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| 80年代初頭WRTHに広告を載せていた放送局の思い出を | |
From Apr to June 2008 VOA 麗らかな春の到来とともに、BCLダイアルの表紙も模様替え。この度は、第2回エントリー国際放送の雄、ボイス
オブ アメリカの再登場です。2004年度版の広告もかつてのそれと同様シンプルなデザインでよろしゅうございます。シンプルといえば、VOAの放送自体もかなり簡素化されて、かつての面影はなくなりつつあるのでは?ヤンキードゥードゥルのインターバルシグナルの聞こえ方も間遠になってきたように感じるのですがいかがでしょう?みんな、みんな短波放送の将来に見切りをつけ、ほかのメディアに移行していくのは致し方ないところなんだが‥‥なんて思いつつ、ハンドブックページを繰ってみると、おや?結構やってるじゃないのVOA!スペシャルイングリッシュを含めた英語がドカーン!とノミネートされているのは言うに及ばず、アファン・オロモ、アルバニア、アムハラ、アゼリィ、ベンガル、広東、クレオール、クロアチア、ダリー、ファルシ(ペルシア)、フランス、グルジア、ハウザ、ヒンディ、インドネシア、クメール、キニアルワンダ・キルンディ、韓国、クルド、ラオ、マンダリン、パシュト、ポルトガル、ロシア、セルビア、ショーナ・ヌデベレ、スペイン、スワヒリ、チベット、ティグリンヤ、トルコ、ウクライナ、ウルドゥ、ウズベク、ベトナム。ふぅ〜、一体何個読点を付けたかって言うぐらいの諸言語で放送していることがわかりました。これだけのアナウンサー集めるだけでもかなり大変だろうな。 おや?日独伊が入ってないぞ!さてはかつて敵対した三国軍事同盟を嫌ってか‥‥?そうじゃないよね。先進国かつその言語が使われる範囲がほぼその国に限られちゃってる国へは、わざわざ短波でプロパガンダする価値なしって省かれたためでしょう。 いずれにしても、今なおキング オブ ラジオの名声をほしいままにしているVOA。その他にもラジオリバティや自由欧州放送、自由亜細亜放送などを抱えているアメリカって国はサブプライムローンなどの問題でばたついているとはいえ、その底力たるや凄まじい威力を備えていることでありますね。 そういえば、かつて世界のどこぞで内戦やら紛争やらが起こる度に、増波したり増力、増量したりとフレキシブルに対応してきたVOAでしたが、此度のチベット紛争ではどんな対応を見せているんでしょうか?ダイアル個人として申しますれば、音楽番組の増量をお願いしたいのですが‥‥。 From Jan to Mar 2008 Deutsche Welle 2004年版からの第2弾は、ドイチェベレをどうぞ。なかなか垢抜けたデザインの広告になっておりますね。でも、最早短波の時代じゃないぞっていう感じがパラボラアンテナサイトにありあり。それから、Drm
Founding Memberってえことが広告の下のほうに書いてあるんですが、何これ?ちょっと調べて見たんですが、DRMってえのはデジタル著作権管理のことなんだそうです。それで合ってますか?でも、こいつはここでの話題にはならないな。デジタルって4文字も最早生活に密着した言葉としてそれなりのステータスを得ているし別にアレルギーってことじゃないんだけれど、何でもかんでもデジタル、デジタル。デジタルにあらずんば人にあらず!みたいに風潮には付いていけません。精々、このサイトでは無し行こうじゃない、デジタル。デジタルって聞いただけで正直もういいやってな気持ちになる今日この頃のダイアルであります。 なんて開き直りながらも、じゃあ何書きゃいいんだよ的な空虚感まざまざ。考えてみたらもう書くことないんですよね、ダイアル日記やベリ物語で散々書き散らしてきたから‥‥。でも早いもんですねぇ、日本語放送が廃止になって既に7年。まあ、聞こうと思えば、英語なり独語なりの放送が良好に受信できるわけだけれども、やはり言葉がネックになりますし。今夜も、7時くらいから49mbでガンガン独語放送が来てるんですが、話ばかりで正直面白くない。広告にある通り「ヨーロッパの中心からニュースと分析をどうぞ!」っていう路線なんでしょうか。もっともっと音楽をかけてくれたら、もっともっと聞きますのに‥‥。 トホホ!DRMってね、デジタル ラジオ モジュレートの頭文字で、デジタル著作権管理とは別もんなんですってね。嗚呼恥ずかしい!いずれにしても「そんなの関係ねぇ!」だな、未だに高1中2だ、オートダインだと過去に拘っている輩には。 From Oct to Dec 2007 Radio Tiwan International さて、表紙をどうするか?最後のカードWYFRを切った6月からずっと考えてはおったのですが、これといった妙案なし。かくなる上の窮余の一策、台湾国際放送の広告でどうだっ!とその場凌ぎは、公私ともども得意とするところ。この広告はこれまで掲載してきたWRTH'82から22年後に発行された04年度版からの転載であります。流石に時代は流れました。大陸と対峙し口角泡を飛ばす舌戦を繰り広げた「馨之國由自」も今や「Radio Tiwan International」と表記され、ウェブ社会の一員であることを宣言するが如き日和気味のレイアウトでございますこと。往時の姿を留めるのは、台灣って恐ろしく画数が多い湾の字くらいですかねぇ。 そういえば親会社も中國廣播公司から中央廣播電台って財団法人に変わったようです。局名も自由中国の声から台北国際放送へ、そして程なく台湾国際放送って「中国」って言葉がなくなりました。放送でも度々話題になりますが、やはり中国からの分離独立っていう潮流がここにも流れているんでしょうか。最近、台湾料理って看板を掲げる食い物屋がちらほらしてるでしょう?台湾料理と中華料理って何処が違うんだかダイアルめにはわかりませなんだ。これも台湾独立の布石じゃないか?なーんて、そんなことあるわけないかHi。 個人的には、自由中国の声って方がかっこよく響くんだけどなぁ‥‥。これも「昔は良かったな」的懐古趣味に他ならないのは承知の上なんですが、まあ堪えてくださいませな‥‥。第1ハードルは何とか堪えたものの、こいつはどうだと繰り出すは、自由中国の声のインターバルシグナル!こんな冗長なシグナル流してたんだなぁと今つくづく懐かしい。もちろん今は聞けないんだろうなこのIS。冒頭の国歌演奏もなくなっちゃたし、せいぜい変わらないのはエンディングミュージックだけでしょう、きっと。 てなわけで、2004年版からの広告を暫し。これでもうちょいと延命はされるんだけど、抜本的な改革にはほど遠い。 From July to Sept 2007 WYFR あれれっ!前回のスウェーデン国際放送で、広告は終わりのはずだったんだけれど‥‥。一枚残ってました、ひっそりと。いけませんなぁ、こんなことじゃ!ダイアルの「裁きの日は近い」ってことかなHi。はい、それでは、最後の最後を飾る放送局。登場するはWYFRファミリーラジオでございます。近年、ロシア中継の日本語放送が始まったりしてつとに名を馳せるようになりましたが、米本土老舗のクリスチャンラジオとして今は亡きKGEIと双璧ってところでしたっけね。そうそう、KGEIがジェネラルエレクトリックのイニシャルGEを、WYFRがファミリーラジオのFRをコールサインに戴いているところもオールドアメリカンのフレーバーがプンプンしてきますでしょう。 尤も、KエリアのKGEIがアジア太平洋をターゲットにしていたのに対して、WエリアのWYFRはフロリダのオキーチョビーから主にカナダ、欧州相手に放送をしていたので、正直かなり受信し辛かったと記憶しております。