お蔭様で30年
自然と動物を考える市民会議の始まり(八鍬真佐子記他)その1
1979年8月に推理作家の仁木悦子さんから八鍬真佐子に電話がかかってきた事から始まる。
「今度、都で猫を室内から出さないようにして、出ている猫は捕獲できるという条例を作っている事を御存知ですか。」勿論知るわけが無いので、都庁に問い合わせたが、要領を得ない。「ペット条例について」には「そんなものはない」(正式には動物の保護及び管理に関する条例)条例案は見せられないなどというので、みんなで都庁に聞きに行くことになった。
動物好きの画家、小説家、鼓の名人の娘、その他あらゆる種類の猫好きが東京都の獣医衛生課に集まった。獣医衛生課長は「閉じ込めるのは交通事故から守るためだ。」とのことで、仁木悦子さんは「そんな理屈では年よりも身障者も出歩くのは心配だから閉じ込めろという事ではないか。猫の保護といいながら条例の内容も全然教えないのはなぜか」とを迫った。
都の言い分
学識経験者が決めた事だ。
無用の混乱を招く。
条例案が(審議中で)決まってからでないと見せられない。
猫に紐をつけて庭を散歩させなさい。
条例が出来たから習性を変えるのだ。
などなどがあり、条例案にも次のような箇所があった。
ペット条例案:21条、所有者不明の猫、犬は都が捕獲して2日後に処分する。
同27条:動物が人の生命財産を侵害するときは知事が捕獲して処分する。
同28条:動物が関係ある場所に都の職員が立ち入り調査する。
など、現在では考えられないような強権が付与されていた。
世論も新聞、テレビ上で大変な騒ぎになり、10月18日に採決された時は次のようになっていた。
8条:猫の室内飼育は“迷惑をかけないように飼育”
27条:捕獲と殺処分、罰則は(必要な範囲に止め乱用しない事)
28条:立ち入り調査は(住居を除く)
これが6年前に成立した〈動物の保護及び管理に関する法律〉にもとづいた条例であったことは後になって知った。
台風の日に「猫を守れ」のデモ行進
10月19日嵐の日に日比谷図書館の前に私たちは集まった。JAL労組は既に当日のデモを中止していた。警官が「これでもやりますか」と聞いたが私たちは一斉に「やります」と答えデモ行進に出発した。
「猫を守れ」「人間性を守れ」と声をあげたが、吹き付ける雨風で目の前も見えない。風速は37メートルに達し、大きな立ち木が根こそぎ倒れていく。車や電車も止まっている。同行したテレビ局のカメラも動かなくなった。
車椅子でも出ると言い張った仁木さんも車で最後まで同行した。
TV局でカメラに向かい「ねこが住めない町は人間も住めない」と説明した。
8条修正には多くの反対の声があがって、事務局の電話がパンクすることが多かった。
“人間よりねこが大事か?”“こっちも仲間を作って猫を絶滅させる。”などなど
これに対し仁木悦子さんは堂々と反撃した。「ねこが野鳥を取って減るから困るというが、私の小さい時は家にも猫、外には沢山の野良猫もいた。そしてカッコー、コジケイ、フクロウ、ヒバリがいた。今は全部いない。これらは全部猫が食べてしまったのか。野鳥が減った元凶が誰かを棚に上げて、猫を取り締まっても野鳥保護にならない。
目先何メートルの範囲内しか考えない視野の狭さ。自然をぶち壊している人間、それをすべて猫のせいにすることでは問題のごまかしではないか。」
自然と動物を考える市民会議結成へ
特別に動物を意識していなかった私たちが集まりを作ったのは、1に、条例の今後を監視する必要があること、2、これまで動物の扱いが酷かったこと。3、これを機会に大きな輪を作り世論を呼び起こすことが大事である。4、動物愛護家だけでなく、一般市民が考えなければならない問題になったことなど。
10月に、多くの市民が集まり「自然と動物を考える都民会議」(当時は都民のみ対象)が結成され仁木悦子さんが代表に推された。
動物愛護センター問題
‘82年暮れに都が大田区の城南島に日本で初めて動物愛護センターを設立することが分かった、
これも全く秘密の内に80年に設計予算を通し翌年から建設予算を通して建築を始めていたのだ。建設費12億7000万円、オートメーションの標準的な殺処分場とのこと。翌年4月から開業の予定。私たちは何度も陳情、署名、デモを重ね中止を要請した。
しかし84年3月になっても都の責任者は「ここは愛護をするところだ」と言い張っていた。内容はと聞くと「枝葉の事は未だこれからだ。」といって工事はどんどん進んだ。
動物アウシュビッツを許すな
3月28日から私たちは旧都庁の議事堂前広場で座り込みを始めた。私たちは「伊達や酔狂ではない。当たり前のこと(動物の生命を大切にすることは私たちの生命を大切にすること)をやる」のだから悲壮にならないよう、精一杯のきれいな着物や服を着てお弁当やお菓子を持って座った。「動物の未来は人間の未来―アウシュビッツを許すな」と書いた大きな旗を持って。広場の管理の人々にも動物の現状や生命観の問題など訴えた。
獣医衛生課とは何度も話し合った。捨てると罰金、不妊去勢の実施、その費用の助成。しかし相手はそれは少数意見。そのために税金は使えない。不妊手術は飼い主の責務、といって止まない。それに対し私たちは飼い主の責務を全うさせるのが行政の仕事だ。蛇口を出しっぱなしにして後始末に多額の税金を使うのは止めようと言った。
結果として覚書が出た。
