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目次
1. ロナルド・カヴァイエ、西山志風著『日本人の音楽教育』(新潮選書)
2. 福田恒存著『日本および日本人』より「距離感の欠如」
1. ロナルド・カヴァイエ、西山志風著『日本人の音楽教育』(新潮選書)
ここでは、上記の著作の96ページから103ページまでにある「母国語を話すがごとくだれでも楽器を演奏することができるか?」、「モデル演奏のコピーは妥当な方法か?」、「あまりにも単純なメソッド」のサブジェクトの部分を抜粋してご紹介します。この書籍は著者のひとり、カヴァイエ氏ともうひとりの著者、西山志風氏との対談の形式で展開されており、引用部分中、♪の部分は西山氏の質問の部分、−−の部分はカヴァイエ氏の返答の部分であることを示しています。
【引用部分】
母国語を話すがごとくだれでも楽器を演奏することができるか?
−−もちろんそうだと思います。けれども、音楽の学習と言葉の習得があらゆる点においてパラレルだというわけではありません。そして、これは、本書の冒頭でも言及いたしましたが、私が「鈴木メソッド」に同意できない点はまさに、この点にかかわるのです。たしかに、わたしたちはだれでも母国語を話すようになります。けれども、母国語を話すということ自体は芸術活動でもなんでもありません。言葉の芸術、たとえば、詩や小説はだれにでも書けるものではありません。つまり、だれでも言葉を話せるようになりますが、だれでも詩人になれるわけではありません。たしかに英国に生まれ、育てば、だれでも英語を話せるようになります。けれども、そのうちの何人がシェークスピアやジェームズ・ジョイスのようになれるのでしょうか。音楽は言うまでもなく芸術であり、それ以外の何ものでもありません。したがって、たしかに鈴木メソッドによって、だれでも、ヴァイオリンやピアノを「弾く」ことはできるようにはなりましょう。この点はわたしも異論ありません。けれども、問題は、鈴木メソッドによって「芸術的に弾くことができるようになるかどうか」という点です。そして、ヴァイオリンやピアノを弾くことが芸術行為をしていないのだとしたら、いったいそれはなんなのでしょうか。ヴァイオリンやピアノを演奏することは芸術行為以外のものであってはならないはずです。
♪それがまさにシューマンの忠告のポイントでしたよね。つまり、ヴァイオリンやピアノを弾きながら、芸術的に弾かないとしたら、それはまったく意味がないということですね。そして、芸術的にヴァイオリンやピアノを弾くことをマスターする仕方は、母国語を習得する仕方とかならずしも同様ではない、とおっしゃるわけですね。またそれはちょうど、ごく自然の言語的環境に身を置くだけでは、(言葉は習得できても)芸術的に言語を操る能力、たとえば、詩や小説、あるいは戯曲をかく能力までをも自動的に習得できるわけではない、というのとパラレルだとおっしゃるわけですね。
−−その通りです。英語を話すという、英国人ならだれでももっている能力を、英語による芸術行為ができる能力にまで転ずることは、けっして容易なことではありません。おそらく、だれにでもできることではないでしょう。芸術の勉強がつらくてたいへんだとか、芸術をやるには(鈴木鎮一氏のいう意味とはちがった意味で、むしろこの語の本来の意味での)「才能」が必要だ、としばしばいわれるのも、まさにその点にあるのです。
♪いくら鈴木鎮一氏でも、子供はだれでも、英語を話すしかるべき環境におけば、シェークスピアやジェームズ・ジョイスのような作家になれる、とは主張しないでしょうしね。ただ、おそらく、鈴木鎮一氏がこのメソッドによって目指しているものは、そのような高級なレベルのことではないのでしょう。つまり、このメソッドによって、すべての子どもを第二、第三のアイザック・スターンにしようとか、第二、第三のホロビッツをつくりだそう、といったことは毛頭考えていないでしょう。