因みにK,Wエリアっていうのは、第2次大戦の戦勝国、世界の中心、無線も中心!のアメリカがK,W,A,Nなどのコールサインを分捕り(負けた日本はJを剥奪されてJA-JSとなった)、Kで始まるコールサインはミシシッピ川以西、Wは以東の局が使うことなりました。 そんなわけで、WYFRは台湾中継が始まる80年代初頭まで手強い局でしたし、カードも何本かのマイクロフォンをバックにWYFRのコールサインがタイプされた、これまたアメリカンテイスト!というわけで個人的プレミアレベルはかなりのものでした。 さて、放送の中身なんですが‥‥、ここの日本語放送を聞いてどうでした?徹頭徹尾説教って感じでしょう?オープンフォーラムっていうの?看板番組みたいですが、おいらみたいに宗教と赤い政権の放送局に辛口なリスナーならずとも何だかなぁ的なイメージ持つんじゃない?英語放送の方も似たり寄ったりって感じでしたかねぇ。やっぱり、オープンフォーラムってえの聞いたんだけどね。比べちゃ悪いけれどKGEIの方が洗練されてたって印象。それと、後発のKNLS。ここは音楽ふんだんだし、英語圏以外のリスナーのためにゆっくり話してくれるしね。 あんた、他局褒めてどうすんの!ってか。そうだなぁ、ここのインターバルシグナル“To God be the glory”こいつは変わらないね。こういうのいい、やっぱり。 From Apr to June 2007 Radio Sweden International WRTH82年度版に掲載された放送局の広告をご覧いただく趣向で、年4回行ってきた表紙の衣替え。いよいよ最終回です。大とりを飾りますのは素エー伝‥‥ありぁありぁ、何これ?あっ!そうか。すえーでんじゃなくってすうぇーでんってタイプしないと変換されないんだな。はい、それでは気を取り直してスウェーデン国際放送でございます。それにしても、きちんとスウェーデンって発音してる?みんなスエーデンって言ってない?ラジオやTVのアナウンサーはどうだろうかね? 道草を食ってる場合じゃない。只でさえ更新がひと月遅れなんだから、先を急がなくっちゃ‥‥。そもそも、この局も欧州の国際放送の常で、春夏シーズンの極東、東南アジア向け英語放送には13mbを使うことが多かったと記憶しております。ただ、他局が16時から19時まであたりの夕方に集中していたのに対して、午後9時過ぎの番組でした。さすがにこの時刻になると、非力なユニカラジオではちと厳しい。そこで私めは朝6時の19mbの英語を寝床の中で聞いておリました。物忘れの激しいダイアルめゆえ、30年近く前にことなど忘却の彼方ですが、どうしたわけかこの時のことはかなり鮮明に覚えております。 ニュースでソ連のスパイ潜水艦がオーランド諸島近辺に出没ってな話題を取り上げてたのです。80年代初頭ってことからしてまだまだ米ソという超軍事大国を軸とした東西冷戦の最中。このスウェーデンや隣国フィンランド、デンマークなどの北欧諸国、ソ連の飛地カリーニングラード(旧ケーニヒスベルグ)とソ連衛星国であるバルト三国、さらにはポーランド、東西ドイツが踵を接する内海、バレンツ(バルト)海。まさに当時の世相そのまま「陰謀渦巻く海」だったようですね。因みに、このオーランド諸島。スウェーデンから旧帝政ロシアへ、そしてフィンランドへとその帰属が転々。確か、フィンランドがスウェーデンに返還することにしたけれど、住民が自治州扱いしてくれる今のフィンランドの方がましとばかりにスウェーデン帰属を拒んでいるそうな‥‥。 そんなこんなで、レポートも簡単に出来上がった。さてどんなカードが送られてくるか楽しみだなぁ‥‥ってことだったんですが、東洋のちっこい島国に起こったBCLブームとやらで、ベリカードエンスージャから度重なるカード請求に音を上げたのか、クレジットの入っていないカードが送られてきました。辞書を引き引き説明を読むと、このカードのレポート記入欄に受信報告を書いて送れ。報告が相違なければ確認のスタンプを押して返送するよってなことが書いてあります。あ〜あ、やってらんないよなぁ‥‥。結局それっきり。 From Jan to Mar 2007 Radio Austria 2回にわたってクリスチャンラジオの広告が続きましたので、久々に欧州局に登場してもらいました。オーストリア放送です。この局については、既にベリ物語でもお話しました。この局のコアリスナーの方々には申し訳ございませんが、貰ったカードが気に入らないの、インターバルシグナルの「美しき青きドナウ」が不快だの悪口雑言を並べてしまいました。いい印象を持っていないのでってこともありましょうが、その後もほとんど聞かず今に至ってますので、さて何をお話しようかとなるとはたと困ってしまいます。で、捻り出したのことを少々お喋りさせていただきます。この広告にもまた当時のベリカードにもAAAAのイニシャルが掲載されていますが、上から順に独、英、仏、西(スペイン)語でオーストリア短波海外放送と表現しています。DX年鑑を見ると、BCリスニング黄金時代でも、この4語にあとエスペラント加えた5語のみによる運用だったことがわかります。、欧州局の中ではかなりこじんまりとした放送う局だったことが覗えますね。そういえば最悪インターバルシグナルの合間にこの四つの言葉によるステーションアナウンスがかかっていました。 でもね、ちょっと無理あるでしょう、この4つのエース。のっけから滑ってるね。ドイツ語によるオーストリアのスペル。Aじゃ始まらないんだよね。O¨(オーウムラルト)で始まちゃう。実際ここの局名はO¨sterreichischer Rundfunk(エーストライヒッシャー ルントフンク)でロゴもORFとなっています。つまりAは出てこないんだよドイツ語では。とはいうもののエースのフォーカードだったんだろうな気持ち的には‥‥。 またまた悪口になってしまいましたが、この局の現在を少々。ORFという頭文字はそのままに、局名はRadio O¨sterreich 1(ラーディオ エーストライヒ アインとでも読むのか?)となったようです。短波放送は70年代同様moosbrunnというところに送信サイトが置かれ、ここから100Kw短波送信機5台、300Kw機2台、500Kw機1台を使って出ていてるようです。使用言語については主にドイツ語、ほか英語はじめ幾つかの言語で放送‥‥とかなり曖昧な表現でWRTHには解説されています。 From Oct to Dec 2006 Adventist World Radio Austria 此度の表紙、前回に引き続いてクリスチャンラジオからアドベンチストワールドラジオのご登場願いました。AWRといったら今でこそグアムのKSDAからの放送をいとも容易くかつ日本語で聞くことができますが、70年代前半ではそんなことはなくポルトガル放送の巻でお話したとおり、シネスにあるラジオ
