『彼』には、囲碁に於ける天賦の才があった。
其の実力により、『彼』は大君の指南役にまで上り詰めた。
口さがない都人の中には『彼』が其の類稀なる美貌で大君を誑かし、
其の地位を手に入れたと噂する者も居たが、『彼』にとっては瑣末事であった。
大君は己の実力を御存知であり、囲碁の指南に対して信頼を得ている……其れだけで充分である。
それよりも、大好きな囲碁を打つ事を務めとする幸運を手にしたことが何より嬉しかった。
日々神の一手を極める事を目標とし、毎日囲碁を打って暮らす……
そんな幸せが何時までも続くと信じていた。
そう、あの日まで―――
それは、いつものように大君への指導碁を終え、労いの御言葉を掛けて頂いた席での事。
「大君、差し出がましい真似をお許し下さいませ。……私は常々思っておりましたが……。」
恭しく平伏したまま、じろりと横目で佐為を睨みながらもう一人の指南役である男が進言した。
「現在私めと佐為、二人が僭越ながら大君に囲碁を御指南致しておりますが、
一つの局面に於ける指導がそれぞれ違えば大君とて困惑致しましょう。
……指南役は一人で充分、とは思いませぬか?」
この男が己を疎んでいるのは知っていたし、この男のやり口を佐為はあまり良くは思っていなかった。
だが、それでも囲碁に関しては確かに優れた男。故に表立った諍いも無く今まではやってきた。
其れを此処に来て己を蹴落とす真似に出たか。
不快感を表に出さぬよう、佐為も平伏したまま大君の返答を待つ。
「ふむ……余はそなたも佐為も、囲碁に於いては同じく信頼しているが……佐為、そなたはどう思う?」
「私は、……主上の御心のままに。」
敢えて賛同も反論もせず、佐為は全てを大君へと委ねる。
「しかし、一人に絞るなると……。其の実力、両者とも伯仲しておる故……優劣などつけ難いものよ。」
大君の言葉を受けた男は、ここぞとばかりに提案する。
「さすれば対局にて雌雄を決し、勝者のみをお召し戴く……というのは如何で御座いましょう?」
「……そなたがそうまで申すのであれば、余に異存はあらぬが……如何する、佐為?」
ならば、受けねばなるまい。共に囲碁を極めんとする者として。
「主上がお望みでしたら、私も持てる力の限りを尽くし、応じてみせましょう。」
互いの持てる力をぶつけ合い、そして高みを目指す喜び。
勝ち負けなど関係ない……ただ、佐為は知りたかった―――神の一手を極める術を。
個人的な感情など抜きにして、純粋に対局を楽しみにしていた佐為であった。
だが―――
御前で催された、対局の当日。
当代きっての棋士が、囲碁指南役の座を賭けて争うとあらば、見物人も多く。
衆人が固唾を呑んで見守る中、二人は黙々と石を打つ。
実力伯仲の者同士、取りつ取られつの攻防が続き、盤面互角で対局が進んでいた。
そして―――其れは、本当に偶然だったのだ。
佐為がふと男の碁笥に見出した、漆黒の闇を閉じ込めたかの如き黒石のうちに、
一つ異彩を放つ真白き石。
珍しい事もあるものだ、と漠然と思った佐為の目に映ったは……
男が、事も無げに其の白石を自分のアゲハマへと移す姿。
全く悪びれもしない男の行為の卑劣さ、浅ましさに佐為は失望を禁じ得なかった。
……共に神の一手を目指すべく戦っていたと思ったのは、己だけであったか。
そうと分かればこれ以上の対局は無意味。小さく溜息を付くと、佐為は意を決する。
「そなた、今―――」
佐為が声を上げようとした、その時。
「おい貴様!!今、碁笥に混じっていた黒石を自分のアゲハマにしたな!!」
