君主論
I think; therefore I am!
by 酒匂貴市, Kiichi Sako

ニッコロ・マキァヴェリ Niccolo Machiavelliイタリア統一の夢を託して
当時の有力者に献上しようとして著した書である。
紆余曲折あって、最終的にはウルビーノ公ロレンツォ(ロレンツォ・デ・メディチ)と言う人に献上した。
この本は、同じく彼の著書「政略論(ティトゥス・リヴィウスの初篇十章にもとづく論考)」の
執筆の途中に、イタリア統一の方策を示すのが自分の役割であると考えて、
急に作られたものと考えられている。
そして、これが公刊されたのは、彼の死後、1532年であった。

マキァヴェリといえば、マキャベリズムという言葉と共に、
"目的の為には手段を選ばない"と言うイメージで語られる。
また「君主論」という書名からして、専制政治を擁護しているように思われがちである。
だが、これらは非常に偏った見方であり、彼の著書を実際に読めば、彼の違った面が見えてくることであろう。
このようなイメージを打破することが、私がこのコーナーを立ち上げた理由の一つである。

もちろん、上のような評価をせず、彼を高く評価した人もいた。
文芸評論家デ・サンクティスは、「マキァヴェリこそイタリアの誇りである」と述べている。
また社会契約説を唱えたルソー Rousseauモンテスキュー Montesquieuなどもマキァヴェリを高く評価している。
ルソーの「社会契約論」に曰く、
「王侯に教えをたれるふりをして、マキァヴェリは、人民に偉大なる教訓を与えたのである。
彼の『君主論』は、共和主義者の教科書である。」と。
それもそのはず、もともと彼は、フィレンツェ共和国の官僚という、共和主義の擁護者であった。

そして現代に至ると、マイネッケやクローチェといった人々が、
政治を道徳や倫理などの領域から独立させたのがマキァヴェリの立場である、と主張した。
ここにおいて、マキャベリズムという、権謀術数を意味する、政治学上の概念が確立された。
この言葉は、マキァヴェリの全ての主張を盛り込んで作られたのでなく、
上にあるような政治を道徳や倫理から切り離すべしという考えのみから作られた言葉であることに注意されたい。
ともあれ、このために、マキァヴェリは"現代政治学の祖"と言われている。

私がこのコーナーの文章を書くにあたり、主に参考にしたのは、全文を記した本だが、
もうひとつ参考にしたのが、森鴎外が「人主策」として著したものである。
これは、文章が非常にコンパクトになっている。
その前文に曰く、
「マキヤヱリイ(マキァヴェリ)の人主策(君主論)は一小冊子なりと雖、
文章紆曲にして証例冗漫なり。
読み易き書と称す可からず。
会て閲過の際、要を撮りて鈔記す。
偶ゝゝ友人の請に従ひて、繕写して与ふ。」
こういうこともあるので、私としては、マキァヴェリの言っている内容を逃さないようにしつつも、
よりコンパクトな文章にまとめようと思っている。


アレクサンドロス大王の征服したアケメネス朝では、
その死後に、なぜ彼の後継者らに対する叛乱が起きなかったのか
第4章
アレクサンドロス大王とアケメネス朝ペルシア、
および、フランス王国とオスマン・トルコの例から、
君主国の二種類の様式と、
それによってもたらされる性質について論じてある。
自らの武力と才幹で手に入れた新しい君主国について 第6章
新しく国家を建設する困難とその理由などについて論じてある。
気前の良さと吝嗇について 第16章
気前の良さ及び吝嗇の利害について論じてある。

参考文献
世界の名著 16 マキアヴェリ 中央公論社
鴎外選集 第十三巻 岩波書店
君主論 マキアヴェリ著 河島英昭訳 岩波書店

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