トランス ヨーロッパという賃貸放送局を利用して放送しておりました。主に「宗教は阿片だ!」とばかりに否定する共主義国家群をターゲットエリアとして信者の掘り起こしが主たる目的だったようで、露語をはじめウクライナ、セルボクロアチア、ルーマニア、ハンガリー、ポーランド‥‥などスラブ諸国言語など、私たち日本人のとっては極めて馴染みの薄い言語、さらにはDX年鑑によると「‥‥0600からの放送が廃止されてからほとんど受信されていない‥‥」という記述からしても、珍の部類の局だったようですね。もちろん私めも受信体験はありません。宗教放送局の多くは世界的規模の信者拡大戦略を持っており、この局もかつて岡田女史が孤軍奮闘で日本語放送を続けていたスリランカBCの送信施設を利用して印度亜大陸向けの放送をしていました。したがってグアムのKSDAはその戦略に沿って東アジア諸国向けとしてその後開設されたのでありましょう。まさにワールドラジオの名に懸けてっていうところでしょうか‥‥。 このアドベンチストワールドラジオ、アメリカメリーランド州に本拠地を構える、セブンスディ アドベンチストという新教系団体が運営しているとDX年鑑には記されております。Adventistとはキリスト再臨論者ってんだそうで、したがって、局名を和訳すれば「キリスト再降論者世界放送」ってなんだか小難しい名前になってしまいます。宗教不如意につきいい加減な解釈になってしまいますが、広告に記されたPreparing the whole man for Christ’second coming ...という表現にその教義の一端が現れているような。英名の方もドンズバ宗教でごさい!っていう堅苦しさがあるのか、通称はVoice of Hope.今も変わらずKSDAでは「希望の声」って名乗っていますね。 変わらないといったら、天使が吹くラッパのロゴも当時のまま。 From July to Sept 2006 Radio Veritas Asia 無信心だからってことからか、表紙の放送局にミッション系の局を取り上げてこなかったのですが、背に腹はかえられないってこともあってクリスチャンラジオ初公開は、懐かしのラジオベリタスアジアに決定。なぜ懐かしいかは、言わずもがな!ここもかつて日本語放送を行っておりましたね。さて、それでは広告の方に注目していただくと、インドネシア、ベンガル、ビルマ、日本語、韓国語、マンダリン、シンハラ、タミル、テルグ、タイ、ベトナムのアジア諸言語で布教放送を行っているよ!っていう文面が踊っております。フィリピンにはFEBCがあるのに何でまたわざわざ‥‥ってところですが、このベリタスは旧教。かたやFEBCは新教系で宗派的な対立状況にあったようです。それにしてもよりによって同じフィリピンでってことにもなりますが、フィリピンはスペイン統治からアメリカに引き継がれたという歴史もあって、新旧宗派が入り乱れておったようで、このベリタスももとはボイス オブ カソリック フィリピンという中波局だったそうです。やはり先発のFEBCの方が強力っていうイメージを拭えませんが、日本語放送に関していえば比島在住の神父さんやシスターが手弁当感覚で運営するベリタスの方が異国情緒豊かで人気が高かったように思うのですがHw? 局舎と空中線と世界地図というモチーフは海外放送局広告の定番でありますが、ちょっと凝って、空中線の先端がちょうど比島に重なるように配置。そこから発せられた布教の波は同心円状にアジア各国へ!っていうもの。尤も、かつてどこかでお話しましたNHK福岡放送局の雲の形が九州の地図になっているべリカードと比べればランク落ちっていうところですし、世界地図のシルエットもなんか手書き感丸出しでどことなくおかしい。さらに言うならば、地図と局舎の合成においてはカッターナイフで切り取って貼り付ました!がありあり‥‥。まあ当時の印刷技術の水準が偲ばれるっていうもんですが、そう思うとフランス国際放送やカナダ国際放送の広告に一日の長を感じずにはおれませんなぁ。 ハイ、まとめ!広告の下の方に「ヒンディ語とロシア語ももうすぐ始まるよ!」ってありますが、日本語放送ももうすぐなくなっっちゃうよ!‥‥ってことは思いもよらないBCL黄金時代でありました。 From Apr to Jun 2006 All India Radio かつて、海外放送の周波数変更は春夏秋冬の季節ごと年4回が相場でした。まあ、それにあやかってって訳じゃありませんが表紙の模様替え。前回に引き続いて、縦1/2サイズ。久々アジアに戻ってインド亜大陸の全インド放送をご覧ください。かつてベリ物語でも取り上げましたし、ダイアル日記でもちょくちょく顔を出してくれる全インド放送。コアなファンではありませんが、折に触れて耳にする局であります。その理由として、音楽放送、とりわけ民俗音楽やインディアンポップスが摩訶不思議な心持ちにしてくれるってことがあります。なんかね、クネクネした節回しが妙に心に留まります。そんなエキゾチックな雰囲気を、30年たった今でも変わらず電波に乗せてきてくれるこの放送局に愛着感じてます。 さて、広告の方ですが、インドの地図を背景にAIRの頭文字、その周りを取り巻くヒンドゥ語のロゴがあしらわれています。このロゴは当時の封筒などにも記されていましたが、果たして今はどうなんでしょうか? そして、放送言語について一言述べるのが、このコーナーの慣わしになっていますが、宗主国の英語を筆頭に、アラビア語が来て、ペルシャ、パシュト、ダリー、バルチと続いてか仏露とくるんだけどやはり近隣国重視かな。そっから先はチベットありベンガルありパンジャブありとインド国内、周辺地域の使用言語が出てきますが、グジャラートやコンカイなんていう言語はどこで喋っているの?以前日記でも書きましたが、とにかく地方語、方言なんてえのがわんさかあって、挙句の果てにはカースト制による、身分的言語なんていうのも存在しているというから驚きです。DX年鑑によると公用語が16もあって、5000人以上の人々によって使われている言語が281も‥‥。国内全国放送では英語、ヒンドゥ語を筆頭に、残りの14の公用語にネパール、ドグリー語(どんな言葉?)を加えた18語をとっかえひっかえしながらニュースやっているらしいです。これで、地方向け放送なんてなると本局ですら把握できないんじゃ?かつて、インドネシアのRRIとともにインドのAIR‐カルカッタなどハイフンの後都市名が付く地方局チェイスが一部DXerの間で流行っていたけれど今はどうでしょう? 大変失礼な言い方ないなるかもしれませんが、かつて識字率が低かった国というとインドって連想があったと思います。が、今やIT大国だそうな。掛け算九九なんてあまい、あまい!おいらたちは17の段だった諳んじてるんだぜ!‥‥とか。 From Jan to Mar 2006 Radio Portugal 今回の広告はポルトガル放送を選んでみました。夕刻アジア、大洋州向けのポルトガル語放送が13mbで聞こえておりました。この辺りはお隣のスペイン同様、僅かに残った海外植民地向け放送の一環でありますが、主にマカオ、チモール(両方ともすでに返還ないしは独立しました)に向けたもので、ビーム方向も合っていることからそこそこ受信できました。なのに残念ながら、この局のベリカードはもっておりません。理由は偏に英語、もしくは日本語放送でなかったから‥‥。「アキッ!リスボン‥‥」と歯切れのいいポルトガル語のIDからそれとすぐわかるのですが、番組が始まるとやっぱり何はなしているか解らないのでレポート書くのに二の足を踏んじゃうんですよね。そんなこんなで二十数年経ってしまいました。今考えればもったいないことをしたなぁということばかりです。今回の広告は1/2ページサイズですが縦長でBCL Dialの表紙には納まりが悪い感じ。番組内容としては、ニュース、旅行、音楽、芸術、文化ここまではわかるんだけど、Philatelyってなんだろう?辞書で調べてみると切手収集とあります。かなり突っ込んだコンテンツですね。どちらかこの切手収集に纏わる番組をお聞きになった方はございますか?どんなものか聞いてみたい気もしますが、果たして今もやっているのかな?ポルトガルといったらかつてスペインとともに世界を二分して支配した強国であり、我が国に鉄砲やキリスト教をもたらした国としても歴史年表にその名を留めておりますが、今や影薄い存在であります。