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三年前、東京日本橋から始めた東海道五十三次徒歩継ぎ足し道中も、正月にようやく京都三条大橋に到着した。徳川家康によって制定された東海道五十三次は今年でちょうど四百年、文明が発達し乗り物や道具、地形までもが変わる世の中で、昔から全く変わらないのが「一日の長さ」です。
当時の人は全長126里6丁1間、約492キロの東海道を12日から15日で歩いたそうです。1日10里(約39キロメートル)くらい歩くことになります。
当時の「旅人」に対抗して15日を目安にしましたが、1日30キロ歩いても16日、継続地まで時間がかかり早朝から歩き出すことはできないし、帰りの乗車駅のこともあるので、「できるだけ少ない日数」を目標に出発しました。 (神奈川県相模原市から)
歩き始めた三年前はHPのことなど考えもしなかったし、記録は簡単な時間経過だけで、記憶も断片的になりました。このHPを書くためにいろいろHPを見ましたが、浮浪雲さんの素晴らしいHP
『東海道一人旅』は最初から最後まで参考にさせて頂きました。ありがとうございました。
距離-------講談社+α文庫・完全 東海道五十三次ガイドから引用
歩行距離---旧東海道だけの距離
歩行時間---旧東海道歩行だけの時間 休憩、見学時間含む
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 1998.2.3 日本橋 改修工事中 |
第1日 1998年2月3日
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日本橋 | 7.8km | 品川 | 9.8km | 川崎 | 歩行距離17.6km |
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9:10【橋本】―京王線→【新宿】―JR→【東京】 |
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日本橋11:30−−札の辻13:10−−品川(八ツ山橋)13:40−−浜川崎14:35−−川崎(砂子)16:50 |
| 【川崎】―JR→【東神奈川】―JR→【橋本】19:00 |
・歩行時間・・(見学 休憩込み)5時間20分 日本橋より17.6Km
・交通費・・・1310円
「お江戸日本橋七つ立ち」のつもりが、都合で大幅に遅れる。久しぶりの銀座で「銀ぶら」東禅寺寄り道。第一日目から予定の半分しか歩けず。それでもけっこう足が痛い。
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第2日 1998年2月11日
| 川崎 | 9.7km | 神奈川 | 4.9km | 保土ヶ谷 | 8.8km | 戸塚 | 歩行距離23.4km |
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8:40【橋本】―JR→【東神奈川】―JR→【川崎】 |
| 川崎(砂子)10:00−−神奈川(京急神奈川駅)12:45−−保土ヶ谷駅14:40−−権太坂15:15−−不動坂16:30−−戸塚駅17:05 |
| 【戸塚】―地下鉄→【新横浜】―JR→【橋本】19:30 |
・歩行時間・・7時間5分〔延べ12時間25分〕日本橋より41.0Km
・交通費・・・1490円〔延べ2800円〕
本覚寺の前の坂道を行ってしまい迷子、門前を左に行って商店街にいくのが街道。談合坂を過ぎて境木地蔵先の下り坂は木におおわれ街道の雰囲気。信濃一里塚を過ぎて迷子、あちこち行ったり来たりしながら結局南側の国道1号に出る。(おおきな歩道橋を見ながらまさか渡るとは思わなかった。)当時は江戸を発って最初の宿泊は戸塚が普通らしいが、二日もかかってしまった。
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第3日 1998年3月7日
| 戸塚 | 7.8km |
藤沢 | 13.7km | 平塚 | 2.9km | 大磯 | 15.6km | 小田原 | 歩行距離:40.0Km |
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8:30【橋本】―JR→【横浜】―JR→【戸塚】 |
