/Mozillaのメールデータのリストア!/たらい回しjScript/侮れないパソゲーサイト/環境変数設定スクリプト/さすがWindows(2)正直者が馬鹿を見る/さすがWindows(1)腐った革袋にはナニも入らない/AirConnectの(うちでの)新システム/ネズミ一匹で泰山鳴動/立て立つんだリカバリディスク!/フリーBorland C++ 5.5コンパイラの環境構築(WinNT) /原因のない結果はない/わたしがMeをあきらめた理由/テキストエディタの、ほんの小さなトラブル/2000Server、やっぱり信用できない・・・/こんなことも案外わかってないWinでのモデム設定/にしては、わかってなかった起動FD/WinでもヤッているHPプリンタ/VBAとクラシカルBASIC/NTサーバ、孫に語って嫌がられたい手柄話 (2)成果/NTサーバ、孫に語って嫌がられたい手柄話 (1)方法/家計簿DB、97から2000への移行(4)97mdbへのレクイエム/家計簿DB、97から2000への移行(3)二度と還らぬ出力/家計簿DB、97から2000への移行(2)イルカ襲来 /家計簿DB、97から2000への移行(1)シト新生/何が上位互換やAccess2000!/何が統合環境やAccess97!/家訓:Win98のセットアップ/Lotus Notesそれでも重宝してるぜ!/Lotus Notesせっかく面白かったのに!/見えないってのはやっぱ気持ち悪いな/名前のない機器/2001年問題/Plug & Reset/ViaVoiceの小さなトラブル/DOS窓を飼い慣らせ!/本当にあった怖い話:600EのBIOS更新(2)/ひとりでできるもん:600EのBIOS更新(1) /パーティションを寄こせ!(2)サイズ変更/パーティションを寄こせ!(1)FAT32へのコンバート/OCRでゴー!/ViaVoiceへのこだわり/2000 on 3000/
Windowsのメールデータのバックアップは毎回うんざりする。いや、バックアップは簡単なのだフォルダをコピーしときゃいいんだから。だがそれをバージョンアップしたり再インストールしたりするたびにリストアするのがうんざりなのだ。Solarisだとホームディレクトリ内のMozillaフォルダ(の中身)を復元してやればいいだけなのに、Windowsだとなんだっけ?
C:\Documents and Settings\noniko\Application Data\Mozilla\Profiles\default\abcdefg.slt
みたいな、最後にこぎたねえ乱数名のついたフォルダの中にそのデータがあるのだ。
新しいMozillaを入れた場合、まずブラウザを立ち上げて、適当にメールのアカウントをセットする。名前noniko@mail、サーバserver.comみたいにヤッツケてやる。そうしてブラウザを落とし、C:\Documents
and Settings\noniko\Application Data\Mozilla\Profiles\default\にアクセスすると、今度は
hijklmn.slt
のように、別のこぎたねえ乱数名フォルダができている。
そこで、
新しいhijklmn,sltを開いて、中身を全部消し。
古いabcdejg.sltを開いて、中身を全部選択し、hijklmn.sltの中に入れる。
いったいなんで?・・・研究した結果、どうやらわかったようだ。
フォルダ内にprefs.jsというファイルがある。この中身を開いてみると
....
user_pref("mail.server.server2.directory", "C:\\Documents and
Settings\\noniko\\Application Data\\Mozilla\\Profiles\\default\\abcdefg.slt\\Mail\\Local
Folders");
....
みたいに書いてある(この部分が一番プライバシーに関係なさそうなので抜粋〜)
そう。この部分をすべからく、新しくできたこぎたねえ乱数名hijklmn,sltに置換した。そうしてブラウザを再起動したら、じゃんじゃじゃ〜ん、メールデータが復元されて、続けて使えるようになったヨ!
もちろん、これはわたくしが一度やったらあらできた、という御報告であって、いつでもどんな環境でも必ずできるという保証はありません。あくまで御参考ということで、実行される方は自己責任にてお願い申し上げます。
2002年05月15日
のんのんが「環境変数設定スクリプト」を書いてくれて以来、Windows2000の再セットアップのたびに重宝させてもらっている。
そんなに再セットアップしなきゃいけないのー?やっぱりクソOSね!と思われる方がおられるかもしれないので、あれの名誉のために説明すると、確かにクソOSであることは否めないが、そんなにも再セットアップしなければならないのは、わたしが主にApplication
Serverのお試し版をガシガシ入れては、ガシガシ賞味期限を終えているから、そのたびにキレイにしているという理由による。現にそれを一切やらないDynabookのほうはここ1年ほどもリカバリをかまさずとも元気でやっている。
それはいい。JScriptのアイコンは、I LOVE YOUウィルスのときに盛んに紹介されたので非常に印象の悪いこんなアイコンだ。
![]()
こうなっているときは、ダブルクリックすると、スクリプトが実行される。何も問題がない。
ところが、この関連づけは、実は結構ひ弱っていうか、他にもこのスクリプトと関連したいアプリケーションが虎視眈々と狙っていて関連づけを書き換えるのだ!と思ったけど実はそれをやられたのは一回だけだ!
イヤその。MacroMediaのDreamWeaver MXのお試し版を入れたらこいつがMXのアイコンに描き変わってしまい、ダブルクリックするとDreamWeaverが立ち上がってしまうようになったのだ。
だが、それはこの環境設定をすでに終えた後だったし、次にOSを入れ替えたときはもちろんこのお試しMXは入れないから、問題はなかった。
しかし今回は自分で掘ったボケツだった。このスクリプトの中身を書き換える必要が生じて、Peggyで編集することにしたのだが、そのときにうっかりやってしまったのだ。
set_path.jsという名のこのスクリプトファイルのアイコンを右クリックして「アプリケーションから開く」を選び、peggy.exeを開くアプリケーションに設定した。そのときにうっかりやってしまったのだ。
「以後、全てこのアプリケーションで開く」にチェックを・・・。
当然、set_path.jsのアイコンはpeggyのアイコンに描き変わり、ダブルクリックするとエディタが開いて、とても編集しやすくなった。
ちがーうッ
スクリプトを起動できなくなったのだ!もちろんスタートメニューから「アクセサリ」->「コマンド プロンプト」を立ち上げて、「MyDocu~1」へ降りてsetpath.jsをかませば・・・・めんどくせー!!