ポルトガルって確かコルクが名産って高校の地理で習ったと思うけれど‥‥。くらいのことしか見つからない。近年、フィーゴを擁してW杯サッカーで目立ったが記憶に残るくらいか?BCL的な視点からするとポルトガルのシネスって町にはラジオ トランス ヨーロッパという送信機を時間貸しするという放送局があった(今も?)ことをご存知の方も多いでしょう。今では、ドイツテレコムやロシアの余剰送信施設を使った中継、さらに我が国八俣KDDサイトからのカナダ国際放送の中継などごく当たり前のことになりましたが、当時としては稀有な存在でラジオジャパンがここを賃借してヨーロッパ中継を始めたことは結構なニュースになったものです。外にカナダやドイチェベレなんかも中継していたようっだけどヨーロッパ向けだから聞こえませんでした。唯一、クリスチャンラジオであるイーブララジオなんかが未明時に聞こえましたが、これもロシア語?だったりでわけがわからずじまいでした。 from Oct to Dec 2005 Radio Berlin International 70年代から80年代前半の東ドイツって凄かったでしょう?政治がどうの経済がどうのってえのは、まだ若輩ゆえに正確には理解できなかったけれど、なんといっても印象に残っているのはフィジカルエリートと呼ばれる存在。その競技だけに特化した肉体に仕上げ、正確無比に競技するサイボーグのごとき選手たちがオリンピックを席捲しており、東独選手の活躍を見ていると空恐ろしくなるようでした。水泳のコーネリア エンダーなんて、これが女の身体かいってな感じ。時を同じくしてドーピング問題が浮上してきました。ドイツのお家芸たる先進医療と社会主義に名を借りた国家主義が産み出したモンスター‥‥フィジカルエリートたちにどこか後ろ暗い秘密めいたものを感じて好きになれませんでした。 放送事業も国家機密にかかわるところも多く、CQ出版社刊「ワイドバンド受信ハンドブック」では、著者の高安好彦氏が「山田耕嗣氏が以前『Radio Berlin Intenationalを住所を頼りに訪ねたらそこには存在しなかった』というようなことを書かれていたのがとても印象的だった。」と述べております。これまた謎のままになくなったんだろうかね?最後に、インターバルシグナル(間隔を詰めるために編集してあります)を聞いていただきましょう。ベリ物語にも書きましたが、今は亡き東独国歌の一節で「廃墟より蘇る」と歌った部分だそうです。残念ながら、このインターバルシグナルも蘇らないんだね。永遠に‥‥。 From July to Sept 2005 Voice of SAUDI ARABIA 暑い夏に相応しく、熱砂の地中近東からサウジアラビア国営放送の広告をどうぞ。サウジアラビアっていうとマホメッドを祖とするイスラム教発祥の地として、またアラビア半島の殆どを領有する産油国としてつとに有名ですね。そして、いつでも、目を吊り上げてイスラエルやアメリカと対立するアラブ諸国の中にあっては“穏健派”という範疇に属し、親米的な性格を帯びていました。有り余るオイルマネーで潤っていたのか「金持ち喧嘩せず」なイメージを持っていましたが、内情はどうなんでしょうか?70年代後半から80年代にかけて、このサウジアラビア国営放送は、ラジオ クウェート、アラブ首長国連邦のUAEラジオ ドバイなどとともにハイバンドの中東御三家といった感じの局で大変良好に受信できていました。だいたい正午頃から午後3時頃まで、19,16,13mbをダイアル散歩すれば、アラビア語やペルシャ語などの放送に必ずといっていいほどぶち当たることができました。最近も聞くことができるのでしょうか? さて、イスラム圏の放送局といったら、Holy Quranでしょうか。イスラムの経典コーランの詠唱ですが、回教徒ではなくとも、このコーランの詠唱に魅せられている日本のBCリスナーもかなりいるんだとか。確かに透徹した美しさを感じます。またどういう訳だか、このホリーコーラン、エコーというかリバーブがかかって聞こえるのですが、Hw?まるで、モスクの大伽藍のに佇んで、折りしも詠唱を聞いているという雰囲気させてくれる不思議な番組です。が、しかし飽きる。だってずっとやってるんだもん。1時間でも2時間でも‥‥。 アラブっていうと、古くは暗殺されたサダトエジプト大統領。リビアの暴れん坊将軍カダフィ大佐、ついこの間なくなったアラファトPLO書記長。そして、イランのホメイニ氏やイラクのフセイン大統領。ニューフェイスのテロ屋、ビンラディン‥‥と群雄割拠というか、我儘小僧だらけで、いつでもとっ散らかった印象だけど、ことサウジに関しては国王が何十台も外車持ってるぐらいしか話題になりませんなぁ。やはり、金持ち喧嘩せずなんだろうか。 From Apr to Jun 2005 WRNO 日本に民放短波局は「ラジオNIKKEI」ただ1局だけですが、アメリカ合衆国には有象無象の商業短波局がひしめき合っていますね。その代表格はWYFRやKHWRなどの宗教局でしょうか。今や我が日本でも放送局が企業買収とやらマネーーゲームの対象になる時代ですが、ご本家アメリカではそんなこと日常茶飯事、新たな民放局が生まれてくるかと思えば、老舗どころがバタバタ店じまいをしたり、オーナーの交代によって局のポリシーが180°変わっちゃうなんてえのがざらなんだとか‥‥。もともと、アメリカの民放局っていうのはニュースだったら徹頭徹尾ニュースでとかカントリーミュージック専用‥‥なんて恐ろしく特化した放送形態で自局の存在価値を認知させることによって生き馬の目を抜くような競争社会で凌ぎを削っているんだそうです。で、今回はそれら民放局の中からWRNO局に登場してもらいました。すごいねぇ「ニューオーリンズのロックが世界のロックになる!」と豪語しているよ。サザンロックとかいってブルージーで骨太のロックを日長一日かけまくっていたのかなぁ?このWRNOっていうのもバニティコールのようで、World Wide Rockn'Roll On Your RadioからとったものかWorld Rock New Oreans辺りかもしれませんね。FMの99MHzがメインのようですが、7,11,15MHzの短波帯でも放送していたようです。しかし、1/4ページとはいえ一介の民放局がハンドブックに広告を出すっていうことはどんな企業戦略からだったのかなぁ。それほどメリットがあるとも思えないんだけれど‥‥? ハンドブックの記事によると100kw送信機1基によってカナダや北極海、西ヨーロッパ向けに12時間程度放送していたみたいです。また、日曜日には不定期で宗教放送を流していた様子。送信周波数も定かではありません。そんなことを読むにつけふと脳裏によぎるのは、鳴り物入りでオープンするも碌なスポンサーに恵まれず、あっという間に姿を消したサイパンのKYOI。ここも、その倣えか?と思いきや、どっこいしぶとく生き残っているようで、ハンドブック04年版にもその存在がクレジットされています。なんとインターバルシグナルが「聖者が町にやってくる」。さすがジャズ発祥の地ニューオーリンズ!デキシーランドフレーバーが息づいているようでありますね。 From Jan to Mar 2005 SABC BCL Dialもいよいよ4年目に突入!ってことは年4回更新の「表紙の放送局」も過去12局をセレクトしていいかげんなことを書いてきたわけです。内訳は欧州局8、アジア2局、北米2局と圧倒的にヨーロッパ優勢。