W真空エネルギー対称性 IS0340

 

〔虚数時間と〈真空エネルギー〉〕IS0341

 

 ここまでが、いわば、母親の子宮から膣を伝わって外界に飛び出した赤ん坊宇宙の誕生と以降、その赤ん坊宇宙の申子(もうしご)として地球に生命が誕生するまでの物語である。

その前、宇宙が火の玉になってウギャーと泣く前の、生殖から子宮内に赤ん坊が育つまでの創生の神秘は、どうだったのか。なにもないところから物質はどうして生まれたのか。無から有がどうして生起したのか。これは、量子サイズの宇宙を扱うから、二十世紀新興の量子力学が使われ、様々な仮説的な量子宇宙(quantum universe)論が展開されることになった。

 筋萎縮症になって、車椅子に身動きもならないスティーブン・ホーキングというケンブリッジ大学の教授とジェームズ・ハートルは、アインシュタインが予言した膨張を続ける宇宙時空を単純に逆にたどると、時空がくにゃくにゃに歪曲して完全に押しつぶれたビッグバンの「初期特異点」(密度無限大の体積ゼロの一点)に行きつくが、その先はどうなっているのだろうかと考えた。

 1983年、ホーキングらは、原子以下のミクロ宇宙を扱うに、アインシュタインが最後まで懐疑的だった量子力学の知見を使った。

 

アインシュタインの頑固さ――先駆的に、光量子仮説を唱えたアインシュタインであったが、彼は、量子力学の確率論的な性格を頑(かたく)なに嫌って、1912年の段階で、「量子論が成功すればするほど、ますます滑稽にみえてくるよ」と言っていた。さらに、その晩年には、親友マックス・ボルンに宛てた書簡(1949年)に、「神はサイコロ遊びに頼らない」と書いて、有名な言葉となった。ボルンは、波動関数の絶対値の2乗は1個の電子をある場所に見出す確率(存在確率)に比例するとした人。〕

 

 宇宙がどう始まったか、マクロ宇宙の端緒であるビッグバンの特異点を考えるには、量子力学で扱うミクロ宇宙の理解が欠かせない、とホーキングは考えた。

 

 ――宇宙の大局的構造を支配しているのは、アインシュタインの一般相対性理論だと思われる。この理論は古典派理論と呼ばれている。それはこの理論が、量子力学の不確定性原理を考慮に入れていないからである。他の理論との整合性を考えれば当然、考慮に入れるべきなのだ。それにもかかわらず、一般相対論が観測となんら食い違いを示さない理由は、われわれが通常経験している重力が非常に弱いことにある。しかし、前に述べた特異点定理の示すところによれば、重力場は少なくとも二つの状況下、つまりブラックホールとビッグバンでは、非常に大きくなるはずである。このような強い場の中では、量子力学の効果が重要になるにちがいない。したがってある意味では、古典的な一般相対論は無限大の密度の点が存在することを予測することによって、自分自身の没落を予測したことになる。

                                         ――『ホーキング、宇宙を語る』(91頁)

 

 問題は、こうした特異点のような小さな凝縮宇宙(量子宇宙)が無からなぜ生まれたか、である。アラン・グースという素粒子物理学者の考え方によれば、量子の揺らぎと同じく、真空も一番低いレベルでエネルギーを持つことができて、初期の宇宙は束の間、この揺らぐ〈真空エネルギー〉状態で存在できた。宇宙が生まれる可能性は、〈真空エネルギー〉が高いほど、そうして宇宙発生の領域が小さく(時間が短く)なるほど、揺らぎも大きく、高くなる、という。

 

真空エネルギーとは――〈真空エネルギー〉は、真空自体の内在エネルギー、真空の「場」のエネルギー、「ダークエネルギー」とも呼ばれる。アインシュタインが「宇宙項Λ」と呼んだものだ。真空エネルギーの密度は膨張しても一定に止まる変わった性格がある。エネルギー密度が一定ということは、体積が増大すると、それだけ比例的に重力エネルギーが増大する。ただし、その重力エネルギーは負の値をとって、膨張は膨張を呼び、巨大な斥力として、膨張を加速させる。

