My dear girls


 ここでは、これから身近な女の子たちを見ながら思ったことを、
 すこしずつ書いていきます。

6月30日(木)
「ねぇ、先生」授業開始よりも1時間以上前に教室に来た2人の女の子が机越しに私に声をかけてきました。「ん? 何?」と聞き返すと、何でもない、声をかけただけなんて言ってきました。でも実際は明らかに用がある風なんです。
「先生に言ってみなよ」片方の女の子がもう片方の女の子に言いました。なるほど、私に用があるのはその子らしいと私は視線を移します。でも、照れているような恥ずかしそうな笑みを浮かべるだけです。それでしびれをきらしたのか、その子を促していたAの方が、「あのね、飲み物を買いに行きたいんだけど、お金がないんだって。30円しかないみたいなの」と切り出しました。あららと私は思いました。だって、カバンを置いて飲み物を買いに行くように伝えてくれと、その子のお母様から言われてたのですから。それは困ったね、と私は言いました。すると「私が前に忘れたときは○○先生が貸してくれたの。だからHも先生に借りればいいじゃん」とAはHに言います。もちろん私にも聞かせているわけです。「う〜ん」と煮え切らないのはHのほう。私も僅かであってもことお金に関することですから、そう易々と請けあうわけにはいきません。ご家庭の方針もありますからね。結局はお母様に電話を自分でしてもらうことにしました。
お母様はすみませんが貸してくださいとおっしゃられ、まあそう言われたら飲み物ぐらい買うのにやぶさかではないわけでして。教室で待ってるというAは残しHと一緒に近くのコンビニに行くことにしました。
外にでて一緒に歩きながら、妹がいたらこんな感じなのかしらとちょっと思いました。まだ小学4年生で、特にその子は小柄な方だから可愛くてしかたがない。何が楽しいのか弾むような足取りで歩きながら「先生は小さい頃牛乳好きだった?」とか「先生は結婚してる?」とか聞いてくるわけです。本当に可愛くて可愛くて。コンビニでペットボトルを買うときも、なんかこっちが照れくさくて。変な話ですけどね。ただちょっと間違えばわたしゃ誘拐犯かなにか?と自問自答してみたり。だってねぇ、可愛い小さな女の子に飲み物を買ってあげている男。明らかに親子でも兄妹でもない2人。あやしい……。まあ「先生」って呼んでくれてましたから、いいんですけど。まあそれはそれで問題がなくはないですが。
いずれにしても、こんな可愛い妹がいたら手元にずっと置きたくなっちゃうだろうなと思いましたとさ。
6月21日(火)
今日はとてもいいことがありました。
私が他の授業をやっていたときに、いつも授業を個別で見ている子が自習室に来たらしいのです。何でも分からない問題があって、それを質問しに。もともと受験生ではないので、授業のない日に質問をしにくるということ自体が珍しかったので、まず、その子が来たという事実が嬉しかったです。次に嬉しかったのは、その子が私を頼ってきてくれたことです。最初来たときは、私は他の授業をしていたところで、対応できなかったんですね。それで別の者が対応をして、一度は帰ったらしいのですが、お母様から連絡があって、「説明は受けたものの、娘がよく分からなかったみたいなんです。それで、できれば先生に教えていただきたいのですが」と電話がありました。どうやら、私がやっぱりいい、ということを、その子が言ったみたいなんですね。
他の職員が受けていた電話を途中でかわって話を聞きながら、正直なところ少し意外に感じました。私がその子を受け持つことになった経緯がそもそも他の先生の代講で、その先生が一番よかったのだけど、できなくなったら、場つなぎ的に私が入ったんです。いつの間にか私がレギュラーでやってますが、他の子みたいに私に懐いているわけでもなく、どちらかというと淡々とした感じなので、まあ嫌われてないまでも、好かれてもないだろうと。でも実際のところその子にとっては、教えてくれるなら誰でもいいというわけではなくて、ちょっとした質問でもこの先生じゃないとというのがある。勿論、担当が私でなかったら、やっぱり私が説明してもダメだったはずなんですね。