−−ええ、かれはそんな意図はもっていないと思いますし、事実そんな意図はもつべきではありません。じっさい、すべての子供を超一級のヴァイオリニストやピアニストにすることなどもともと不可能です。けれども、このことによって、鈴木メソッドに内在する問題点がぼかされてはいけません。わたしのポイントはこうです。わたしたちはだれでも、母国語、たとえば英語を話し、用いることができるようになります。けれども、もし、(言葉による)芸術を問題にするならば、英語のたんなる使用能力だけでは不十分で、芸術的能力、つまり、文学的能力や才能が要求されます。そのような文学的能力や才能をそなえたひとのなかの、ほんのごくわずかのひと(0.001パーセントのひと)だけが、シェークスピアやジェームズ・ジョイスのようなすぐれた作家になれます。けれども、若干のひとびとは、たとえ、シェークスピアやジェームズ・ジョイスのレベルにまでは到達しないまでも、かなりすぐれた作家になったり、詩人になるでしょう。これは、かれらとて、すばらしい芸術的能力、つまり文学的能力をもちあわせていたからこそ、そうなれたのであって、たんに、英語を話す基本的能力の持ち主だというだけでは、そのレベルにすら達しません。
さて、言葉の場合とちがってヴァイオリンやピアノを演奏するというのは、芸術するという目的から切りはなされては意味がありません。つまり、「ヴァイオリンやピアノを弾く基本的能力をもっているけれども、芸術にまで高める能力はもちあわせてはいない」ということはナンセンスです。芸術すること以外の目的でヴァイオリンやピアノを弾くことはまったく意味がありません。実際、ヴァイオリンやピアノをもちいて、芸術すること以外のどんな仕事ができるでしょうか。なにもできません。これらの楽器をもちいて歯をみがくこともできませんし、ひげをそることもできません。ベッドの代わりに使うわけにもいきません。じつに役にたたない道具です。芸術をするということだけが、これらの楽器の唯一の機能なのです。ということは、もしある子供がヴァイオリンやピアノを(表面的には)弾いていても、それが芸術になっていないかぎり、その子供はまったく無駄なことをやっていることになります。
モデル演奏のコピーは妥当な方法か?
♪ということは、「鈴木メソッド」のやり方では、だれでもヴァイオリンやピアノを(芸術するという目標から切りはなして)ある程度は弾けるようになるかもしれないけれども、芸術的に弾けるようになるかどうかは怪しい、つまり、このやり方で、芸術するという肝心の目標にまでは達しうるかどうかは疑問だ、とカヴァイエさんはおっしゃるわけですか。
−−そう断言しているわけではありません。おそらく、このメソッドをもちいる教師いかんで、「芸術する」という目標にも達しうるでしょうし、そこまでに至らない危険性もあるでしょう。このことを説明するために、さきにふれました、「鈴木メソッド」のもつもうひとつの側面、つまり<子供がモデル演奏をよく聴いてそのとおり自分が再現しようと試みる>という実践的な方法についてすこし考えてみましょう。わたしは、(そして、私のイギリスでの友人たちも)ホロビッツやリヒテル、ミケランジェリらのすばらしい演奏を聴いて、なんとかしてその音を自分でも出せるようになりたいと思って、懸命に努力いたします。そのとき、わたしたちがやろうとしていたことは、ホロヴィッツならホロヴィッツのレコードから音の出し方についてのヒントを得ようと努力しただけであって、けっして、かれの演奏そのものをコピーしようと試みたわけではありません。ひとの演奏をその通り、寸分ちがわぬように正確にまねて再現する、という意味での「演奏のコピー」は、すくなくとも、西洋音楽にとっては邪道だ、とわたしは思います。
♪演奏というのは、それが芸術的なものであるかぎり、個々の演奏家によってあくまで芸術的解釈をほどこされたものであって、その演奏家独自の内面世界の表明にほかなりません。そのような芸術的解釈を他人がその通り正確にコピーしようとすることは、芸術行為の本質にもとる、とおっしゃるわけですね。