 1900年、ドイツ物理学会で、プランクが提唱した「量子仮説」では、エネルギーはとびとびの値しか取らない。プランクは、量子は、必ず1秒当たり6・55×10のマイナス27乗エルグという、はっきりした数値の整数倍のエネルギーを持つことを示した。この数値は、プランク定数hとして知られ、プランクは、彼の発見を「E=hν」(ν(ニュー)は周波数)と要約した。

量子の位置と運動量の間には、1927年に発表された「ハイゼンベルクの不確定性原理」がある。量子の位置xの不確定さ凾とその方向の運動量pの不確定さ凾垂ニの間には、凾・凾>hの関係がある。

 真空という場は、束の間の時間(=時間の不確かさの幅凾狽ェごく小さい)ならば、エネルギーの不確かさの幅(=凾d)が大きくなり、通常よりも大きなエネルギー値をとることができる。真空は、量子と同じくエネルギー状態も曖昧なところがあって、揺らいでいるのだ。〕

 

 先のミンコフスキーの一般相対性理論式を適用する(ただし、右辺の「時間の距離」と「空間の距離」を入れ替える)と、こうなる。

(時空の距離()=β・(空間の距離()―α・(時間の距離()

 

 ;「時間の距離」が虚数だと、「時空の距離」が正になる。

 

 ホーキングらによれば、時空は無であるとしても、素粒子よりも小さなレベルで見ると、αとβの値が絶えず変化し、ゆらいだ状態(物理量の平均値からズレた状態)、もしくは洗面器の中で洗剤を「泡立てた」ような状態だという。(、ホーキングは、ミンコフスキーの式を使って説明しているわけではない。これは、小生が勝手にやっていることである。)

 沢山の泡は、各々が宇宙になる能力がありながら、洗面器の縁(エネルギーの壁)を越せないで宇宙になり損ねている。洗面器内の無宇宙では、物質が存在しない虚数時間(重力と量子力学を統一しようとすると導入しなければならない時間。虚数時間を前向きに進もうが後退しようが、未来も過去もない)が支配する。ここには特異点もない。つまり、はじまりの一点を失った宇宙は、虚数時間のまま終っている。それが、「虚数宇宙」である。

 ホーキングらは、宇宙が、突然、特異点において、吃驚(ビックリ)パッと出来たのではなく、もっと虚数時間の中からスムーズに出現したイメージを欲した。

 70年代のブラックホール研究から、ホーキングらは、ミクロの世界では、物質は波としての性質を持ち、粒子は非常に短い時間にエネルギーの壁を通り抜けることができる「トンネル効果」を使って、虚数宇宙から生まれた出来立て宇宙は、「10のマイナス34乗aサイズの宇宙」だったと考えた。

 

トンネル効果――リチャード・ファインマンの「経路積分法」によれば、トンネル効果によって、われわれが感じている時間を「実数時間」とするならば、宇宙の生成時、時間は虚数になっている。ホーキングは、ここから、宇宙は虚数時間の中からスムーズに出現したとする「無境界仮説」を唱えた。時間が虚数ならば、時空は端がなくなる。

1957年、「東京通信工業」(後のソニー)の研究者がブラウン菅を覗き込んでいて「トンネルだ!」と叫んだ。トンネルダイオードを発見したエサキ・レオナ(江崎玲於奈)氏であった。氏は、半導体トランジスターで、初めて、「トンネル効果」を検証した。〕

 

 こうして宇宙の揺籃期に(虚数時間)を想定することで、(虚数時間)の2乗はマイナスであるから空間的距離と時間的距離は正の関係によって「統合」されることになった。実際、ある時期の一般相対性理論の教科書では、空間は実数で、時間は虚数で表現されていた。このことを、ホーキングは「空間と時間の区別がなくなる」(空間も時間も同じもの)と表現した。宇宙のはじまりは、虚数時間が流れ、時間と空間が未分化な状態から、あるとき空間から分化した実時間(虚数時間にもう一度虚数を賭けると実数になるといった意味で)が流れ始めて、われわれが現在生きているような「実数宇宙」になった。だから、この世には、本当は、虚数時間が流れているのに、われわれは実数時間が流れているかのように思いたいので「i」を掛けて暮らしている、そうした虚実の反転があるあると考えられる。

