まぼろしの広島市民球場観戦記
(京都府・ふさ千明)
念願の広島へ
広島市民球場。市民球団カープのホームグラウンド。樽募金や涙の初優勝など数々の伝説の舞台。行ってみたい、行ってみたいと思い続けて早幾星霜。なかなか機会に恵まれないまま、昨年広島を飛び越して福岡ドームには行き、ついには全フランチャイズ球場で行ったことのない唯一の球場になってしまった。
そんななか2003年8月30日。休みと試合開催がようやく合致したため天気予報は不吉な表示をしていたが強行的に出発。対策として早朝に京都を出発し、午前中から昼過ぎにかけては宮島観光に費やした。これで野球観戦がダメになっても交通費のもとは取ったと自分に言い訳できる。
宮島から広島市内に戻ってくると、すでに雨が。ひと休みして球場に電話すると「やる方向で準備してます」とのことなので傘さしながら向かう。広島電鉄の原爆ドーム前電停下車。目の前に広がる球場。ついに来た。感慨深く眺め、次の瞬間試合開始2時間前なのにごった返す人の数にびびって入場券売り場を探しに走る。

指定席は完売とのことなので自由席売り場の列に並ぶ。すると胸に旅行会社と思しきもののネームプレートをつけた女性が行列の一人一人に声をかけて回っているではないか。私のところにも来たので話を聞いてみると、「赤ヘルパック/巨人戦セット」なるものがあるという。なんでもA指定席にお弁当とお土産、それに飲み物券2枚がついて3000円でいかがですかとのことである。
有り難い話なので1も2もなく購入。ちなみに1塁側。おそらく団体席のバラ売りなのであろう。しかし長いこと球場に来ているがこういうのは初めてである。ダフ屋行為ではないようなので、よそでもこういうことがあるといいなと思ってしまう。
ともあれ、おかげで引き換え開始となる開門時間までは身が空いた。せっかくなのでおとなりにある原爆ドームを見学。ただただ神妙に手をあわせた。
17時開門と同時に受付でお弁当やらお土産やらチケットやらを引き換えて入場。雨が降っているためか、ゲートで6月24日付け中国新聞が置いてあった。私はこのことあるを予想して既に数部の新聞を購入していたのだが、いくらあっても困るものではないので一部もらっておいた。
狭い階段をあがると雨にもめげずたくさんの人が。通路が狭い上に傘をさしているので往生しながら、座席に辿り着く。着いてびっくり。フェンスも間近な2列目。おもわぬ僥倖に感謝しながら、荷物を置いてさっそく飲み物のひきかえに行く。雨にも負けずに階段を上りきるとそこは「ビール専用販売口」と書いてあった。
「んー」引き換え券には「2枚でビール1杯と交換」と表示してあったので普段は飲みつけないビールにする。こんな天候なのでビールでも飲まねばやってられないというのも確かだったが。
その後、席に戻って新聞を敷き直すと、赤ヘルパック専用弁当のふたを開け、ビールをあおる。海老フライ、唐揚げ、ミニハンバーグ、ソーセージ、インゲンの炒め物、ポテトサラダ、漬け物にミカンまでついている。
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なかなかの品揃えだが、小さなプラスチック容器に『オタフクソース』と書いてあったので首をひねる。このメニューだと私の食習慣ではソースを使用するものがなかったので。結局一番味のついてなさそうな海老フライにかけることにした。あとで中国地方出身の人間に聞いてみると「あ、それは海老フライ用だとおもう」との解答を得たのだが。

試合開始時刻の18時20分まではそれでも1時間弱残っていたがすでに場内は8割の入り。こんな天候にも関わらず、巨人戦で夏休み最後の土曜日ということもあってか家族連れがあとからあとからやってきている。そんな中、雨にも負けず売り子さん達も始動した。売りに来てくれるんならわざわざ引き換えに行かなくても良かったんだが…。
ビールを空にし空弁当と捨てにいく。階段を上っているときに、ふと球場の外の建物に目がいった。そこには巨大なイチローの顔があった。健康飲料だか何だかの広告なのだが、広島市民球場をイチローが見下ろしているというのもなかなか楽しい光景ではないだろうか。

