天使の羽にふれるというコト
ネオファインクラフト宣言

横棒


「天使の羽」にふれるというコト


ボクラは「手づくり」だけど「クラフト」じゃないよ。
ましてや「アート」だなんて、おそれおおい。

でも「アート」でも「クラフト」でもそんなことは
もんだいじゃぁない。・・・

「いちばん大切なコト」は

キミのボクの「心の琴線」を
やさしくゆらしてくれる事。

「こんな波立った社会」の中で私の気持ちを
ほんの一瞬でも「ホッ」とさせてくれる。

それがキミの作ったモノだったらもっとウレシイ。

ボクラは「天使」かもしれない。

その「羽」にふれてごらん。

キミの背中にも「翼」がみえてくるはず。

きっと。・・・



「絶対少年」


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−ネオファイン(クラフト)の条件−

塔{クラの作品は、いわゆる「マニア」向けです。
 誰にでもウケる八方美人ではありません。
 だけど「周波数」が同調したヒトには「マキシマム」の
「サティスファクション」を与えます。

♪自分の「気持ちイイ」のためにだけ作られた「創造物」。
 (ちなみに「お客」がこんなふうにしてとか言っても、全て却下します)
だって「好き」で作っているんだ から「好きなよう」にしか作りません。
 てゆーか、作者の「好き」の「集積物」でなければ…
ダメなんです。

ζひとりよがりの、自己満足の、自己完結で何がワルイ?

Ψ等々、ほとんど「アート」のそれを踏襲してしまうのでオモシロくもない。…
 何が違うかと言うと「ルーツ」か?
 マンガ、アニメを起点としたプラモデル、模型を通る「ルート」
そこのウエイトが大きいってコトか?…(まだよくワカラナイのが現状)

δなぜ今「アート」でなく「クラフト」なのか?

Φボクラ仲間内では「アート」は「失敗」と言う意味で〜
「あちゃー、手抜いたらアートになっちゃったよ」とか
「アートとか言われて、まいった、まいったハズカシー」とか使います。…

π「アート」は「既製の概念」(すでにある「作品」)を壊すことで進化してきた。
 そしていつしか「アート自身」をも壊し、壊すモノがなくなったところで
「アート」は蒸発し大気中に拡散した。…
 (この場合の「アート」は本来の「芸術」と言う意味で…)

Ωしたら、もうこれからは「造る」しかないでしょう。
 始めっからやりなおしというコトで、だからそーゆー意味の「クラフト」なんです。

ωも一度、ちまちま重ねていくしかないのです。
 そしてそれが、いつしか大きな山となって「権威」でも持つようになったら〜
又、壊せばいいじゃないですか。…

〒「craft」には、技巧、手ぎわ、巧妙さ、悪知恵、術策、
あるいは職人と言う意味があります。(フフフ…)

∞「ボクラ」とは「条件」の「自覚症状」が本人に感じられれば
ぜひ参加してホシイわけで…
 あとは観るヒトが決めるコトだし…


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−背景その1−

フト、ボクの造っているモノは何だろう?
と思ったのです。…(たとえばジャンル?)

アートのつもりはないし?クラフトでもないし?彫刻?オブジェ?…
その逆も又しかりで、アートかもしれない?クラフトでもある?彫刻?オブジェ?…
コレって何なんだろうって?…

ちょっと言わせていただくなら「絶対少年」という「スピリット」がさせている。…
自分の中にため込んだ「オモシロイ」をとりあえず自分のできる「技術」で
「出力」しているのではないかと?…

そして、まわりを見渡してみるとケッコーいるではありませんかっ!
(ネナシグサたちが…)

別に「ジャンル」なんて、とも思うのだが…
「コレって、どーゆージャンルに入るんですか?」
という質問がヒジョーに多いのです。
そのたびに「イヤ、好きなモノを好きなように造っているだけなんです」
とかゴマカシても、それではすまないのが
「世間の目」なのである。

「ワカラナイ人」にとって、そーゆーのは「イゴコチ」が悪いのであって
テキトーに既製のジャンルでナットクされてしまうのがオチなのです。…
(専門用語で「オタメゴカシ」という)


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−背景その2−

「オタク文化」(と、ひとくくりにして良いものかどうか?)は
(昭和30年代世代)によって育まれた。
別にそのつもりはなかったにせよ、「時代背景」がそうさせたにせよ
ホントはただの「好き放題に遊び散らかしたガラクタゴミおもちゃ」たち
だったにすぎないのだけれど…
(何でも過去をたどるだけの時間を経れば「文化」と呼ばれちゃうワケで〜
「軽いモノ」だと思う…) 

もち論、オタキングや唐沢さんや小田さんやその他「オタク論」に長けた
人達はいるのですが、なにしろ「渦中の人々」ですから内容が濃すぎて〜
「普通の人々」?には「ワカラナイ」
(そのワカラナサが元祖「オタク」の証明でもあるのですが)