というか、WRTHに広告を出しているかどうかで決まるので、その権威と影響力を認め、かつ金を出せる局が欧州に固まっているってところが実情ではなかったかというところですかね。それでは他地域からもどうぞ‥‥っていいたいところですが、とんと出てないんですよ。そこで、反則技ではありますが“超”豪華絢爛、多色グラビア印刷のSABC/SAUK南アフリカ放送協会の広告に再度ご登場願いました。ベリ物語「Radio RSAの巻」の焼き直しになってしまいますが、フルカラーのグラビア広告はここだけ。いかに財力が唸っていたか、そして国際社会の厄介者扱いの元凶である人種差別というイメージを払拭しようとブロードキャストに力を注いでいたかがわかるようです。 DX年鑑によりますと、SABC/SAUK傘下には、海外向けのR.RSA。国内向けとしてSpringbok RadioとRadio 5とかクレジットされていますが、この広告の1段目左端、2段目左から2番目、3段目左端にそれぞれの局のロゴ?がご覧いただけると思います。憶測になってしまいますが、Radio RSAは70年代から80年代にかけてアフリカ随一の規模を誇っていたのではないかと思いますがHw? 70年代中盤のアフリカってどんなイメージでしたか?どんな国をご存知でしたか?このころ小学校高学年から中学、高校生と育っていったダイアルにとっては、ピラミッドやナイル川のエジプト(当時アラブ連合って言ってなかったっけ?)、野生の宝庫ケニア、チョコレートでお馴染みガーナ、そしてダイアモンドと金プラス人種差別と喜望峰の国、南アフリカでしたかね知っていたのは‥‥。 最後に、この広告の右隅にKenyon Wiles 9543とタイプされていますが、ケニヨン ウィルスとでも読むのでしょうか?この広告のデザイナーでしょうかね。HP検索したのですが出ていませんでした。 From Oct to Dec 2004 Radio Canada International 「え、ラジオのコマーシャルじゃなかったの?もうそろそろネタ切れじゃないかって思ってたんだけど‥‥。」3月に1度の「表紙の放送局」ではWHTH82年度版に掲載された各放送の広告をご紹介しているわけですが、ご察しの通り残りがだいぶ減ってまいりました。が、まだまだ‥‥タグを見てください。真ん中に「Radio Canada International」とありますでしょう。その上はフランス語で「短波旅行」ってでもいうんでしょうかね、オーンド クールって確か短波って意味でしたでしょう? 皆さんもご存知の通り、かつてカナダはイギリス、フランスが分け合って統治していたことから英語、仏語が公用語で、今でも聞こえるインターバルシグナルの最中に流れるIDは英仏交互に局名を述べていますね。この広告の右下には「プログラムが欲しかったら手紙書いてね」っていうメッセージが記されていますが、それも英仏併記です。 かつて日本語放送があったこの局も、財政危機で廃止なんてことでがたがたしましたがなんとか命脈を保っているようです。正直、ベリカードをもらったのはつい最近のことで、しかも茨城県の八俣送信とあってたいしたエピソードもありませんがベリ物語でラジオカナダインターナショナルが再登場した時ためにその辺りのお話はとっておくことにします。 で、今回は純粋に広告を愛でようってことなんですが、なかなかお洒落なつくりでしょう?おいらの局じゃ、何語と何語と‥‥で1日のべ何十時間放送してんだぜ!なんて自慢げに言ってのけないところが奥床しいHi。アタッシュスケースを片手に颯爽と世界を駆け回るビジネスマンも、その情報源はカナダ国際放送!ってイメージかな。おやおや取っ手を握る右手の親指をご覧あれ。ビジネスウーマンだったんだね。80年代初頭っていうと女性の社会進出が意識しされ始めた時代だったよね。 それにしても、短波ラジオの広告と見紛うばかりの露出度、このラジオ一体何者?赤Nマーク時代の松下製ってことはわかるのですが、目を凝らして薄ぼやけた印刷画像を眺むれば、「5Band Receiver SW-??????」と肝心なところが判読不能。ご存知の方、乞う連絡! From July to Sept 2004 Radio Swiss International 今回はスイス国際放送の広告をご覧いただきました。ベリ物語で先刻ご紹介いたいておりますが、オルゴールのインターバルシグナルがとても素敵な局です。広告のキャプションによると7言語で国際放送を行っていたようですね。およそ日本人でスイスという国に対して悪感情を抱くという人はまず見られないのではないか思うのですがHw?天を突くように聳えるマッターホルンやアイガーなどヨーロッパアルプスの山々、その山麓に広がるアルムにカウベルを鳴らしながらゆっくり草を食む牛達。そんなことを思い浮かべる方もいるでしょうし、良質の牛乳からとれる乳製品やチョコレートを愛でる向きもあるでしょう。ああ、そうだ。映画サウンドオブミュージックでトラップ一家がスイスに逃避する場面がありましたね。この国は永世中立国なのであります。風光明媚な土地に人々が長閑に集う平和な国家‥‥そんな想像がこの国に対する好イメージを生んでるのではないかと思います。 が、実際は独、仏、イタリア系住民がそれぞれのテリトリに生活しており、微妙な対立感情を醸し出しているようですし、それら大国のパワーバランスに翻弄され続けてきた歴史から永世中立を選択するに至ったと聞きます。スイス国旗ご存知でしょう。赤字に白十字ですが、あの赤は「血の贖い」を表しているんだそうです。その昔、土地柄さしたる産業もなく、多くの若者はフランスやイタリアなどの傭兵として働く道を選び、場合によってはスイス人傭兵同士が雇われ先の都合で相争わなくてはならない事態があったそうな。そうやって血を流してやっと勝ち取った国家であることを忘れないための赤なんである。とは、実際スイスに住み自転車プロロードレーサーとして活躍した市川雅敏氏のお話からです。 「えっそうなの?あのスイスがねぇ、そんな歴史があったんだ!平和でよさげな国だと思ったのになあ。」ってな心持ちです。ユーラシア大陸の端っこからはみ出たちっぽけな島から眺めているだけではおよびもつかないことが一杯あるんですね。スイスを走る車、一体何色が一番多いと思います?ちなみに日本は白ですが。市川氏によると赤なんだそうです。スイスで売られる常用車には赤のカラーリングが外せないとか‥‥。特に中高年のドライバーが欲するそうです。昔を忘れないためか? From Apr to June 2004 Radio Netherlands 今回はラジオネダランドの広告をどうぞ。ダイアルにとっての海外英語放送第一号局であり、いただいたカードといい、インタバールシグナルといい、大変思い入れの深い放送局であることは「ベリ物語」を始め日記にも書かせてもらっていますので、最早、お話しすることもないのですがお付き合い下さい。「声、声、声」と題されたこの広告、読んでみますと「声の方はリスナーの皆さんにはお馴染みですが、元来ラジオのブロードキャスターって顔見せないでしょう。そこでね、声同様、顔の方もお馴染みさんになってもらいたくって‥‥」とまあこんなことが書かれています。 それでは1982年当時のラジオネダランド海外放送キャスター顔見世興行といきましょう。左上からポルトガル語、英語、スペイン語、フランス語、スラナン語、下に移ってオランダ語、アラビア語、インドネシア語、パピアメント語のキャスターさん達です。そして最後は、かの人気番組「ハッピーステーション」のDJ トム メイヤー氏。このハッピーステーションは当時大変人気があったようで、BCL界の大御所、山田耕嗣氏も絶賛されておりましたっけ。