玉藻前伝説

赤字の部分を平成21(2009)年5月3日に追加しました。



殺生石に行く途中にある歌舞伎「玉藻前曦袂」の石碑


玉藻前の正体は狐の精で、はじめ中央アジアの斑足王の夫人であって、王に勧めて1000人の人を殺させました。その後、中国では周の幽王の后褒(ほうじ)となって、国を滅ぼす原因となりました。日本では鳥羽天皇に仕える玉藻前となりました。あるとき清涼殿で灯りが消えたとき玉藻前が光を発し、あたりが明るくなりました。それ以来鳥羽天皇は病気になりました。安倍泰成に占わせると、玉藻前が狐の精であることが見破られ、狐は那須野に逃げました。三浦介と上総介が討伐を命じられ、彼らは狐の精を倒し、天皇の病気もなおりました。倒された狐の精ですが、その執心は残って大石に変化し、付近を飛ぶ鳥は命を落としました。この伝説をもとに文楽「玉藻前曦袂」(たまものまえあさひのたもと)がつくられ、歌舞伎にも翻案され、松尾芭蕉も殺生石に関する句を詠んでいます。歌舞伎『暫』にも「那須野の殺生石」という台詞が出てきます。


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