人と人のことだから、勿論、誰でもいいなんてことはないのですが、はっきり表に出さない子たちの見落としてしまいがちなささやかな主張に気をつけないといけないなと思いました。
6月15日(水)
「もうビデオとらなくていいよ」
その子は言ったそうです。
事の発端は保護者面談でした。6月も半ばにさしかかり、受験本番まであと半年。徐々に大人の間では切迫した雰囲気が生まれ、夏休みを過ぎるとそれが子供に伝播する。今はまだ子供たちはのんびりしてますが、そんな折の面談で、「娘がまだアニメを見てるんです」とお母様が仰られました。お母様に言わせると、時間がもったいない。1分1秒にできることがあるのだから、アニメに30分も費やしてほしくない。その気持ちは私もよく分かりました。この10分が、この15分がといつもじりじりすることばかりですからね。なので、「分かりました。では私からも話してみましょう」と請け合いました。
夜。授業が終わってから自習をし、帰る間際のその子を捕まえて、「今日、お母さんとお話をしたんだけどね」と切り出しました。テストの話をしたり自宅での勉強の話をしたりした後で、「もうアニメはやめようか」。その子にしても「来るべきものが来た」というところだったとは思うんです。前からちょっとずつは言っていたんで。でも今度はそんな水を向けるというのとは違う私の雰囲気。その子がどんな風に受け取ったのか、本当のところは分かりませんが、さすがにすぐにはうなずきませんでした。いろんなこと(学校のことや家でのこと、たまってしまうストレスとそれに起因する苛立ち)を並べ立てて、なんとか私の許しを得ようと。私はその子の言葉に一つ一つ頷きながら、やっぱりダメなものはダメと言いました。すると今度は「確かに受験はしたいけど」とか「他の子だって」とか、思い返せばその子が口にしたことのない言葉まで出てきました。さよならと別れるまで、なんとか私に叛意させようとしたわけです。それでも私は首を縦に振りませんでした。
車で迎えに来ていたお母様と翌日電話で話をしたとき、車に乗ってきたときの子供の表情に首を傾げたと聞きました。いつもと様子が違う。先生に怒られたのか。けど怒られるようなことはなかったはずだし。
その子が冒頭の言葉を言ったのは、家に帰ってからだったそうです。
「もうとらなくていい」
お母様からは「やっぱり先生から言ってもらえると娘はきくんですね」という言葉をもらいましたが、私が思ったことは違うことでした。
考えてみれば、別に私の言うことなど聞かなくてもいいわけです。たかが塾の先生です。別に家にいるわけでもないし、顔を合わせる度に「見てないよね」なんて確認するつもりもない。適当に受け流すことだってできたはずです。それなのに、その子は私の言うことをきくことを選んだ。なぜだろうか。
もう一つ。その子が「もういい」と口にするまでの時間です。お母様の言によれば家に帰ってから口にしたとのこと。つまり車に乗っている間、ずっと考えていたのではないでしょうか。たかがアニメじゃんと思われるかもしれませんが、直にその子と接している私にはそんな軽々と笑い飛ばすことはできません。その子は一生懸命考えて、もうやめようと決めたのではないか。それはまだ11歳でしかないその子の「覚悟」「決意」だったのかもしれない。物事の軽重など余人が断ずることのできないものですが、お母様に「もういい」と言ったときの表情まで想像してしまい、切ないというかもの悲しいというか、なんとも言えない気分なりました。
6月13日(月)
さて、今日は誰のことを書こうか。ペンを手にとって考えると、すぐに何人もの女の子の顔が頭の中に浮かんできます。4年生のことにしようか。それとも中学2年生にしようか。いつも私を頼りにしてくれるRのこと? それとも私が期待している5年生組からAとかKとかについて?