何をあわてているのだのに子。アプリケーションとの関連づけをやりなおせばいいではないか。peggyアイコンに変わったこれをもう一度右クリックして「アプリケーションから開く」「プログラムの選択」・・・・
リストに、「jscript」とかいうのが、ない・・・
ま。焦ることはないのだ。さらに「その他」をクリックすれば、ファイルエクスプローラ(ってんだろ)をうろうろと探し回って・・・何を選べばいーんだッ・・・
結局、c:\WINNT\system32\wscript.exeが正解(のひとつ?)だった。それ自身のアイコンは立方体に毛の生えたみたいなものだったが、これがVBscriptやJscriptを動かすってんだもんな、それは覚えている。かくして、かなり浪花節(久しぶりに)入ったが、無事Jscriptのアイコンは復活した。
2002年02月25日
Java 3Dを勉強するにあたって、さすがにWindowsを使わざるを得ないと思った。球体くらいはBlade 100でも動くが、これでRobocodeが動くかと思ったらまるっきりダメだったことを考えると、グラフィック力としてはやはり安くて強いインテル系のグラボを使わないと。実際一部のメソッドがSolaris版java3d(なのかBladeのハードウェア構成のせいなのか)でコンパイルできなかったりという問題があった。
だが、Windows版の最新java3dAPIを入れて、「JAVA Developer」の連載記事「Java3Dポリゴンゲーム道場」のサンプルコードを動かそうとするとエラーが出る。
d3d8.dllが見つかりません
というものだった。なんなのそれ!d3d8.dllをキーワードにネット検索するとあった!それはDirectXのドライバだったのだ。だが・・・そのサイトは、セガの「サカつく」とかの関係のBBSだった。この質問に対し、解答とともにこのような助言がなされていた。
「こういう問題はセガのサイトのFAQにあるはずですからまずそちらを見てください。セガさんに失礼ですよ・・・」
失礼しました!セガさん!全然やってないんだけどパソゲー!・・・検索のヒット数は非常に多く、ダイジェストを見ただけで、そのほとんどがパソゲーサイトのBBSやサポートでであることは瞭然だった。
あんまり行きたくないんだけどMSサイトに行って、ドットネット関所の取り締まりもないらしく目的のドライバをダウンロードすると、上記のコードは動いた。
もちろん上記の記事中には、「対応するドライバを入手してください」とは書いてあったんだけど、読んだようで読んでなかったんだなのに子・・・・
大学で理系の研究室にいながらパソコン嫌いだったときは、98%負け惜しみで「パソコンパソコンってみんな結局ゲームにしか使わないんじゃないのヨ」などと憎まれ口をたたいていたのに子だが、今回はそのパソゲーサイトにいたく教わったのであった。
2002年12月24日
Javaにはまりはじめて,Windowsでも環境変数ってヤツを設定しないわけに行かなくなってきた。Windows2000では環境設定をシステムのプロパティから行えるが,
といつも思っていた。おまけにWindowsと言えば月に一度は再インストールがコツのシロモノである。そのたびにまたこのクソせめえ編集フィールドにポチポチとパスを入れてやらなければならない。
そんな中最近Javaもはじめたのんのんが,Windows Scripting Hostで,この環境編集を設定するスクリプトを作ってくれた。別ページにその詳細を示す。これで一発環境変数が設定できるようになった。
2002年09月15日
そのDynabookだが今回がのんのんから譲られて初めての再セットアップだった。引継時にはのんのんがきれいにリカバリして渡してくれたのだった。今回リカバリCD-ROMから起動する。CDは2枚ある。起動するとすぐにNorton
Ghostが立ち上がって「次のCDを入れてください」という。そこでdisk2を入れてOKを押したら「修復できません」と言われる。
もう一度disk1から起動する。「次のCD」というのはまさかこのことを言っているのか?そのままOKを押すと問題なくセットアップが始まった。
まあね・・・そんなもんだ。ずっとSolarisばっかり使っててひさしぶりのWindowsだったのでこんなハプニングもむしろ新鮮だった。
2002年03月06日
のに携帯を新しくした。念願のJavaアプリ対応のヤツだ。となれば今ワニの穴にいるのに子としては、ぜひとも自分でJavaアプリを作ってみたい。
だが残念っていうかセキュリティ上そのほうがいいのかも知れないが、J-PhoneのJavaアプリは認可を受けた特定の人しか作ったり公開したりできないことになっている・・・なっていた。それが今回Java開発キットだけは無償公開された。実際に携帯に落とせるかどうかは先の話として、まずエミュレータを動かしてみるだけでも楽しいっていうか、難しそうではないか。ゲットしてみた。Windows版で、98/Me/2000対応とある。Dynabookの98に入れて見よう。exe形式のインストーラだが、いきなり「不正な処理宣言」が2回出て消えて、そしてインストーラが起動する。ヤな感じだ。インストールは異常に早く終わり、スタートメニューから"J-Sky
Application Emulator"を選ぶがナニも起こらない。のんのんが試しにLibrettoの2000に入れてみたが、エラーなしでインストールされ、ちゃんと起動した。
「やっぱり2000じゃないとだめなのかしら〜。でも2000入れたらViaVoice動かないし〜」と嘆いていると、のんのんは「まず98入れ直したら?システム腐ってるかも知れないよ」と言う。
そうね、まずは98を入れ直してみよう。すっかりThin Clientとなっている今の98、あまり未練はない。リカバリして、まずナニはなくともJDKを入れ、それからかのJ-Skyエミュレータ・・・
さっくり入りさっくり起動。
さすがWindows、月に一度は再セットアップがコツと言われている(いない)だけある・・・
もっともこれにはわたしもかなり威張れない。というのは今Dynabookはうちでしか使わないので電池が抜いてある。で、今まで3回ほど、他のコードと間違ってDyの電源コードを抜いてしまったことがある。起動しなおしたスキャンディスクではエラーはないということだったが。ていうかそこでエラーが出てしまったら終わりなんだろうが・・・いずれにしろそういうことはシステムのためによいはずがない。これからは気をつけよう。
2002年03月06日
他の場所にも書いたと思うが無線LANのアクセスポイントもずいぶん安くなったので、ここらで買うことにした。AirStationである。だが・・・
うちで使っているカードAirConnectは実は一世代前のカードということにされてしまっている。そしてク、いやMelcoではこのタイプのカードのサポートはすでにうち切られている。そしてアクセスポイントを使うためにはWin98でも「クライアントマネージャ」が必要だが、このカード用についてきたドライバを、今のバージョンのクライアントマネージャは、ドライバが古いですといって読んでくれない。
たかだか2,3年前だぞ。あまりにも冷たくねえかオイ。
このように古きものはすぐに打ち捨てられる御時世、今売っているAirStationにうちの古AirConnectを挿して果たして動くんだろうかとても心配だ。かといってそのために新しいAirConnectを買えるかってんだ。ということでわざわざ中古のAirStationを探して買った。新しいAirStationの一番安いヤツより少し高いというのがくやしかった。だが判断はよかったのかどうか無事動いた。
さてdynabookのWin98SEでのこの(うちでの)新システム下におけるセットアップ方法だが少しポイントがあった。
ドライバをインストールしてすぐクライアントマネージャでアクセスポイントを検索しようとしてもしてくれない。実はWinのデバイスマネージャでAirConnectのプロパティを開き、アクセスポイント通信をする、に設定しないといけないのだ。そうしてからならクライアントマネージャで自動検索してくれる。ちょっとした覚え書きだ。
2002年03月06日
2001年12月11日
ThinkPad600EはとにかくViaVoiceのためにWin98環境を保ってきたが、ある日とうとう2000を入れてしまった。それをまた98環境に戻すことにして、リカバリディスクを入れた。ところがエラーが出て強制再起動、またエラーで再起動。
またか!Dynabookに一度2000を入れたが最後、二度と98に戻れないカラダになってしまったあれか!
