風よ、興れ

   
 
書評の私評 百目鬼恭三郎の精神
 
                                              村上 徹
                                       (平成20年7月)
 
 (初出・東京医科歯科大学群馬県歯科同窓会会誌・第23号・平成20年)  

 文芸に書評というジャンルがある。
現今の有力紙誌は、いずれも少なからぬ専門家を書評委員として囲いこみ、全国紙ともなると、週末の朝刊の複数の紙面に競って書評を満載する。雑誌は雑誌で週・月刊誌をとわず随時長短の書評の掲載はあたりまえのことで、この業界、時に出版不況などということばを聞くが、どうしてどうして傍目にはなかなかの盛況。爛漫とまではいかないにしてもかなりの百花斉放ぶりと見受けられる。
 しかし、文豪であると同時に辛辣な批評家でもあった開高健によれば、現今のこうした書評など、殆どが結婚披露宴の即席スピーチのたぐい、大部分のお世辞に少々のニガリを混ぜた安手来の言辞にすぎず、読む価値などないのが殆どということなのだが、そこは素人の悲しさ。私のように年がら年中面白そうな本を探索している者はこの簡単な疑似餌にもつい引っかかり、ついつい、なにがしかの散財をする事となるのが情けない。
 しかし、書評とは、元来がこんな安デキのものばかりではないし、又、あるべきではない。 一代の才筆井上やすしがこんなことを言っている。

 書評はいつも試されている。まずその書物を書いた著者によって、つぎにその書評に誘惑されてその本を買った読者によって(略)。そして褒めれば甘いと叱られ、辛口にすればたぶん一生恨まれ、ほどほどにしておけば毒にも薬にもならない役立たずとして軽んじられる。手間暇はかかる。稿料は安い。(略)よほどの本好きではないと続かない困難な作業である。

 この困難に腰を据え、時にあえて憎まれ役までかってでるのが、書評を看板に掲げた数々の書物。これらにはえてして傑作が多く、知的スリルに満ち、時に読者を微苦笑、哄笑、抱腹絶倒させ、時に批評の対象である原著者が、狡猾にも用心深く秘匿しているレトリックの秘密を暴いて読者の覗き趣味を満足させ、時に高慢ちきな著者を叱咤してその間違いを遠慮なく咎めたてる。そして、ここが重要なポイントなのだが、ごく稀には、恵まれぬ境遇で孜孜として著述を完成させた著者の辛酸ぶりに光をあて、その業績を広い視野から月旦する。
 こういう本が面白くないはずがない。文芸は何も詩や小説やルポばかりとは限らない。よくできた書評を読むことこそ、捕物帳やスパイ小説に匹敵する最高の暇つぶしである。
さて、そうなるとまっさきに思い浮かぶのが百目鬼恭三郎(どうめき・きょうさぶろう)という文人。そして彼のモンブラン針峰群のように鋭く高く聳え立つ一連の作品。すなわち、「風の書評」(昭和55)、「続風の書評」(昭和58)[ダイヤモンド社]、「風の文庫談義」(平成3・文芸春秋社)である。
 百目鬼とはいかにも恐ろしげな姓であるが、これは雅号にあらずしてあくまで実名。そしてその下に恭三郎という名がつくと、さながら深川の破れ長屋に逼塞している落ちぶれた剣客のように聞こえるが、じつは歴とした東大英文科出身の朝日新聞の学芸部記者。高校・大學を通じての丸谷才一の親友。新聞記者になる前は、一時私の母校群馬県立前橋高校でしばらく英語の教鞭をとっていたことがある。頃はといえば、私ども前高三〇生(サンマル・昭和30年卒業生)が悪ガキ全盛の高2の春だから、そうさな、55年も昔になろうか。私は授業を受けたことはないが、彼が担任したクラスの友人に聞くと、「どことなくヘンなおもしれぇ先生(やつ)だった。ただ、おっかなくてな。すぐムカッとしやがった。半年ばかりでやめてしまった」そうである。
 百目鬼の読書経験は、質量とも底がしれない。博引旁証、機知縦横。ピカリと光る彼の炯眼のまえでは、大抵の本の著者は、その魂胆、素養の程度が見透かされる。あやふやな箇所を調べずに平気でゴマかす者、得意気に知識をひけらかしながら、そのじつ、根拠となる典籍を厚顔にも孫引きで済ましてそしらぬ顔でいるもの等々。そんな時、百目鬼はムカッとなり、鬼の目が爛々と輝く。と、たちまち走る叱咤の鞭。その苛烈さ。容赦のなさ。やり玉にあげられた著者連中は身のおきどころもなくなろうが、もともとはそんな本、読者という消費者からいえば欠陥商品のようなもの。そう考えると、この人は、読書界において商品の欠陥を摘抉する消費者保護の闘将とでもいえるのではないだろうか。
 そんなわけで、1976年から『週刊文春』に掲載されたわずか約一千字のコラム「ブックエンド」は、たちまち旋風となって読書界を席巻し、その毒舌、辛辣、容赦のない誤謬の指摘で、いい気になっている著者たちを震えあがらせた。
 最初は「風」という筆名で書かれたため、匿名とはあんまりなと実名探しで騒然となり、そのためか1980年にはマスクを外して百目鬼の名を明らかにし、初めて業界が納得したという経緯があった。そのコラムの1976〜1983年までの全編をまとめたのが「風の書評」と「続風の書評」。どんな内容の本か、まず二書から一、二を引用してみよう。なにしろ全編がたかだか一千字足らずの短文だし論旨は明快だから、引用はきわめて楽である。まずケナした例。