ボクはといえば、その「渦中」の外(別の渦中だった?)でしたので
「オタク」と「常人?」のグラデーションの「中間点」に居るのカナ?と思っているのですが。
そしてその「中間点」でナニができるカナ?と…。
そこでボクの「楽しみ」である「ワンダーフェスティバル」の
「FLYING MEGALOPOLIS」なのですが…
これがボクのできる「ナニができる?」の「ナニ」にあたると思うのですが…

ここはひとつふんばって、ボクが「これは新しいフィールドである」
と宣言したりしようカナと思い立ったのです。

(なにしろボクを含めこの手の造形家たちは、今日と明日の「ごはん」
の事しか考えてないのですから…)
(それほど、ゼンゼンもーからないという事。自転車操業、ビンボーヒマナシの見本)
(ただひとつの救いは「自分の好きなコトを好きなようにやっている」が
どこかでチョット許されるという事)

「ライオンキング」のようなコトを今後起こさないためにも〜
「不安定な地盤」を今のうち「工事」しなければならないのは明白です。


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−背景その3−

「ガレージキット」(フィギュア)は「海洋堂」と「ゼネプロ」が15年程前に始めたものです。

今から考えれば、それはすでに「既製」のプラモデルキットの「モノタリナサ」
を埋めるための「サブカルチャー」の発端だったのだと思うのです。…

あらゆる方面で「アカデミズム」がひととおり「文化の進化」をたどり〜
「終着点」あるいは「行き詰まり」を迎えたとき「目を向ける」のが
その「アカデミズム」にいつも反発、迎合しながらも平行して
「進化」してきた「サブカルチャー」なのです。


「アカデミズム」は多少、躊躇しながらも「サブカルチャー」を飲み込みながら〜
栄養にして「終着点」を「再出発」する。
又々、それに反発する「サブサブカルチャー」がその横に平行して生まれる?

これは非常に自然で健康的な「文化」の生態形であると思います。…


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−背景その4−

じゃ「クラフト」はといえば本来「手芸、工芸」と訳され〜
コレは伝統的で保守的な「観光地のオミヤゲ品」になるような
「アキレカエルほどタイクツでツマラナイモノ」である。(ボクにすれば…)
特筆すべきものはナニもない。

じゃあ「アート」ですか?
別項に書いたように本来の「芸術」は「何か」を追及し続け…
(「前衛」と呼ばれ、このころは「最高にオモシロかった」と思う)
「現代美術」や「現代音楽」を通りぬけ〜
「哲学」に限りなく近づいたトコロで「終わって」しまったワケで
それでもやっているのは「楽しい」からであって、純粋に「楽しむ」という本来の
美術や音楽の「新しいフリダシ」に今、居るのだと思う。…

(クラフトやアートの名誉のために言うと、どちらにも中にはオモシロイモノもあって
楽しませてくれるモノもある。デモ、そーゆーのは、たいがい本来の
クラフトやアートから「ズレ」ていて、その「ズレ」がオモシロイのである。
「アレッ!ちょっと違うじゃん!」て感じ…)


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−モクテキその1−

目標が「ハリウッド」って言ったって「オカネ」になりそうなので
というくらいで別にアコガレはあるにしても、「聖域」視しているワケではありません。
(ブランド指向でもないし)
「サンクチュアリ」はあくまでも「自分の中」にあるから。…
「オカネ」だって「創作活動」のための「手段」であるから、あまる程ほしいとは思わないし。

それに、テレビで見たけど「ハリウッドエンターテインメント」は
もうすでに「ビジネス」との間で「矛盾」をかかえているみたいだし…
(あんなんでイイノカネ?)

でも今の日本じゃ「冒険」できる「元気」がナイというコトで?…

最終的にナニがしたいかと言うと、…

「好きなモノ」を「楽しく、気持ちよく」造って〜
それを観たヒトも「楽しく、気持ちよく」なって〜
でもそれがゼンゼン「逃避」じゃなくって、「現実と地続き」で〜
そんなカタチで「現在と未来」に、ある意味「貢献」できたらナって。…

(今、ラジオで山下達郎の「アトムの子」が流れている…)


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−モクテキその2−

DNAを伝えるというのは生物という「ハードウエア」の継承である。
(本能とか動物的なのが入っている。)
対し、「文化」を伝えるというのは「ソフトウエア」の継承であり人間だけが持つ。…

なんか、単純にそーゆーコトなんじゃないカナと。…

そーゆー「文化」の中に「パチッと火花」をちらし〜
「新しいモノ」を生み出す「スピリット」(イコール「絶対少年」)をどう「ゲット」するか?

そーゆーノウハウに迫りたいのです。…


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