幾度かダイアルを合わせたことがありますが、所詮は他国語、話の面白さを味わうってところまでは行きません。そうはいっても、英語圏以外のリスナーも聞き耳を立てていることを意識してか、メイヤー氏の明瞭で丁寧な話し振りがどことなく心地よかったです。番組の中ではたまに日本のリスナーからの便りも読まれていましたが、名前の下に「さん」をつけて呼んだりしたので「へー、案外知日派なんだな」と思ったりもしました。 さて、話が前後しますが、当時9言語で海外放送をしていたということは、どちらかといえばこじんまりした放送局だったといえましょう。自国のオランダ語を始め、国際公用語たる、英、仏、スペイン、アラビア語を押さているところは常識的。それに旧植民地であるインドネシア語も順当でしょう。それじゃあ、スラナン語とかパピアメント語って一体なんだ?当時のBCL博学知識の集大成たるDX年鑑でさえも、Sranantango語、Papiamento語と書かれているだけでなんら説明がなされておりません。わかることといったら南米ビームで放送されていたということだけ。 まず、スラナン語ですが南米スリナムで話されている言葉だそうです。75年のオランダから独立とあるのでオランダとインドネシアみたいなもんかと思っていると、外務省のHPで面白い記事を見つけました。「80年に軍事クーデーターが勃発、82年12月には軍による反政府的報道機関等の焼き打ち事件が発生し、アメリカ、オランダは対スリナム援助を停止‥‥」なるほど、当時はかなり緊張した状態にあったんだなぁ。その辺りを敏感に反映したスラナン語放送だったわけですね。続いてパピアメント語は蘭領アンティールで話されている言葉だそうです。オールドリスナーはピンと来たでしょう?そう、ここのボネイアにはラジオネダランドの中継施設がありましたね。 WRTH2004年版を見ると、案の定この2言語の放送はありませんでした。さらにポルトガル語も削減されていました。どこもかしこも縮小傾向ですね。 From Jan to Mar 2004 Soviet Television 今回は、毛色の違ったところで「ソヴィエットテレビ」の広告をご覧いただきました。当然のことですがソ連邦時代ですので国営局ということになります。ソ連の崩壊により、ロシア共和国となった今も「オスタンキノテレビ」として国営で営業されていると記憶しています。「オスタンキノテレビ」どこかで聞き覚えないですか?そして、広告に写るテレビ塔を見覚えありませんか?そうです、今から何年か前に火災を起こしてしまった「オスタンキノテレビタワー」です。タワー上部の展望室付近からめらめらと燃える赤い炎と空に吹き出す黒煙を思い出された方も多いと思います。その出火原因たるや回線ケーブルの老朽化とか。また同年、原潜クルクスの沈没事故が起き、もたもた救出に手間取る内にあたら、乗員の命を奪ってしまったということと併せて、共産主義からの脱皮を図るもにっちもさっちもいかない“駄目ロシアぶり”を全世界に披瀝する火災でした。 クレムリン宮殿とともにモスクワの象徴であるオスタンキノテレビタワー、記憶違いがないとすれば地上高500m以上。建造物の高さ世界一のタイトルホルダーを暫く誇っていたものの、カナダ、トロントのCNタワーのその地位をあけわたしてしまいました。なんでもオスタンキノタワー建設に当たって当時の共産党第1書記ニキータ フルシチョフによる「世界一高いのを作れ!」の一言でその高さがきまったんだってさ(本当かなぁ?)。さらに、1位を剥奪されたモスクワっ子の間では、タワーの先端を継ぎ足して世界最高峰を奪還しようなんて計画もあるようなないような(そんなことニュースで見たような‥‥)。 東京タワーがパリ、エッフェル塔を抜いて鉄塔世界一になったとき、浮かれる日本人を見て欧米先進国の知識人達は鼻でせせら笑ったそうですが、何のことはない、どこの国だって世界一は一番気持ちいいんだな。ニキータさん、そして、モスクワっ子の皆さん、その気持ち素直で良し! でも、この広告なんか変じゃない?タワー手前が局舎ってことなんだろうけれど、写り方が不自然なんだよね。500mのタワーを見上げた角度と局舎を見上げた角度一致してないようでしょう?写って貰っちゃ都合悪い物はひと消し、写っていて欲しい物はエアブラシでササッと加筆しちゃうっていうのがあちら流。修正、捏造は共産主義諸国から配信される写真の常だったからなぁ。 |
From Oct to Dec 2003 Deutsche Welle ![]() ![]() 今回の広告は満を持し出るべくして出た!ドイチェベレです。ドイチェベレについてはベリ物語でも結構力入れて書きましたので、最早語ることもないといったところなんですが、ベリ物語の最後にお約束した通り、日本語放送終了のカードをこの場を借りてご覧いただきます。 ライン川対岸から望むケルンのシンボル、大聖堂です。このニューカードが現れて1年と満たないうちに日本語廃止となりました。残念ですが仕方ないですね。せめてもの慰めは中国中継のドイツ語放送開始の際チェレスタで奏でられる「フィデリオ」のインターバルシグナルを聞けるところでしょうか。 ![]() ドイチェベレといったら、かつてのベリカードの描かれた楕円地球にアンテナというロゴ。これも変ったのかさよならベリカードとともに同封されてきたステッカーのロゴはやや立体的になっています。それと、ベリカード表面のロゴはアメリカの大手スポーツ用品メーカーのそれをちょこっと拝借しちゃったかなぁっていうものですが、かねてよりデザインのよさは定評がありましたね(某国公共放送の卵のロゴはHw?)。83年の広告の方も「電波飛ばすよー」って感じをよく表現しているなぁと感心したものです。キャプションのよりますと、1日当たり34言語で93番組を放送していたとありますから将官クラスの放送局ですね。こんなこと書いているうちに、なんだかまた日本語放送を聞きたくなってしまいました。「放送マガジン」の古くてダサーいテーマ音楽が耳に残っていますHi。 From July to Sept 2003 ラジオ韓国 夏到来、暑さに負けないスタミナ作りには焼肉!というわけではないけれど、今回の表紙はアジア地区2番手「KBS ラジオ韓国」です。ベリ物語でも取り上げているので殊更お話しすることはありません。とにかく、日本のBCリスナーにはもっとも近しい放送局であることは言うまでもありませんね。 この広告にある局舎、李朝伝統様式を取り入れた(屋根の庇の部分の特徴があったかと思います)ものだそうですね。もちろん現在もKBSのシンボルとして存在していますが、その後方にドーンと近代的な新社屋が建ちました。その辺の様子はKBSからプレゼントされた50周年記念カレンダーの画像を載せましたので比べてみてください。広告によると、当時英、仏、独、中、日、露、アラビア、インドネシア、スペインそして韓国と10ヶ国語によって放送されていたことがわかります。 From the Land of the Morning Calm...Sound of Timelessness.直訳してみると、朝の静けさの国から、永遠のサウンドが‥‥てなところでしょうか。なんか、こういう哲学的な言い回しは欧米のリスナーを意識しているなぁって感じしますね。兎に角あちらの方々はオリエンタルな雰囲気に弱いですから。その割りには上の同心円暑苦しい。確かに電波伝搬を表現する方法として同心円がよく使われます。前々回の「自由中国の声」もロゴに使っていますし、ラジオウランバートルのカードも同心円を表現しています。結構ポピュラーな表現方法ですがどぎついですなぁ、目が回ってしまいそう。