| 戸塚9:40−−藤沢(遊行寺)11:40−−茅ヶ崎13:50−−相模川馬入川15:00−−平塚本陣跡15:25−−花水橋15:50−−大磯駅入口16:20−−二宮駅入口17:35−−国府津駅入口18:40−−酒匂橋19:30−−小田原駅入口20:45 |
| 【小田原】―小田急→【町田】―JR→【橋本】23:00 |
・歩行時間・・11時間5分〔延べ23時間30分〕 日本橋より81.0km
・交通費・・・1560円 〔延べ4360円〕
今回はほとんど国道1号沿いのコースで旧道への分岐をついつい見逃して逆戻り2回。大磯あたりの松並木が立派。平塚あたりから足が痛くなる。二宮、国府津と駅前を通るたびに中断しようかと思いつつ通過。なんとか『宿場』まで行きたい。
酒匂川の先で食事を兼ねて大休止するも足はますます痛くなる。足の指の付け根はほとんどマメ(水ぶくれ)、フクラハギも太モモもパンパン、足が棒になるとはこのことか。夕闇の中なんとか小田原駅につくが階段がまた大変で曲がらない膝で(周りの人にはバレたくないし)あえぎあえぎホームへ。なんとか帰れそうだ。当時はこの位歩くのが普通だったのかなぁー。『昔の人は偉い』
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第4日 1998年3月14日
| 小田原 | 16.5
km | 箱根 | 14.7km | 三島 | 歩行距離:31.2Km |
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8:00【橋本】―JR→【町田】―小田急→【小田原】 |
| 小田原市民会館前9:40−−三枚橋10:50−−畑宿12:20−−甘酒茶屋13:00−−箱根関所跡13:50−−箱根峠14:45−−山中城址15:40−−笹原新田一里塚16:40−−三島大社18:15 |
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【三島】―JR→【小田原】―小田急→【町田】―JR→【橋本】 21:00 |
・歩行時間・・8時間35分〔延べ32時間5分〕日本橋より112.2km
・交通費・・・2210円 〔延べ2210円〕
前回のように足が痛くならない対策として厚手の靴下を二枚履く。今回は「箱根八里」頑張るぞ。小田原から一時間あまり、湯本駅手前の三枚橋を渡り、旧道の山道(県道)に入る。あまり広くない車道をひたすら登る(途中三ヶ所石畳旧街道)。畑宿の先、箱根新道と県道が絡み合うような所で何ヶ所も階段がありきつい。甘酒茶屋の先、左にはいって整備された石畳を通って芦ノ湖畔に出る。樹齢350年以上の杉並木はさすがに大きい。すばらしい。箱根峠を過ぎると国道一号線を何回も横断してどんどん下る。(国道を横断した後の道がよくわからないところが2、3箇所あった。)東坂(小田原側)と比べると観光施設も無く、人ともほとんど合わず、山中新田、塚原新田、笹原新田と下り箱根路の碑のあるところで国道一号に出る。1キロほど先を右に分かれてしばらく下り、商店街となってようやく「三島宿」。三島大社からいたるところに湧水の流れる街中を三島駅にむかう。今回は靴下のせいか足も痛くならず適度な疲れで『満足、満足』
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第5日 1998年3月23日
| 三島 | 5.8km |
沼津 | 5.9km | 原 | 11.7km | 吉原 |
歩行距離:23.4Km(+4km) |
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7:00【橋本】―JR→【町田】―小田急→【小田原】―JR→【三島】 |
| 三島大社10:15−−沼津三枚橋11:35−−片浜駅入口13:00−−原駅13:35−−東田子の浦駅14:35−−毘沙門天妙法時15:20−−吉原の左富士16:15−−吉原
本町駅16:40−−富士本町通富士駅入口17:55 |
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【富士】―JR→【小田原】―小田急→【町田】―JR→【橋本】21:50 |
・歩行時間・・7時間40分〔延べ39時間45分〕日本橋より135.6km
・交通費・・・3270円 〔延べ9840円〕
