ざく、ざくと、纏わり付く砂の感触にもめげず、歩みを進めていくアキラの背後に、付かず離れずの距離でちょこまかと見え隠れする時人の影。
「まったく……一体いつまでついて来る気ですか?」
大仰に肩を竦めながら振り返ったアキラは、既に何度目か分からない問い掛けをする。
「お前が僕の相手をするまでだ!!」
時人の方も、もう何度同じ答えを返したことやら。
「だから、私はあなたの相手をする気などない、と何度も言っているでしょう?いい加減諦めてください。」
「っ……諦めてたまるか!!」
そんな押し問答を繰り返し、気が付けばかなり日も傾いてきていた。
「さて……砂の中での野宿は嫌ですからね。今日はもうこれ以上進むのは止めておきましょう。さっき通ってきたところに、休むのに手頃な木々が生えたところがありましたから、今日の寝床はあそこにしましょう。」
アキラはそう結論付けると、くるりと踵を返してあらかじめ目星をつけておいた湧き水のある地域へと歩き始める。
「おい、待てってば!!僕を置いていくなよ!!」
そんなアキラの聞こえよがしな独り言を耳にした時人は、慌ててその背中を追いかけていった。
* * *
慣れない砂地を一日中歩かされた時人が、顔を顰めながら砂だらけの靴を脱ぎ、裸足を曝して冷たい湧き水に浸す。
「ふぅ……。」
ひんやりとした感触に、漸く人心地ついた時人が安堵の溜息を付いた。
湧き水、といっても周りには石が並べられ、ちょっとした岩風呂のような形に整備されていた。人一人くらいなら充分入れそうな状態である。恐らくそういう目的に造られているのであろう。
砂と汗でべたべたした身体も、ついでに洗い流そうかな?……どうせあいつは、目が見えないし。
自分でも呆れるくらいの警戒心のなさだとは思うが、それでも砂まみれの不快な状態でいるのも嫌だった。
帯を解き、晒しを緩め、そうして一糸纏わぬ姿になった時人は湧き水へと身を浸した。
「冷たっ……!」
足だけなら心地良い冷たさだった水だが、全身となるとやはり寒さを禁じ得ない。
やっぱり足だけにしておけば良かった――そう後悔した、その時。
「ここいらは昼間と違って夜は冷えるんですよ?そんな風に不用意に浸ってると風邪を引きますよ?」
「ひゃあっ!!」
突然背後から声を掛けられ、時人は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
どうせ見えないと分かっていてもつい胸元を隠しつつ、時人は照れ隠しに声を荒げて応じる。
「人の勝手だろ!!……つかこっち見るな!!」
「いえ、どうせ見えませんから……とにかく、あまり長い時間入っているのは身体を冷やしてしまうので感心しませんよ?」
「うるさいなぁ!……っくしゅん!!」
「ほら、いわんこっちゃない。こっちで火を起こしてありますから、当たったらどうですか?そんなんであなたが風邪を引いて、私のせいにされても困りますからね。」
「……ふん。しょうがないなぁ。言う通りにしてやるよ。」
不貞腐れたようにぷい、と横を向いて、それでも素直にアキラの言葉に従って水から上がり、簡単に着物を羽織って後ろについて来る時人が何だか可愛らしい。
「っ!!何笑ってんだよ?!」
「いえ、別に。」
「……絶対、負かす!!」
「だから相手などしないと……。」
いい加減懲りない時人に何度目かの拒絶の言葉を紡ごうとしたアキラに、ふと悪戯心が湧く。
「ああ、それとも……別の意味でお相手願いましょうか?」
「本当か!?」
漸く相手をする気になったか?と期待の眼差しを向ける時人の両手首を素早く掴み――アキラは時人の身体をその場に組み敷いてしまった。
「なっ……何の真似だっ!?」
盲いた瞳で時人を覗き込むアキラの顔には、どこか人を小馬鹿にした、意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「だから……夜伽のお相手なら、お願いしましょう。……という事です。」
「……!!」
熱い吐息と共に囁きを注ぎ込まれ、時人がびくん、と身体を竦ませた。
そんな時人の様子に、少し脅かし過ぎたかという罪悪感はあるものの、まぁいい薬になっただろうと思い直し、アキラは小さく溜息を吐いて手を放す。
「嫌でしょう?……だったら、これ以上私の周りに纏わりつかないで下さい。」
そう言って呆然とする時人を解放すると立ち上がり、くるりと背を向けたアキラに微かな声が届いて耳を疑った。
「……、じゃない。」
「はぁ……?」
思わず振り返ったアキラに、今度ははっきりとした時人の声が聞こえる。
「嫌じゃない、って言ってるだろ!!」
半ば泣きそうな顔で、真っ赤になって、肩を震わせて――それでも、懸命にアキラを引き止めようとする時人の姿がアキラにもし見えていたら、きっと衝動のままに抱き締めてしまっていただろう。
……何しろ、見えていない状態ですら、そんな衝動に駆られたのだから。
「何て事言うんですか!!少しは自分の身を大切にしなさい!!」
自分で言っておいて何だがと思いつつ、アキラは時人に恫喝する。
「言われなくても僕は自分が大切だ!!でも……お前になら、いいって言ってるんだ!!」
それは――もしかして、告白というやつなんだろうか?
しかし、何だか眩暈がするのは気のせいだろうか。
くらくらする頭を抱えながら、アキラは大きな溜息を吐いた。
「時人……あなたは言葉の意味が分かって言ってますか?」
「馬鹿にするな!!僕だって本当はお前なんかよりずっと年上なんだぞ!!」
少年と見紛う時人の輪郭が霞んだ、次の刹那。
ふわり、と長い髪が広がり――伯父である村正に、母である姫時に似た美しい女性がアキラの前に現れる。
「……これでも、僕を子供扱いする気か?」
傍から見れば『妖艶なオネエサマが少年を誘惑している図』と言えなくもない――実体はともかく。
「幾ら外見を変えたところで、結局中身は子供ですよ。まあどうせ私には見えていませんが……。とにかく、中身相応の姿の方が、まだ可愛げがあるというものです。」
「ぐっ……!!」
アキラの指摘に返す言葉のない時人は押し黙り、元の姿へと戻る。
「……まぁ、どうしてもというなら……大人扱いするとしましょうか。」
言いながらアキラは時人の頭を押さえつけ――半ば強引に唇を重ねた。
「ん、んんんっ……!!」
息苦しさに薄く開いた唇の隙間から、時人の口腔にアキラの舌が入り込む。
「ふっ……んぅんっ……!!」
歯列をなぞり、戸惑う時人の舌を絡め取った。
――何、こいつ……何でこんな、テクあるんだよ……!?
「……狂と一緒に行動していた時は、遊郭が宿代わりになった事も一度や二度ではありませんから。」
漸く解放され、荒い呼吸を繰り返す時人の顔に浮かぶ疑問を読み取ったアキラが苦笑して答える。
「狂にフラレて暇を持て余したオネエサマ方に、よく遊ばれたものですよ。……お陰で、ある程度そういう方面の技巧には自信がありますが……あなたの身体で試してみましょうか?」
「っ!!上等だ!!」
売り言葉に買い言葉という気もしないでもない――が、本当に嫌いならこんな事はしない。
どうにもひねくれていると思いつつ、互いに身体を重ねていった。
《了》