07/12/31  #226  RED OCTOBER
2007年ももうすぐ終わる。
嬉しい事と、楽しい事と、残念な事と、悲しい事。
感情を示すメーターがあるとしたら、その針の触れ幅が大きかった今年。

大きな変化は、3年連続で職場が変わったということ。
何かを最後までやりとげることなく辞めるのは、良い気がしないから、
思い返すと悔しさが甦ってしまうので、今はあまり思い返さないようにしてる。

悲観的な気持ちになるのは簡単すぎるほど辛かったけど、
友達の励ましがなければ、前向きになる事はできなかったし、
自分を変えようともがいた1年だったような気がする。


音楽は、このサイトを立ち上げて以来、前に進む事が出来たと思うし、
音楽の聴き方も大きく変わった年になった気がする。
たぶん遅い方なのだと思うけど、10月に初めてiTMSで音楽のダウンロードをして、
shaffleだけど、iPod を買った。
有料の音楽ダウンロードは、実はこれが初めての経験だったのだけど、
意外と音質が良くて、聴けるレベルだったのにはびっくり。
厳密に言えば、物足りなさはあるけど、ネット経由でこのレベルなら僕には充分。

本格的にMySpaceを始めたのも10月。
TOPページに音楽を貼る事ができるSNSというのが、MySpaceの大きな特徴だと思う。
僕は作る側だから、音楽を聴いてもらう立場になるけれど、
他の方のページを訪れる時には、僕はリスナーになるわけで。
訪れたページで流れた音楽との出会いはいつも突然。
アーティストが有名なのか、無名なのか以前に、どんなジャンルなのかも分からない。
お店でCDを探す時のように、僕の意志が存在しないのだから、
先入観を持たずに、良い音楽に出会えるのは、初めてに等しい経験だった。

無料で音楽が聴けることが良いのか、悪いのかは置いておいて、
数年前から、このサイトで出来ることの限界を感じていたから、
mF247とMySpaceで、いろんな人に自分の曲を届けるチャンスが増えて良かったと思う。


音楽配信がスタートできた事は、小さいな一歩かも知れないけど、
all by myselfの僕にとっては、自分に自信を持つことが出来た大きな出来事だった。
失うものがあれば、新しく手にするものもある。
覆水盆に返らず。
未来は未来にしかないという事を再認識した1年。

2008年はもっと世界を広げていきたい。




07/09/04  #225  2191 Days
2001年の9月4日にStartしたこのサイトも、丸6年が経過した。
2191 Days。 時間にして、52584時間。
小学生が入学して卒業するのと同じ時間で、中高一貫教育だった人が大学生になるのと同じ。

1年前の9月4日の僕は、4日後に30歳の誕生日が迫った、20代の最後にいた。
「音楽で30歳までに結果を出す」と心に誓っていたことも、毎日の忙しさを言い訳にして、
音楽を生み出しても、自分の作品を広げる努力まで手が回らなかった。
サイトを更新して、mixiの日記で宣伝をすれば、聴いてくれるだろうと言い聞かせ、
それが、少し前までの僕の精一杯だったと思う。


数年前、ある機材の広告に、「聴きたい音楽は自分で作る」というコピーがあった。
カッコよすぎなキャッチコピーだけど、それって誰もが簡単に実行できるものでは無い。
だから、自分ひとりの中にしまっておくのは、ちょっともったいないな、って思ってた。


mF247で音楽配信を始めたことは、僕の中で、とても大きな転機になったと思う。
ここで楽曲の審査に落ちることがあれば、音楽を続ける資格はないと思っていたから、
「配信OK」のメールを頂くまでの2週間は、生きた心地がしなかった。

丸山茂雄さんやスタッフの方々の努力で、mF247のサービスが始まったからこそ、
僕は、尊敬する大先輩のアーティストと同じ場所で始めることが出来たのだし、
ジャンル別ではあるけど、無名な自分が月間チャートで1位を頂く事も出来た。
タイミングとかもあるかも知れないけど、頂けるものは素直に喜びたいし、
2007年の8月は、自分の中の風向きが、やっと良い方に向かい始めたと感じることが出来た。

ただ、光栄に思う反面、もっと良い音を作りたい気持ちの方が大きくなった。
mF247の、他のアーティストの音楽を聴き、圧倒されることも多かった。
楽曲のクオリティに自信はあるけど、音質はもっともっと向上させたいと思う。

「自分ひとりでやってる割にはすごい」、なんて絶対に思いたくないし、
現状にはまだまだ満足をしていられない。
ひとりでも多くの人に、もっと良い音楽を届けられるように、
今日からの1年、もっと音楽に向き合っていきたいと思う。


Thanx !!