 つまり、「無の宇宙」からトンネルを抜けて「10のマイナス34乗aサイズの実宇宙」が誕生した。氷が水になるように真空の状態に何らか変化(相移転)があって、空っぽな真空中に、トンネルをくぐって、ぱらぱらと粒子が「自然に」湧き出してきたとイメージしていいだろう。

 

〔インフレーション膨張versus光速変動理論〕IS0342

 

 そして生まれたばかりの「10のマイナス34乗a」の赤ん坊宇宙は、〈真空エネルギー〉の斥力(反発力)によって、瞬時に倍々々々々、原子サイズ以下の「ミクロ宇宙」から「マクロ宇宙」へ、「10のマイナス34乗秒」というわずかな時間で、人間の手のひらに入る10a程度のビー玉宇宙にまで、大膨張したと考えられる。

 このような宇宙の急膨張を表現するのに、経済で指数関数的な物価上昇を表わす「インフレーション」という言葉が、使われるようになる。インフレーション期における宇宙の膨張スピードは、光の速度よりはるかに速い。光が一番速いというアインシュタインの前提さえ覆っている。ただし、光速があくまで真空空間に対する速度であるのに対して、インフレーション宇宙では光の進む空間自体が拡張しているのだ。しかも、膨張速度がどんどん速くなる加速膨張であった。そのことによって、密度揺らぎはならされて均質化がはかられる。したがって、低エントロピーの初期宇宙状態が設定されたとする。

 

インフレーション期――もともと、宇宙のビッグバン・モデルにはインフレーション期は挿入されていなかった。この急膨張期を挿入しないと、現在のビッグバン宇宙を説明できないことが幾つかあることから、1980年代の初め、アメリカのアラン・グース氏やトウキョウ大学のサトウ・カツヒコ(佐藤勝彦)氏らによって、「インフレーション期」は、仮設的に挿入された。

 サトウ氏は、「指数関数的宇宙膨張モデル」と命名したが、グースが使った経済用語「インフレーション」の方が普及した。オリジナルの「インフレーション理論」は、水に摂氏0度を下回っても凍結しないことがあるように、真空の相転移が「過冷却状態」では起こらないことが弾みになって、宇宙誕生後「10のマイナス34乗秒」して、急激なインフレーション膨張が起きたと考えた。が、その後、理論的な改訂が加わって、宇宙は、誕生した時点で、「インフラトン」という粒子エネルギーに発して、インフレーションを起こしたのではないかともと考えられるようになっている。

 ホーキングらも、宇宙の初期状態を設定すべき特異点のような特殊な一点はそもそもなく、ツルンとした球体のどこかのようなものだという「無境界条件」の立場から、宇宙用の波動関数(「ホイーラー・デウット方程式」から導く)を解き、宇宙は、誕生と同時にインフレーション膨張を起こした確率が高いとした。

 2003年に発表された人工衛星「WMAP」の観測結果によって、宇宙の形は、曲がったり、反っていたりしないで、曲率3%以下で平らであることが判明した。宇宙誕生直後のインフレーション現象の存在についても確実になった。宇宙構成比73%という宇宙項λの存在によって、宇宙は未来において収縮に転じて潰れてしまう可能性はなくなった。宇宙項λ=真空エネルギーの働きによって、1000億年後の宇宙は、今の500倍の大きさになっているはずだ。宇宙項λがなければ、8倍にしかならない。アインシュタインは、正しかったのである。〕

 

 インフレーション膨張期を想定することで、解明された宇宙の謎がある。

 一つは、「宇宙の地平線」問題である。宇宙空間では、因果の情報は光の速さで伝わる。ある特異点から出発した宇宙の因果関係は光が届いた範囲内で成立している。その範囲の境界線が「宇宙の地平線」である。何が問題かというと、宇宙の四方八方からやってくるマイクロ波(宇宙背景輻射)を調べてみると、地平線内どこのマイクロ波も同じ強さだと判明した。こうした予期以上に、「ノッペリした宇宙」は、問題なのである。虚数時間が流れ、熱くゆらいでいた宇宙は、因果関係も訳も分からず、「デコボコだった」のであり、測定するマイクロ波にもこのデコボコの痕跡が残っていなければならない。最高速度の光速でさえ、このデコボコをならすことはできない。そこで、光よりも速い、地平線を越えた宇宙急膨張「インフレーション」があったことを想定しなければならなかった。

