謡曲の『竹生島』は、むろん琵琶湖上に浮んだ竹生島のことである。祭神は宇賀魂命で、行基菩薩が此の島へ来られたときに
神女の示現があり、よって寺を立て弁財天女を置かれたと伝えるが、曲はその神徳を讃美する意に出たもので、漁翁(実は竜神)
と女(天女)が、「延喜の聖代に仕える三人の臣下」を漁船で島へ送る途上、神形をあらわして天下泰平・国土安穏を誓い給うめで
たい曲とされている。
舞台では、
「その時、虚空に音楽きこえ、その時、虚空に音楽きこえ、花ふりくだる春の夜の、月にかがやく少女の袂かえすがえすも面白や」
と、天女舞のあと、
「月澄みわたる海づらに波風しきりに鳴動して」
竜神が湖上に出現する。そうして三人の臣下へ金銀珠玉を捧げる−曲中圧巻の場面である。が、竜神のその、意外に優雅な舞
いぶりへ智慧伊豆の眼がいよいよ輝き出すのへ
「伊豆、何としたぞ」
不審気に到頭家光は声をかけた。
(文春文庫版、上巻205〜06ページ) |