鶏口牛後
-けいこうぎゅうご-
I think; therefore I am!
by 酒匂貴市, Kiichi Sako

サイト内検索

本文
秦人恐喝諸侯、求割地。
有洛陽人蘇秦。
游説秦恵王、不用。
乃往説燕文侯、与趙従親。
燕資之、以至趙。
説粛侯曰、
「諸侯之卒、十倍於秦。
并力西向、秦必破矣。
為大王計、莫若六国従親以擯秦。」
粛侯乃資之、以約諸侯。
蘇秦以鄙諺説諸侯曰、
「寧為鶏口、無為牛後。」
於是、六国従合。
秦人諸侯を恐喝して、地を割かんことを求む。
洛陽の人蘇秦といふもの有り。
秦の恵王に游説して、用ゐられず。
乃ち往きて燕の文侯に説き、趙と従親せしめんとす。
燕之に資して、以て趙に至らしむ。
粛侯に説きて曰はく、
「諸侯の卒、秦に十倍す。
力を并せて西に向かはば、秦必ず破れん。
大王の為に計るに、六国従親して以て秦を擯くるに若くは莫し。」と
粛侯乃ち之に資し、以て諸侯を約せしむ。
蘇秦鄙諺を以て諸侯に説きて曰はく、
「寧ろ鶏口と為るとも、牛後と為ること無かれ。」と
是に於いて、六国従合す。
参考文献:十八史略 明徳出版社

日本語訳/通釈

秦は諸侯を、武力を背景に威し、領土の割譲を求めていた。
洛陽の人に蘇秦という者がいた。
秦の恵王のところに遊説したが、用いられなかった。
そこで燕の文侯のところへ赴き、趙と南北に同盟させようとして、説いた。
燕は蘇秦に遊説資金を与え、それで趙に行かせた。
粛侯にこう説いた、
「諸侯の兵力を合わせれば、それは秦の兵力の十倍に値します。
力を合わせて、西方の秦を攻撃すれば、秦は必ず敗北するでしょう。
大王の為に愚考しますところ、六ヶ国が南北に同盟し、秦を排斥するよりよい方法はありません。」
そこで、粛侯は蘇秦に遊説資金を与えて諸侯と同盟を結ばせようとした。
蘇秦は世間によく言われていることわざを使って、このように諸侯に説いた、
「小さな組織のトップになっても、大きな組織に従属してはならない。」
かくして、南北六国の同盟が成立した。

解説

秦人恐喝諸侯、求割地。
しんひとしょこうをきょうかつして、ちをさかんことをもとむ。

当時、秦は法家である商鞅(しょうおう)の改革によって国力が充実し、
その国力は群を抜いていた。


有洛陽人蘇秦。游説秦恵王、不用。
らくようのひとそしんといふものあり。しんのけいおうにゆうぜいして、もちゐられず。

他国出身であった商鞅は、秦の孝公のときに宰相であったが、孝公の死後に車裂きの刑に処された(BC338)。
それゆえ恵王はそれに懲り、他国から来た蘇秦を用いる気はなかったであろうと推測されている。


乃往説燕文侯、与趙従親。燕資之、以至趙。
すなはちゆきてえんのぶんこうにとき、ちょうとしょうしんせしめんとす。えんこれにしし、もってちょうにいたらしむ。

あっさりと書かれているが、この間蘇秦はかなりの苦労をしている。

「従親」とは南北に同盟すること。「従」がいわゆる「縦」である。(下図)


戦国七雄略図


説粛侯曰、 「諸侯之卒、十倍於秦。并力西向、秦必破矣。為大王計、莫若六国従親以擯秦。」
しゅくこうにときていはく、「しょこうのそつ、しんにじゅうばいす。
ちからをあはせてにしにむかはば、しんかならずやぶれん。
だいおうのためにはかるに、りっこくしょうしんしてもってしんをしりぞくるにしくはなし。」と。

「卒」は兵のこと。
「矣」は置き字で、ここでは強意をあらわす。
「莫」は比較の表現で、英語で言うところの最大級をあらわし、
「勝るものはない」などのように訳す。


粛侯乃資之、以約諸侯。蘇秦以鄙諺説諸侯曰、「寧為鶏口、無為牛後。」
しゅくこうすなはちこれにしし、もってしょこうをやくせしむ。 そしんひげんをもってしょこうにときていはく、
「むしろけいこうとなるともぎゅうごとなることなかれ。」と。

「鄙諺」の「鄙」は辺鄙(へんぴ)の鄙であり田舎を表す。
田舎でも使われているぐらい世間によく言われていることわざ、ということ。
「寧スルトモ、B」 は「たとえAしても、B」と言う意味。

「鶏口」はニワトリの口で、小さい組織のトップをあらわす。
「牛後」は牛の尻尾とも尻ともいわれ、いずれにせよ大きい組織の下働きをあらわす。
秦に従属するより、たとえ小国でも独立を保て、と言っているのである。


於是、六国従合。
ここにおいて、りっこくしょうごうす。

「於是」は、そこで・こうして、などの意をあらわす。
六カ国の合従が成立したのがB.C.336年である。



戻る
Top