 さらに、宇宙の「平坦性問題(flatness problem)」というのもある。アインシュタインの一般相対性理論では、宇宙をユークリッド的に平坦なまま膨張させるには至難な精度を想定しなければならない。お椀の内側に三角形を描いたら、その三角の和は180度よりも小さくなる。宇宙に少しでも曲率があれば、膨張するにつれて曲率はどんどん大きくなるはず。ところが現に宇宙はそうなっていない。実際、3%以下の曲率だ。なんでも今のような宇宙になるための精度たるや、0・000…と0が120個も連なってから1とくる誤差しか許容されないらしい。しかし、量子的なゆらぎにブクブクと泡立ったところから生まれた当初の宇宙において、摂理を得意とする神以外に、果してそんな初期条件の緻密な精度設定があり得るのか。そこで指数関数的な大膨張が起こって曲がっているものが平らになったのではないかと想像された。

 こうした符合する点からも、宇宙は、加速膨張のインフレーション期から転じて、減速膨張(重力によって速度が段々遅くなる)の火の玉宇宙となったとみていい。普通、急激な膨張は温度を低下させるが、インフレーション期に大量の潜熱(沸騰した水を熱しても温度は上がらないで、与えられた熱は蒸気に変わるために使われる。そうした熱を潜熱という)が発生したため、宇宙はボウッと「発火」し、火の玉宇宙となった。(真空エネルギーが熱エネルギーに変わった。)そのとき膨張する宇宙の総量は1兆個の太陽を入れた缶を100億箱集めた量に匹敵した。やがて、これらの宇宙缶が開封され、インフレーションの間に再発生していた小さな密度揺らぎという食材によって、星の大宇宙に調理されていった。これが、宇宙のレシピなのだ。(太字の下線は、小生の〈ハイク缶プロジェクト〉を想起させる箇所なのでふった。)

 

 なお、このインフレーション理論に対して、アインシュタインの光速不変の前提が覆れば、つまり、光速変動(Varying Speed of Light)を適用すれば、インフレーション期の挿入は必要ないとするジョアオ・マゲイジョのような論者もいる。そのVSL論を発表したとき、周りに「Very SiLly(とても馬鹿げた)の略じゃない」と言われたそうだ。

 真空エネルギーは〔λ×(cの4乗)〕に比例するので、このcが小さくなれば、真空エネルギーも急減し、真空エネルギー=宇宙項λを排除できると同時に、真空エネルギーの斥力によって膨張するインフレーション期の想定も必要なくなるという。

 

 以上、宇宙が生まれてから現在のかたちに成長するまでの3つのプロセスを要約するとこうなる。

 

 量子宇宙〈空間・時間の発生〉(137億年前)
     ↓ 虚数宇宙から実数宇宙へ0秒後
 インフレーション膨張
     ↓ 10のマイナス34乗秒後
 ビッグバン宇宙=宇宙缶の開封
     ↓ 10のマイナス20乗秒後 
(輻射優勢の時代:どろどろの重い光のスープ)
     ↓ 10のマイナス6秒後
  (陽子や中性子ができる)
    ↓ 宇宙誕生から3分後
  (ヘリウム原子核を形成)
     ↓ 宇宙誕生から10万年後
  (物質優勢の時代へ
     ↓ 宇宙誕生から38万年後
  (宇宙の晴れ上がり)
     ↓ 宇宙誕生から2億年後
 星の宇宙〈天体構造の発生〉
     ↓ 宇宙誕生から90億年後
 原始地球を形成 (46億年前)
     ↓ 宇宙誕生から100億年後
 地球生命の誕生
     ↓ 宇宙誕生から137億年後
 現在の宇宙・地球

 