ゴミ箱を探し当てたついでに、球場内の探険もあわせて行った。階段があるごとに降りて売店に行き、売っている内容を確認。食べ物はカープうどん・カープラーメンなどいかにもご当地というメニューは発見したが残念ながらカレーはなかった。しかし幸いなことにバックネット後方にある食堂にはカレーがあったので食べてみる。
カツカレー、ミニサラダつきで700円。味は昔風で、甘すぎず辛すぎず。例えて言うならデパートの食堂の味ではなく、学生街にある食堂のような味がした。ボリュームも合格点。多少高くても良いのでこれを座席で食べられたら…惜しい。そのあとも内野を探って分かったことは市民球場には試合を見ながら食べられるカレーはないということだった。外野には構造上回りきれなかったのでもし「外野にはある」という情報をお持ちの方はご一報願いたい。

さて。いいかげん話を野球に戻そう。
この日はジャビットが遊びに来ていると言うことで、試合前にスライリーとじゃれていた。身のこなしは軽く、バク転なども披露していた。次第に強まる雨の中、辛抱強く試合開始を待っていたファンにとってはありがたいパフォーマンスだった。
ジャビットは三塁側だけでなく一塁側も回って丁寧にサービスしていた。カープファンも嬉しそうに歓迎していた。良い光景である。坊主憎けりゃなんとやらではないが、相手チームの関係するものは全て敵と言うような風潮が昔は確かにあった。それがこうして改まっていると、心和むものがある。相手チームあってのプロ野球。なれ合いではなく、良きライバルとして互いを尊重しあえると良いなと思った。