とすると待てよ。あのあとダンナさまがもう一度98でリカバリしたって言ってたっけ。その秘訣は「何度もやってたら偶然立ち上がった」・・・・
よし、やってみよう。こういうとき、自動っていうか強制再起動された結果は往々にして同じエラーを繰り返すことがある。電源は強制的に切って再起動する。3回目でリカバリディスクが立ち上がった。
まじ。これってやっぱり「経験にもとづく成功例」なんだべか。
Borland社に戻りましたね,Inpriseから。多くの方が非常に高いレベルで仕事をなさっているのでしょうが,駆け出しプログラマにはただほどありがたいものはありません。早速勉強用にいただいてきましょう。
Borland C++ 5.5 Compilerがフリーでダウンロード可能です。現在の最新バージョンは5.5.1です。
インストールはインストーラを起動し,どのディレクトリにファイルをコピーするか決定するだけです。
コンパイルには以下のことをやっておくと便利だそうです。ちなみにこの環境ではセットアップ先にD:\Borland\Bcc55を指定しました。適宜読み替えてください。
以上で環境構築は終了です。NTでしたら一度ログオフすればたぶんOK!
ある日,家の留守番電話システムが稼働してないことに気がついた。外付けのボイスモデムが応答してない。ダンナ様が調べて,アプリCommPro!JAPANのモデムの選択が,外付けボイスモデムでなくThinkPad(最近Librettoから電話番を引き継いだ)の内蔵モデムになっていることを発見した。内蔵モデムはFAXとデータしか扱えないから,留守電メッセージは扱えない・・・外付けモデムのほうに設定しなおして復活した。
「でも,なんで突然設定が変わったんだろう。やっぱり,不安定なのかな?!」
ブータレるわたしに,夫は「設定はいじってないんだな?絶対?」
「うん。絶対いじってない。そんな記憶な・・・」
言いかけてあることを思い出した。そして正直に告白した。
「この前,モデムの電源入れるの忘れて,パソコンだけ立ち上げたことがある」
「ああ,なるほどな」
ジョージ・ワシントンのお父さんのように夫は快く許してくれた。このすぐれソフトは設定したモデムが見つからないと,あきらめずに次候補を探すのだ。彼女(こむ山ぷろ子)はそうしてたどりついた内蔵モデムで満足し,自分で自分の設定を書き換えてしまうというわけ。次に本命の相手が復活しても,彼女の心はもう戻らない。・・・いつかのログインパスワード保存されない問題と同様,いくら信用できないOSといっても,やはり理由もなく設定が変更されるということはない。2たす2は4なのである。サイエンスである。
しばらく、600EにMeを入れて使っていたが、この前とうとうあきらめてプリインストール98に戻ることにした。というのもこのMeがどうも腐ってきたなと思って、再セットアップした3日目に、使用中カーソルが暴走しはじめたのだ。ひとりでぷるぷる震えてはどっかに行ってめちゃくちゃにデスクトップを引っかき回す。強制終了もきかないので、電源を切る。夫に言わせると600シリーズとMeはどうも相性がいまいちよくないと言わざるを得ないような現象が他でもたびたび起こっているらしい。ま、仕方ないよね。ところで強制終了より強制的なこの操作をなんと呼べばいいか愛称募集!(うそ)
、愛用のテキストエディタ、peggyに異変が起こった。なぜかインライン入力ができない!Wordとかではできるのになぜ?!・・・と思ったら、文書の「新規作成」がなされていなかったのだ。つまり、背景に向かっていっしょけんめい文字を打とうとしていたわけ。デスクトップのデザインの関係で、バックグラウンドと文書ウィンドウが同じ色だったので、気づかなかったのだ。デスクトップデザインはあまりいじらないほうがよさそうだ。
家ではファイルサーバにNT4用のPowerEdgeを使っていたが、2000Serverが出たときアップグレードしてみた。その後やっぱり重いとNT4に戻したりしたが、無線LANのルータとして機能させるために、かの夫をしてまでもさんざ死闘を繰り広げた上、2000ServerにISAバスカードアダプタ、という何とも奇妙なシステムに決着した。だがしばらく使って夫が2000Serverはどーも怪しいと言い出した。
「でも、ファイルサーバは問題なく動いてるし、無線LANも絶好調だけどな?たとえばどこが問題なの?」と、極楽トンボのわたしはきく。
「どーも名前解決がうまくいってないんだよ。MS-DNSやめてBINDにしたけどやっぱりダメっぽい」
「あらそう?でもファイルサーバはちゃんと利用できてるわよ」
「ファイルサーバはね、共有設定にしとけばドメインにログインしなくても利用できるんだよ。だから今インターネット専用にしてるHDDは、PowerEdgeの電源入れなくてもとりあえずインターネットはできるようにドメインに入ってないの、気づかなかった?」
「がっ、がちょーん・・・」
なんかすげえ無防備なファイル共有。うちの中だからこんな風にしてるけど、世の中のネットワークシステムは大丈夫なんだろうか。と余計なことを心配してしまう。・・・それは置いといて、
その夜寝る前にサーバの電源を落とす(のがダンナさまの家事分担のひとつだ)作業を終えて来られたダンナさまが、
「やっぱだめだ。シャットダウンのとき "バッテリメータの終了までお待ちください”とか言いやがんだぜ。PowerEdgeのバッテリってどこだよ」とおっしゃった。・・・それを機会に、やっぱりPowerEdgeはルータの役割をLibrettoに預け、NT4に戻った。まあ、マシンが2000をサポートしてないとDELLさんも言ってるんだから、OSにも文句は言えないけど・・・
うちではインターネットのダイヤルアップ接続にずっとMacを使っていたが、ときどきWin系ファイルのダウンロードでヘンになる。この日もそれで、Windowsでネット接続する必要が生じた。
しかし電話のすぐ近くにあるデスクトップのに子2号には、モデムカードがない。この日はとにかく応急処置として、普段Macにつなげてる外付けのモデムがWinにも対応しているはずなので、それをつなぎ替える。Macにつないでいるときも、Macのシリアル(モデム)ポートとの変換アダプタ(すげえでかくて、ふりまわせばケンカできそうなヤツ)を使っているが、Winでも変換アダプタを使う。それらしいヤツを引き出し(ケーブル専用)から探し出してきて、さっくりはまった。確かUS-Roboticsのボイスモデムについてきたヤツだ。Winを起動したが、何も起こらない。デバイスマネージャを見る。ない。
しかし、ここでくじけるわたしではない。コントロールパネルから「モデム」を開き、「モデムの検索」という猟犬を放った。くわえて戻ってきた獲物は「標準のモデム」だった。
「・・・・・・」
Windowsのおかげで、のに子の辞書には、「標準:特定できないもの、リストにないもの、失敗くさいもの」と書かれている。しかし、とにかく「詳細情報」でモデムと通信してみた。すると、モデム姫はお言葉をくださった。希望に燃えてインターネットの設定をして接続を試みるとさっくりつながった・・・サン電子のモデムだが、「そうか、おまえは標準のモデムだったのか」とほめてやった。
