というのがあって、1番広くてきもちいい部

屋でした。ここから、UFOがよくみえるそうです。

私は、何回か、天河にいったのですが、残念ながら、

1度も、UFOには、遭遇できませんでした。

でも、はじめての天河で、ちっちゃなちっちゃな役の行者に、天の川温泉にいく途中

の道しるべで、お会いしたのです。

どんなにニューエイジに影響をうけても、最後には自分の魂と深くかかわる密教の方

に、つながりを持つのが、いかにも私らしいですよね。

 

宮司さんに、結婚祈願をお願いしましたら、その時すごく意味ありげに笑われたので

「なにかな〜」と、思っていたら、この旅行からかえった後すぐに、今の主人と出逢っ

て、半年後に結婚したのです。

(私の、友人も天河の祈願の後、めでたく結婚しました。)

 

私は、OL時代1年に1回は、天河にいってました。

それは、自分の魂の洗濯のためです。

そして、天河にいくと、いつも2つのことを思い出します。

ひとつは、「自分の中に神様がいる」ということ。

もうひとつは、「すべては、ひとつであるということ」

こんな簡単そうなことを、社会の中にいると、忘れてしまうのです。

 

天河の帰りの新幹線の中で、私は、はじめて”至高体験”をしました。

その時は、ルーン石ををひざにおいて、いろいろ見ていたのですが、突然上の方から

細かい粒子の光が降りてきました。

その光りに包まれた時、私はこの世に恐いものなど、何もないと思ったのでした。

1度変な人が、私のいる車両に入ってこようとしたのですが、なぜか首をかしげて、他

の車両にいってしまったのです。

本当はいつも人は、父なる愛に包まれているのでしょうが、わからないのでしょうね。

不思議な体験でした。

 

天河は、子宮のようなところとも、いわれてまして、なにか包まれている感じがするん

ですね。

その頃、ちょうどユーミンの「ドーンパープル」が、流行っていて、’この曲天河にぴっ

たりだな’とか、思っていました。

天河の帰り、朝日が昇る前、そらがうすむらさきに、煙るの。

そして、夕暮れ時、新幹線(広島あたり)からみたそらは、ピンク系の薄紫。

このいろは、あかちゃんが、おかあさんのおなかの中にいるときに、みえているいろ

だそうです。(動脈と、静脈のまざったいろ)

 

また、いつか、ゆっくりいきたいな、天河・・・。

 

11月10日

子どもが、生まれて2ヶ月の頃、(その頃の私は、マタニティ

ブルーが、はいっていた。)子どもをつれて、スーザン=オズ

ホーンの、歌のセミナーに行った。

(息子は、ポカーンと、わけがわからず、口をあけていた。)

一緒にきていたフロームゆかりさんは、なんとセミナーの後半ぐずるむすこに、

おっぱいをあげてくれたのだった。(もらい乳)

フロームゆかりさんの、むすこさんは、足元にしがみついていた。(いやだっていう、こ

うぎ?)

慌てる私に、「今日だけは、日常を忘れてスーザンのセミナーを、ゆっくり味わって」

と、まさに天使のお声(感涙)

自宅出産で、産後の肥立ちが悪く、母性エネルギーが涸れかかった私に、お二人

は、プレゼントをくれた。

それは、”愛”という大きなプレゼントだった。

このセミナーの時、みんなで最後に写った写真は、今でも、アルバムの一番最後に

かざってある。

うたうポーズの、スーザンをみんなが、笑顔で囲んで、もちろん私と、フロームゆかり

さんは、子どもを抱いて、並んでうつった。(ははは、子どもたちは小さすぎてあまりう

つってないよ)

大切な思い出の数々と、宝物の写真。

                                                                                      

11月8日                                                                           

ガイアシンフォニー1が、下関で上映された時、龍村さんとお話しすることができました。

その時、龍村さんに「宇宙の根源は何ですか?」と、お聞きした。

「それは、あるような、ないような世界(般若心経の世界のような)」と、龍村さん。

これまた、深〜いお言葉にうなずきました。

 

そして、会話の中で「永遠の一瞬」という言葉が龍村さんの口からでてきて、「その、

感覚私、わからないんですけど。」と率直にきいてみた。

「それは、自分で実感しないとわからないものだよ。」と、龍村さん。

 

この頃、私は「永遠の一瞬」が、実感として、わかるようになってきた。

この一瞬こそが、過去も未来も変えてゆくのだ。

すべては、つながって、いるのだから。

この一瞬の想いが、未来をも、つくってゆくのだ。

それがわかって、私は、楽になった。

今を変えれば、すべてがかわる。だから、この一瞬こそが、すべてであり、大切なのだ。

 

今年の1月、沖縄のライブハウスで、龍村さんにバッタリお会いした。

そこは、カラハーイといって、りんけんバンドのホームグラウンドのライブハウスなのだ。

私は、DA PUMPのコンサートのあとの、長すぎる夜を、これまた、楽しむために宜野

湾のチシシを見つけて、カラハーイに、りんけんバンドを見にきたのだった。

背の高い人たちに囲まれた龍村さんを、見つけた。

遠慮がちに声をかけると、「何で君はここにいるの?」といわれた。

「DA PUMPのコンサートのあと、ここへりんけんバンドを見に(聞きに)きたんですけど・・・。」

(きままな一人旅なのだ)と、私。

龍村さん一行は、名前を呼ばれ(予約してあったのだ)、中へ入っていった。

私は、飛び込みなので、もう少し待たされた。

 

そうして呼ばれると、なんと1番前。

りんけんバンドのライブは、とっても気持ちいい。(人柄の良さが、曲に反映しているのだ。)