三島大社見学。樹齢千年のキンモクセイは寒さを防ぐためかネットでぐるりと覆われていた。三島、沼津、原と宿場のおもかげがあまりないようなのでただひたすら歩いたためか、脚がつりぎみになってきた。吉原駅手前の妙法寺は原色あり、中国風ありのなんとも不思議な寺だ。足が痛くなってきたので今回は吉原駅でやめようかと思ったが、まだ4時前だし宿場の中心はまだ先らしいのでまた歩き出す。富士山が左に見えるらしい左富士の案内板を過ぎ、岳南鉄道踏切を渡って「吉原宿」。次回来る時JR駅のほうがいいと思い富士駅まで歩くことにする。案内板らしきものがないのでガイドブックの地図をたよりに、それらしい道をなんとか進み、大きな車道を斜めに横断して富士本町通り、富士駅入口を左折、富士駅。「宿場」を少し過ぎてしまったが今回は「吉原宿」まで。『そろそろ日帰りは無理かな。』
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第6日 1998年4月4日
| 吉原 | 11.1km |
蒲原 | 3.9km |
由比 | 9.1km | 興津 | 4.1km | 江尻 | 10.5km | 府中 |
歩行距離38.7km(−4km) |
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6:50【橋本】―JR→【新横浜】―新幹線→【新富士】 |
富士本町通り9:50−−富士川橋10:30−−蒲原本陣跡11:50−−蒲原駅12:30−−由比本陣跡12:55−−由比駅14:00−− 14:45−−興津駅前16:00−−ほそいの松原16:55−−江尻清水銀座17:15−−草薙駅前18:20−−府中伝馬町20:00 |
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【静岡】―JR→【熱海】―JR→【小田原】―小田急→【町田】―JR→【橋本】24:00 |
・歩行時間・・10時間10分〔延べ49時間55分〕 日本橋より174.3km
・交通費・・・7330円 〔延べ1万7170円〕
新幹線で来たため新富士駅から街道継続地まで30分ほど歩く。身延線のガードを過ぎ、旧国道を進み(街道は右にすこし迂回)富士川橋を渡る。川幅いっぱいの堰から落ちる水しぶきの向こうに富士山がきれいに見える。カレンダーかなにかで見た風景だ。
そのまま旧国道1号を進むが、途中で街道でないことに気付く。新蒲原駅前を右に入るとすぐに街道に出たので、少し戻ってみる。大きな導水管の先の東木戸跡で引き返す。家々の案内板など、きれいに整備された「蒲原宿」の家並が続く。山側の高台が桜の名所らしく大勢の人出でにぎやかな宿場をあとにする。
県道(旧国道1号)を西に進み東名高速をくぐり、斜め左に入り「由比宿」。本陣跡は公園として整備され東海道広重美術館があり見学。
由比駅先の横断歩道橋を渡り右に入る。四、五十年前にタイムスリップしたような昔懐かしい家並「いいなあー」(通りすぎるにはいいが、地元の人はどうなのだろう。建築規制があるのかなー。)望嶽亭を過ぎると
への登り道。ミカン山を左にみてコンクリート道を登りきると「広重の富士山」が海のむこうに見える。
ガイドブックによると街道は上道、中道とあるらしく、駐車場に入らずまっすぐ行ってみたが駐車場奥の案内板が気になりすぐ引き返す。案内板によるとココの階段を降りるのが旧道コースで中道らしい。しばらく行くと
道標「ここが峠なの?さっきの所は何?」ここから坂を下ると墓地に出て道がわからなくなる。はっきりしない案内板によると右らしいので造成工事用みたいな砂利道を下る。民家があり瑞泉寺があったので間違いないらしい。
東海道線の先を右、橋をわたって旧国道1号を進む。興津駅前、本陣跡(石柱だけ)清見寺、静清バイパス下を進み、ほそいの松原(松が一本)を右に入りどんどん進む。「宿場」らしいものが見当たらない「江尻町」(清水銀座)を通り、歩く歩くひたすら歩く。あたりは暗くなり地図を見るのも面倒だ。草薙総合運動場に沿って歩いたため街道からそれてしまった。ちょっと先の大きな陸橋で東海道線を渡り国道1号を静岡に進み春日町駅前で街道に復帰、静岡鉄道新静岡駅前に到着。ちょと手前に西郷山岡会見跡の石碑。
今日は
で休憩の後、ほとんど歩きどおし。脚はツリ気味、さすがに疲れた。『富士山は見えたし、蒲原、由比(寺尾、倉沢)の雰囲気のある家並も見たし、いい一日だった。』

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