声高に叫び非難した男の言葉に、刹那佐為は言葉を失う。
「なっ……?!」
「見ていたぞ!!皆の目が盤上に注がれているのを良い事に、碁笥に混じっていた私の石を
アゲハマにしたではないか!!」
―――其れは、今正に眼前の男が為した事ではないか。
あまりに厚顔無恥な其の言い草に、流石の佐為にも腹立たしい思いが湧き上がる。
「な、何を言う!それは今そなたがやった事ではないか!!」
負けじと佐為も糾弾するが、最早完全に開き直った男はふてぶてしくも言い放った。
「はっ!これはなんとつまらぬ言い訳!!」
大君の囲碁指南役ともあろう二人の突然の言い争い―――しかも御前での対局でありながら
勝ちを焦り、心卑しくも不正な行為を行ったとあっては……見物していた者達もざわめき始めた。
「見苦しい……静まれ!」
だが、喧騒はその場に響き渡った大君の一声に鎮まる。
水を打ったように静まり返った宮中に、厳かなる大君の声が続いた。
「そのような下卑た行為が余の前で行われたなどと考えたくもない。……続けるが良い!」
「……。」
心の動揺を抑えきれぬ佐為に、最早勝機は無し。
盤上の石は、眼前の男の勝利を雄弁に物語っていた。
「……全く、好敵手と思っておったのは、私の方だけだったようですな。
賢しい小細工を弄してまで勝利を得ようとするとは……まこと浅ましき限り。
このような者と並び称されていたとは甚だ不快であります。」
下卑た笑いを浮かべて佐為を見下す男の嘲りに、佐為は拳を震わせ、唇を噛みしめて耐える。
「もう良い……。今この時を持って藤原佐為の指南役の任を解く。……下がるが良い。」
倦み疲れた声音で大君が言い放った言葉が、佐為には何処か遠くの事のように聞こえた。
「……はい。」
平伏したまま辛うじてそれだけ答えた佐為は、大君が退室したのを認めると直ぐに立ち上がり、
涙を堪えて部屋を飛び出した。
しかし、佐為の身に与えられる屈辱はまだ始まったばかりであったのを佐為は知らなかった―――
「……っ……くっ……。」
宮中の片隅に植えられた紅葉の木の幹に顔を押し当て、嗚咽を堪える佐為の背後から
嫌味混じりの声が掛けられる。
「まこと、見苦しきものよ。大君に色仕掛けで取り入ったは良いが、いざ実力を問われれば小賢しい真似を。」
扇で煽ぎながら大仰に肩を竦めて歩み寄る男を、佐為はきっと睨みつける。
「貴方が為した事、私は真実を知っております!貴方とて、私が色仕掛けなどでのし上がった訳ではない事を……
私の実力を知っておりましょう!!そして、知っているからこそ、あのような、姑息な真似をしたのでありましょう!!
……そうまでして貴方は、指南役の地位が欲しかったのか!?」
佐為の悲痛なまでの謗りに、しかし男は動じる風でもなく。
「ああ……欲しかったさ。貴様を蹴落としてでもな。いや、寧ろ……如何な手段であれ、
貴様を蹴落とせれば其れで良かったのだ。」
「!!」
衝撃を隠せない佐為に、男は何処か厭らしさが滲み出た眼差しを向ける。
「此れより如何するつもりだ?先刻の件は直ぐに都中に広まるであろう。
そうなれば、賢しい誤魔化しをしたと後ろ指指され、都を追われることになろうぞ?」
「……。」
「だがのう……其れでは貴様があまりに不憫ゆえ、貴様の今後の身の振り方を考えてやろうと思うたのだ。」
馴れ馴れしく肩に置かれた手に不快感を露にした佐為であったが、男の言葉に訝しげな視線を送る。
「……一体、何を考えておられる?」
「なあに、互いにとって良い事よ……貴様を、我が囲い女にしてやろう。
