

MENU クリックしてください。 about urayasu 「浦安らかなれ」毎日新聞2009記事
1980年代中頃の「フラワー通り」入り口

………むかしの境橋付近(浦安市の資料より)
フラワー通りは、千葉県浦安市がまだ村の頃から、
営団地下鉄東西線が開通する1969年頃まで栄えた古い商店街です。
東京湾の漁業基地、浦安唯一の漁港であった境川に隣接していて、
1971年に漁業権を全面放棄するころまでは、
魚市場もこの通りにあり、一時期は浦安銀座と呼ばれるほど
賑わっていたそうです。
………むかしのフラワー通り(浦安市の資料より)
当時の浦安は小さな集落で、
住民の多くは、出漁に便利な境川周辺に住み、
魚貝類を採るため漁船を係留していました。
境川と並行したフラワー通りは、
当時浦安唯一の商店街で、通りには演芸場、
映画館、日常雑貨の店、飲食店、
などが並びにぎわっていました。
つい最近までこの通り周辺には
七〜八軒の銭湯があり、住宅が密集していた事もありますが、
きれい好きな性格と、漁師仲間の情報交換の場所として
重要な場所でもあったそうで、
入浴料を払うとその日は何度でも入れたそうです。
今も400mほどのフラワー通りに、銭湯が三軒あり、
境川を挟んでの一軒を入れると、
現在四件の銭湯が営業中です。

………昭和30年代の境川(浦安市資料より)
昭和初期には、作家 山本周五郎 が浦安に一年あまり過ごし、
当時の浦安を題材にした小説「青べか物語」
(昭和35年 文芸春秋)を発表、楽天的でたくましく、
素朴で純情にいきる町民の姿が生き生きと描かれ、
映画化されたこともあり、青べかの町として一躍有名になりました。
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毎日新聞 千葉版 掲載 浦安誕生120年「浦安らかなれ」記事




浦安市保存住宅「旧宇田川家」
明治2年建築 浦安市指定有形文化財住
一般公開中(無料10:00〜16:00休館日 月・祝)

浦安市保存住宅「旧大塚家」
江戸末期建築 浦安市指定有形文化財住宅
一般公開中(無料10:00〜16:00休館日 月・祝)

浦安市保存住宅「旧濱野医院」
どんぐりから100m、フラワー通り中程、みしんやさん裏
map
濱野医院は医師 濱野鼎氏が明治20年(1887)頃に浦安最初の医院として
開業し平成8年(1996)まで100年以上、
親子三代にわたって地域医療に貢献した。
平成15年(2003)浦安市保存住宅に指定され、
医院の内部は当時のまま保存され見学できる。
一部は子育て事業などに活用されています。
浦安フラワー通りの飲食店ご紹介

2005.8
オール読物に掲載されました。












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リンク:浦安市フラワー通り商店街にある、浦安の小さなギャラリーどんぐりころころ
フラワー通りに捧げる一通の手紙
「月と狸とフラワー通り」
桜に誘われ銭湯巡り
作 シマちゃん(浦安市在住:フラワー通り大好人)1999.4先日はどうもごちそう様。その後どうしていますか?
今、桜並木に誘われついでにちょっと遠回り。
浦安のとある商店街を歩いています。
ここには月に二・三度きます。銭湯にはいるためです。
でも今日はダメ。タオルをあの桜の小枝にひっかけたまま
忘れてきちゃったものですから。
15分も歩けば通り抜けてしまう長い路地のような商店街ですが、
そこに寿湯→米の湯→末広湯と、数十メートルおきに小さな銭湯が
連なっているのです。ちょっと不思議。何かの名残りがここにある
のでしょうね。昔は漁師町で、たいそう賑わっていた(映画館や寄
席もあった)と、今も鮨を握るおばあさんから
聞いたことがあります。時刻は六時半を少し回ったところ。日が落ちると各商店街に灯が
ともる。買い物客が静かに(でも忙しく)行き交い始める。この時刻のこの小さな通りに、私は春だというのに年の瀬を重ね
たくなる ? 。 等身大の影が、さっと前に伸びました。
「反省しろ!」との呼び声か?
静かな気配を感じ………、ふと振り返ると、寿湯の入り口から伸
びる長い黒い帯が路上を横切って中へ消えました。その一瞬。私の
影は、スススっと私に立ちあがったような……。
はて? 人か? 狸か? それとも………?
ねええ。フラワー通り。あれはだれだったの?
「桜月じっと見つめる狸の子」
あの桜が少し苦しそうに赤らんだので、そろそろ家路につきます。
今度お会いするときは、湯気の中で手足を伸ばし、あの影の正体
について語り合いましょう。 では、再見!追伸 くれぐれもタオル1本忘れずに。
またタヨリします。君もタヨリください。
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