少し一般論をぶってみましょうか。
私がなぜこれほどまでに女の子に目をかけるのか。それはこのサイトにお立ち寄りいただき、ある種の私の世界をご覧になっていただいたらご理解いただけると思いますが、第一に「可愛いから」です。とにかく可愛い。多少小憎たらしい子でも、大人をからかって遊ぶ子でも、総じて可愛いのです。では可愛いと思う私のこの感情はどこから湧き起こってくるのか。つまりなぜ、私は彼女たちを可愛いと思うのか。顔立ちでしょうか。それもあるでしょう。例えばジュニアアイドルを応援するときの動機。それはほぼ一様に可愛らしい外見をしているからですね。前田亜季ちゃん、石田未来ちゃん、宮崎あおいちゃんなど。はっきりと言うならば、私は彼女たちの外見に惹かれたのであって、彼女たちの人柄に惹かれたわけではないのです。当たり前のことですが、彼女たちの人柄など知る由もないですし、特に知りたいとも思ってません。彼女たちには彼女たちの世界があり、ジュニアアイドルという鏡(水面と言った方がより適切かもしれない)を挟んで私は彼女たちを観察しているに過ぎないからです。これを詳しく書くとまた話がそれるので、これについて語るのは機会を改めるとして。
私が私の触れることのできる「生徒たち」を可愛いと思う。この感覚。可愛がる動機、一番最初のきっかけは何より彼女たちの表面的なかわいさに惹かれるからでしょう。顔立ちはまあ一番インパクトが強いものとして、それだけでなく彼女たちの立ち居振る舞い、仕草、声、雰囲気に至るまで。「ちょっと強く掴んだら壊れてしまいそうな」なんて表現とはかけ離れたところにいる彼女たち。自分をアピールするために、自分の意を通すために、笑ってみたり、拗ねてみたり、怒ってみたりする。その小悪魔のような、妖精的な可愛さ。演出された幼さ。それに惹かれるのです。そしてたまらずに手を貸してしまう。ちょっとでも彼女たちの力になれればと。一度手を貸したら後はそれが連鎖反応を起こします。「分かった!」「そっかぁ」「先生、できた!」そんな言葉がたまらなく嬉しい。そのときの表情が大好きなんです。そして、「じゃあ次も」となり、また嬉しい言葉を聞きと。徹底して付き合いましょ。許されるならば一日中だってみていたい。できなくて苦しんで、悩んで、できるようになって喜んで、自信をつけて。その繰り返し。周りと自分を比べて、喜んだり悲しんだり。本当によく頑張っているよ、あなたたちは。素晴らしいんだよ、本当は。
頑張れ、女の子!
6月8日(水)
ちょっとした言葉、ささいな行き違い。大人同士であれば、誤解を解いたり、お互いにお互いのことを冷静になってみることができますが、子どもはそうはいかないんだなぁ、と昨日実感しました。
自習をする、というのはなかなか難しくて。場所はあるのだけど、集中してずっと勉強するのは大変です。私の知っている子の中には、2時間でも3時間でも1人で集中して勉強をしていく子がいましたが、それはまぁ、例外ということで、殆どの子どもにとって自分1人の意思で1時間集中するのはなかなかできないことなのです。
だから。
自習をしていく、という女の子に対して、
「自習をするならここでやりなさい。いつも集中できてないんだから」
と言ったのは、私としては自然の流れでした。
が、この言葉がその子にとってはとても重い一言だったようです。
いつもなら、すらすらと解いていくレベルの問題なのに全然進まない。眉根にしわをよせて考え込んでしまいました。視線が問題から離れてあっちをさまよいこっちをさまよい、イライラして全然問題に集中してない。
そのときは、なんでだろう、って私は不思議に思ったのですが。
その後で、またその子を掴まえて話をしました。
どうしたのか。 なんでそんなにイライラするのか。 全然集中できてなかったよね。
そんなことをきいてみると、学校で、家でたまっている鬱屈についていくつか話をしてくれました。けれど、最大の理由は、私がその子のことを信用してない、その子に期待してないと感じた、ということでした。それは、私の指示の出し方からそう感じたのだと。
しまった、と思いました。まさか、そんな風にとらえられるとは思っても見ませんでした。情けないことです。どれだけ偉そうなことを言ったり、ここで立派なことを書いたりしてみたところで、その実態は日ごろから接している女の子の気持ち1つ、受け取り方1つ考えられないなんて。