−−その通りです。さて、「鈴木メソッド」では、子供が、テープのモデル演奏を繰り返し、繰り返しよく聴いて、正確にその通り弾けるように指導されているようですが、これは右の意味での「演奏のコピー」に他ならず、たいへんな問題をはらみます。たしかに、そのやり方でも子どもはかなり高級な曲を弾くことができるようにはなるでしょう。事実、わたしは、「鈴木メソッド」で訓練をうけた、たいへん小さな子供がバッハのイ短調のヴァイオリン協奏曲(第一番)を演奏する場面にときどきでくわすことがあります。もちろん、そのような子供たちはモデル演奏のコピーをすることを通して、この曲を習得したのでしょう。それはある観点からすれば、目を見張るような光景です。印象深くさえあります。なにしろ、そんな小さな子供がこの難曲をいともたやすく弾きこなすのですからね。けれども、べつの観点からすれば、その子供のやっていることは、オウムや九官鳥の行為と同じようなもので、内容の理解をいっさいともなわないで、たんに、見本どおりコピーしている行為でしかないのです。このように訓練された子供は、モデル演奏があたえられれば、どんなことでもまねしてみせるでしょう。すくなくとも、その程度の技術をもつようには訓練されたのでしょう。しかし、それは、芸術行為でもなんでもなく、見本どうりに再生産する機械、つまりたんなるコピー機械でしかありません。いいですか。わたしはそのような小さな子供がいかなる仕方であれ、バッハのこの曲を芸術作品として、解釈し、理解しているとはけっして思いません。そんな小さな子供にこの曲がわかり、その美的な評価が十分できる、ということはちょっと想像できないことです。むしろバッハの名誉のためにも、そんなことはあってほしくないと思います。
♪バッハはもともとこの曲を子供のためにかいたのではありませんものね。
−−そうです。もし、そんな小さな子供にこの曲が理解できたとすれば、バッハにたいする侮辱です。もちろん、例外的に異常な才能にめぐまれたひともいますが、そのような天才的な若い(十八歳くらいの)芸術家であれば、あるいは、この曲を芸術的なレベルで把握し、内容をある程度理解できるかもしれません。けれども、日本のごくふつうの子供たちにこの曲の芸術的内容が理解できるはずがありません。
♪かれらがその曲の芸術的内容をなんら理解しないで、ただモデル演奏のコピーとして「演奏」しているとすれば、そのようなことを可能にさせる「鈴木メソッド」はたいへん危険なメソッドだ、ということになりますね。
あまりにも単純なメソッド
−−わたしの理解するかぎりでは、そのような危険性はたぶんにある、と思います。それから、なによりも、このメソッドの基本はすこぶる単純です。すでに録音ずみのテープを生徒が聴くということがいちばん重要なこととされていますから、音楽教育の資格がじゅうぶんでない教師によっても教えようと思えば可能だ、というところに問題があります。
たとえば、いちじるしくイマジネーションを欠いた教師がこのメソッドをつぎのようなしかたで利用する危険があります。かれは、生徒に、「このテープを注意深く、なんどもなんども聴きなさい。そして、このモデル演奏と寸分もちがわないように弾いてごらんなさい」と指示します。そこで、生徒の演奏がモデル演奏とすこしでも違っていれば、その箇所を指摘します。たとえば、「そこが良くない、もう一度やってごらん」とか、「ああ、まだダメ、ダメ! テープをもうよく一度注意して聴いてごらん」といったコメントをします。これはきわめて簡単なことで、このような指導ならだれにでもできます。このように、これは、じつに単純なメソッドだけに、これをもちいて教えることはそれほどむずかしくありません。そのため、このメソッドを使ってレッスンする教師のなかには、教師みずからの音楽的知識は音楽教育能力の不十分さをこのメソッドによってカバーしてしまおうとする”鈴木メソッド教師”が登場してもなんら不思議ではありません。要するに、率直にいって、このメソッドに関しては、教える側の水準に多少の疑問がのこります。ご承知のように、一般に、いかなるメソッドでも、それを正しくもちいて教えるということはそれほど容易なことではありません。もし、あるメソッドが、いちじるしく柔軟性を欠いた教師によって、盲目的にもちいられたならば、そのメソッドは生徒にとって有害です。どんなシステムでもそうですが、良い教師というのは、そのシステムをもちいるとき、個々の生徒の特性に合わせて、柔軟にもちいることのできるひとなのです。鈴木メソッドについてもそうです。よい教師がこのメソッドをもちいれば、それなりの効果があがるかもしれません。たとえば、テープを聴かせたあとでも、たんに、「このテープと同じように弾いてごらん」と指示するのではなくて、個々の生徒がもっている特殊な問題にじゅうぶん注意をはらい、それを解決する助けをあたえるでしょう。これが、メソッドを個々の子供に適応するように、柔軟にもちいる、ということです。
