Peace&Harmony展を終えて
Peace&Harmony展が終了して早くも1ヶ月が過ぎようとしております。
帰国後、「どうだった?」「成功した?」と数名の知人に問い掛けられました。この展覧会は成功したのでしょうか。展示後会場の雰囲気としては大変満足できるものでした。「よくこれだけハイレベルな展覧会をできましたね。」とある人に言われました。海外での展覧会に不慣れなメンバーがほとんどでしたが、皆よく工夫して興味深い作品を展示することができたと思います。「成功したと思えるかどうかはれぞれの胸の内」ということになるのかもしれませんし、このことが今後にどう繋がっていくか見極める必要があるとすれば簡単には結論を出せないかもしれません。それでも私から見てこの展覧会がどうだったかについて考えてみます。
私にとってこの展覧会の実現の為に歩んできた道のりは平坦ではありませんでした。ようやくその開催と会期について確定したと感じられたのは昨年12月に国際交流基金申請の書類として必要なAgreement(契約書)がギャラリーからFAXで送られてきた時でした。年明け後にメンバーの参加確認を得ていよいよ具体的な準備を始めました。メンバーにはリーフレット作成の為の作品写真、英文作品コメント、数行の英文略歴、会場へ置くファイル作成の為の個人資料の提出を求めました。リーフレットの原稿を作成し、チェックの為ギャラリーへ送付し、elementのホームページを更新しました。印刷業者へ発注、校正し、出来あがった印刷物をギャラリーへEMSで発送しました。搬入、搬出、会期中の当番等役割を決め、作品を運ぶ手筈を確認しました。
このように私は自分の作品を制作すること他にさまざま雑用に追われ睡眠時間をほとんど取れなかった日もありました。これを出せ、あれを出せと要求されるメンバーも大変だったことでしょう。皆よく協力してくださいました。沢田さん、鶴巻さんはメールでお知らせする私のお願いにいつもすぐに返答してくださいました。搬出作業をご自分からかってでて下さった鶴巻さん、快く了解してくださった島村さん、ありがとうございました。すでに4月末から現地に滞在されて作品を制作されていた須部さんは搬入の日私達を空港まで迎えてくださいました。須部さんは会期中毎週会場にいらしてくださって任田さん作品の水入れ替えもしてくださいました。展示一日目には須部さん、加藤さん、加藤さんの奥さんが大変よく働いてくださいました。展示の二日目には沢田さん、須部さんが原田さんの展示をして下さいました。任田さんは真っ暗になるはずのスモールギャラリーが暗くならないというハプニングを克服してくださいました。島村さんは会場風景をよく撮影してくださいました。
あれだけ広いギャラリー(幅約12m、奥行き約17m、天井の高さ約5m)とスモールギャラリー(幅、奥行き共に4m弱)を8名でゆったり使わせて頂きましてギャラリー創設者のニ居祐子さんに感謝しております。不慣れな土地でこれだけの展覧会を特にトラブルも無く閉会する事ができたのはメンバーの協力があったからこそです。そして99年以来私の相談に応じてくださった在住アーティストであり評論家でもいらっしゃる日影眩さん、たくさんの現地アーティストやお知り合いに声をかけてくださって、また月刊ギャラリーに取り上げてくださってどうもありがとうございました。
広いスペースと日本で手に入らない材料で思う存分作品制作に励むことのできたメンバーがありました。現地アーティスト等と知り合い、交流を深めたメンバーがありました。ニューヨーカーに作品数点が売れたメンバーがありました。ギャラリーに買い上げとなったメンバーがありました。パーマネントコレクションとして作品を寄贈したメンバーがありました。マンハッタンの別のギャラリーとコンタクトをとることのできたメンバーがありました。その他にも私の知り得ないたくさんの思い出が全員にあることだろうと思います。
これはもう、ほとんど「成功だった」といえるのではないでしょうか。残念ながら来場者の少なかった日があったかもしれません。NewYorkTimesに取り上げられなかったようですし、その他のメディアにものらなかったかもしれません。(ローカルテレビの取材があったそうですが、いつ放映されたかは確認できていません。)私達の作品には過激なところがほとんどありませんから刺激の多いN.Y.で話題を集めるのは難しいのかもしれません。それでもメンバーそれぞれが何らかの思いで次の作品に繋げて行くことができれば、それが一番大切なことだと思います。
ニ居さんはご自分で展覧会やイベントを企画して切り盛りなさっている方なので、この展覧会の内容や展示の詳細について私に任せて下さった事は大変な決断だったかもしれません。これまで二度東京で行ったelementの展覧会の写真をファイルして送っていますので内容について信用して下さったのだと思います。「今回は良いショーだと判断したのでそれでよいのですが」という二居さんの言葉に「自分でよいショーをしたい」という強い決意がのぞいていました。ギャラリーは夏の2ヶ月間クローズしますから年に10回のショーで何をやっていくかはギャラリーにとって大変な問題です。私はオープニングレセプションで「このショーのキューレターのHiroko
Takakusakiさんです」と幾度も二居さんに紹介されました。これは初めての経験でむずがゆい心地がしたものですが誇らしいような嬉しい気持ちでもありました。これまでの努力がすっかり報われたような気がしました。
展覧会の内容はそれぞれのメンバーがそれぞれの普段の仕事をあるいはその延長上の仕事を展示したものでしたが、世界最強のアメリカがそれを恨む者によって直接攻撃を受けた昨年9月11日の事件報道をそれぞれに重く受けとめて、日本人アーティストが声にならない思いを発する絶好の機会であった展覧会でもありました。そこで展覧会名を「Peace&Harmony」と銘打ちましたがこの言葉は1999年にMan
& Nature というシンポジウムのstatement
としてニ居祐子さんが書かれた文章の中に見つけた言葉です。そこには締めくくりとしてこうありました。
Let us Bless and revere
our dear Mother Earth for the “Future of Man,” and “Live in Peace and Harmony” -
the WAH center’s Motto - for “WAH” in Japanese means “Peace &
Harmony.”
会場のWilliamsburg Art & Historical
Centerは頭文字をとって通称WAHCenterと呼ばれていますが、この"WAH"を日本語の「和」にあてはめ、そして「和」(WAH)とは“Peace
&
Harmony”の意味でセンターのモットーであるということです。これからは物質的な豊かさよりも精神的な豊かさが追求されていくようになることでしょう。物が豊かに溢れ過ぎている日本ではこれまで捨てていたものを捨てずに役立てる努力が一層必要になっていくでしょう。被爆国日本は平和国家のモデルとなるべきで将来徴兵制を復活するようなことがあってはいけないと思います。世界の人々の交流がさかんになり理解が深まれば世界が平和で満たされるはずです。少し前まで仲良くしていた隣人を激しく罵り憎む民族紛争地域の人々の様子を見るとそれが簡単でない事はよくわかりますが・・・。国ごとに民族の歩んできた歴史により事情はすべて異なります。近代科学を最優先とし発展を遂げてきた国に暮らしている人々の間では宗教による隔たりがほとんどないのかもしれません。それでも発展する事だけがすばらしいともいえません。生と死に関わる倫理上のさまざまな問題が論じられていますし、技術の進歩は新しい兵器の開発を止めることができません。ひとりひとりが自分を見つめ世界を見つめ国境を越えて手をつなぐことができるようになるために「アート」があるのだと信じたいと思います。WAHCenterで開催したPeace&Harmony展をご覧になった方にこのような思いを感じてもらえたかどうかはわかりません。これからもひとつひとつ努力を重ねていきたいと思います。
(2002/7/28)
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