それからは、その子を慰める為にまた話をすることになりました。
と言ってもそこはそれ、なんでそういう指示を出したのか、その子に期待をしていないわけではないし、信用してないわけでもないけど、でもね、と理をもって話をしました。ここは信頼関係の問題なので。
まるめこんだ、というとちょっと聞こえは悪いですが、なんとかその子の気持ちをたてなおすことができました。
日々、どこに落とし穴があるか分からない。
もっともっと気をつけていかなければとまた1つ学ばせてもらいました。
6月4日(土)
こんなにも心を軽くしてくれるのか。こんなにも、私の気分を安らいだものにしてくれるのか。
昨日の夜から今日の朝にかけて、どうも気分が沈みこんだままでした。なぜ仕事をやっているのか。いつまでこんなことを続けているのだろう。休みのない仕事。先を見とおして、その「何もない状況」に憂鬱になりました。もともと気分が沈んで行くことはありますし、時々さっさと死んでしまえればいいとさえ思うことがある私なので、気分の落ちこみ自体は珍しくもないのですが、朝になっても引き上げることができず、教室に入っても鬱々としているのはあまりないので、どうにも辛い1日の始まりでした。
気分のむきが変わってきたのは、お昼過ぎの授業からですね。去年から個別でも見ている小6の女の子を相手に授業をしていると、なんだかこう、すーっと自然に気持ちが上がってくるのを感じました。「そこの計算はね」「グラフが出てきたときはさぁ」。小テストのことを思い出して、ケアレスミスにショックを受けるその子に対して、「まあ本番でやらなければいいんじゃない」と言い。「最近、先生の口癖がうつっちゃって」という言葉に「いいことだ」と返し。
空き時間だと思っていた時間に、実は授業の振替の子が来ていて「そういえば」とちょっと焦りながらも、ほんわかしたその子の雰囲気に何だかこちらまで気分が柔らかくなっていくのを感じましたね。
集団授業でも頑張る女の子たちを見、授業後に小テストを納得行くまでやっていくと言い張る彼女たちの相手をしながら、「頑張れ!」と。「先生、昨日は怖かった」と突っ込まれ、「ごめんねぇ」と謝ったり、「ずっと年下の女の子にからかわれた」と笑ってみたり。
最後の最後はいつも可愛がってる女の子がラスト1時間をものすごい集中力を見せ、問題を数問、鮮やかに解いてくれたので「すごいじゃん! よく出来てるよ。やっぱりやればできるじゃん! その調子だね」とべた褒め。
終わってみれば、とてもいい感じでした。
彼女たちの力にならなければ。何とかして少しでも助けになれれば。
そんな風に思っている私ですが、いつも私の心を穏やかにしてくれるのは、そして何より私を一つ一つ成長する機会を与え、精神的により上へと導いてくれるのは、他ならぬ生徒たちなのだと、今日は実感しました。
直接、面と向かって伝えることは流石に恥ずかしくてできませんが、いつも彼女たちに「ありがとう」と。そう言うべきなのは間違いなく私の方なのですね。
彼女たちの笑顔が少しでも多くなりますように。その笑顔が、少なくとも理不尽な出来事で曇ってしまうことなどありませんように。心の底から願っています。
5月31日(火)
pom ponette ポンポネット ぽんぽねっと ……
同じ文を書くつもりはないんですが、pom ponetteの夏物の新作はミントちゃんじゃなくてプードルのシルエットとpom ponetteのロゴがうつったタンクトップに段重ねフリルのスカート。もう、すっごく可愛いですよ。なぜ知っているかというと、今日、生徒が着て来たからです。「可愛い〜」と絶叫しそうになりました。もう「なんでこんなに可愛いの」というくらいに可愛い。もう授業の間中ずっとpom ponetteが。毎週だいたいpom ponetteの服を着てくるのですが、もう今日は特別に可愛くて(いつも可愛いのですが)。しかも別の子がmezzo pianoの服をきてきていて、「○○ちゃんはmezzo pianoなんだ」「うん!」。女の子はいいですね。
他にも、新しいデニムのパンツ、ハーパンを買った子とかちょっと珍しい丈のシャツを着てくる子とか。昔は人の恰好なんて気にしなかったんですが、ちょっと気にしてみるだけでなかなか面白いですね。特に女の子は。というか、女の子の服装しか気にしませんけどね。