そうすれば、不自由なく暮らせる程度の施しはしてやろうぞ?」
にやにやと笑いながら紅葉の幹に佐為の身体を押し付けた男の言葉に、佐為は刹那面食らい……そして、激昂する。
「なっ……私を侮辱するにも程がある!!そもそも私は……!!」
「女、だろう?……気付いておらぬとでも思ったか?」
佐為の耳元に熱い息を吹きかけながら、男は醜悪に唇を歪めて笑った。
其の言葉にさっと蒼褪めた佐為は、震える声で男に問う。
「……何故、それを……?」
佐為の呟きを聞いた男は刹那瞠目し……そして、更に下品な笑いを浮かべた。
「貴様が実は女だという噂、まさかとは思っておったが……本当であったとは!!」
カマをかけられていただけだと気付いた時には、時既に遅し。
「違います、そんな……んんっ……!!」
否定の言葉を紡ごうとした唇は、男の其れによって封じられた。
驚愕に目を見開いた佐為が、我に返り男を払い除けようと振り上げた手はあっさりと掴まれ、
幹に押さえ込まれる格好となる。
「ん、……くぅ…っ……!!」
薄く開いた唇の隙間から男の舌が差し入れられ、口腔を蹂躙する感触に戦慄が走った。
佐為の歯をなぞり、舌を絡め取られ、口の端からは飲み下しきれなくなったどちらのものともつかぬ唾液が伝い落ちる。
ようやく解放される頃にはすっかりと息が上がってしまった佐為は、唇を手の甲で拭いながら荒い呼吸を繰り返した。
「っ……何をする……!!」
「男と女がする事と言えば、一つしかあるまい?」
「私は、女ではない!!」
にやにやと笑いながら狩衣に手を掛ける男を睨みつけて佐為は恫喝するが、
先刻の言葉に動揺したのを見逃す程、男は鈍くなかった。
「剥いてみれば分かる事よ。……まあ、貴様が男だとしても、それもまた一興。」
「なっ……止めっ……!!」
さしたる抵抗も出来ぬうちに地に組み敷かれ、佐為の長い黒髪が砂の上に弧を描く。
男は呆気に取られた佐為の帯を解き、狩衣を脱がし、指貫も剥ぎ取る。
そうして単姿にされるに至ってようやく我に返った佐為は必死に抗おうとするが、腕力の差は歴然であった。
これ以上脱がされては……願いも空しく男の手は佐為の単の襟に掛けられる。
乱れた襟元から垣間見えた白い膨らみの存在が、男の目を引き好色な欲望を掻き立てた。
「可愛げのない、小綺麗な顔をした取り澄ました男とばかり思うておったが……。」
ごくりと喉を鳴らすと、男は手を差し入れて佐為の乳房を鷲掴みにする。
「痛っ!!……いやぁっ……!!」
力任せに揉みしだかれた痛みに、佐為は思わず声を上げた。
「安心せい、女と分かれば話は別だ。たっぷりと可愛がってやろうぞ。」
男は佐為の胸に顔を埋めると、其の芳しき匂いを楽しみながら柔らかな乳房を舐り始める。
ぴちゃぴちゃと音を立てて舐め回す舌の感触のおぞましさと、己が身をいいいように弄ばれているという屈辱に、
佐為の瞳から涙が零れ落ちた。
「ひっ……!!」
男の指が紅くせり上がり始めた突起を摘み、捏ねるように転がすに至り佐為の唇が戦慄く。
「ほほう……随分と感じ易いものよ。大君に色仕掛けで取り入ったという噂も本当であったか?」
「そんな、違っ……あっ!!」
「囲碁だけでなく女の扱いも手解きしておったか?とんだ指南役もあったものだ。」
「やっ……違う、と……言って、いる……ひゃんっ!!」
絶え絶えに否定の言葉を紡ぐものの、佐為は最早逃れる事叶わず、男の執拗な愛撫に翻弄されるのみであった。