ほかに電波の表現といったら、稲妻と波ぐらいでしょうかね。鉄人28号のオペレーター金田正太郎少年のコントローラーからでるのがこの稲妻・波。かたや宿敵ロボット「オックス」のコントロール波は同心円だった。イメージ的にはシャープな稲妻・波が鋭い指向性のビーム波、同心円が無指向性の電波って感じですね。また、話が取り止めのない方に進んでしまいましたが‥‥、まとめもせず今回はこれにてお開き。カンサンハンニダ! From Apr to Jun 2003 Radio Free Europe−Radio Liberty ![]() 今回の表紙はラジオ フリー ヨーロッパ(以下RFE)、ラジオ リバティ(RL)の双子局です。フリーにしてもリバティにしても自由を表す言葉であり、社会主義、共産主義体制の東側諸国に向け、自由、民主主義を宣伝する放送であることは明白ですね。RFEが東欧諸国向け、RLがソビエト連邦諸国向けでした。 当然のことながら東側諸国にしてみれば非合法放送局。ロシア各地から強烈なジャミングをかけられていました。東西冷戦当初、RFEは社会主義政権を嫌う反体制知識人等によって移動放送施設を使って秘密裏に放送されていたというまさに地下局だったわけですが、その後、諜報、謀略をお手のものとするアメリカのCIAがかかわったりしながら、現在でもアメリカの「国際放送委員会」によって運営されているそうです。90年代初頭、東欧諸国の自由化、ソビエト政権の瓦解によって両局の使命は終わったかのように思われましたが、自由化、民主化の促進を訴えるという形で存続しています。また、ユーゴ、チェチェン、コソボ、アフガンそしてイラクという一連の紛争地域への宣伝、煽動放送を行っているようです。つまり、自由主義と民主主義を標榜するアメリカの手下ってわけね。 さて、広告の方ですが、2色グラビア印刷でちょっとお金がかかっていますね。「ソ連と東欧で週のべ4600万人のリスナーが聞いてんだぜ!」という白抜きの文面が目を引きます。その上には「誰でも思想と表現の自由を持っている‥‥」と述べられていますが、この辺がいかにもって感じです。あれ?この地球儀なんか変じゃない。赤の部分が陸地だと思うんだけど‥‥、いったいどこの大陸だ?これねぇ、よく見るとソビエト連邦と東欧諸国の地図になっているんですよ(東欧諸国とソ連邦との国境が丸点線で区切られているの見えるかなぁ)つまりターゲットエリアの地図なんです。なんか見慣れない地図だから変だなぁって思うんだけど、「ああ、東欧と、ソ連の地図なんだ」って判ったとたん印象に残りますよね。アイデア賞! RLでは、アルメニア、アゼルバイジャン、白ロシア、エストニア、グルジア、カザフ、キルギス、ラトビア、リトアニア、ロシア、タジク、タタールバシキール、トルクメン、ウクライナ、ウズベクのソ連邦構成民族の各言語を網羅し、RFEではブルガリア、チェコ、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキアなど東欧諸言語で放送されていました。ジャミングがかかっているとはいえ、RLなどは結構聞こえていましたが如何せん言葉が判らないのでレポートには至りませんでした。RFEだったかRLだったか定かではありませんが、「自由の鐘」が描かれたカードだったと記憶しています。 From Jan to Mar 2003 自由中國之聲 アジアの放送局第1号は「自由中国の声」です。本来なら、身贔屓と言われようとラジオジャパンをいの一番に挙げたいところですが、WRTHに広告掲載されていないので残念ながらも‥‥というところです。また規模的にいったら圧倒的と思われる北京放送も同じように掲載されていませんので悪しからず。なんとなく横滑りでファースト フロム アジアの座を射止めてしまったかのような自由中国の声でありますが、広告の方は中々堂々たる物でありませんか。英語版のWRTHに掲載するのに漢字が一番英語が二番なんて平気でやってのけるところ、これまた中華思想一直線! 「中國廣播公司」「自由中國之聲」なんて墨痕鮮やかに、しかも我が国もその昔そうであった様に右から左に書かれています。そして、台湾政権がやや侮蔑の意味も含めて「大陸」と呼ぶ中国本土が簡字略字運動で本来の意味すらわからなくなりつつあるのに対して國、廣、聲など旧字体が使われているところになんだか意志の強さを感じます。画像では判然としないと思いますが住所の欄には、灣(湾)號(号)なんて文字まで生き残って使われているところが凄い!画数が多くて台湾の子供たちは漢字練習が大変だろうな。 一番下に放送言語が載っています。ここは英語、フランス語、スペイン語、アラビア語と国際放送局の基本を押さえて、後は中国地方語や近隣諸国語とアジア重視が伺えますね。この広告の面白いところは放送言語のみならず使用周波数まで載っかっているところでしょう。放送言語はわかるんだけどね。「こんな言葉を使って放送してます」って宣伝にもなりますし‥‥。でも周波数はどうだろう?広告にまで載せるところは外には見かけません。当時は年4回大掛かりな周波数変更が国際局の通例だったのにWRTHのような年鑑に載せてしまうとは?「こんなに沢山の周波数を使って放送しています。」っていう自慢?それとも「混信だなんだっていわれても、もうこれ以外に変えられねぇんだよ!」っていう開き直り? さて、「自由中國之聲」の上に書かれた「中國廣播公司」について説明します。DX年鑑によると「中國廣播公司」は半公営の台湾最大の放送団体であるそうです。そして、その海外部が政府の委託を受けて華僑および外国向けに国際放送を行っています。その名称が「自由中國之聲」ということなんだそうです。もちろん、現在は「台北国際放送」という名称で放送を行っていますね。 From Oct to Dec 2002 Radio France Int ![]() このHPの構想を練っていた時から「表紙の放送局」ではラジオモスコー、VOA、BBCの順が決まっていました。で、その次に何処を紹介するか?これは迷いました。一番気に入っているドイチェベレ、そろそろアジアの放送局などとも考えました。結局、ひねり出したのは「イシ パリィ ラディオ フォンス アンテルナスィオナゥル」(こちらはパリ。フランス国際放送です。ってことですがフランス語っぽい発音って片仮名表記ではかなり無理がありますねHi) さて、広告に目を移しましょう。エッフェル塔の脇にセーヌ川が流れ、2ブロックほど下流に下ったまるでコロシアムのような建物、これがR France IntがあるORTFビルです。さすが、おフランスの放送局だけあって広告もお洒落でしょう?今でこそ、画像加工ソフトを使って家庭でも簡単に画像処理ができるようになりましたが、当時はそんなこと及びもつかない時代でしたので、この広告を見ていいなぁと気に入りました。 「あなたがレシーバーの使い方さえ知っていれば、何処に居たってラジオフランスインターナショナルを聞くことができますよ。」ってメッセージがありますが、はたしてどうだったか? まず、国際放送と銘打ちながらもアジア向けの放送はなかった。アフリカ横断領有という見果てぬ夢の跡である旧植民地、インド洋上に点在する海外県など向けのフランス語放送が大半を占め、あとはヨーロッパ各国向けにちょぼちょぼ。とにかく「おフランスが一番でございます。」といわんばかり中華思想丸出し、誇り高き自意識過剰民族だけに、国際公用語としての英語なんて認めたくないのか「Paris Calling Afirica」という英語番組がたった1時間組まれているだけ。しかも日本時間の深夜に!