ほっほっ。
5月28日(土)
今日は可愛い中1の女の子相手に授業でした。何が可愛いって、私に懐いてくれていることです。数学が分からないと呟いていたので、
「先生が個別でみようか? Rなら先生が担当するよ」
と以前言ったところ、早速家で、先生が見てくれるって言ってたとお母様に報告したらしいんですね。その子を迎えにいらっしゃったときに、先生が担当してくださるんですかと訊かれて、やりますよと請け合いました。去年の秋口に一度担当をしたことがあって、以来仲良しなんです。
中学生の女の子に時々いるのが変わった発想をする子です。今日は正負の計算をやったんですが、乗除の符号の決定のところで、プラスとプラスでプラス、マイナスとマイナスでプラスまで説明したら、
「じゃあ全部プラスでいいじゃん。認定証とかとればやれるよ」
なんて。
認定証ってね、お嬢様……。
でも素直ないい子です。分数の線をいちいち定規でひくんじゃない、とか、いちいちペンを使わないの、時間がかかるでしょ、とか。そんなちまちました注意もきちんと聞き入れてすぐに直してくれます。これも親の教育、躾の如何にかかっているんでしょうね。塾にいれる、私立にいかせるという前に、親のあり方が何よりも子供に影響を与える。数学のように公式があって、当てはめれば答えが出るようならば、どんなに楽なことか。そんな風に感じます。
5月25日(水)
テストの結果が悪いと、やっぱイヤですよね。自業自得なんですが、そうは言ってもやっぱり。
今日、教室に届いたテストを返却しました。良かった子悪かった子、十人十色。その中で今回は本当に悪かったっていう子がいました。もう、先生どうしよう、と。お願いだから、先生が保護者面談のときにお母さんに返して、それまで先生が持ってて、と。
「お願いしますよ〜」なんて顔では笑っているんですが、本人必死なんですね。実のところ、これは本当にその子の気持ちが分かるんです。覚えありますからね。泣きたいくらいなんでしょう。でも泣けなくて、とりあえず笑ってみるしかない。よく分かります。でも、それはダメ、自分でちゃんと返しなさいと言いました。自分のせいですからね、叱られるのも仕方ない。
すると今度は、ちょっと家に電話すると言いました。もともと帰る前には電話するのがルールですし、その子は私に捕まって計算をやっていくことになってましたから、電話するのはふつうなんです。でも、たぶん皆さんよく分かると思うんです、この後にこの子が何を電話で言ったか。
「あ、お母さん。まだちょっと計算やっていくから遅くなる」
ここまではいつも通り。続けて、
「でね。テスト返ってきたんだけど、悪かったの」
予想通りです。とりあえず先に言っておこうと。これ、場合によってはいい手法ですよね。顔をあわす前に伝えて、顔をあわせるまでに少しクールダウンしてもらう。直接面と向かっていると、カッカしてしまいますが、さて何を言おうかと考えると、少し落ち着くものです。それはさておき。
そんな、その子の表情とか声に、そしてそのこの気持ちに結局私は庇うことにしました。仕草で、先生に換わってと合図。
お世話になっていますというところから始まって、今回のテストはできなかったけれど、小テストの暗記は最近頑張っているんですよ、今回の間違いだって算数は計算ミスで間違えていたので本当はできていたんです、だから怒らないでいてあげてください。
いろいろお話して、最後には「じゃあ今回は先生の顔をたてて、結果を見るだけにしておきます」と言ってもらいました。
「今回だけだよ」
一回だけ、サービスです。もう、はっきり分かるくらいに安心してました。家に帰って全く怒られなかったかは、分かりません。親としては、そうは言ってもやっぱり怒りたくもなるでしょうから。ですが家につくまでの間、その子の気持ちを少しは軽くできたかなと思います。突き放した方が良かったかなと思わなくもないですが、その分私がその子を支えて一緒に頑張ればいいかなと。
怒って、慰めて、誉めて。もっともっと、気持ちの上で力になりたいと思いました。

というのは、実はちょっと前のことなんです。

今日は失敗してしまいました。
自習室にいてお喋りばかりしていたみたいだから、注意をしたんですね。「自習室に入って30分も経ったのに、何をしているの」と。まあ、その注意をしたこと自体は後悔してないんです。ちゃんとやってくれないと困りますから。