辱めを甘んじて受ける訳にはいかない……斯くなる上はと舌を噛み切ろうとした佐為の意図を察し、
男は咄嗟に衣の裾を丸めて口に押し込む。
「んんっ……!!」
言葉と共に純潔を守る手段をも封じられた佐為は瞠目して暴れるが、男は解いた佐為の帯を用い、
両の手首を縛めて木の幹へと括り、其の自由を奪った。
「全く、手合の時と同じく油断も隙もない女よ。」
「ふっ……んんんっ……!!」
佐為は唯一自由になる視線を向けて非難するも、男は意に介した様子も無く佐為を嬲り続ける。
乳房を弄んでいた手が脇を辿り、臍を撫で、そうして次第に下腹へと近付いていった。
「さあて、此方はどうなっておるか……拝ませて貰おうか。」
下卑た笑いを浮かべながら、きつく閉じられた佐為の膝を開かせる。
「っ……!!」
女の部分を晒され、まじまじと見つめられた佐為は羞恥のあまり顔を背けた。
男の指が探るように秘部を辿ると、其の感触に怖気が走る。
「ふむ、あまり濡れておらぬではないか……これでは辛かろうぞ。」
言いながら男は顔を寄せると、ぴちゃりと音を立てて其処を舐め上げた。
「ひっ……うぅ…んっ!!」
生温かく湿った舌に舐め回された佐為の肌は粟立ち、身を震わせる。
「少し慣らさぬといかんようだの。」
男は無骨な指で花弁を掻き分けると、其のとば口を探り当てた。
滲んでいた愛液を絡めて濡らした中指に力を込め、つぷ、と押し込んでいく。
「んんっ、……ふっ……っ…。」
異物が侵入してくる感触が分かり、佐為は首を振った。
内壁を擦るように探る指の動きがひどくおぞましく、気持ち悪い。
……なのに一方で、身体の奥がじわりと熱くなるような、この感覚は一体……?
初めての経験に戸惑う佐為の様子に気付いた男は、にやりと笑いながら言った。
「ほお……どうやら貴様は囲碁だけでなく、此方の探究心も貪欲なようだ。」
「っ……くぅんっ……!!」
佐為を蹂躙する指が増やされ、内を掻き混ぜるかのごとくばらばらに動かされる。
指が蠢く度に其処はくちゅくちゅと卑猥な音を立て、佐為を苛むのであった。
宮中で斯くも下劣な振る舞いに及ぶとは……誰かに見咎められれば、当然この男も無事では済むまい。
なのに何故、この男は不遜にも己を辱め続けるか。
佐為の疑念に気付いたのか、男は顔を上げると意地の悪い笑みを浮かべて佐為を絶望の淵へと叩き落す言葉を囁く。
「ああ……助けを求めても無駄よ。……先刻の手合いについて、折り入って貴様と話したい事があるゆえ、
と大君に誰も後追いせぬよう人払いを御頼み申しておいた。安心して痴態を晒すが良いわ。」
「っ……!!」
「尤も、見られても良いのなら話は別だが……貴様が淫らに乱れる姿、世の男共にはさぞかし扇情的であろうぞ?」
恥を知らぬ其の物言いに、身を弄ばれる悔しさに……そして、身体の奥底から少しずつ湧き上がってくる熱に、
佐為の頬を涙が零れ落ちる。
「んんっ…っ……。」
心とは裏腹に、男を受け容れ始める身体の変化が疎ましい。
「ふむ、大分濡れてきたようだの……そろそろ頃合か?」
男は佐為の両脚を担ぎ、男の唾液と愛液で濡れそぼった女陰を露にすると己が陽根を押し当てた。
「ん……くっ……んんんっ……!!」
元々色白であった顔からはすっかり血の気が失せ、これから行われるであろう蹂躙に対する恐怖に首を振る。
「ふん、往生際が悪い女よ。こうなっては最早逃れられぬわ……腹を括れい!」
男は怒張した其れで佐為の秘所を二、三度撫でると、蜜口に押し当て情け容赦なく侵入していった。
「ふぅっ……うぅんんんんっ!!!」