仏教の宇宙――仏典の宇宙観にも、「インフレーション」「ビッグバン」に類似したものがある。〈宇宙世界が崩壊し、何の形成活動もなく空無の状態となった時期(空劫、くうごう)のあと、新しく世界が創造される過程について、『倶舎論(くしゃろん)』(世間品)の詩頌では、次のように説かれている。――まず何もない虚空に大風が発生する。そのひとつの大風圏の横の拡がりは無辺で計りがたく、その厚さは十六ラクシャ(十六億ヨージャナ)にも達し、金剛の杵(何ものでも粉砕できる武器)をもってしても打ち砕くことができない。この風(大気層)を世界を保持する風輪(持界風)と名づける。ついで物質の支配する世界(色界)の第二位に属する光音天上に、黄金の雲(金蔵雲)がたなびき、三千世界のすべてを覆い、この雲が車軸のように雨水となって降り注ぐが、風輪(大気層)に遮られて滞留する。…〉(『原人経』より)。「光音天上」(「極光浄」の天界)と、輻射優勢である光のスープの時期まで盛り込まれているのは、一体どうした想像力の一致だったのか。〕

 

 なお、銀河は集まって「銀河団(cluster of galaxies)」をつくり、銀河団も、10個以上集まって、大きさ3億光年程度の「超銀河団」を形成する。

2005年2月、ニッポンの国立天文台とトウキョウ大学などのチームが、ハワイの「すばる望遠鏡」で、地球から光の速さで約127億年かかる距離の宇宙に、生れて間もない銀河団を発見したと発表。

チームは、2002年から2003年にかけて、すばる望遠鏡で、「くじら座」の方角を調べ、500個を超す銀河を見つけ、うち6個は地球から127億光年離れ、直径300万光年の狭い範囲に集まっていた。数十個以上の銀河が集まる通常の銀河団に比べ数が少なく、質量も100分の1であることから、137億光年前とされる宇宙誕生から約10億光年後の原始の宇宙の姿とみられた。

そして、超銀河団は、1億光年程度にわたって、銀河が余り存在しない領域「ボイド(空洞)」に、いたるところで侵食されている。こうした所々に分布があり群棲する宇宙(「宇宙の大構造」)では、そこから地球に届く情報にも斑(むら)、「揺らぎ」がある。

この「揺らぎ」は、1992年に、NASAが打ち上げた探査衛星「COBE(コービー、宇宙背景輻射探査機)」によって、10万分の1程度の「温度揺らぎ」として発見されている。このことは、宇宙の「晴れ上がり」の頃、「密度揺らぎ」が10万分の1程度だったことを意味する。

しかし、宇宙が、現在の「大構造」になるには、この程度の「揺らぎ」では足りないという。「晴れ上がり」の時代から現在まで、宇宙は、約1000倍に膨張している。現在の「宇宙の大構造」を説明するには、「密度揺らぎ」が1以上なければならないとされ、そこからすると、「晴れ上がり」時代の「密度揺らぎ」の大きさは1000分の1というスケールがなければおかしいとなった。何か、別の、未知の途轍もない重力物質があるに違いなかった。

2001年6月に打ち上げられた探査衛星「WMAP(ダブリュー・マップ)」は、COBEが地球を周回する軌道にあったのに比べ、3カ月かけて地球から太陽とは反対の方角に約150万`離れたラグランジェ点(地球と太陽の重力が釣り合う点)にたどり着いた。COBEが「温度揺らぎ」を7度スケール以上と大雑把にしか計測できなかったことに比べれば、ここでは、1度スケールと精度が良かった。結果、前からあるのではないかと考えられていた暗黒物質(ダークマター)が23%、真空エネルギー(宇宙項Λ)が73%と、普通の物質(バリオン物質)の4%を、はるかに凌ぐシェアで、存在することが判明した。

この暗黒物質がもたらした「密度揺らぎ」が、普通の物質の「密度揺らぎ」を牽引したという説が、目下のところ有力だ。

 

ワームホール解釈――他に、変り種の宇宙構造形成論がある。

先にも言ったように宇宙背景輻射の観測などで分ったことは、意外にも、均質で「ノッペラ」していることだ。これは、インフレーション期に平準化されたという解釈以外にも、ビレンギンという人は、宇宙が膨張し相転移を起こすときに、そこに結晶組織などでよく見られるような「格子欠陥」を生じ、それが要因して働いたのではないかと考えた。水が氷に相転移したとき分子は結晶というかたちをとる。それが完璧な結晶ならば、格子状に分子は規則正しく並ぶが、実際には、配置のズレや隙間を含んだ欠陥が含まれる。

