0〜3歳 大阪にて生まれる おもちゃのピアノを必死で弾いていた。
3歳〜6歳 幼稚園時代 一つ年上の仲良しのお友達がピアノを習ってることを知り何が何でも私も
やりたいと親にせがむ。念願かなって、ピアノの先生につく。
しかし、幼稚園では非常におとなしくみんなの後ろのほうで目立たない存在。
7歳〜12歳 小学生時代 相変わらず恥ずかしがり屋で目立つのは嫌。
でも、音楽は大好き!合唱コンクールの伴奏者を引き受け、全校生徒の前で弾いたら、
顔がみんなに知られて、結構目立つのが本当は好きだったのかとあらためて発見!
12歳〜15歳 中学生時代 まあそれなりに中学生活を楽しむ。
ピアノもかなり難しくなってきていて、練習が大変。
学校の勉強だけしていればいい友達がちょっとうらやましく
やめた〜いと思ったことも何回かあった。でも、やっぱり好きでやめれなかった。
中3のとき父の転勤で東京へ。大阪弁からいっきに標準語へ。かなりプレッシャー
15歳〜18歳 高校時代 私立の女子高で、かなりリラックスした学校生活。
この辺で本格的に音楽の道へ進もうかなと、いろいろな先生につきはじめる。
しかし、恥ずかしがりの性格はいまも直っておらず歌をうたうのがすご〜く嫌だった。
でも、そんなこといってられないので、声楽科出の先生に1から発声を教わり
なんとか かすかすの声から脱出。2週間に1度1時間半もかけて大学の先生のところまで
レッスンに行く。電車の経路もいろいろあるな〜と東京の広さに感心。
18歳〜 大学時代 なんとか音楽の専門の道へ1歩進むことができた。けど、ピアノの練習は相変わらず厳しかった。
高校生のころエレクトーンに興味を持つが、
母にとても2つのことは無理だといわれあきらめていた。
卒業後何するでもなく学生時代からやっていたアルバイトを続けていたが・・・。
その後 当時日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)に入社し、
銀座店のCD売り場(当時はレコードですが・・・。)に配属される。
しかし、父の転勤でわずかな期間で大阪に帰る。
そこで、エレクトーンをはじめ演奏グレード、指導グレード共5級を取得。
財団法人ヤマハ音楽振興会のなんばセンターで勤務しながら
エレクトーンとフルートのレッスンを続ける。
おまけに、お休みの日には結婚式の披露宴でのエレクトーン演奏の仕事も
するようになり、かなりハードな毎日を送る。
ブライダルプレイヤーとは華やかそうな響きだが、かなり気を使うお仕事。

結婚後ブランクはあったもののやはり音楽がやめられず、なんか始めたいと思っていたが、
子供のお友達のお母様から声をかけていただき現在の教室に至る。
教会でのオルガン演奏の奉仕も続けている。
2003年ヤマハグレード、ピアノ・エレクトーン13〜11級試験管認定取得。
2005年リトミック指導資格ディプロマA取得。

 全日本エレクトーン指導者協会会員

 PSTA指導者会員

後援 ヤマハ銀座店

リトミック研究センター指導者会員