身を裂かれるかのような激痛が走り、佐為が端正な顔を苦痛に歪め、くぐもった声を上げる。
「くっ……きついのう……力を抜かぬか!」
まだ狭い内壁を押し広げるように、男の逸物が無理矢理捻じ込まれていった。
一旦根元まで咥えさせると、男は大きく息を吐く。
暫し佐為の中の感触を味わった後にゆっくりと引き抜くと、愛液に混じって破瓜の血が滴り落ちた。
「おやおや……てっきり大君の御手付きかと思いきや、生娘であったか。これはすまぬ事をした。」
にやにやと薄ら笑いを浮かべながら心にもない詫びの言葉を囁くと、男は再び其の凶器で佐為の身体を貫く。
「っ……ふ、ううっ……!!」
何とか逃れようと身を捩る佐為の腰を確乎りと掴んで律動を始める男に翻弄され、
きつく閉じられた瞳からは止め処も無く涙が溢れ伝っていった。
身体の方はというと、本能的に痛みを和らげるべく愛液を滲ませ、其れが血と入り混じって男の動きを助けている。
「ほお……随分と淫乱な身体よの。これはなかなか仕込み甲斐がありそうだ……。」
嗜虐的な欲を刺激された男はわざと音を立てるように激しく挿出を繰り返しながら、言葉によっても佐為を辱めた。
「……んっ……ぅんんっ……んっ…!!」
熱い肉塊が佐為の奥を突く度、得体の知れない衝動が背筋を這い上がってくる感覚に佐為がびくん、と身体を震わせる。
其のきつい締め付けに、男の方も抑えが利かない。己が限界を悟って動きを早めていった。
「くっ……出すぞ……っ……!」
呟きながら男は深々と佐為を貫いたまま腰を止めると、佐為の内へと精を放つ。
「ふ……んんんっ……!!!」
こんな……穢らわしい、忌まわしい……嫌、いや……!!
言葉にならない悲鳴を上げながら、佐為もまた初めての高みへと追いやられていくのだった。
荒い息を繰り返しながら、男が佐為から己を引き抜く。
脱力した佐為の口を封じていた布が外され、ようやく蹂躙から解放されたと思った佐為が大きく息を吸った、其の時。
「んんっ……!!!」
独特の臭気を持つ、男の逸物が口に捻じ込まれた。咄嗟に抗う事が出来ず、佐為は瞠目して狼狽える。
「これで終わりと思うたか?……とんでもない、まだまだこれからよ。貴様の所為で汚れてしまったゆえ、
其の口で清めて貰おう……おっと、歯を立てるでないぞ。舌と唇で優しく扱うのだ。」
先刻まで己の中を犯していたモノを、今度は口に咥えさせられた。
「ん、くっ……ぅんんっ……!!」
身を捩り、逃れようとする佐為の頭を押さえ、男は強引に口淫を促す。
込み上げる吐き気を懸命に堪え、涙を浮かべながら奉仕する様は男の欲望を増幅させていった。
「其の顔、何時か屈辱に歪ませてやりたいと思っておったが……いざ目にしてみると随分とそそられるのう。」
「っ……んんっ……!!」
「おお……好いぞ、囲碁の指南はならずとも、此方の才能もあるではないか。」
侮蔑の言葉を投げ掛け、充分に膨れ上がった陽根を佐為の口から離すと、
最早抵抗する気力を失い脱力したままの佐為の女陰へと押し当て其の身を貫く。
「あ、ああっ……はっ…あぁっ……!!」
其の衝撃に、解放された唇からは悲鳴とも嬌声ともつかぬ声が上がった。
既に一度絶頂を迎えさせられた身体は、先刻放たれた精と愛液を潤滑油にして左程苦も無く男を呑み込んでいく。
大分行き来がし易くなった佐為の内の感触を存分に味わうように、男は再び律動を始めた。
「実に良い声で啼くのう……もっと乱れ狂うが良いわ!!」
満足げな笑みを湛えたまま男は佐為の身体を掻き抱き、衝動の赴くまま己が楔を穿つ。