07/08/06  #224  音楽配信、はじめました
丸山茂雄さんという、音楽業界では絶対に欠かせない方がいらっしゃいます。
丸さんの愛称で親しまれている丸山さんは、EpicSony(現Epic Records)を設立し、
たくさんのミュージシャンを世の中に送り出しました。
2003年2月の「Live Epic25」は、そんな氏の功績を称えるようなコンサートでした。

経営者としても、昔から密かに尊敬する方でした。
初代プレステを世に出したSony Computer Entertaimentでは副社長を務め、
Sony Musicの社長を務めた後、2003年にはレーベル「247 MUSIC」を立ち上げられました。
その先見性と斬新な発想、そして物事を分析する力にはいつも驚かされます。
もちろん実際にお会いした事はないので、ブログやガイアの夜明けの放送などで、
音楽を愛して止まない姿勢と人柄に惚れた、というところなのですが、
その丸山さんが2005年末に立ち上げた「mF247」というレーベルから、音楽配信を始めます。

アーティスト一覧を見ると、メジャーシーンで活躍されている大御所の方も配信していて、
尊敬する方の下でスタート出来たのは、とても嬉しい。
かなり時間はかかったけど、やめずに続けてきて良かったなって思います。

自分のサイトで音楽を公開できた事が、僕の最初の一歩だったけれど、
mF247での配信は、GreenApple第2章という感じになりますが、
本当の最初の一歩はここかなって思っています。

このサイトを作った2001年には、mixiやmyspaceなどのSNSも存在していなかったし、
音楽配信はまだ一般的ではありませんでした。
iPodだってまだ無かったような気がするし、MDが元気だった時代です。
ケータイも3和音がいいところだったのに、それが今では着うたサービスが市民権を得ました。
(充電が気になるので、僕はまだケータイで音楽を聴いたことはないのですが…)

プロミュージシャンになった訳ではありませんが、
自分が作った曲が顔も名前も知らない誰かに届く手段が出来たことで、
これからもいい曲を作り続けていきたいという気持ちが、より強くなりました。
僕1人なので、歌モノではなくインスト曲だけを配信することになりますが、
はじめましての方も、昔からの僕を知っている方も、
これからもどうぞよろしくお願い致します。



07/07/20  #223  wedding dress-up
今から12年前の1995年の1月に、結婚をイメージした「wedding dress-up」という曲を作った。
まだ高校生なのに結婚を意識した曲を作ったのは、今考えるととても不思議。
数年後、タイトルは別の形にしたけど、これが僕が初めて「結婚」を考えるきっかけだった。

7月18日、TBS系で放送された「余命1ヶ月の花嫁」という番組をみた。
まだ23歳の若さで乳がんを発症した長島千恵さんの、闘病生活を追ったドキュメンタリー作品。
番組は「乳がんの発生率が20人に1人」と伝えていたが、そんな高い率とは全然知らなかった。
取材が始まった時、千恵さんは末期がんに冒されていたという。

僕の祖父2人は末期がんで亡くなっている。番組を見ながら、その時の事を思い出してた。
母方の祖父は、手術で腫瘍を全摘出して、毎月の検査でも転移は見られなかったのに、
術後3ヶ月目の検査で転移が見つかり、レントゲンを見た先生が絶句するほど進行していた。
母の口から余命1ヶ月と聞かされたのは、直後の8月中旬。

おじいちゃんは自分で畑で野菜を作るくらい、誰よりも健康に気をつけて生きてきた人。
そのおじいちゃんがガンに冒されたという事実は、僕ら家族には受け入れ難い話だった。
家族で相談をして、最後まで病名を知らせなかったけど、
おじいちゃんは自分の命の限りを察しているようだった。

千恵さんはお父さんに「先生から何か言われた?。私の余命1年なの?」と聞いたそうだ。
実際には余命1ヶ月。千恵さんのご家族も、千恵さんに命の期限は伝えなかった。
千恵さんの「ウェディングドレスを着てみたい」という夢をかなえるために奔走した友人。
本当に夢を現実に変えて、チャペルでの千恵さんや参加した人達の笑顔が本当に素敵で、
旅を終えようとしている現実が、あまりにも悲しすぎた。

明日が来るのは当たり前で、いつもの出来事だと思っていた自分に、
「明日が来るのは、奇跡」という千恵さんの言葉は、すごく心に響いた。

本当に好きと思える人に出会えて、結婚するということだって奇跡だと思う。
そういう人にめぐりあうために、人は旅を続けているんだろう。
そして、先に旅を終えた人を忘れない事も、今を生きるという事だと感じた。



07/07/18  #222  バトン
久々に明け方まで曲を作ってた。
悩むこともほとんどなく、素直に降りてくるメロディ。
鍵盤を弾く指先から、新しい音が一音一音と生まれてきて、
その瞬間だけ、寂しさとか孤独とか、あらゆる不安が消えてく。

新しい音が生まれる瞬間は、いつも僕1人だ。
僕の孤独から生まれたものが、いつか誰かの心に届いていく、という反復。
そして僕がいなくなっても、僕が生きた証は音楽で残すことが出来る。
「残す」ということの代償が、孤独や悲しさだとしたら、耐えて当然なのだろうけれど、
新しい音を創るのは楽しいけど、自分の中の感情を形にするからすごく疲れる。
そのせいか、普通の人よりも多く「孤独を解消したい」と感じるのかも知れない。

「卵が先か、鶏が先か」、という議論ではないけれど、
僕にとっての孤独は、生まれることの代償なんだろうか。
それとも、寂しい感情を薄めるために、僕に音楽を作る才能をくれたのだろうか。

10年前に作った音を、10年後の今聴いてくれた人達がいるように、
今作っている音を、10年後の誰かが聴くんだろう。
そんな風に未来のことを考えれば、僕の気持ちは少しは楽になるけれど、
その場しのぎの手段であって、本当の解決にはならないと感じる事がほとんどだ。

寂しさや悲しさを忘れるための手段は、人それぞれだ。
僕の場合は、それが音楽を作る動機の一部になっているのかも知れない。
それが良いことなのか、悪いことなのかは分からないけれど、
純粋に、心から良いと思える曲が生まれたのは幸せなことなのかなと思う。