帰ってきた夫に相談して、モデムカードを1枚、買ってもらえることになった。
aiwaのモデムカードが3800円というお安さで売られていたので買った。うちに帰ってのに子2号に入れてみる。さすがに、わたしのガワ開け恐怖症もほとんど治ったように思える。
今度はプラグアンドプレイが作動し、付属のドライバCDでインストール完了した。デバイスマネージャにもちゃんといる。きのうつなげた「標準のモデム」と並んでいる。それはもう使うことがないので、削除することにした。インターネット接続を試みるが、どうもうまくいかない。いろいろ調べた後、原因がわかった。きのうの設定で、モデムの種類が「標準のモデム」のままになっていたのだ。そこを今のモデムカードに直すと、ちゃんとつながった。
・・・・・・
わかーってるけどー。悪いのはわたしなんだけどー。でもデバイスマネージャでモデム消してるんだから、それダイヤルアップ設定に反映させてくれないものか?「現在設定のモデムは削除されていますが変更しますか」とか・・・なんとなく納得がいかない。
NTサーバでフォルトトレランスブートFDを作った作ったと自慢している割には、Win9Xの起動FDというものが最近まで全然わかってなかった。
というのも、VitrualPartitionの緊急ディスクってヤツを 、わたしはこの前とうとうジイさんの遺言にそむいて、ていうかこの前フロッピーをちゃんと買ってきて手元においてあったので(要するにそれかよ)作ってみたが起動しなかった。作らせろ作らせろって言うわりには、まともに作れもしねえじゃねえか!と怒ったわたしだが、そーれーはーわたしが甘かったのだ。つまり緊急ディスクを作るフロッピーにはちゃんと自分で「システムを転送」つまりCONFIG.SYS,
IO.SYS, COMMAND.COMのお助け三人衆を入れておかなければならないのだ!これはフォーマットのときに「起動専用」を選ぶことにより可能になる・・・!
わたしもそれは全く知らなかったわけではない。だが、そんなことはVirtualPartitionで「緊急ディスクを作る」を実行する過程で、やってくれてるものだとばっかり思っていたのだ。だから無論(まさに論がない!)使えないとばかり思っているFDDの中身を確認したりはしない。真相がわかって「そのくらいやってくれてもいいだろーに」と夫にブーブー言うと、ソフトウェアのほうで勝手にそれをやっちまうと、ソフトウェア会社がMSの著作権を侵害したことになっちゃうからじゃないかと夫は言う。なーるーほーどー。
Macで何度もトラブっていた(といってもわたしが一方的に悪い)HP
Deskjetプリンタ。一時、マジWindowsに乗り換えようと思ったことがある。それでこのプリンタのWindows用のドライバをデスクトップPCのに子2号にインストールすることにした。また何か失敗するんじゃないかという、すごくやーな予感がしたんだけども。
このプリンタにはパラレルポート用とUSB用のドライバがついてて、ていうかどっちかというともともとパラレル接続を前提にしていたのにUSBもついたというだけらしい。それが何より証拠にはドライバCDのSetup.exeはパラレル接続のためのドライバのセットアッププログラムである。
実はWin環境でのこのプリンタをセットアップは初めてではなく、またそのたびに必ず何か失敗をしている。最初の失敗はマニュアルを見ないでいきなり上記のSetup.exeをクリックしたことだった。次の失敗はUSBを差し込む前にハードウエアのセットアップウィザードからドライバ設定を実行しようとしたことだった。いずれもプリンタが接続されていないというメッセージとともにセットアップが中止され、このドライバは途中でセットアップを中止すると2度と再び正常な状態でセットアップできなくなるという恐ろしいしかけになっているという記憶があった。
にもかかわらず、今回またわたしは野蛮な試みを行った。それはCD-ROMからドライバのインストールに必要な部分だけをファイルサーバのフォルダにコピーしておいてそのファイルサーバフォルダからインストールしようという試みである。
この試みを行った理由は単にこのCDが非常になくなりやすく、わたしが記憶しているだけでも3回はこのCDを探すのに30分以上費やしている。最近は先週やはりどこかにいってしまい、3日後にとなりの部屋で見つかったというのが記憶に新しいところである。
さてCD-ROMの中にはおまけソフトなど余計なものが含まれていて、中身を全部コピーするとファイルサーバのスペースがかなり無駄なようだ。みると「Win98
USB」というフォルダがある。要するに必要なのはこれだけかいと思ってそれだけファイルサーバに引っ張ってきた。結果としてわたしは何かを置いてきてしまったらしい。というかUSBの設定ファイル以外をみんな置いてきてしまったらしい。
いざプリンタに接続したUSBプラグを突っ込みPlug&Play機器を検知したらしいOSのガイドラインに従って設定ファイル(.inf)を探すところまではうまくいったが、その後自動的に「ファイルを開く」ダイアログが立ち上がりSetup.exeファイルを要求してきた。このSetup.exeは前述のように、わたしはパラレルポートのドライバのインストールにしか関係ないと思っていたので、置いてきたのだ。だがあとで考えてみるとパラレルとUSBで違うのは.infファイルだけらしく、他の多くのファイルは共通、つまり一緒にファイルサーバに持ってこなければいけなかったようなのだ。
さらにまずいことにわたしはその瞬間には要求されていのがSetup.exeであることをなぜか失念し、よく覚えていないのだがOKか何かをクリックしてしまった。すると普通こういうウィザードはファイルの指定を行わないままOKをクリックするとファイルが足りないからよこせともう1回聞いてくるはずなのに、なぜかこの過程ではプロセスが進んでしまい、しかし進み切らずに途中で止まってWindows
98のセットアップCDを要求してきた。
こうなるとさすがに何かおかしいと思い始めたわたしは、ここでキャンセルを行ってしまったのだ。勉強しないヤツである。ドライバのセットアップを途中でやめると後にどんな地獄が待ち受けているかは、ネットワークカードとかグラフィックボードとかサウンドボードとかこのプリンター自体についても既に何度も経験しているはずなのだが。もっとも途中でやめなくても結局強制終了されてやはり同じような地獄が待ち受けているので、時間の節約という意味ではやはりキャンセルした方が少しは利口なのかもしれない。
それでも少しは勉強したつもりになっていたわたしは、まずこういう時はドライバを全て削除してすべてを無に帰してからもう1度Plug&Playとセットアップを行うべしと心に言い聞かせてそれを実行した。しかしここでも私は忘れていて、デバイスマネージャでデバイスを削除したり、アプリケーションの追加と削除でHPナントカいうファイルを探したりしてなかなか全削除に到達しなかった。むろんいくつかの課程を終えた後に再セットアップを試みたがすべて徒労であった。