「やっ……あ、ああっ……!!」
些か甘さを含んだ其の声が、仄かに紅色に染まった肌が、苦痛のうちに悦楽を垣間見せる表情が……
全ての所作が男を煽り、昂ぶらせた。
己を骨の髄まで貪るような激しい情交に、佐為はきつく瞳を閉じる。
何にも見えない。何も聞こえない。何も感じない……。
痛くない。苦しくない。悲しくない。辛くない……。
ただ、時が過ぎ行くのを待てば良いのだ。
繰り返し念じてひたすら耐える佐為を嘲笑うかのように、男は積年の恨みを晴らすかの如く
執拗に其の身体を犯し続けたのだった―――
「……先刻の話、本気で考えようぞ。」
散々嬲られ続け、起き上がる事も出来ない佐為に申し訳程度に衣を掛けながら、男は醜悪な笑みを浮かべる。
「指南役を廃され、我が障壁となりえなくなった今となっては、貴様を囲ってやる事にやぶさかでないぞ。
……其の身体、捨て置くには惜しい上玉よ。」
「……かつては共に囲碁の腕を競い、磨きあった私を……浮かれ女と蔑み弄する、か……。」
微かに呟いた佐為を、男は乱れた衣を正しながら一瞥した。
「最早貴様は大君の覚えめでたき者に非ず。姑息な手を用いた卑怯者と後ろ指指される存在であると肝に銘じよ。」
「……。」
あまりに猛々しい男の言葉に、しかし佐為は二の句が継げず押し黙る。
「まあ、貴様とて直ぐには受け容れられまい。長考する時間くらいはくれてやろうぞ。私も心が広い男よのう。」
高らかに笑いながら去っていく男の後姿を、佐為は呆然と見送る事しか出来なかった。
我に返った佐為は陵辱の痕がまざまざと残る身体を鞭打つと、砂と体液に塗れた衣を纏い、
人目につかぬよう身を潜めつつ牛車に戻る。
「佐為さま!!一体其の姿は……!?」
内裏の外で主を待っていた牛飼童が驚いて問うが、佐為は小さく命ずる。
「……転んだのです。早く帰りましょう。」
「そんな、しかし……!!」
「早く!!」
有無を言わさぬ佐為の尋常ならざる様子に気圧され、童は慌てて牛車を走らせるのであった。
斯様な姿を女房達に見られる訳にもいかず、屋敷から少し離れた路地裏で車を降り、
ほうほうの体で自室に辿り着いて佐為はようやく人心地ついた。
童に身を清める為の水を運んで来させると、汚れた衣を忌々しげに脱ぎ捨て、
盥に張った水に浸した布で丹念に身体を拭いていく。
白い肌の其処かしこに残る紅い痕に気付く度、あの男の顔が、おぞましく這い回る舌や手の感触が
脳裏を過ぎって何度も吐き気を催した。
嘔吐感を堪えながらも何とか終わると新たな衣を纏い、身体を拭った布を濯ぎながら佐為は深い溜息をつく。
ふと視線を手元に落とすと己の手首に残る縛めの痕が目に入り、佐為の瞳からぽたりと涙が零れて水面に波紋を作った。
―――この身が男であれば、少なくともこのような目には遭わずに済んだであろうに。
佐為の類稀なる囲碁の才に気付いたのは、其れを教えた父であった。
碁の奥深さにすっかりとのめり込み、めきめきと腕を上げた佐為が何時しか教授した父を負かすに至り、
其の貪欲なまでの囲碁に対する情熱に父はほだされる。
「うむ……そなたが男児であれば、其の手腕を遺憾無く発揮できたであろうに……まこと、惜しいものよ。」
愛娘の才能をこのまま埋もれさせるにはあまりに勿体無いと、父は突拍子もない一計を案じた。
―――其れは、佐為を男として出仕させる事。
同じ年頃の病弱な異母弟に代えて佐為を男として元服させ、殿上を許された後に大君の囲碁相手として推薦する。