試合前の交歓が終わると、スタメン発表。
先攻のジャイアンツ。
1番ショート二岡、2番セカンド川中、3番ライト高橋由伸、4番レフトペタジーニ、5番ファースト清原、6番センター清水、7番サード斉藤、8番キャッチャー村田、9番ピッチャー木佐貫。
後攻のカープ。
1番ライト森笠、2番セカンド木村拓也、3番センター緒方、4番ショートシーツ、5番レフト前田、6番ファースト新井、7番サード野村、8番キャッチャー石原、9番ピッチャー黒田。
緒方、前田、野村というあたりに全盛期のイメージが濃い私としては、カープもジャイアンツもどちらも遜色ない重量打線に思えた。実際、緒方も前田もここまでの成績は3割近い打率に20本前後のホームラン。かてて加えてシーツは4番としての仕事ぶりは12球団でもトップクラスの見事さである。そして何より森笠・キムタクの1・2番には往年の古葉・阿南時代のカープの空気を感じた。
一方のジャイアンツだが、オーダー表を何度見ても思うのはレフトにペタジーニを置いていることの勇気と言うか無謀と言うか。まぁ、マルティネスにレフトやらせたチームであるし、何をか言わんやだが、誰か止めなかったのか。特にピッチングコーチ。原監督は返す返すもDH制が欲しいことだろう。
確かにジャイアンツは個々の選手の攻撃力だけならリーグトップクラスだろう。しかしうまくつながるのかという疑問とともに、今シーズンやたら2桁失
点が多いのは明らかに守備をいじり倒したことが原因だろう。ピッチャーばかりを責め立てるのは筋が違う。精神的コンディションと言うものもある。安心して投げられない分、木佐貫の方が苦しいのではないかと思う。
能書きはこのくらいにして、肝心の試合だが。雨のおかげで5分遅れでのスタートとなるがなんとかプレイボールがかかり、トップバッターの二岡がバッターボックスに入る。二岡、ここまで3割25本は素晴らしいとしか言い様がない。4番も務まるようなみごとな成績だ。対する黒田のピッチングは、雨で制球が定まらないのか、ボールがあちこちに散る。しかし、雨でやりくいのは打つ二岡も一緒なので、これは仕方ない。
それはそうと。何度聞いても「GO! GO! 二岡!」は違和感があり過ぎる。まぁ、ジャイアンツには「オオツカアキラ」のような名字四音名前三音の野手がいないのだから仕方ないのかもしれないが。
ボールとファールが続いた7球目、ようやく前に飛んだ打球はぼてぼてのピッチャーゴロ。黒田捕って一塁送球するもこれがエラーとなってファールグラウンドへ抜けようかというところ、カバーに入っていた木村拓のグラブへ。その間に二岡はファーストベースを駆け抜けた。これでノーアウト一塁かと思ったら、アムパイアはアウトのコール。原監督さっそく出て来て猛抗議。確かに、これは訳が分からない。しばしして主審から説明があり、二岡が一塁線の内側を走っていたため守備妨害となりアウトなのだとのことであった。
雨のもたらす綾と言えばこれまた見事な綾であろう。黒田が投げ損なったボールを二岡が打ち損ない、それを黒田が捕り損なった上投げ損なったのだが、雨でラインがよく見えない二岡が走り損なったためアウト。こうやって文章にしてみるとますます訳が分からない。
気を取り直して2番川中。初球を強く叩いて打球は猛然と一、二塁間へ。これにファーストの新井が飛びつき、抑え込んだ。ベースカバーの黒田に投げてツーアウト。新井に大きな拍手が湧いた。高橋も初球を打ってセカンドゴロ。これでチェンジ。
さぁ、カープ幸先良くこの勢いを持って裏の攻撃へ、と言うところで試合中断。マウンドに青いシートがかけられ、選手達はベンチへと引っ込んだ。次第に強くなる雨の中、観客は帰るものもほとんどなく、粛々と試合の再開を待った。その間、球場側も気を使ってくれたのか背番号クイズなるものをオーロラビジョンでやってくれたり、曲(sing in the rainなど)を流してくれたりする。
そのうちジャイアンツ応援団が「幸せなら手を叩こう」をトランペットで吹奏し、これにはどちらのファンも区別なく、満場が手拍子で応えた。こういう光景が大好きな私は、雨で中断中だと言うのにそのことも忘れて嬉しくなってしまった。
雨が弱まっても試合再開のアナウンスは為されず、ただ『お手持ちのチケットはなくさぬように』という注意だけが繰り返し流された。試合中断から30分ほどして、ようやく中止が決定した。球場を去る観客を見送りに出たスライリーに「また来るよ」と挨拶して球場のゲートをくぐった。良心的なことには、今日のうちに払い戻しをしてくれると言う。普通は「翌日から」なのだが、どうしたことだろう。今日のうちに帰らねばならなかった私はありがたくその申し出をうけることにして、列に並んだ。

窓口が小さいためなかなかさばききれず大分かかったが、その間地元のカープファンのオヤジさんとカープ談義で盛り上がれたのでさほど苦ではなかった。たまたま一緒になったこのオヤジさんは、決してカープをけなさず、戦力分析でも「あれが駄目、これが弱い、ここが足らん、でもよくやっとる」と、最後は「よくやっとる」でしめくくる。「カープは金がないけんねぇ」と語るオヤジさんの胸のうちにカープへの家族のような思いを感じた。それこそ払い戻しというこの事態さえ「金がないのにどっから持ってきよったかな。銀行を叩き起こしたかな」と心配していた。
そうしてたっぷり1時間ほど話をして、もし試合をしていれば6回裏終了くらいであろうころ、ようやく払い戻してもらい、すぐさま広島駅へと向かった。 15分後に出るのぞみにうまく飛び乗って、車内で今日の出来事を反芻しながら。たったアウト3つの観戦だったけれども、来て悔いはなかった。言い訳など必要なかった。
ただ、できれば次回は晴れた空の下で9イニング全て観戦したい。それと、雨にやられてもここはドームにはして欲しくないと思った。日本のプロ野球に残る数少ない昭和の球場なのだから。津田さんもきっと、あの空の向こうで見ているだろうし。