Welcome to
絶対少年&Flying Megalopolis

横棒


フライングメガロポリスとは、何なのか?を
フライングメガロポリス約20周年にあたりまとめてみました。


フライングメガロポリスとは、
フィギュアの祭典であるワンフェスに於いて、クオリティ、
オリジナリティでも国内トップクラスを誇るクラフト系作家集団
の異色ブース。(イベントエリアにて毎回好評中!)

これはワンフェスに初出展した絶対少年とワンフェス主催者
(当時ゼネプロ)との「やりたい!」「やってよ!」の関係で
実現したものだが、海洋堂主催へ移行してなお、内実共に
ワンフェスのオアシス的存在に進化。

絶対少年&宮脇修一(海洋堂)の「造形への提言」コラボ
プレゼンテーションとも言える。

このブースから「何か」を学ぶ造形師も少なくないとすれば
ささやかなアジテーターではなかろうか。。


以下は、ずいぶん昔に書いた内容↓
刀@このブースは、いったいどーゆーコトなんですか?

「絶対少年」の「独断」と「偏見」と「適当」な
「創作家」の交友関係?の「露出」という
コトでしょうか。…

(「絶対少年」が言うんです「あいつの作ったのおもろい
さかい、ちょっと声かけてみいや」そーやって「作品」を
「肴」にコミュニケーションが広がってゆきました。)


刀@なんで又、いったい?ココデ…?

ホンマのハナシ、ココはイイお客はんが、ぎょーさん
来てはるからや。
みなさん、自分の欲望に正直なヒトたちやさかい
本当にホシーモノしか買わへんのや。
つまり、なんでしゃろ「創作家」というものは
ホメてもらってナンボ、ヨロコンデもらってナンボ
買ってもらってナンボのもんなんやさかい。


刀@「手作り」について

「手作り」の効用は、いまさら言うまでもなく
「発想」から「実体化」まで作者の「手」がたずさわり…
ですから「作品」から、そのときの作者の
「楽しい思い」や「つらい思い」までも
「追体験」できてしまうのです。
だから、
「作品」は作者の「鶴の羽」1本1本なのです。


刀@味わい方

まず「先入観」を捨てる(何でもそうですが)
(コレは「クラフト系」だとか「アートっぽい」とか…)
「ヒトは水に浮く」を実体感しないとナカナカ
「泳げる」ようにならない。

そうして、もう一歩近づいて…
ほーら、「カワイイ」でも「キレイ」でもいいんです。
すると「ナニでできてるんだろ?」「どーやって作ったの?」
「よく考えついたねー」

いろんなモノが見えてくるんです。
「手作りモノ」はひとつひとつが、小さな小さな
エンターティナーなんです。



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「絶対少年」言いたいコト言う?コーナー
(だってミヤワキサンが言ってもイイって言ったんだもーん)
(苦情はミヤワキサンへ…わしゃ知らへんで…)

”あおはあいよりいでてあいよりあおし”

「ガレージキット」イズ デッド
「オタク」イズ デッド

りんご箱のパソコン(ま、イロイロあって
ブランド□ppleへ
そして又、イロイロあって、マ帝国軍に吸収)
が、たどったように…。


ガレージキット&オタク
 ↑       ↓
その先の「何か」を模索させる「熱き思い」
 ↑       ↓
まだ「論理」の追いつかない状態(プレ文化)
 ↑       ↓
それを褒め称えるコトバとしての
 ↑       ↓
前衛、プログレッシブ


それに大手メーカーが目をつけたとき、「資本」が介入したとき
それらは、いくぶん希釈されながらポピュラー化し
「大量配布」される、
事によって「文化」と化し「前衛」は形骸化する。

「文化」全般にあてはまる「公式」のようなもの…

それでいいのだ。

ボクラにはまだ、その又先の「何か」を模索する
権利があるのだから…

「熱き思い」さえあれば…



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「絶対少年」のヒトリゴト


little wing、the Star Spangled Banner、Born to be Wild

Walk on the Wild side、IMAGINE、LET IT BE、

Life is just a game、Where the streets have no name、

I still haven’t found what I’m looking for、

ダイヤモンド、氷のヴィジョン、ありのままに、SING OR DIE、

愛するこころ、ぼくらはもっとすごいはず、

等々、等々…
(さて、それぞれ誰の曲でしょう?)


ボクは、ずっとROCK(音楽)に「生き方」を教わった。
ボクの「熱き思い」(炉心)はそこにある…

炉心は熱ければカタチは何でもイイのだ。

「好奇心」スーパーチャージャー搭載プラスニトロで
光速に達し… 何年先を見に行く?

「造形」はそんな「炉心」の「出力」(表現)のひとつであり
「作品」はそれらの「工程」(「キラメキの瞬間」があった)
を終えたという「燃えカス」(…はコトバが悪いので
「証拠品」にしましょう)にすぎないのです。



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