昭和50年頃の盛岡の思い出


 ふなきんはいまから25年くらい前に岩手県盛岡市に住んでいました。盛岡競馬場の第4コーナーのところに借りていたアパートがあり、そこから疾走するお馬さんが見えました。盛岡競馬場に行ったのは、1回こっきりでした。
 競馬といえば、旭川競馬場でばんえいの馬券で万馬券をあてたことがありましたが、あれが唯一の勝ったレースで、延べ10回ほどしか競馬に行っていないんですよね。ギャンブル運がないってことですね。

 マップの中央あたりに池がある公園がありますが、ここは「高松の池」といって、周囲2キロかそこらの公園となっています。周りの桜並木はお花見の名所で、湖畔には料亭もあったような気がします。
 池の入り口あたりには高校、盛岡YH(ユースホステル)などもあり、市民の散策にいい場所で、たまに近くのNHKが全国中継をしています。

 ふなきんがマップの右上の市立高校のあたりに住んでいた(昭和48-50、加賀野4丁目)ころ、街でお酒を飲んで(泥酔して)、歩いて帰ったときのことです。朝、手のひらと布団が血だらけになっていました。よくわからないまま、起きてから天満宮方向に行った時、小さな公園にはバラ線がありました。当然、手のひらのひっかき傷とバラ線は似ているのでありました。

 この頃の飲み仲間に、同期のY氏がいますが、彼は、高校時代、サッカーでゴールキーパーをしていて、身体もデカく、酒量もハンパではありませんでした。しかし、金もなかった時代なのによく酒ばっかり飲んでいたといまも感心します(いまの酒量は当時の1/4ぐらい?)。

 当時、遅くまでお酒を飲んだ時には、冷麺を食べる(というかスープまで飲んで)ことで、二日酔にならないということで、食道苑さんに寄っていました。赤いスープに浮かぶナシとかスイカがものすごく甘いんですよね。でも、お酒を飲んでラーメンを食べるよりは、冷麺の方が太らないだろうなとは思います。トウガラシは脂肪を燃やすって「あるある大事典」で言っていたような気がするし。

 いま盛岡は、どんどん変わって、隣町にまで拡大していますが、城下町の名残りをしっかりと残しているところも中心部にはたくさんありますから、なにかで盛岡に行った際には、東京駅に似ている岩手銀行本店の裏の通りとか、上の橋付近、八幡町付近などを訪ねてみてください。
 「遠くがらよく来たなハン」てな感じであいさつしていただけると思います。(99.10.21)


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