それから、DX年鑑には「英文レポートで十分だがフランス語放送には仏文レポートの方がよいだろう」なんてことが書かれているように「英文レポートは担当者の不興を買って没になることが‥」なんて噂もあったっけな。 そんなこんなで「何処に居たって聞くことができますよ」という触れ込みはダイアル小僧にとってはあてはまらず、その後中国中継が入るようになって、やっと聞いたのは2000年3月。21時から15195KHzでアフリカ向け英語放送でした。セネガルの大統領選はじめ内容もかなりしっかり聞き取れたのでレポートしたところ未だ音沙汰なし。英文レポートってことで没られたかなぁ?HI From July to Sept 2002 BBC ![]() ラジオモスコー、VOAと来たら次はBBC英国放送協会で決まりでしょう。82年当時、1日24時間のワールドサービス、38言語に及ぶリージョナルサービスと規模的な面から見ても上位ランクです。そして、なんといっても公正、公平、正確な報道を旨とするBBCの運営方針に信頼が集まり、世界中でもっとも聴取されている放送局という折り紙つきです。このことは、この年1982年に起こったアルゼンチンとのホークランド紛争にも端的に表われていて、英国防省の思惑通りの放送をBBCが受け入れないため、「ラジオ アトランティコ デル スール(南大西洋放送)」という宣伝、煽動のための軍局を開局したということを読んだことがあります。 さて、BBCについての思い出はベリ・ストーリーでもお話しているので別な角度からちょこっと述べてみたいと思います。まずは、広告の左上の写真をご覧ください。BBC海外放送の総本山、言わずと知れた「ブッシュハウス」です。このブッシュハウスも何度かベリカードとなっていますのでご存知の方も多いことでしょう。1935年の竣工というからもうすぐ齢(よわい)70ということになるのでしょう。まだこの社屋を使っているのであれば、まさに「英国人のこだわり」といえそうですね。 皆さんは、第2次大戦でのノルマンジー上陸作戦を描いた映画「The Longest Day(邦題:史上最大の作戦)」をご覧になりましたか。この映画には小僧の記憶に残っている印象的な一場面があります。それは、前夜、暗号であるヴェルレーヌの詩「秋の日のヴィヨロンのため息の‥‥」を繰り返し流すBBC放送を聴き、フランスのレジスタンスが上陸作戦決行を知るという場面です。BCリスナーとしてはたまらない場面ですが、本当にこんなことがあったんでしょうね。発信元はあのブッシュハウスだったのでしょうか、それとも英本土航空戦のため避難した地下壕からだったのでしょうか? ともあれ、規模、放送内容、そして歴史的エピソードとどれをとってもトップクラスの放送局であることは否めません。 From Apr to Jun 2002 Voice of America 東の横綱がラジオモスコーならば、西の横綱はいわずと知れたVOA、アメリカの声です。規模的にいうと1982年当時、40言語で海外中継局を含めて17箇所から送信されていたとあるので、モスクワ放送より劣るものの横綱の地位は微動だに揺るがないといった風格がありますね。VOA開設の歴史を振り返ると、1942年2月に対独放送として始まったそうです。広告の下の方を読むと、1982年2月24日で開局40周年を迎えたと記されています。よくよく考えれば、1930年に世界初の海外放送を行ったオランダから見ればかなり後発です。ちなみに我らが「ラジオ日本」でも1935年だそうですから、やり始めるまではのんびりでも、やりだすととことんやるというヤンキー気質はここでも発揮されているということでしょうか。さて、ヤンキーという言葉か出てきたところで、「VOAのインターバルシグナルってなーんだ?」というなぞなぞにはBCLなら「そんなの常識。ヤンキー ドゥードゥルさ!」答えることができます。このメロディー、あのモスクワ放送の「祖国の歌」とともに、各放送バンドで始終聞くことができました。では、「ヤンキー ドゥードゥルの歌は歌えるかい、おっとアルプス一万尺はダメだよ。」と問われたら?でしょう。さあそれでは、このダイアル小僧が「ヤンキー ドゥードゥル」の歌を教えて進ぜよう。BCLの教養として心して覚えるように! ♪ヤンキー ドゥードゥル いい気ななりして ロバに乗ってお散歩 腰の弁当は マカロニだーよ。‥‥ 本当かよーだって?本当っすよ!間違いないっす!小僧がまだ幼い頃、ビーバー(だったと思う)3人組がいろんな騒動を起こすアメリカアニメが放映されていました。一匹は野球帽をかぶり、けっこうヤンチャ坊主風。つづいて、ノッポで眼鏡をかけたインテリ風。そして最後はデブッチョおっとり風。みんな、タートルネックのセーターを着てすそを引きずるようにドタバタやっていたんだけど、そのマンガの中でこう歌っていたのを覚えたってわけです。このアニメのタイトルも3人組の名前も忘れたんだけどこの歌だけはなぜかしっかり覚えているんです。タハハかなりいい加減でごめんなさい。ヤンキー ドゥードゥルの本当の歌詞やこのマンガについてご存知の方メールでもくださーい。 ありゃりゃまた脱線しちゃった、気を取り直してまとめです。このVOAも徐々に縮小傾向にあるようです。しかしモスクワがそうだったように全世界を相手に!ということでなく、価値なしと見ればさっさと見切りをつける。これまたアメリカ的。いい例が日本語放送でTV普及によって短波放送に将来性なしと見るや1970年に廃止。2月28日の最終回では日本語課長フランク馬場さん涙のお別れ放送だったとか。 逆に、やるときゃやる!目一杯の高出力でわめき散らす。イランでの米人人質事件しかり、湾岸戦争しかり、そして今はアフガントラブルですか。「世界の警察官」を自負していることはよくわかるんだけどね‥‥ From Jan to Mar 2002 Radio MOSCOW ご存知、ラジオモスコーの広告です。1981年当時63もの言語であらゆる地域に向けて遍く強烈な電波を放っていた世界最強の放送局。短波だけでも一日のべ500波以上の周波数を使って、70数箇所の送信所から放送を送り続けたそうですから驚きです。定時になると、当時使われていたインターバルシグナル♪チャン チャ―ンチャ チャチャチャチャ チャン チャンという「祖国の歌」のメロディーが、どのバンドでもこれでもかという具合に聞こえていました。それどころかジャーだのギャーだのぼくらの耳を悩ませてくれたジャミングも大量に垂れ流していましたね。 番組は、社会主義国の盟主だけあって、社会主義や共産主義の優越性を盛んに宣伝していましたが、ヒット テン イン モスコーなど音楽番組なども楽しめました。音楽といえばワールドサービスの始めにかかるテーマ音楽、有名なロシア民謡である「モスクワ郊外の夕べ」のビッグバンド演奏が圧巻でした。ジャズの母国アメリカのVOAのジャズ番組も顔負けのジャージーな演奏は今でも耳の奥に残っています。「それなら録音してあるよー。」という方いらっしゃいましたらお便りください。 昔の栄華今何処。名前こそ「ロシアの声」とVOAの向こうを張っているようですが‥‥。インターバルシグナルも「じゃあな!」といって袂をわかったウクライナの首都であるキエフに建つはずであった「キエフの大門」。結局は建たずじまいだったため「展覧会の絵」という名曲のひとつに数え上げられることになったのだけれど、作曲者がロシアの大作曲家、あの偉大なムソルグスキーといってもねぇ。キエフはキエフ、モスクワにあらじ! 財政的にも苦しいようで、使わなくなった送信機を賃貸しするなど生き残りに必至のよう。 がんばれラジオモスコー改めロシアの声 |