正解はインストーラCDのメニューからドライバのアンインストールを選択することである。確か1回やったのだが全く忘れていた。この次は忘れないであろう。ただし忘れなかったとしてもそれがこの次有効になるかどうかわからない。というのはこの前やはり同じようにすったもんだした時はこの全削除の後ようやく正規の方法で、つまり電源を入れたプリンタに突っ込んだUSBをコンピューターに突っ込みそれで表示されるガイダンスに従ってCD-ROMドライブを指定してあとは左うちわで待つという方法をとってセットアップに成功したのだが、今回はこれをやっても結局プラグをもう一度差し込んでもコンピューターは2度と返事をしてくれなかった。永遠にこのプリンタのPlug&Playは不可能になったようである。
あとで夫に調べてもらったところ、インストーラからの削除も実は不完全であり、いくつかの.dllファイルなどが残っていたらしい。それを手動で削除してもらってはみたがこれで再セットアップがうまくいかどうかはさすがにまだ試みていない。
その時は結局のに子2号はあきらめて、かつもう2度とこの手のドライバのセットアップでは冒険はしまいと固く心に誓って、600Eでバカちゃん(一応世界に発信ですからな)セットアップを試みて2分で成功した。すごく悲しかった。どうもこのプリンタについては、環境に限らず、何かわたしは失敗するようなことをあえてやってしまうようである。ヒトとハードウェアの相性問題ということについて、本気で考えるようになっている今日このごろだ。
Access2000での家計簿制作時に、QueryDefオブジェクトを使うコードを書いているうちにトラブルが生じた。VBコードの中に取り込むSQL文に"(クウォーテーションマーク)を入れたい。だが、それはVBコードの文字列を囲む記号と見なされてしまい、故にエラーとなる。具体的に言うと"""と書いたところで、"という文字は認識されないのだ。
このトラブルに、まさに神の奇跡があった。ていうかフツーのプログラマーならすぐにわかりそうなものだが、こともあろうがわたしがこれに気がついたというのは、絶対神の奇跡だ。
「ASCIIコードッ!!!!」
そおーである。その昔、ASCIIとかParityとかいう言葉はコンピュータのできるヒトにしかなじまない、セレブな言葉だと思って、わたしは使うのを避けてきた。それがこんなにもなじむようになったのは、もっぱらそういう名前の週刊誌や月刊誌のおかげだと思うのだがどうか!違う?!
VBのセルフマスターブックのデモプログラムでも、「ワープロアプレットの作成」のために、CHR$で改行コードを表していた!奇跡とはいえやはりそういうのが、アタマの中に残っていたこそのことだろう。やっぱり、いろんなことをやってみるべきだ!・・・だけど、"を表すアスキーコードって、CHR$いくつよ?!
こういうのではイルカヘルプは全く役に立たない。他のことでも立ったためしはないんだが。・・・うーん、一番カンタンにわかりそうなのは・・・・
BASIC。それも昔の。
そこで、階下の本棚から速攻で見つけだしたのが、ダンナ様の大学時代にお使いになっておられたポケコンの説明書。巻末を見ると、いきなりアスキーコード表!もう、使ってくれとばかりに!・・・古き良き時代のBASICはやっぱりいい!イルカはいらねえ、表をくれ!
さて、このフォールトトレランスブートフロッピーディスクが正しく作成されたことかどうか確認するにはどうするのか?本にはこんな感じのことが書いてある。「このフロッピーディスクを使ってシステムを起動する。Windows
NTが起動し,青い画面が表示されたあとすぐにシステムがクラッシュすれば、フォールトトレランスフロッピーがシャドウディスクからシステムを起動できていることが確認できる」
・・・・・
クラッシュして喜べばいいのか?!!
だがとにかく、このフォルトトレランス(スウェーデンの貴公子かなんかの名前みてえだ、と「ベルばら」の宣伝を見ながら思った)FDを作ってみて、健全な現行のミラーシステムに対して起動実験してみた。確かに、書き方がよくないとフツーに起動しきってしまったり、青画面すらでないまま止まったりする。何回か間違って直した上、その「青画面ののちクラッシュよ」状態になった。うーん・・・ホントにこれでいいのか?!なんとなく納得行かない・・・
納得が行ったのはその後ほどなく、何かの理由でPowerEdgeに再セットアップをかましたときだった。このとき、一度確立したミラーを解除して、プライマリとして使っていたほうだけにサービスパック4を充ててみたのだ。そうして・・・普通に起動すると、サービスパック4が起動する。フォルトトレランスFDから起動すると、サービスパック1が起動する!つまり、前者の場合は今はCドライブになっている元プライマリから、後者の場合は今はDドライブになっている元シャドウから起動していることが明らかになった!
このエピソードは、わたしをして「なんかコンピュータって楽しいぞ!」という気にマジでさせた記念すべき一件である。ここで得られた達成感、充実感を思い出せば、この先いくら落ち込むことがあっても頑張って生きていけるような気さえするのだ。でも「あなたが生きる喜びを感じたのはどんなときですか」とか聞かれたときに「NTでフォルトトレランスブートFDを作り、それでシャドウディスクからブートできたようなときです」って答えてもなあ・・・きかれないけど。
実はわたしには「あのときはねえ」「おバアちゃんその話はもう何度もきいたよ」と将来嫌がられたいほど、今でも誇らしいよい思い出としている話があるのだが、今見てみたらどこにも書いてなかった。NTサーバのブートファイルに関する話なのだが、やっぱりこれもWindows編ということになるんだろうな。
ちょっと前まで、うちではDell PowerEdgeファイルサーバにミラーリングをかましていた。バックアップのためである。だが、実際にミラーのひとつが破損したときどうやって修復するのか?シャドウディスクが破損した場合はそれをとっかえればいいが、プライマリディスクが死んだときは起動ができなくなるわけで、シャドウディスクから起動させる起動FDを作っておかなければならない。それってちゃんと作れるのか?ホントにシャドウディスクから起動できるのか?まだファイルサイズが小さいうちに、それを外付けHDDに避難させて、実験することにした。
実験は、「フロッピーをNTFSでフォーマットするにはどうすればいいんだろう」とか言い出したりしていきなり不安な先行きであったが、とにかく
NTLDR
Boot.ini
Ntdetect.com
及びシステムがSCSIディスクドライブから起動するので
Ntbootdd.sys
の,計4つのファイルをフロッピーにコピーする。ヘンなフォルダの中に入れたりせず、丸裸で入れてやる。もっとも最後のSCSI関係のファイルは,本体のブートHDのルートフォルダに存在しない場合は必要ないようだった。
ここまでは、プライマリディスクから起動するためのブートFDである。これをシャドウディスクから起動するように手を加えると、フォルトトレランスブートフロッピーというものものしい名前をいただくようになる。
