ごあいさつ   
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 この度、当ホームページをご覧いただきありがとうございます。
 ダイアルキッドというハンドルですが、子どもの頃のニックネームに由来しています。私はダイスケと申しますので、子どもの頃のニックネームはだいちゃん、だいこん、だいぶつ‥‥その中にダイアルというのもありました。そこでダイアルキッドとあいなったわけです。もっとも、キッドなんて洒落た英語を使う分際でもないので、文中はダイアル小僧ということにしておきましょう。
 ダイアルといえば、憧れの高級受信機はチューニングダイアルがフロントパネルの中央に鎮座し、強烈な個性を発散していましたね。そう!名だたるBCL関連サイトの中で、敢然と自己の存在を主張し、BCL Dialの名に恥じぬようすべてのBCリスナーの指針(=Dial)たらんと欲し当サイトを旗揚げしたのでありまーーす。と高らかに叫びたいところですが、実は後ろ向き中年男の自己満足サイトなんです。

 ご承知のとおり1970年代後半から、82、3年頃まで、BCLの大ブームが巻き起こり、中学生だった私もその渦に飲み込まれ一時夢中になりました。しかし、その間収集できたベリカードは二十数枚、平均点以下のBCリスナーだったわけです。その後、進学や就職、結婚など生活環境の変化も伴ってすっかりご無沙汰となったのですが、ふと「日本のラジオ局全部聴けるかなぁ?」と思い立ったのが世紀末は1998年の暮れ。「あー、いるいる」ラジオ関連雑誌の投書欄やインターネットのBCL関連サイトに出戻りBCリスナー達が!今から25年程前、ダイアルをそろりそろりと回しながらお目当ての局を聞きつけ耳をそばだてていた仲間なんだなー。
 それから3年、新たな気持ちでBCLに取り組んでみるとこれがまた新鮮。それこそ小僧だった頃と比べてずっとよく分かる。伊達に歳とってきたわけじゃないんだなぁとやや安堵。ここらでホームページ立ち上げよーかなー。そんな思いがふくらんできたのであります。それじゃーどんなコンセプトで? 

 「BCLはベリカード集めにあらず」と苦々しげに当時のブームを批判したOT(old timer=先輩)も多かったけれど、私にとってベリカード集めの意味は今も大き地位を占めています。収集癖って多かれ少なかれあるんじゃないでしょうか。もともと男ってそうでしょう。我が子♂を見てもチョコエッグだ、トミカだとかなり夢中、そのうち飽きちゃうんだけどね。ベリカードとトレーディングカードとの決定的な違いはベリカードが「証し」であることでしょう。これぞ大きな魅力です。いついつどこで何を聞いたかの確たる証明は何万枚も刷られたカードをOnly Oneに仕立て上げるのですから。 それに、もう今日あたり届くだろうと期待を込めて毎日覗く郵便受け。届いた時の喜びや落胆?そしてカードがアルバムに収められると同時に心に刻まれるエピソードや思い出。やっぱりベリカードって大事ですよ。
 
 そこで、ベリカードに光を当て、当時の様子や世相なども振り返っていけたらと思っています。「人がもらったカード見てもなぁ。」という方も多いかと思いますが、「あーそれおいらも持ってるよ。」とか「そうそう当時そんなこともあったっけなー。」などと共感してくださる方、「おいおい確かこれはこうだったろー?」「それは違うんじゃないかい!」などのご批評やご批判も頂戴できれば励みになります。もちろんそれは、知っている人だけ見てちょうだいということではさらさらありません。むしろ、知らない人がこのサイトを通してBCLの楽しさを知っていただけたら更なる喜びです。
 
 パソコンに悪戦苦闘すること20年、クーイ世代のためかついつい文字が多くなってしまいます。駄文を弄しても思いの半分も伝わりませんがお付き合いください。

Dialgraphy   
       自叙伝はAutobiography、じゃあダイアルキッドの生い立ちといったらDialgraphyというわけで‥‥。

   ***KHzを西暦に読み替えてね***

KHz



























































       ダイアル小僧東京都中央区で誕生
1960





        海外放送初受信?!
1965
        小学校入学



        埼玉県大宮市(現さいたま市)に転居
        ゲルマラジオでBCL
1970   電子ボードで遊ぶ
        ラジオ関西(現 AM KOBE)受信 遠距離民放局初受信に成功

        中学校入学 無線クラブの門をたたく 
        友人と共同で5球スーパーを作るも音出ず
        BCLの何たるかを知り、コロムビア5球ホームラジオで海外放送を聞く
        世界最悪受信機UNICA UR-1AU購入
1975   入試終了ともに0−V−1の製作するも調整不能 高校入学
        BCL大ブーム到来とともに急速にBCL熱衰退
        深夜放送「大瀧詠一のGo!Go!Niagara」に夢中

        大学進学
        

1980
  フジテレビでアルバイト 放送局の内側を垣間見る。
        MizuhoプリセレクタSX-101を購入し、思い出したようにBCL再開
        アンテナカップラを製作
        就職に伴い川越市に転居  念願の通信型受信機八重洲FRG-7700購入
        登山に夢中、お山の上でBCLをとばかりにソニーICF-7600A購入


1985

        
        結婚して坂戸市へ転居

        長女(以下ドータT またはDaT)誕生

1990   次女(以下ドータU またはDaU)誕生

        第4級アマチュア無線技士の資格取得 幻の日本語放送RAE受信に成功
        6月3アマ、12月2アマと無線資格取得ラッシュ 再び転居


        長男(以下サン またはSo)誕生 1アマ取得
1995




        国内AM民放全局聴取を目指してBCL再再再出発 旅聞きの楽しさ実感!
        Mizuho中波ループアンテナUZ-8DX購入 Mizuhoラジオカウンタを発掘
2000  TV地上波放送視聴にも色気を出してICOM IC-R3購入、でも失敗!
        SONY ICF-SW1000T購入、これまた失敗  
        ホームページ BCL Dialを公開 みちのくBCL行脚の旅
        ゲルマニウムラジオ「トワイライトラジオセット」を製作
        新コンテンツDomestic BCを掲載 超再生検波ラジオを製作
        シングルスーパーヘテロダイン受信機を製作 0-V-2のレストアを実行
        短波0-V-2の高1化なる 伊良湖、新潟で旅聴きを楽しむ
2005  寝床ラジオ 中波1-V-1を製作 ウルトラダイン受信機を製作
       短波1-V-2最終改装
       憧れの高1中2短波受信機を製作
       高1中2機の感度向上狙って3球プリセレクタを製作

 
2010
    

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