 宇宙の格子欠陥は、結晶の格子欠陥中に亀裂が走るように、新しい真空の中に細長いチューブのような古い真空が残ってしまうというもの。そのチューブの太さは「10のマイナス29乗a」という微細さだ。ただし、重さは1センチ当たり100億×100億グラムある。こうしたとてつもなく細いが極めて重い「宇宙のひも」があれば、その重力作用によって、斑のある情報が均一化されておかしくないというのだ。 

 宇宙のひもは、「ワームホール(虫食い穴)」と呼ばれ、時空の性質に影響を及ぼしているという。われわれの宇宙で、〈真空エネルギー〉がゼロに近いレベルで保たれ、宇宙膨張が安定的に低スピードに維持されているのは、かつては宇宙項Λとも目された、このワームホールが働いている所為(せい)だとも。また、このワームホールが、暗黒物質や普通の物質を引きつけて、最終的に銀河を形成した可能性を問う人もいる。

 この仮説によれば、宇宙は虫食い状態なのかもしれない。ともかく、小生などは、ワームホールは、われわれと宇宙をつなぐ、母体とつなぐ胎児の紐帯のようなものだとイメージしている。そして、時空は「整然とガラスのように滑らか」などではなくて、量子レベルで眺めると、案外に、虚数宇宙がそうであるように、いたるところ真空の「泡立ち」をとどめているのかもしれない。

 そうだとしたら、「インフラトン」なる粒子に発した宇宙の形成において、風雅のダークマター、ダークエネルギー、虫食い穴として、バショウ翁の「風羅坊」も、単なる文学的暗喩と片付けてはならないと思えてくる。〕

 

〔ファイナル・コメント――対称性の破れ〕IS0343

       

 本稿は「辺鄙を求めて」というオリジナル論文に多くを加筆したものであった。中で、アリストテレスの真空嫌悪に始まって、バショウ、ニュートン、ライプニッツの業績までは、「真空科学の年譜的考察」(第1巻)として先にまとめた。その後、アインシュタインとソウセキの相対論の時代からホーキングの虚数時間、宇宙のビッグバンやインフレーション理論までを網羅したのが、本論文である。

 そのなかで、一つだけ気がかりが残った。「対称性(シンメトリー)の破れ」問題である。この問題は、宇宙量子論から広く社会・人文分野まで及ぶ。なぜならば、水爆を発射装置に仕掛けた花火式ロケットで土星行きを計画した物理学者フリーマン・ダイソンの言葉を借りれば、「宇宙の最古の始まり以来の発展は、対称性が次々に破れてきた歩みだとみなせる」からである。虚数宇宙から生まれた超高温のビッグバン宇宙は、その創造の瞬間に「完全な対称性をもち完全な混沌」であったかもしれないが、以降の温度・圧力低下で、対称性は次々に破れ、多様な構造が生まれてきた。地球上の「生命もまた対称性の破れ」だという。均一な海にも「密度揺らぎ」があって、それが具象化して、細胞が、微生物が、やがて鯨、陸の猿と分化して、猿の集団も人類へと進化した。やがて人は、種族や民族、言語や宗教、政治イデオロギーを異にして、対称性は社会という次元でも次々に破れてきた。

 しかし、一方、人間は、美意識はもちろん、その主要な活動の意味を、経済学の2本の曲線が交叉する需給バランスにみられるように、対称性のイメージで簡潔に説明することを好んだ。生産サイドと消費サイドがなぜ対称的に論じられなければならないか、誰にも理由が分からないのにである。問題の所在はそこにある。文化の実相は、対称性とその非なるものとの相克と調和にあると思われるが、メジャーとして支配的になった西欧文明、特に、アメリカ型の経済文明主義はそれをよしとしなかった。