 
 
竹村健一『クロスオーバー型人間の発想』
 きょうはいかがわしい本を簡単に見分けられる方法を伝授しよう。まずやたらに外国語を使っている本は避けるべきである。つまらないことでも外国語でいえば、有難そうにみえるものだ。外国語を多用している本は、実のない内容をそれでごまかしているという危険性が多い。また"ヒゲ括弧"を多用している本も、まずニセものと思えばよかろう。ヒゲ括弧は「このいいかたが、うさんくさいということを、お断りしておきます」という意味の記号なのである。これの多い文章は、筆者がいい加減にかいている証拠で、読むに価しないと知るべきである。
 竹村健一『クロスオーバー型人間の発想』(略)はこの鑑別法がよくあてはまる本だ。
(略)著者は英語が堪能のせいで、つい英語が出てしまうということなのかもしれないが、「インプルス」(刺激の意味ならインパルスだろう)とか「プレデミナント」(優勢の意味ならプレドミナントあるいはプレダミナントだろう)といった独特の英語がまじっているのが不思議だ。(略) 
 この本で著者がいおうとしていることは、異質のものに接触して新しい視野をひらけということなのだろうが、読者がここに書いてある通りにしたら、物事を深く、正確に考えることのできない、著者のような人間になってしまうだろう。

 どうだろう。テレビの花形言論人もまるで形なしであるが、竹村のどこか横柄な感じを与る風貌を思い合わせると、この罵倒はいっそ爽快な快感を読者に覚えさせる。
次は褒めた例。

 
 山藤章二『新イラスト紳士録』
 寄席やテレビで、政治家の悪口をいって観客の拍手をねらう芸人をよく見かける。コロンビア・トップという漫才師などは、たしかそれを売り物にしていたように思う。私はあれが大きらいだ。いわゆる国民感情で作りあげた薄っぺらな悪人像に、カンシャク玉を投げつけるというのは、実にインチキなゲームで、戦時中の「鬼畜米英を倒せ」というのと変わりはないのである。あんなものに拍手をするようでは、日本はまだダメだと、私は思っている。(略)[新イラスト紳士録]は、そういう連中の教育には最適だろう。この似顔絵集の対象に対する風刺、批判は徹底しているのである。(略)
 とにかく彼にかかってはトップごとき社会正義派も形なしで、「傲慢能書漫才菩薩」と書いたタスキをかけ、かつての相棒ライトの頭を押さえつけているのである。そして、その隣には「厚顔無恥大喇叭菩薩」に見立てられた金田正一が鎮座ましましているのだから、すさまじいというほかはない。どんな毒舌の文筆家だってここまでは書けないだろう。もっともこのくらいは山藤にとってはむしろ甘いともいえる。たとえば、深沢七郎と小田実がいっしょにフロに入っている図になると、もっとすご味を増して来る。この二人のもつ何とはなしの性的ないやらしさがむんむん立ちのぼっているのである。(略)これが本物の風刺なのだ。(略)こういう画集をみんなが買うようになれば日本の文化も本物といえるのだけれど。