♪けれども、実際の個々の場面で、そのような助けを適切にあたえることができる柔軟な教師というのは、鈴木メソッドの訓練を受けたかどうかとは関係なく、要するに良い教師だ、ということですね。とにかく、鈴木メソッドは基本的には単純なメソッドであるだけに、教師次第によっては、良くも悪くももちいられるわけですね。
−−とくに、二流の教師によってもちいられる危険性がある、ということにじゅうぶん注意をはらう必要があります。先日、鈴木メソッドの幹部クラスのある先生が、私に教えてくれましたが、「このメソッドで教えている教師は全国で数えきれないほどいるが、ほんとうにすばらしいといえる教師はわずか十人しかいない、そして、のこりの大部分の教師は、このメソッドを利用して安易な教育をしている」そうです。これを聞いても、わたしはそれほど驚きませんでした。
(引用終わり)
福田恒存著『日本および日本人』より「距離感の欠如」
私は前章で、西欧思想の根本をなすものが絶対者の観念であることをいひました。しかし、これは多くのひとに誤解をいだかせるにちがひない。絶対主義といふのは、むしろ日本のお家芸ではないかと反問するひとがでてくるでせう。江戸時代における忠孝の観念、明治以後における皇室中心主義、それにともなふ、あるいはその根底をなす狂熱的な超国家主義、そして戦後の占領下における共産主義においてさへ、日本人の態度は、あまりに一辺倒であって、それこそ絶対主義のにほいがするといへないことはない。
なるほど、これこそ絶対主義であります。が、それは、いわば絶対主義者のいない絶対主義にほかなりません。たんなる相対的な存在を、いひかえれば、私たち個人と同列にあるものを、強いて絶対者と見なさうとしているにすぎない。もつとも、相対的なものを絶対的なものと混同し、絶対者の欠けているところにもちだされる絶対主義こそ、ことばの真の意味における絶対主義でありませう。さういう点からいへば、西欧の生活態度を支える絶対者の思想は、むしろ真の意味において徹底せる相対主義というべきものでありませう。相対的な現実の世界の上に絶対者を設定して、その両者を操り、生活を推進せしめるといふわけです。別のことばでいへば、理想と現実との使ひわけであります。かれらは単純な理想主義者として現実を遊離することもなく、また単純な現実主義者に堕することもない。
かういふ二元論的人生態度は、中世のカソリシズムによって完成されたものでせう。その源であるユダヤ教にはもちろん無かつたものですし、イエスの思想そのものにも十分に現れていたとはいへない、それはあくまで、ゲルマン民族のよつて完成された世界観であります。
さて、ここにひとつの平面を仮定してみます。それが相対的な現実の世界です。この平面を離れた、そしてこの平面とは直接につながらぬはるか上空に、ひとつの点を想像してみます。それが絶対者です。幾何学的にいへば、前者の平面と後者の点と、両者を含むことによつて三次元の立体的な世界ができあがります。この点と平面とを結びつける梯子(はしご)があるかないかで、人間の生き方は、ずいぶん変わつてくるでせう。すでに十分でありますが、相対的な、あまりに相対的な私たち日本人の生きかたは、私たちがこの梯子をもっていないということに、あるいはそれが脆弱すぎるということに帰せられます。その結果、どういふことになるか。
一口にいえば、立体感、距離感、分離感の喪失です。そのことは私たちの文化のあらゆる領域についていへるし、容易に立証できませう。