その後勉強して、最後私に掴まって30分くらいプリントをやらされて最後、10時半くらいまで残ってました。そして帰るときですね。看板をしまうため一緒にエレベーターで下におりたんですけど、そのあいだ、何も声をかけなかったんです。実は、もう一言二言注意でもしようかどうしようか考えていたんで。
けれど、考えてみればそこでは、「最後、きちんと勉強できたね。また明日ね」とでも言うべきだったんですよ。最後は頑張ったんだから、きちんと誉めて気分よく帰らせるべきでした。
帰りの電車の中で、それが悔やまれて。もっともっと、きちんと生徒の気持ちを考えないといけない。あのこたちの応援をしっかりしないといけない。結局、1日の終わりは反省になりました。
5月23日(月)
昨日は、自習室が大盛況(?)でした。
ここのところ、小学5年生が来るようになってます、日曜日に。まあ、半ば私が強引に「来なさい」とか「おいで」とか言ったりしているのですが。
小学5年生の女の子が5人ほど教室に来て、どのくらいだったかな、2時間ほどですね、自習をしていきました。さすがにそれだけ集まると、ちょっと集中力にかけるところがあって、外に出てきての休憩時間が少し長かったような気もするのですが。せっかく来てくれたのに、最初から注意するのもなぁ、と思ったり。でも最初が肝心なのかなと考えたり。結局は注意しませんでした。少なくとも、質問はしにきたし、やるべきことはきちんとやっていたみたいなので、それでいいかな、と。もう少したったら、自習室を使うのが、特別なことではなく普通のことになってきたら、注意もしていこうかなと思ってます。

なかなか放っておく、というのは難しいですね。ついつい手を出してしまう。
質問もそうなんですよね。勿論、一から十まで全部教えることはしませんが、とりわけ受験生になると時間との勝負になってきますから、1分1秒がもったいない。足しげく自習室に来てくれている子ともなると、自然とこちらにも、今日はここまでやって、次は、という計画が生まれますから。時々、じれったくなってしまいます。
とにかく自分で考え付いて欲しい。なんとかできるようになってほしいと思いつつ。
受験まであと250日ほど。カウントダウンが始まりました。
私たちやお母様がたは、結構あせりを感じているけど、子どもたちは全然感じてないみたいで、そんなものだよなと思いながら、たくさんの課題を出してしまう……。
まあ、頑張ってもらいましょう。
5月19日(木)
何か力になりたいな。そんな風に思うことがあります。まあ先生業やっている以上はどの子に対してもそう思っているわけですが、中でも格別そう思う子が何人かいて、しかも強くそう思う瞬間があるわけです。そんな瞬間が昨日ありました。
月一であるテストを教室でざっと採点します。自分が何点とったのか、子供はとにかく気にしますから、
「先生、テストの結果見せて」
とやってくるんですね(前回に比べてとても上がった子なんかはこちらから声をかけることもありますが)。
その子も昨日私のところに来ました。採点済みの答案を見せてほしいと。私は「いいよ」と言って答案を見せました。教科は国算理社の4教科。正直なところ、パッとしないというか、よくない結果でした。空欄が何カ所もありましたし。たぶん、本人もある程度予想できていたと思うんです。けど、その答案を捲っていくときの表情に私は何とも切なくなりました。悲しげなというのでしょうか。あまりにもはっきりと表情に気持ちが表れているように思えたのです。仲のいい友達が今回良かったことを、そして私から誉められていることを知っていますからね。それと自分を引き比べてしまったのかな。落ち込むというのともちょっと違うように思えますが、とにかくその子のその表情を見た瞬間、「何かこの子の力になりたい。手助けをすることができるならば、しなければいけない」と思いました。
なにが善でなにが悪なのか。どこまでが親切でどこからが押し付けなのか。自分のためか相手のためか。まずもって疑うべきは自分自身であるということを忘れないようにして、力になる方法を探っていこうと思います。
5月16日(月)
「学校でもクラスが同じ、うちの子よりも少し勉強が出来る子と仲がよくて、ライバルというわけでもないんですけど」