フロッピーのBoot.iniの属性の 「読みとり専用」をオフにする。
これを編集。最後の行に,ミラーセットのもう一方のメンバーであるシャドウディスクを使ってシステムを起動するように,パス情報を変える。うちのパワエジ君の場合はこうだ。
[boot loader]
timeout=5
default=multi(0)disk(0)rdisk(1)partition(1)\WINNT
[operating systems]
multi(0)disk(0)rdisk(1)partition(1)\WINNT="Windows NT Server Version 4.00"
multi(0)disk(0)rdisk(1)partition(1)\WINNT="Windows NT Server Version 4.00
[VGA mode]" /basevideo /sos
要するに、rdisk(0)の部分をrdisk(1)に変えるだけなのだ。そしてSCSIブートだがうちのPowerEdgeは(たぶんよそのも)オンボードSCSIだからmultiでいいらしい。
さて、その後、ただ「日記」のテーブルだけが不審な死をとげたAccess97家計簿データベースはどうなったか?夫が、一応見てくれた。「こいつ、もしさらに壊れても構わない?」「ええもう、データは救出しましたから存分に御検死を」というわけで・・・夫のWindows2000マシンで、この死んだ97版日記テーブルを見てもらった。Win2000だと、このテーブルをつついても、強制終了はしない。
「へー、さすが2000は安定なんだ」「それって皮肉だよな?」・・・ かわりに、エラーメッセージが出る。メモリがどうだかいう。でも、もちろんほとんど意味はわからず、なすすべもなく、「OK」で結局アプリケーションは終了してしまう。
そのあと好きにいじってもらったが、そのうちデータベース全部が死んだ。
「このファイルは修復不可能なほど壊れているか、またはMicrosoft Accessファイルではありません」
というのだ。壊れているというのもひどいが、「Accessファイルではありません」というのはなんかもっとひどい。「こんな子は、うちの子ではありません」とか言われたみたいな、冷たい扱いを受けた感じがする。
とにかくこれで引導を渡してもらったことになる。二度とさわりたかねえ、Access97。
死ななかったテーブルを全部と、あとDiaryだけはバックアップファイルからエクスポートする。開いて、名前をつけて保存・・・・と待て!なんだこのDiary.xlsの虫湧き湧き的な気持ち悪い画面は?!・・・規定の列幅より長い文字列がセルに入ってる場合、どうも字が重なり合うみたいなんだ。OHPフィルムを適当に重ね合わせたときみたいに。非常に気持ち悪いし、実際に使えないじゃんこんなんじゃ。Excel2000もはよから、頭が痛いなー。でもExcel2000からAccess2000へはちゃんと読み込めることは、このまえ確認してある。
さて、そうするとAccess97でExcel出ししたファイルをExcel2000で開いて、名前をつけて保存しなければ。参照ファイルとかあるから、すごい数だ。一気にまとめて開けー!
・・・あれ・・・3つしかなかったっけ・・・
たくさんの.xlsファイルが収まっているそのフォルダを確認する。すると今、開いて保存した3つだけが選択からはずれ、あとの十いくつのファイルが選択されたままになっている。
?
もう一度、それらの選択されたままのファイルを、開く!
・・・・・
表示、されないぞ!
一個も表示されないぞ!開くとウィンドウが次々開いて、一番上にファイル名だけは表示されるが、結局ウィンドウは1個、最後に開いたファイル名だけを上に冠し、だが中身が全然表示されないぞ!
ウィンドウのリストにも何もない!
・・・・・・
わたし、アタマ、くらくら来ました。でも・・・・
思い直して、わざわざExcel97を立ち上げ、そこから、その開いても表示されないファイルのひとつを開くと、今度はちゃんと中身も表示される・・・
これを上書き保存して・・・
Excel2000で開き直すと、ちゃんと表示された・・・
もーおーいーやー。ころしてくれー。ていうかてめえが死ね!これでわかった。Access97からのExcel出力っていうのが、すべての元凶だったのだ。 なんつーかExcel97では開けるが決してExcel97形式ではない、無論確かめてみたがExcel95でもなに形式でもない不明な形式に出力されてしまってやがるわけな。だったらメッセージボックス出せよな!「出力すると、二度と再びAccessでは読み込めなくなります。よろしいですか?」「いーわけねーだろ!!」・・・・
特別編にあるAccess2000での操作を涼しい顔して始めるまでには、実にこれだけの紆余曲折があったのだ。
さて、今度は慎重を期して、ていうかたりまえなんだけどOffice2000はDドライブに入れた。そうして必要に応じて97と2000を使い分けていこうというハラだ。まずAccess2000を開き・・・来やがったなイルカめ!キュキュってかわいいぞ!今度こそ勝負だ!!
さて、「新しいデータベース」を作成、その名もNoniworld2000!あと4ヶ月しかねーけど!さっき97から出力しておいたExcelファイル「お買い物0904.xls」をインポートする!
「ファイル"?!!!"が見つかりません。パス名が正しいか名前が長すぎないかどーたらこーたら確かめてください」
・・・・・
(キュキュキュッ(嘲笑))
長すぎるっておめえ・・・「お買い物0904」が長すぎるのか?全角8文字しかサポートしねえとか言うんじゃねえだろーな!なら「Diary.xls」ならどーだ!
「ファイル"?!!!"が見つかりません。パス名が・・・・」
(キュキュッ。)
まさか、まーさーかー。さっきの「メモリ不足」じゃないけど、レコード数3265は多すぎるとか?
そこでイルカ!かわいらしくケツ振ってんじゃねえ!いくぞ、しつーもん!
「テーブルに入力できるレコード数は?」
・・・・
「ケケケケ、ケケケケ、ケケケケ(質問の意味がわかりません。他の表現で入力してみてください)」
わーっはっは、俺の勝ちだこれを見ろー!じゃなくて!役に立たねえよこいつ!「より日常の言葉に近い表現で検索可能」じゃなかったのかよ?!
・・・・あ、そうか。イルカの日常の言葉じゃなきゃだめなんだ。ということは、「ケケ、ケケケケケ、ケケ?」
・・・・・・・・・・・・
むなしい・・・・・・・・
ちなみに、97の平面イルカ野郎に同じ質問をしたら、一応候補を出してきたぞ。全然はずれてたけど。
まさか。
まーさーかー。
.xlsでも、Excel2000ファイルでないと、インポートできないとか?
「お買い物0904」をExcel2000で開いて、「お買い物2000」として保存。これをインポート・・・・
シャリシャリシャリ・・・・
「テーブルのインポートウィザード」
従って行ったら、できたよ・・・・
だああああああー!!使えなさすぎる!これだけ違うのに、拡張子同じなのかよ?!・・・前途は、むちゃくちゃ遠そうだ。きみは、本当に移行することができるかー?!