極端にいふと、日本人は空間の一点に結びつく梯子をもつていないどころか、大地から両手を離して立ち上がることさへおぼつかない。四足獣なみに四本の足で歩いているとさへいへます。なるほど物質文明はすぐ輸入できるし、ジェット機を乗りまはし、ロケットを設計して、この大地から絶縁することは容易でせう。しかし私たちの人間関係はどうか。飛行機のやうにかんたんにはまいりません。人間関係に関するかぎり、私たちは依然として大地を這いずりまはつております。友情も恋愛も母性愛も、すべての人間的交流が大地に密着したままで行なわれているし、また、さうあらねば気がすまないのです。
二人の人間がそれぞれ独立した個体として、大地のうへに立ちあがり、向ひあつた両者間に一定の距離をおいて、相手におたがひの領域を侵すことなくつきあふのではなく、両者の壁をとりのぞき、液体のように溶融して窪地によどんでいるような友情を欲するのであります。恋愛の初期におけるやうに、相手との間に距離を見出すと、不安と焦燥を感じて、これを埋めようとする。ひとびとは、この衝動ないしは操作を「理解」と呼んで、近代的かつ知的な意匠をほどこしますが、結局のところ、個人相互間の距離といふものにたいする恐怖感にほかなりません。平たくいへば、日本人は「さびしがりや」だといふことになりませう。
ひとびとは自分がひとりの人間として孤立することを恐れているのです。この自衛本能をクリスト教倫理における「愛」と混同してすますわけにはいきますまい。ここで問題になるのは、つぎの問題です。相手を突き放し、自分と他人との間にあくまで距離を置かうとする西欧の冷酷な個人主義が、なぜ「愛」の思想と道を通じているのか、その反対に、距離と孤立とを恐れ、自他の未分状態のままにとどまらうとする穏和な仲間うちの道徳観が、なぜ自衛本能にしか道を通じていないのか。
さつきの点と平面との幾何学はかういふことを教えてくれます。上空の点を欠いた平面だけの世界では、あたかも、森に入つて森を見ざるごとく、遠見がききません。私たちにとって、他人といふのは、すぐそばにいる隣人といふことにすぎない。他人とつながるといへば、その隣人とつながるといふことしか意味しません。他人との縁が切れれば、その向うにいる多数者である赤の他人とは、どうにもつながりやうがないのです。さうなれば、個人はそれぞれ孤立します。さびしくてたまらない。それに反して、もし上空の一点とのつながりを得さえすれば、各個人は、それぞれの隣人を飛び越えて、遠く広く、他の多くの人間とつながることができるのです。もちろん、その一点が万人共有のもので、ひとりひとりがその点に結びつけられているといふ前提のもとにおいてであります。さうすれば、めいめいの個人の間に直接の線が引けなくとも、上空の一点を経て、どこにでもつながる可能性が出てきます。個人は平面上では孤立していても、間接には孤立していないといふことになります。個人主義が発生しうるわけであり、また個人主義にたへうるわけでもあります。
遠見をきかすといふこと、対象と間接につながるといふこと、この二つの生き方が、私たち日本人にもつとも欠けているものですが、すでに何度もいつたように、それは私たちの「前近代性」とか「封建制」とかいふもので説明できるものではありません。西欧においては、近代以前において、封建時代において、すでに個人主義を成立させる素地ができていたのです。彼我のちがひは、先進国と後進国とのそれのみに帰しがたい。あへて較べるなら、西欧と日本とでは、封建時代そのものが、中世そのものが、内容を異にしていたといふべきでせう。
中世の西欧においては、すでに全体を意識し、全体を把握しようといふこころみが完成してをりました。そのためには、遠見をきかす必要があり、対象に間接に結びつく必要があつたのです。梯子にのぼらなければ、全体は見とおせませんし、上空の一点から対象を間接に位置づけしなければ、全体像は形づくれません。いちいち対象と直接交渉をしていたのでは、遠近感も立体感も消滅し、私たちはその対象とともに、たんなる部分として地中に埋もれていなけれがならぬでせう。
