「鵜飼」のストーリー



石和の歩道


安房の清澄から出た僧(ワキ)の一行が石和で宿をたのみますが貸してもらえません。やむをえず川岸の堂に泊まります。夜が更けると、松明を持った鵜使の老人(前シテ)が現れます。殺生の業をする老人を見て、僧は他の生業に就くよう勧めます。そのとき、従僧(ワキツレ)のひとりが、昔この川下で同様の鵜使に会い、同じようにいさめたところ、その鵜使が自宅で自分をもてなしてくれたことを思い出しました。すると老人は、その鵜使は死んでしまったといいます。僧の求めに応じて、老人は鵜使の死について語ります。もともと石和川(笛吹川)は殺生禁断の所なのですが、鵜使が多く、夜な夜な忍んで鵜を使って漁をしていました。所の人々は、漁をさせまいと見張っていました。そこへ鵜使がやってきて、人々にとらえられ、刑罰として川の底に沈められ殺されてしまいました。老人は「私こそ、その鵜使の亡霊だ」と言い、僧に回向をたのみます。僧は鵜使の業を演じるようにたのみ、老人は鵜を使って魚をとる様子を演じました(鵜ノ段)。罪も報いも後生も忘れるほど夢中になって演じているうちに、篝火の影が暗くなっているのに気づきました。月が出ていました。老人は暗い闇の世界に消えて行きました(中入)。僧たちは、河原の石を拾い、法華経の文句を石に1字ずつ書き、それを川に沈めて老人を弔います。そこへ地獄の閻魔王(後シテ)が現れます。地獄には鉄札と金札があり、善行が金札に悪行が鉄札に書かれるとのことです。鵜使の行状は殺生の罪のため鉄札に書かれ無間地獄に堕ちるのが確実だったが、法華経の功力によって極楽に送られることになったと閻魔王はいいます。閻魔王は、妙法蓮華経の「妙」「法」などの字のありがたさを述べ、悪人であっても、鵜使のように僧をたいせつにし、もてなすならば極楽に行くことができるといい、引き上げます。


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