煮え切らないまま2ヶ月の間Access97で家計簿をつけ続けていたわたしだが、9月のある日、この中にある日記のテーブル「Diary」が、死んだ。
レシート2枚分(1日分)を入力し終わったあと、日記のフォームをつけようとしたら、「テーブルまたはクエリが見つかりません」と言われた。「Diary」のテーブルそのものに触れると、Accessが強制終了した。ファイルサーバPower-Edgeを再起動させても、解決しなかった。
この「Diary」のテーブルをエクスポートにかけてみた。各設定まではできる。だが最後に「引数がみつかりません」が2回出る。コピー・ペーストだと強制終了。削除だと「テーブルまたはクエリがみつかりません」である。
デザインビューでも「みつかりません」・・・
おとついとったバックアップ(ファイルサーバの、同じフォルダ内にある)では、なんの問題もなく開ける。
やなのは、このテーブル自体を、エクスプローラからいじれないことである。エクスプローラには.mdbファイルしか現れないからだ。
VBでいじると、どうなるか?
新規プロジェクトを開き、「データコントロール」を導入。データベースに家計簿.mdbを指定し、Record Sourceを・・・「引数がみつかりません」
がーん。
じゃあ、データベースに、おとついのバックアップファイルを指定し、RecordSourceは・・・「お買い物」「クレジット」など、一覧が現れた。ということは、やはり・・・
こーわーれーたー。
せめてもの救いは、壊れたのが「日記」だけであり、かつおとついバックアップを取っておいたことだ。今の損失は、きのう入力した1日分の日記だけ。そんなのすぐ書き直せる。だが、そんなふうにいきなり壊れられると、これから先何が壊れるか知れたもんじゃなく、怖くてしかたがない。
・・・ということは、ついにAccess2000へ、移行せよということか?!
うーん。しょうがない。ていうか前向きに考えよう。2000へ移行だ!ここんとこわたしの運気は落ちまくっている。なんとか復活ののろしを上げねば!
では。まず、そうでなくてもここ2年分、3000件のお買い物データ、危うし。安全な状態で逃がしてやらねば。まず、こいつをエクスポートする。やはり一番安全なのはテキスト出力だ。そのつぎが銀行引き落としのデータ・・・
あれ?数字しかエクスポートされてないぞ。フィールド名は?
ああー。デフォルトで「フィールド名を格納する」のチェックがはずれてるじゃん。何考えてんだよ。フィールド名なしの方がわかりやすいのかよフツー。
で、このチェックを入れて実行すると・・・「メモリが足りません」
なーんーのーめーもーりーだーよー。
メモリ・ザルの異名をとるWin98の本領発揮か?・・・再起動してもう一回同じコトを・・・
「メモリが足りません」
殺すぞ、てめーわ!こんな処理すら飽和かよ!3年分の主婦の家計簿すら処理できねーのかおめーわ!
・・・あれ。2ヶ月ほど前、速攻で頓挫したけどやはり2000に移行しようと思ってデータのエクスポートだけは、でもやったよな?!あれ、どうしたんだっけ?Excel97で出力だったっけか。
できた。
なーにーそーれー。だがExcel出力は前科者だ!こいつ、開けんのか?!
開ける。
なーんか怖いから、テキスト出しもやっちゃお。・・・できた。
Accessからのテキスト出力は飽和・・・Excel出しの後、Excelからのテキスト出しは無難・・・・
・・・・
これは、あれだ。AccessでExcelのほとんどの機能はできちゃうから、Excelの存在意義がなくなるのを恐れたMSが、Accessのデータ容量を大幅に制限してやがるに違いない。ってほんとか?!
とにかく、必要なデータを、みんなExcel出しして・・・2000移行の準備をすることにした。
きみは、移行することができるか?!
そういうわけでAccess97にさんざ苦しめられたわたしは、やはりOffice2000にアップグレードすることにした。WordやExcelはもういいって感じだが、あのAccess97の入出力のヘボさだけはなんとかしてくれないと、という感じだった。
そういうわけで最初にOfficeを2000にアップグレードして、最初にやったのは、Access2000を入れて適当なデータベースを作り、Excel2000形式に出力し、それをAccess2000に再読込することだった。さすがにできた!むむ、それは進歩したらしいなさすがにAccess!ていうかそういうのは普通バグフィクスというぞ!
これができなきゃ、返品しようと(できない)思っていたAccessだが、じゃあ、97で作ったのにこ家計簿データベースをまずは2000形式に変換しよう。もちろん何があるか知らないので、複製してそのコピーのほうを2000で開く。
でてきたのは噂の3次元イルカである。キュキュキュッと鳴くし、すごく可愛らしい。
・・・・「これはバージョンが古いですが、変換しますか?」
ああ、してください。
「エラーが生じました、変換できません」
あのな・・・
「97形式のままファイルを開きます」
そうすか、というしかない。そこでファイルを開く。まずは、あのExcel出力云々の手続きの変更だな。マクロを新規作成・・・」
「形式が違うのでデータベースの変更はできません」
あーのーなー。
じゃあ最初っから2000で作りなおせってことかよ・・・時間かかるなもー。でもまあいいか。こういうのって古いバージョンから変換したファイルはだいたいあとになって古傷が痛み出すんだよな。ここで思い切っていろいろな改良も兼ねて作り直そう。ということで新規データベースを作る。noniworld2000である。テーブルを新規作成し、今97形式でしか開けなかった3000件あまりのお買い物リストを全選択して、新しく2000で作ったテーブルにコピー、ペースト・・・
「メモリが足りません」
・・・・やる気急降下。Officeも旧バージョンに戻すことにする。ということはOSから再セットアップということになる。そしてそのあと2ヶ月は2000には手もつけなかった。
Access97で家計簿をつけていたときの話である。わけあって(わりとヘボいわけだったがここにはあまり関係ないので割愛)Accessデータを一度Excelに出力して、それをもう一度Accessにインポートする必要が生じた。
Excelへの出力は、Accessの「出力」メニューから、Excel97形式を指定して、行う。
それを今度はAccessの「インポート」メニューから読み込み直すと・・・
イルカが出てきて、「外部フォーマットが不正です」という。
わたしは、この一連の作業をVBAで行っていたので、当然自分のコードのバグだと思った。それで何度も見直ししたが解決がつかない。だが、アプリのプルダウンメニューから同等の作業を行っても、やはりイルカに外部フォーマットが不正と言われることがわかった。なんでー?ヘルプを見ると、「リンク先のテーブルがどうんこうの」とあるが、テーブルのリンクなんて手もつけてないぞー?!