そんな言葉がある女の子のお母様の口からでてきました。誰とは仰らなかったのですが、勿論、すぐに「ああ、あの子か」と分かりました。お互いにテストの点を見せあって、良かった悪かったと、そう言えば言い合っていたなと思い出しました。良き友がよきライバルであればいい。お母様は「少し上」と仰ってましたが、私の見たところでは同じくらい。かなりいい間柄だと思います。なおいいのはその2人の間が率直であるということ。いやらしいオバサンみたいな見え見えの卑下や追従がないことですね。負ければ悔しい、勝てば嬉しい。それが所詮、自然のひきうつしである競争の原理に他ならないとしても、少なくとも「ほら、○○ちゃん頭いいし。私バカだから」と言い合っているよりは発展的だなと(勿論ここにまた、では発展的であってどうなのかという問題が生じるわけですが)。
お互いにさそいあって自習室にきています。2時間から、長くて5時間くらい、ずっと勉強をしていくことがあります。1人できてやるのは大変だし嫌だけれど、友達とやれば楽しいし頑張れる。1人ではない、ということはとても大切なのかもしれません。お喋りばかりしていて勉強をしなかったら困りますが、そんなこともなく、やるべきことをやって帰っていきます。
頑張って。本当に、頑張ってと応援することしかできない私たちが、そうやって応援することで、あるいは勉強に少しだけ手を貸すことで、ほんの少しでも彼女たちの力になれればいい。
願わくば、頑張ったことが頑張っただけの結果を生んでくれる世の中でありますように。
そんな風に、静かに願っています。
5月13日(金)
「ねぇ、この前の国語の時間、A、不機嫌だったんだって? Y先生から聞いた」
「え〜? ああ、うん。でも普通だよ」
まあそうだと思ってはいました。その子は最初の頃、いつもニコニコしている快活な女の子で、怒ることのない子でした。でもだんだん、そうではないことが分かってきました。怒ることもあれば喧嘩だってする。騒ぎすぎて叱られることもあるのだということが分かってきました。だからどうということはなく、ただ思っていたのとは違う一面が見えてきたのだな。言葉を変えれば、今までは気の合う友達だった子が、喧嘩もできるくらいの仲になったのかなと思いました。
算数の授業だけAは仲良しのKとクラスが違うので、休み時間も私とおしゃべりをしていました。二人には悪いけれど、それが実は少し嬉しかったですね。黒目がちの大きな目でじっと見つめられて、こっちもそのまま見返して、見つめあってしまったり、私の言う下らない冗談に対して白眼視をする可愛い表情に嬉しくなってしまったり。
授業が終わって帰る前に、職員スペースの私の席の後ろに立っていたAに
「どうかした?」と訊ねました。
いつもはさっさと帰るのに珍しいなと。
「別になんでもないよ」
「ホント?」
「うん、ただ何となく」
ここでちょっといたずら心が湧きました。
「またまたそんなこと言って、ホントは何か話したいんでしょ?」
「そんなことない!」
「だって、Aから言葉にならない気持ちが伝わってきたもん。以心伝心ってやつ」
「そんなの伝えてない」
「ムキになるところが怪しい」
ここでAが私を白眼視。私も軽くにらみかえしました。
本当にとるにたらない会話やささやかなやりとりを繰り返してます。たぶんこうして書かなければすぐに忘れてしまうこと。忘れてしまっても全く問題ないこと。でも書き残してみます。他愛のないやりとりという日常も積み重ねてみれば何か面白い発想を得られるものとして。
5月10日(火)
pom ponette ポンポネット ぽんぽねっと ……
別に病んでいるわけではないです。ただ、今日個別指導を担当した女の子がpom ponetteのものを沢山もっていたので。ペンケース、シャツ、スカート、ハイカットのスニーカー、エトセトラエトセトラ。別に今日全部ってわけじゃなくて、前々から観察してきた結果としてそういうものをもっていると。

その子以外にもpom ponetteの服をよく着てくる子がいます。LOVE RABBYの服も。お母様もよく見るのですが、やっぱりいつもおしゃれをしています。今日は妹の方が教室にきたのですが、教室の外でばったり出くわしまして。手を繋いで教室に行くところでした。
「この親にして、この子供あり」とでも言うのでしょうか。
子どもたちを見ていると、家庭の環境がよく分かるような気がします。