 二十世紀後期に根を持ち、二十一世紀初頭に著しく表面化した数々の文明の衝突、例えば、金融と生産の乖離、WTCテロを引き金にしたアメリカの対イスラム戦争、エイズ(AIDS)の蔓延に端を発して、人への感染が発覚した狂牛病(BSE)、チャイナを中心に世界中で流行った新型肝炎の重症急性呼吸器症候群(SARS)、鳥インフルエンザと次々に人類近縁に発症した感染病など、どれも遠因をたどると、非対称性を対称性がともなう効率性の鋳型にはめようとする、文明による環境破壊の産物と見なすことができる。

 

◇「文明の衝突」――政治的な対称性の破れ

 

 ニッポンのチバ県で狂牛が見つかり、「狂牛病」騒動が起きたと同じ2001年9月の11日、アフガニスタンのオサマ・ビンラディンが率いるアルカイダ一党によってハイジャックされた旅客機2機が、アメリカのニューヨーク、ワールドトレードセンター(WTC)に激突、隣り合わせに、まったく鏡に映したようにツインの形で、対称的に並んで建っていた高層ビル2棟が、ともに崩落するショッキングな事件が起こった。

 今は、歴史教科書に1行か2行記述されただけのこのテロ事件と、それに続くアメリカ軍のアフガニスタン攻撃は、「非対称性戦争」と呼ばれたものだ。ニッポンの文化人もこのコピーライトに飛びついたかに見える。例えば、ヘンミ・ヨウ(辺見庸)という作家は、「目を凝らせば凝らすほど、硝煙弾雨の奥に見えてくるのは、絶望的なまでに非対称的な、人間世界の構図である」と指摘し、こう続けた。

 

 ――それは、イスラム過激派の「狂気」対残りの世界の「正気」といった単純なものではありえない。オサマ・ビンラディン氏の背後にあるのは、数千の武装集団だけではなく、おそらく億を超えるであろう貧者たちの、米国に対するすさまじい怨念である。一方で、ブッシュ大統領が背負っているのは、同時多発テロへの復讐心ばかりでなく、富者たちの途方もない傲慢である。

 とすれば、現在の相克とは、ハンチントンの「文明の衝突」という一面に加え、富者対貧者の戦いという色合いもあるといえるのではないか。敷衍するなら、20世紀がこしらえてしまった南北問題が、米国主導のグローバル化によってさらに拡大し、ついにいま、戦闘化しつつあるということだ。富対貧困、飽食対飢餓、奢(おご)り対絶望――という、古くて新しい戦いが、世界規模ではじまりつつあるのかもしれない。

                                    ――朝日新聞、2001年10月9日付け朝刊「私の視点」

 

 ナカザワ・シンイチ氏は、「二〇〇二年三月八日」の日付がある『緑の資本論』という本の序の冒頭、「九月十一日のあの夜、砂の城のように崩れ落ちていく高層タワービルの映像を見ているとき、そこに同時に、透明で巨大な鏡が立ち上がるのを、たしかに見たのだった。その鏡は無慈悲なほどの正確さで、私たちの生きている世界の姿を映し出していた」と書いている。

 これは、多分、鏡像対称性を想起したのであり、心理的な「対称性の破れ」への契機を語っている。『緑の資本論』に収められた「圧倒的な非対称」というナカザエア氏の文章では、「年中目覚めてばかりいる文明は、柔軟性を欠いてかたくなだ。たくさんの夢を見ること、たくさんの言い間違いをすすんでおこなうことが、文明にも必要なのである。それによって自我と無意識の間に通路が開かれ、心の内部に対称性への変化が生まれるように、文明を構成する力の配置にも変化が生ずるだろう。テロリズムの悪夢は、私たちにそのことを気づかせる激痛をはらんだ覚醒の一撃ともなりうる」と書いている。

 さらに、同書で、ナカザワ氏は、「しかし人間が非対称の非を悟り、人間と動物との間に対称性を回復していく努力をおこなうときにだけ、世界にはふたたび交通と流動が取り戻されるだろう。このように語る知性は果たして無力なのだろうか。それとも、それを現代に鍛え上げていくことの中から、世界を覆う圧倒的な非対称を内側から解体していく知恵が生まれるのだろうか。いずれにせよ、狂牛病とテロが、対称性の知恵をもういちど私たちの中に呼び覚まそうとしていることだは、たしかである」と結ぶ。