唄って、踊って・・・最後は龍村さんも前の方で踊っていた。

コンサートが、終わり、龍村さんにご挨拶にいった。

明日私は、神の島’久高島’にいく予定だったので、早めに失礼した。

 

普通なら、龍村さんと御一緒にお酒を飲むか、久高行きをいっしょにお誘いするところだけど、

この日は、辞退した。

なぜなら、龍村さんを包むなにか、大きなエネルギーを感じていたから・・・。

お別れの時、龍村さんは、私の手を両手で”ぎゅっ”と、握ってくださった。

 

後でわかったことだが、この日のグループは、”ガイアシンフォニー4”にご出演の名

嘉睦稔さんと、そのお仲間だったのだ。

名嘉睦稔さんは、その後NHK-BS2での、沖縄サミットにでてらして、”なんて気持ちい

い人だろう”と、思った。

つれあいさんに、「この人感じいい〜、誰かしっとる?。(北九州弁)」と、聞いたのだった。

この人が、あの時龍村さんと一緒にいた、睦稔さんとだと、その時は、ちっとも気が付かなかった

 

その後、ガイアシンフォニーのH・Pで、あの時龍村さんの隣にいた背の高い男の人

が、睦稔さんだと、知ったのだった。

睦稔さんは、スケールの大きな、素朴ですてきな絵を、お書きになります。

リンクで、H・Pをご紹介してますので、たずねていってください。

(私は、ニューズレターをメールで送ってもらっています。近くに個展にいらした時は、

ぜひ生の絵をみてみたいものです。)

 

また、2002年には、待望の「ガイアシンフォニー第4番」も、公開予定ですので、み

なさん、またひとつよろしくおねがいします。(ひとコマスポンサーも、ぜひご協力くださ

い。2002年公開に、みんなの手で、こぎつけようでは、ありませんか!)

龍村監督のH・Pも、リンクしていますので、たずねていってくださいませ。

 

     人と地球を癒すガイアシンフォニーに、ぜひご協力ください。

                     よろしくお願いします。

 

11月8日

はじめて、精神世界に深くのめりこんだのは、やっぱりシャーリー・マックレーンの「ア

ウト・オン・ア・リム」だった。

真実を掴み取るには、危険を冒しても、すすまなければならないというのが、シャーリ

ーのいわんとしてることかな?

 シャーリーは、まず女優として、大好きだった。「アパートの鍵貸します。」「愛と喝采

の日々」 なぜ、彼女に惹かれるのか、わからなかったが、とにかく大好きだった。

 そんな彼女が、精神世界のバイブルともいえる「アウト・オン・ア・リム」を出したこと

が、とてもうれしく感動的だった。

 ねそべって、この本を何度も何度も読んだ。

 自分の中に、あった疑問をひとつひとつ解き明かしてくれる本だった。

 ビデオも、見た。

 最後の方で、マリブの海にむかって、シャーリーが、「I am GOD」と叫ぶのだが、

はじめてみたときは、正直不遜な感じがした。

 でも、今は、自分の中にいる神さまをいつも感じていられるし、それはとても自然な

こととして、日々の暮らしの中にある。

 ありがたいことだね。

 自分の中の神を実感できるのは、とても幸せなことだと思う。

 シャーリーと、訳者の山川さんご夫妻に感謝したい。

 そして、あの頃この本をきっかけに、めざめた多くの仲間たちにも・・・。

 みんな元気にしていますか。

 「人生は舞台で、私たちは役者」と、シャーリー。

 さて、今日はどんな舞台を踏みましょうか?

 

 

11月7日

子どもの頃、宇宙の成り立ちを考えた。

人間をつくったのが、神様で、じゃあ神様をつくったのは、だれなの?

無から有は生まれないはずだから・・・じゃあ宇宙の原点ってなに?

今ここにいる私って誰?

こんなことばかり考えてたら、眠れなくなった。

 

そしたら、ある日夢を見た。天国の、雲から、つるがずっ〜と降りてきて、私は、天国

の神様に会いにいったの。そして、私は「神様、宇宙の原点って何ですか?」って、聞い

たの。髭をたくわえ、つえをもった、そのおじいさんは、「原点は、無じゃよ。」と、にっこ

り笑って、答えたの。「はあっ〜。」って、その後、私は、とっても楽になって眠ったの。

 

「子どもがこんなことを考えていても、だれも理解(わかって)くれないわ。」

そう思って、神様と私のやりとりは、わたしの心の中に、しばらく封印したの。

 

オーラソーマで、カバラの木という考え方があって、わたしの夢は、まさしくカバラの木

のことだったのだと、思ったの。

カバラでは、宇宙の原点を「無限」と、表現するけどね。

 

アルケミー(錬金術)の考え方で、天にあるがごとく、地にあるという教えがあって、(ミク

ロコスモスとマクロコスモス)、天にあることをこの地上におろしてゆくのが、私たちの

大きな使命のひとつだと、思うの。

 

 オーラソーマで、結局私たちが大切にしなければならないのは、この想いだと思うの。(B65の

ボトルのテーマのように、”頭は天に、足は地に”・・・しっかりグラウディングしながらも、精神的

なものを、大切にする。)

 

また、アルケミーの考え方のひとつに、4大元素に、クイントエッセンスか、人間の存在

をくわえることで、お互いが共調関係が結べるということで、それはフラワーエッセンス

の理論の大切な根底になっているの。

 

パラケルスの理論は今も、この世界の中で大事にいきているの。

そして、あの日私が見た夢もね。

guardian angel