そして、それと同時に「自分には子育てはできないな」とも。
人1人の命を生み出して、それを育てていく。全てはいずれ滅んで、何もなくなってしまうわけですが。
そういう視点はさておき、個人に注目してみていると、人を育てるということは何て大変な、そして見方によってはとても「罪深い」行為なのだとつくづく思います。
「うちのお母さんが、高望みばっかりしている子が多いって言ってたよ」
と教えてくれた女の子がいました。
どういう文脈でそういう発言になったのか、そこまでは私も聞きませんでしたが、そういうことを言う親の子ども(つまりはその女の子ですが)は、やっぱりそういう「血筋」をひいていますね。
子どもに苦労するのも、子どもから喜びをうけるのも、全ては自分たちの姿の投影でしかないのではないか。まさしく「自業自得」。大人たちの接し方の善悪を、子ども達はそのまま「歪めることなく」、まっすぐに映し出しています。
だからこそ、私たちも細心の注意をはらって彼等に接しなければならないのだと。
そういうことなのでした。
5月7日(土)
私「日曜日、おいで」
A「ヤダ」
私「だって、できてないところ解決しないとでしょ?」
A「でも日曜日くらいやすみたいもん」
私「だから、午前中に来てパパッと片付けちゃえば、休めるでしょ」
A「やだ。だって終わらないもん」
私「そんな駄々こねられても」
A「ダダこねてるのは先生じゃん」

微妙にかみあっていないようなこの会話。でも「ダダこねているのは先生じゃん」という台詞は、この子(A)の最近の口癖なんです。可愛いんですけどね。
可愛いから全てよし、というわけではないですが、会話をしていて楽しいのは間違いないです。

ゴールデンウィークが終わって、2週間ぶりの授業が終わった後で。
私「2週間ぶりだね、元気にしてましたか?」
A「普通」
私「愛想ないなぁ。2週間ぶりなのに」
A「だって普通だもん」

会話を録音して聞いてみたいなと思うことがあります。きっとくだらないことを延々と話しているのだと思うのですが、楽しいと思うんです。
いろいろ考えてお話をすることもあります。子どもたちに対してなにができるのか、どういったら子どもたちに一番伝わるのか、そういうことを考えますね。
誰のための話なのか、誰のための注意なのか。
いつもそれを考えながら、話をしています。
5月5日(木)
少女考も、少し趣向を変えて、たぶん放っておくと日記の中心ネタになりそうな(事実もうなっている)、私の知っている女の子たちについて書いていきます。
第1回目は、ちょっと(いや、かなり)前のことになるホワイトデーのことです。
バレンタインデーで生徒からチョコレートを貰いました。せっかくくれたものだから、もちろんすぐに食べました。「う〜ん、とってもビター」というものもありましたが、いずれにしても良かった。よく懐いている(?)子たちがくれたものだから、とにかく美味しい。
そこで、やっぱりお返しをしないとと思ったんです。
1ヶ月たって、3月14日。幸い、2月は28日までで2月14日と同じ月曜日でした。だから来るメンバーも同じ。14日は少し遅く入る許可をもらって午前中は買い物をしました。
ずっと近藤彩希ちゃんや土屋詩穂ちゃん目当てで買ってきたラブベリーが実際に役に立ちました。今は何が流行っているのか、何をあげたら喜んでもらえるのかを考えていたら、「そうだ、情報源が手元にあるじゃないか」と思いついたわけですね。そこでパラパラとラブベリーをめくって。最初からステーショナリーをあげることはきめていました。先生ですから。
渡したのは”play boy”のクリアファイル、ハンドタオル、シャーペンなどを中心に。渡す相手の好みを普段の会話や服装から推測しながらの買い物はかなり楽しかったです。
教室では春休み期間中の勉強について1人1人呼んで話をしました。こっそりと渡すためのカモフラージュってやつですかね。一応、喜んでもらえたみたいです。多分、お返しがあるとは思っていなかったんでしょう。来年はたぶん、しません。今年はお返し目当てでない子たちへのプレゼント。無欲の勝利(?)ってわけですね。
女の子には可愛らしいイベントがあっていいですよね。男の子はこういうのがないから。
総括。
「女の子は可愛い」
なんだそりゃって感じですけど、身につけるものも、使うものも、とにかく可愛いので。
それだけですね。
第1回でした。