 これら骨董文章を読んでいると、当時のニッポンのインテリ層にしても、「対称性世界の真善美」に徹底して囚われていたのだと思う。ただし、ナカザワ氏は、『神の発明 カイエ・ソバージュW』(2003年)の中で、物理の世界では「対称性の破れが世界を創る」ことを取り上げ、スピリットの世界でも同じことが言えると言及はしているが。

 二十世紀の物理科学は、真空嫌悪を克服し、真空宇宙の素粒子研究から「対称性の破れ」を解明していった。しかし、二十一世紀に至っても、真空嫌悪とセットになった「非対称性嫌悪」を、文化のレベルで認知するまでには、なかなか達していなかったのである。

 

 

 1894年、夫婦愛の映画にもなったマリー・キュリー夫人の夫で、やはり、夫人と同じくノーベル賞受賞物理学者のピエール・キュリーが、「理論・応用物理学会」誌において、それまでなんとなくもやもやっと科学者に信じられてきた一つの対称性―非対称性に関する原理を明らかにした。

 

●あることが原因となって、ある結果が生起するのであれば、そのときその原因のもつ対称性は生起した結果の中に再び現われる。

●ある結果がある非対称性を示していたら、そのときこの非対称性はそれらの結果をもたらした諸原因の中に反映されているであろう。

 

 そして、「南部・ゴールドストーン粒子(Nambu-Goldstone particle)=NG粒子もしくはNGボソン」という対称性が破れた代償として存在する質量ゼロのボソン系擬粒子(psuedo-particle)を示すことで、〈自発的対称性の破れ(spontaneous symmetry braking)〉という考え方を理論的に指摘したのは、ニッポンの一科学者であった。物質中の磁気発生、音の伝播も、このNGボソンで説明できる。

素粒子物理学者ナンブ・ヨウイチロウ(南部陽一郎)は、1952年に、トモナガ・シンイチロウの推薦で、ニッポンのオオサカ市立大学から、原爆の父J・ロバート・オッペンハイマーに「インテリのホテル」(教育の義務が免除された短期滞在用のインテリの憩いの場)とも言わしめたプリンストン高等学術研究所に渡って、そこでひどく打ちのめされたという。〔なお、オッペンハイマーは20年近くもそこの所長を務めた。〕

ナンブ氏は、「これにはがっかりした。相対論を作った天才からこんな説教を受けるとは思わなかった」と、アインシュタインとの三十分間の議論を振り返っている。かつて、オッペンハイマーに「さすがのアインシュタインも、いよいよアタマにきたか」(1935年)と言わしめたアインシュタインの頑迷にも映った信念によって、確率的な量子力学の世界を説明しようとする若いニッポンの研究者は、深い幻滅を味わった。

結局、ナンブ氏は、シカゴ大学に移り、1960年に「対称性の自発的破れ」という原理を打ち立てた。後に、ノーベル物理学賞の解説資料(2004年)は、ナンブをアインシュタインやユカワ・ヒデキ、トモナガ・シンイチロウと並ぶ研究者と位置づけ、その理論については「正しかったが、おそらく登場するのが早すぎた」と言及した。

 では、ニッポンの科学者が、なぜ、〈対称性の破れ〉という考え方にたどりついたのか。一つは、潜在的に東洋的な「空」における「縁起」の観想があったのではないか。空観の大成者・龍樹(ナーガールジュナ)が「原因と結果とが同一であることはけっしてありえない。また原因と結果とが別異であることもけっしてありえない」と言うとき、原因‐結果を双方向的に見立てるピエール・キュリー的な科学の考え方が、縁起(因果)における特殊で不器用な定義づけと映る。

龍樹の「空七十論」に、いわく、

――究極の真理は「依存関係によって生じる存在(もの)はすべて実体が空である」ということに尽きている。尊き師仏陀は、世間の常識に従って、種々のものすべてあますところなく、ありのままに仮説されたのである。……他の条件としてあること(此縁性、しねんしょう)というこの(真理)を知って、邪説(見)の網なる妄想を脱する人は、貪り、怒り、愚かさを捨てているから、(煩悩の)余燼のない涅槃に赴く。

 

以上
 


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