- 犬、猫の避妊、去勢の重要性を担当部局として認識し、手術の費用助成に努力する。
- 避妊、去勢と捨てると罰金のP・Rをする。というものだった。センターの開所は6月1日に延びていた。
‘09年現在、犬猫の避妊去勢の助成をする全国の自治体は遂に150区市町村に増え、この勢いはもう止まらないだろう。そして殺処分数も30年前の80万頭から20数万頭台まで減ってきている。国の方針では今年からは全国の愛護センターのうちから10箇所ほど里親募集の施設を増設し譲渡の数を増やして、処分数を8年後には半分にする計画だ。このような常識になるまでに30年以上かかったのだ。
動物保護法から動物愛護法へ
昭和48年に出来た動管法では動物虐待は最高3万円の罰金で、それも現行犯でないと捕まらず、毎年のように改正を総理府へ陳情していたが、「現行法で充分」と斥けられていた。それで市民会議は‘94年から動管法改正を唱え、ポスターを作り全国に配布、署名運動も数万を超えたが、矢張り役所は全く動かなかった。
‘97年に神戸で「酒鬼薔薇」事件が起こり少年が虐殺される前に、犯人が多くの動物を虐殺していたことがわかり、心ある国会議員の中から、動物保護法が余りに弱いからこのような事件が起きたのではないかと考え、愛護団体として自然と動物を考える市民会議が前年暮れに総選挙の前に全政党へ動物保護法の改正をアンケートしていた関係で、「改正に協力して欲しい」との連絡があった。
市民会議単独では到底出来ないので、愛護協会、福祉協会、愛玩動物協会などの法人団体や、捨猫防止会、いななき会などの民間団体とも協力して動物の法律を考える連絡会という名の協議会を作り、市民会議内に事務所を置き、自民党環境部会(鈴木恒夫委員長)内の動物保護法に関する小委員会(杉浦正健委員長)に私たちは毎回出席して法案への要望を述べて法律の改正に努めた。これは政党が民間NGOの意見を直接取り入れる第1号となった。
同時に全国から署名も多くの人の手で広まり75万名集まり、請願への賛成議員も259名に達し、運動は非常に盛り上がり、遂に全政党賛成の下に1999年12月に亡き仁木代表、八鍬代表の永年の夢であった「動物の愛護及び管理に関する法律」が通称「動物管理愛護法」として成立し2000年11月から施行された。動物保護法施行から実に26年目だった。
主な改正点は
- 動物虐待への罰則は最高百万円
- 愛護動物に給餌、給水を怠った者、捨てたものには罰金30万円
- 動物取扱業者は全て届出制
- 自治体に動物愛護管理担当者を置く、民間からも動物愛護推進員を置く。
- 動物取扱業は全て登録制とし、取扱責任者を置く
- 動物実験を3Rの原則を導入し、数の減少、苦痛の減少、代替法の採用が謳われた。
市民会議もまだまだこれからも政治家へ働きかけて行くので、皆様も宜しくご声援、ご協力お願い致します。
愛護法27条の2項適用第1号
2001年4月長野県伊那市近郊の乗馬牧場で、馬2頭が死亡し放置され、残り2頭は殆ど水、食餌が与えられず餓死寸前であることが地方新聞に載り連絡会会員の報せで、当時連絡会の事務局長兼務だった塩坪が4月11日に現地に急行、埋葬寸前の2頭と痩せ衰えた2頭の状態と屋根も板塀もない風に吹きさらしの状態を写真に撮り地元の保健所に、何故このようになるまで管轄の自治体は動けなかったかを聞いた。
自治体は既に昨年暮れから近所の人から死んだ馬が放置されている事は確認していて、牧場経営者に放置を止め死体は処理するように警告を重ねたが聞き入れられず、大雪でもあったので馬の死体は春まで放置され、雪解けと共にハエが大発生するなど近隣を含め、衛生管理上の大問題がおきていた。
市民会議は調査の結果を連絡会の幹事団体として直ちに刑事告発することを提唱し、4月25日に連絡会の青木代表と共に資料、獣医の診断書、写真と共に伊那警察署へ動物虐待として告発状を提出、詳しく説明の末、ようやく4時間後に受理された。内容は馬に水、食餌を与えず長期間放置したことにより2頭の馬を極端に衰弱させた事は動物愛護法第27条虐待の第2項に当たる動物虐待罪に相当するというもの。
警察から10月に長野検察庁伊那支部に送検。翌2002年4月には動物愛護法27条の違反として罰金30万円の略式命令が出たが、被告は不服で、本裁判になった。被告は「調教して伏せを教えるために食餌をやらなかった」と一貫して称したが、世話を頼まれた人、地主、獣医師、衰弱馬を引取り世話をしたポニー牧場長などの証言に基づき3月9日から4月11まで給餌、給水が行なわれなかったこと及び削痩した健康状態では調教は出来ないと立証。翌2003年4月に「罰金15万円に処する」との判決が出た。減額理由は本人の病気、傷害によるもの。
こうして愛護法が出来てから始めて27条2項の、「水、食事を与えないことにより衰弱させる」事への判決が出た。また「不衛生な場所で飼育し、不健康な状態に陥らせる」ことも虐待であると判決で認めた。このようにはっきりと判例が出来たので、その後はブリーダーの飼育放棄などは「水、食事を与えず衰弱させた」為に有罪の判決が出るようになった。
衰弱虐待の第1号の判決とはなったが食事、水以外のその他の衰弱、虐待(狭いケージに繋ぎ放し、毛を刈らずつないだままで皮膚病、自動車に監禁などのつなぎはなし等、)はなかなか認められず、次の法改正への大きな要望である。