さういふことが、私たち日本人にとつては、愛情であつたのです。おのれを空しうして自然や対象のうちに埋没すること、それが私たちの理想でした。だが、私は、さういふいひかたにも疑問をもつのです。「おのれを空しうして」といふことばには、激しい意思がひめられています。そして、それはクリスト教の自己放棄や自己犠牲と通じるひびきをもつています。しかし、大部分の日本人に、はたして空しうせねばならぬほど強いおのれがあつたかどうか。考へてみると、上代仏教の無常感や禅宗の没我思想は、一部の知識階級が海のかなたから輸入したもので、かれらの必然性に沿つて日本化されたとはいふものの、結局は自他未分状態の神道的生活態度にうまく包みこまれてしまつたものにほかならないのではないか。さうひふ疑問が湧きます。
知識階級においても、滅却しなければならぬほど強い自我といふものが、はたして意識されていたかどうか。大いに疑わしいとおもひます。意識されていたにしても、それはたんに観念的なものにすぎなかつたのではないでせうか。明治以来の日本の知識階級が、西欧思想のまへに頭をさげたのとおなじことではないでせうか。自己を超える人類愛とか、ヒューマニズムとか、国家や、階級にたいする愛とか、さらには世界連邦などといふ観念を信奉する気もちとか、そべて容易に自我を棄てる道に突き走る心理とおなじだつたのではないでせうか。その良し悪しは別として、そこには棄てるべき自我は、まだ確立されていないやうにおもはれます。
個人にせよ国家にせよ、そこには一度確立された自我の孤立感といふものが見られない。他の民族や他の階級にたいして、それと自分とを隔てる距離が見えぬままに、べたべたと吸ひついていく。さういふ感じがします。時の流れにたいしても同様です。時流と自分との間の距離が見えない。ですから、じつに安易に時流に乗ります。この時流とともに動く浮薄さは、ずるいとか無節操とかいつて責められるのですが、私は、さういふことこそ日本人的だとおもひます。かれらには、べつに悪いことをしている意識はないのです。他人や自分をいつはつているともおもつていないのです。もつとすなほな気もちではないでせうか。かれらは人をだましているのではなく、むしろ時流にだまされているのです。つまり時流と自分との間の距離が見えないのです。
思想についても同様のことがいへます。洋の東西を問はず、この小さな島国に流入してくる思想をかたはしから消化していく。といふとていさいがいいが、それぞれの思想がいかに自分と遠い距離があるか見わけがつかず、やはり、べたべたとそれに膠着してしまふのです。それらを、自分が考えていたもの、あるいは自分が欲していたものとおなじものだともひこんでしまふ。自分とのちがひに気づき、自分との間に一線を引き、それが自分の肌にべたりと貼りついてくるのを避けながら、しかも、それを操るといふことを知らない。もちろん、相手が思想であろうと生きた人間であらうと、こちらから入れてあげなければ、ほんたうには身につかないことは、いまさらいふまでもありません。それを承知のうへで、私は、対象との距離感の喪失を、私たち日本人の弱点と見なさざるをえないのです。
私小説といふものも、その芸術的価値を不問に附していふなら、やはり同様の弱点から生じたものであります。私たち日本人は、芸術と生活との間に距離をつくる生き方を知らないのです。芸術は生活のうちに、あるいはその逆に、生活が芸術のうちに含まれてしまなけれが気がすまない。両者を自分から離して、それぞれ相対的な価値として位置づけるためには、その上に絶対者がなければならず、それが無い以上、自分と芸術と生活とのうちいづれかを絶対者としなければとても白々しくて生き切れない。そこで三者一体の三昧境といふものを絶対的境地とせざるをえなくなるのです。さうなれば、作者は作品を自分の皮膚から分離して造りえないでせうし、読者もまた作品を自分の生活から離して楽しく読むことができないでせう。いたるところに距離の消滅、というよりは、積極的な絶滅作用が働くのみです。禅がさうであるように、私小説も野狐禅に堕さねばならぬ必然性をもつているのです。野狐禅においては、最初から有りもしない自我を扼殺したような疑似操作を大仰にやって見せる。あるいは最初からの生臭坊主が悟りを通過して融通無碍(むげ)の大市井人になつたような身ぶりを見せる。私小説も同様な道を辿らざるをえないものなのです。
文学ばかりではありません。もつと根本的には、私たちの用いる日本語が、これはことばの洒落ではないが、言語学上でいふ「謬着語」であります。謬着語とはなにか、わざわざ説明するまでもありませんが、話の筋道として必要なことだけ申しませう。まづ日本語では分ち書きがむづかしい。たとへば英語では一語一語が独立していて、しかもその間になんのつなぎもなく一文を構成します。”I