そうすれば、数多の強者と切磋琢磨し、彼女の才を花開かせる事も出来るやも知れぬ。
「佐為……もしも事が露見すれば、主上を謀った罪に問われるであろう。
一族郎党に累が及ぶのは勿論、そなたも無事ではすむまい。
……其れだけの覚悟が在るのならば、私が責を負うゆえ……やってみるが良い。」
父の真剣な眼差しに、事の重大さに、刹那佐為は言葉に詰まる。
しかし、既に佐為の心は決まっていた。
―――もっと、碁を打ちたい。そして……。
「出仕をさせて下さい、父上。私は……囲碁を、神の一手を極めたいのです。」
そうして男として出仕し、囲碁に対する飽くなき探究心を買われた佐為は実力を以て
大君への指南役という座にまで上り詰めたのだった。
だが……其の結末が、賢しい誤魔化しをしたという汚名と、そして―――女であるこの身に対する辱めとは。
先刻の記憶が再び脳裏にまざまざと蘇り、佐為は震えながら己の身体を抱き締める。
「うぅっ……くっ……。」
部屋の中央に置いてあった愛用の碁盤に縋り付き、伏すとそのまま泣き崩れた。
悔しさ、悲しみ、そして怒り……様々な感情が入り混じった涙が碁盤に吸い込まれていく。
いつしか泣き疲れた佐為は、そのまま深い眠りへと堕ちていくのだった。
差し込む朝日の眩しさに目を覚ますと、佐為は碁盤から顔を上げる。
己の身の上に起きた出来事が夢であったら良かったと思いつつも、身体の節々に残る痛みが、
否応なしに佐為に現実を思い知らせていた。
「……っ……。」
佐為は再び込み上げて来る嗚咽を必死に堪えながら、己の処遇を考える。
汚名を着せられ、指南役を除籍されては最早都では立ち行くまい。
それに、あの男に弱みを握られた今、生き恥を晒す気は更々無かった。
一族に……父に累が及ぶのだけが気掛かりであったが、今の己に為す術はない。
大君と父に対する謝罪の文をしたためると、佐為は静かに筆を置いて身辺の整理を始めた。
其の日の夜更け。
佐為は誰にも見咎められぬよう、闇に紛れてそっと都を離れた。
風光明媚と謳われ聞いた事のある其の地に辿り着くと、生い茂る薄を掻き分け、湖のほとりへと歩み寄る。
閑静な美しき景色を目にした佐為は小さく息を吐き、おもむろに懐から笛を取り出し、楽を奏で始めた。
大君の指南役として囲碁を打ち続けた幸せな日々を思い出し、佐為の瞳から止め処も無く涙が零れ落ち続ける。
そうしてひとしきり曲を終える頃には、煌々とした朝日が昇る刻限となっていた。
ざわざわと薄を揺らしながら一陣の風が吹き抜けると、長い黒髪がふわりと空を舞う。
暖かく優しい日の光に照らされ、佐為は暫し風の流れに身を任せていた。
最期に、この美しい景色を目に焼き付け……そして、逝こう。
―――どれ位の時間、其処に佇んでいたであろうか。
佐為は意を決して沓を脱ぎ、先刻まで愛でていた笛と共に揃えて岸辺に置くと、ゆっくり湖の淵に歩み寄り、
冷たい水へと足を踏み入れた。
一歩進むたびに波紋が広がる様を感慨深げに見つめながら、徐々に深みへと身を沈めていく。
己でも驚くほど心穏やかで、死に対する恐怖というものは感じなかった。
……尤も、この身に降りかかった災厄の衝撃が大きすぎて、感覚が麻痺してしまっていたのかも知れないが。
腰の辺りまで水に浸かったまま空を見上げた佐為の頬を、一筋の涙が伝い落ちる。
心残りは、一つだけ―――
もっと……もっと、碁を打ちたかった。
私はまだ……神の一手を極めていない。
そんな彼女の念が愛用していた碁盤に宿り、遥かな年を経て新たな物語を紡ぐのだ―――
《了》