 ためしに金田やトップがどんなふうに描かれているのか山藤の画集から引用しておこう(参照・イラスト)。どうだね、世間でチヤホヤされ大口をたたいている彼らの人物の本性が抉りだされているようではないか。
 百目鬼はこんな調子で、嘱目するあらゆる本を毒舌で批評するのであるが、そのジャンルは小説、評論、ノンフィクション、タレント本はもとより、古典や現代の和歌俳諧から種々の辞典、外国文学の翻訳ものにまで及び、その多彩な博識には驚嘆するしかない。

             山藤章二  新イラスト紳士録より

 例えば時代小説について。
ここでもまた一例を引用するしかないのであるが、百目鬼は「私はNHK大河ドラマなるものはみないことにしている。しょせんは歴史紙芝居にすぎないからだ」と断言してから堺屋太一の「峠の群像」をとりあげ、「京の公卿には従三位がごろごろしている」という一節に、「公卿は三位以上の朝官をいう」以上、こんな文章は意味をなさないと文句をつけ、徳川幕府評定所で開かれる「定例の二の日の評定(評定所は大審院にあたる)に大目付が出ているように書いているが、定例の評定には大目付は加わらないはず」だと、著者の考証のいい加減さをやり玉に挙げる。
 時代小説の作家の無知による考証のデタラメさを事くわしく批判した人に、戦前は三田村鳶魚(みたむら・えんぎょ)という博学の江戸研究家がいたものだが、現代にもこんな物知りがいるとなると、作家たるものウカウカできない。大衆は騙せても、ごく少数の目利きは騙せない。しかし、ごく少数であっても、こういう目利きが歯に衣着せぬ発言をするからこそ、業界が堕落せず、時代の精神に一本心棒が通ろうというものである。
 しかし、鬼の恭三郎にも泣きどころがないわけではない。それは彼自身が、自己の限界としてよく知っていると思われる。
 彼は「続風の書評」に、後書きとして「笑え!匿名批評」という論評を載せ、その中で、明治の作家斉藤緑雨の「小説八宗」に言及し、その文体模写のからかいの絶妙さに言及している。そして現代にも「ニセモノ文芸を笑いのめす」匿名批評の到来を切望し、「かみつくばかりの匿名批評はもうたくさんだという気もする」と書いているのである。
 噛みつくのもいいが、そればかりでは芸が乏しいという事情を彼もよく承知していたのである。しかし、そのためにはシモネタも厭わず、時にスカトロ談義もあえてする洒脱さが必要になるが、恭三郎はかすかながら儒教のかげをひきずっている戦前派。こういった話題は心底きらっていたようで、私のような戦後派からみると、どこか傘張り浪人のような痩せた感じが与えられるのはやむを得まい。
 しかし、どうかな、ご同業諸君。歯科という狭い業界の新聞や雑誌ばかりを読んでいないで、たまにはこういった作品で悪文に鈍麻した目を覚醒させ、精神の凝りをほぐすのも一興ではないか。
 医師や弁護士は一口に自由業と言われるが、私見によれば、昨今、我々はあまりにも不自由な業態のなかに閉塞させられすぎているようである。老骨に鞭うち、百目鬼に倣って私も叫びたい気がする。
夫レ大塊ノ噫気(あいき)ハ其ノ名ヲ風ト為ス。風よ大いに興れ、と、な。


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