hate you"のごときです。これを日本語でいへば、「私は君を憎む」「私は君が嫌いだ」となり、「私」「君」「憎む」といふ言葉のあひだに「てにをは」を挿入しなければなりません。さういふ日本語を英語のように分ち書きをしようとしてごらんなさい。どこでどう切つていいか、わからなくなるでせう、「私は 君を 憎む」とすべきか、「私 は 君 を 憎む」とすべきか。この程度なら、まだかんたんですが、「別れを惜しみて飲みにけり」となると、「別れ を 惜しみ て 飲み に けり」と書いて、はじめて品詞を分かちうるのですが、これでは読みにくくてしかたありません。
日本語自体が分離のききにくいことばなのです。そこで、私たちの祖先は漢語を借りて、なんとか分離をきかさうと試みたのです。明治以後の作家でも同様で、西欧的な分離のきいた思考法を身につけようとすると、漢語を借りねばならぬ必然性があつたといえませう。なぜなら日本語は名詞を造りにくい。動詞を名詞化することがむづかしい。連用形か「……すること」とやるしか方法がない。それを避けるために、漢語を用いるのです。
なぜそれを避けるかといえば、動詞の連用形は独立したことばとしての強い枠をもちえないからです。「……すること」も冗漫で、独立性がありません。そもそも、動作や作用、さらに人間の抽象的な営みを名詞化しようといふ働きそのものが、主体である自分を対象から分離し、距離を作ろうとする衝動なのです。日本語にさういう性格が乏しいことは、日本人にさういふ心理が欠けていることの現れといえませう。
日本語の分離がきかぬ性格は、またその文章構成法にもうかがふことができます。主部と述部、主文と従属文の関係が立体的に組み立てられず、低く地を這うやうに延々と伸びつづくのです。西欧の言語では、だいたい最初に根幹たる主文をだし、枝葉になる副次的なことを附加していきます。最初に主文が設定されているので、いくら伸ばさうとしても限度がある。それが日本語ですと、動詞の終止形が最後にくるまで、どこへでも寄り道していけます。話しことばですと、この特徴がことにはなはだしく、ラジオの座談会など、主語と述語の関係がわからなくなり、文脈が乱れ、曲がりくねつて、文章が途中でとぎれたり、途中から新しくはじまつたり、主文だの従属文だのと、さうはつきりしたことはいへない状態です。それでいて、いつていることはわかる。しかし、それは音声や表情をともなつた、耳で聴くことばとしてわかるので、それをそのまま文字に書き表してみると、たいていは酔漢がくだを巻いているやうな文章にしかなりません。一定の場と、話し手から独立しにくいことばなのです。同時に、それは地を這うやうに部分部分の真実性を伝へても、それらの部分を位置づけする全体の見とほしに達することが出来ない性質のものであります。
以上、私は「日本および日本人」の生きかたを欧米のそれと対照して語つてまいりました。おそらく読者のうちには、私が最初は日本の長所を語りながら、あとになるにしたがって、その短所を指摘しているという印象を、しかもその長所と短所とが結局はひとつことの表裏をなすもので、どうも割り切れないという感じをいだいたひとが多いとおもひます。が、はじめからお断りしているやうに、私は西欧と背くらべをしているのではない。どこの民族でも、長所がそのまま短所になります。「では、どうすればいいんだ」と諸君はいふかもしれません。
もちろん、私はどうすればいいかをお教えしようとおもつて、この文章を書きはじめたのではありません。ただ彼我の差をはつきり認めることを、諸君に求めているだけです。同時に、ああすれがいい、かうすればいい、と言った式の、ここ何十年来、ことに戦後に流行をきはめた、一切の指導的言説を信じるなと申しあげたいのです。さういふ景気のいい理想主義的な合言葉からはなにも生まれはしません。そのまへに、まづ自己の現実を見ること、それからさきは、ひとりひとりの道があるだけです。いや、ひとりひとりの道しかないといふことに気づくことが、なによりも大事だとおもふのです。私がいひたいのはそれだけです。
そのために、私たちは、ほんたうの意味の個人主義を身につけなければなりません。しかし、これは誤解をまねきやすいいいかたです。まはりくどくいへば、その個人主義を身につけるといふことも、あくまで個人主義的にしなけれがならない。なぜなら、戦前においても西欧にまなぶといふことは、いやになるほど説かれましたし、戦後も「自我の確立」とか「主体性の確立」とか、さんざんいひつくされてきました。私は、それとおなじことをいふつもりではありません。
西欧を先進国として、それに追ひつかうといふ立場から、「アジアの前近代的な非人格性」を否定し、西欧の近代精神たる個人主義を身につけろといふのではない。それこそ、私のいふ距離感の喪失にほかなりません。私はあくまで西欧の生きかたと私たちとの間の距離を認識しろといつているのです。眼前にある西欧を、それに追ひつかねばならぬもの、あるひは追ひつけるものとして眺めることはまちがっています。まづ異質のものとしてとらへ、位置づけするすること、さうすることによって、「日本および日本人」の独立が可能になるでせう。それを私は日本人の個人主義の成立と見なすのです。
いまさら私たちは西欧の個人主義をまねることはない。そんな猿まねなら、戦前、戦中、戦後を問はず、いたるところに見うけられました。それが私たちの歴史的悲喜劇だったのです。いや、今日においても同様、見るもの聴くもの、さういうばかばかしいことばかりです。
西欧の精神史に語られている個人主義といふことなら、それはもう限界に来ております。西洋人自身、うすうすそれに気づいている。さういうものを、私たちはとりいれる必要はありません。近代主義だの自我意識だの、すべて同様であります。そんな干からびた形骸だけを輸入しようとするから、しかもそれが身に合わぬ大きなものであるがゆえに、私たちの足もとは崩れるのです。同様に、西洋の近代主義が悪いからといつて、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式に西洋そのものを否定し、アジア、あるいは日本のうちに閉ぢこもることも愚劣です。さうすればさうするで足元は崩れる。なぜなら、私たちのうちには、すでに西洋が生きているからです。
そして、私たちがもつとも注意しなければならぬのが、この「足もと」であります。足もとが崩れたのでは、どんないいものを背負ひこんでも効果がないばかりではなく、それでは自分が自分の人生を生きているといふことにならないのです。
たとへば、西洋流の個人主義がいいとする。そこからただちに男女同権論をひきだす。そこまではいいのです。論まではいい。が、さて実行となると、どうなるか。当然、摩擦を起こすでせうが、諸君はまづその摩擦を起こしている自分の姿を眺める余裕をもたねばなりません。ここでも距離感ということが問題になります。男女同権といふことと、それを主張し実行しようとする自分との間に、距離を置くことができるかどうか。すでにいつたやうに思想との間に距離をおかず、それに密着してしまふことは自分の独立を失ふことです。足もとが崩れることです。
どんな立派な思想でも、衣服とあなじやうに、それを身につける自分の姿勢を他人の眼に、美しく見せるやうになるまでは、ほんたうに自分のものとはいへません。私は日本人の昔ながらの短所を温存して生きぬけとも、西洋人の長所をものにしろともいひません。西洋的なるものと日本人との距離、一口にさういつても、それは、ひとによつてずいぶんちがひがあることでせう。おまへも日本人だからかうだと押し付けがましくいふことはできません。私の「日本人および日本人」論は諸君が自分を顧みるための材料にすぎない。すでにいつたように、あとはひとりひとりの道があるだけです。ただ、そのばあひ、どういう道を歩むにせよ、自分の姿勢の美しさ、正しさをいふことを大事にして、ものをいひ、ことをおこなふこと、そのかぎりにおいて、私たちは日本人としての美感に頼るしかないと信じてをります。
(昭和29年「文藝」11月号〜30年8月号)
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