・・・原因は、AccessからExcelに出力したそのファイルを、Excelで開いたときにわかった。そのファイルを閉じようとしたとき、同じイルカにこう言われたのだ。
「このファイルはExcel97形式ではありません。Excel97形式で保存しないと機能の一部または全部が失われますがどうする?」
・・・・
あのね。わたしはAccessからこいつを出すとき、「ファイル形式」を「Excel97形式」ってわざわざ選んで出したんよ。
じゃあ、97形式で保存してやろうじゃねえかオラ。
そうして、それを再びAccess97に読み込もうとしたら、すんなり読み込まれた。わたしの書いたVBAコードでも、何事もなかったように読み込まれてきた。
なるほど、「外部フォーマットが不正」というのは、読み込もうとした外部のファイルの書式がヘンだって意味だったのね・・・じゃねーだろ!なんのために「統合環境」とかぬかしとるんじゃ!同じオフィス内でロクにファイルのやりとりもできんのか!あとわけわからねえエラーメッセージ出すなイルカ!「ファイルの形式が違うので読み込めません」とか言えよ!もっと早くキレるからよ!・・・・
結局、この作業は以下のようになされることになった。AccessからExcel形式で出力する。それをいったんExcelで開くことはできるので(できなきゃアプリCD投げてた)、これをただそのまま上書き保存する。それからAccessで読み込む・・・ファイルの自動起動や保存のスクリプトファイルもからんだボーダイな手続きになってしまった。スクリプトファイルの自動編集はWordを立ち上げることによって行われたのは言うまでもない。さすが統合環境。くそったれが・・・
2001年4月15日
我が家のデスクトップマシンは自作で、メーカーお仕着せの復元ディスクみたいなものはない。つまりWin98を自分でインストールしなければならない。それもWin95からのアップグレード版でやらなければならないのである。わたしがこれをやろうとするとかならず手順がわからなくなるので、ダンナさまがいかのような文書を作ってくれました。家訓として大切に取っておこうと思います。御覧になったかたのお役にたつかも?
我が家のWindows 98(以下win98)のセットアップ方法をここに記すことにする。そもそもWindowsといえばWindows 95かWindows NT 4.0 Workstationを利用するのがベストであると思われるが,一方では新しいデバイスのサポートという点で不利であり,こういったことから最近のクライアント環境としては好まれるとは一概には言い切れないものとなっている。Win98はUSBをサポートするため,最近発売される様々なデバイスをサポートするということになる。我が家でもHewletto PackardのプリンターDeskJet970Cxiや卵形のラベルプリンタなどがUSBであるし,携帯電話のメモリをバックアップするためのケーブルもUSBであり,今や必須のものであるということから,USBの需要は比較的高いものであると予想される。
2001年3月17日
問題発生 2000年11月/解決 同日
そんなNotesだが、便利なのはしょうがないのでやっぱり使っている。もっとも、あまりデザインの変更はないぱそ日誌はR5で編集するが、いろいろな機能を最大限に利用したいプログラミング勉強帳などはやっぱり編集でも4.6を使っちゃう。途中でデザインの変更をしたくなったときに4.6で開けなくなったらやだもんな。
プログラミング勉強帳としての使い方の一例。Windows Scripting Hostの勉強帳だ。本を読みつつ自分で解釈したことなどを書きながら、実際に作ってみたvbsファイルを添付ファイル化する。
すると・・・ブラウズモードで、この添付ファイルのアイコンをクリックすると「表示」や「起動」が選べる。「表示」を選べばスクリプトの内容がみれるし、「起動」を選ぶとその場でスクリプトが実行されるのだ。つまり,Wordで書いていたときのようにスクリプトの内容をコピーしたり、実行結果をわざわざスクリーンショットにしなくても,その場で実行して見れるというわけだ。
と書いてから、Wordでももしかすると同じようなことができるのにやらなかっただけなのかと思って試してみた。わたしのやった範囲では「ハイパーリンク」でスクリプトファイルのパスを指定することによって実行はその場でできる。ただしリンクなので、ファイルの所在が変わってしまえばリンクは切れてしまう。
それに対してこの添付ファイルは指定したファイルを圧縮して文書にくっつけるようなので、ファイルの所在はもう関係ない。だがそれがゆえに生ずる注意すべき点は,一回添付したファイルは編集も、削除すらもできない(R5だとどーかね。確かめるの忘れた)。だから添付するにはちゃんと実行して,そこに表現したい結果が出る(失敗例ってのもあるからね)のを確かめてからにする。
これであるときすげえ時間を食ってしまった。よくわからないままヴァリエイションをつけて作成したファイルを一度添付して失敗して,あとから作り直したつもりで全然うまく行かなくて,しかし修正したのはあくまで元のファイルであって実はただ最初に作成して添付したファイルを何度も起動していただけだという,お笑いぐさだ。この原因はもちろん,スクリプトの引数の決定の仕方がよくわかっていなかったからで,単なるスペルミスだったらすぐ気づいていたに違いないのだ。
NotesはJava勉強帳としても威力を発揮することがわかった。なにせ,データベース上でJavaアプレットを実行することができるのだ。無論コンパイルはDOS窓でやんなきゃだめだが、classファイルができれが、それをさらに表示するhtmlファイルを作る必要がない。あと,PowerEdgeをWebサーバにして作ったASPサイトも,NotesのWebナビゲータというヤツで見れるから、ASPの勉強帳にもなる。
そうして、こういういろんな.nsfファイルを、ひとつのワークスペース・デスクトップに、まあランチャーみたいな形で集められるのだ。一度「データベースを開く」操作をするだけでそのファイルを開くためのボタンっていうかアイコンができるので、これらのデータベースがたとえば「ぱそ日誌」「WinScr」「Java」などという別々のフォルダに入ってようがもう関係ない。便利だよなー。便利なだけにバージョンアップの問題が惜しまれる。
2001年3月1日
問題発生 2000年11月/未解決っていうか解決しろよLotus!
ぱそ日誌は電子媒体でないと検索がかけられん、と言ったわたしだがしばらくは一件一件、テキストファイルにして、日付をファイル名にしてフォルダにぶちこんでいた。そのため、1ヶ月もするとファイルは30個。見かねた夫が、「Notes使ったらどう。俺会社で使ってるけど便利だよ」
「え、そんなの家にあるの?」・・・なーんと、ThinkPad535を買ったときに、Notes4.6がおまけでついていたのだ。プリじゃなく、CDでついてたのでロクにインストールもせず、CDは静かに家の古ソフト入れの中で眠っていたのである。それを引っぱり出して使ってみた。教本は会社で使う夫が昔買って持っている。「不定形データベース」というヤツだ。文章、図、表、リストボックス、チェックボックス、リンク、添付ファイルなどを自由自在にくっつけられる。
ぱそ日誌だけじゃなく、プログラミングの勉強帳にも応用できる。ソースファイルを添付したり、その場で実行したりできるので、わざわざ実行用のプログラムを求めてフォルダを探す必要がなく、実行結果のスクリーンショットもいらない。
惜しむらくはなにせWin95のときのソフトだから、インターフェイスがなーんとなくカビくさいし、ちょこちょこ融通の利かない点もある。これ、きっともう新バージョン出てるだろうから、バージョンアップしてみたいな?と思った。夫も、それだけ楽しんで使ってるならいいだろうと言ってくれる。そこで出かけて買ってみた。お値段が非常にお手頃なのだが・・・アップデートして、愕然とした。「データベースの設計」ができなくなっているのだ。インデックスにあたる「ビュー」の設計はできるが、データベースそのものの設計はどうやってもできない。夫が調べてくれたことには、その機能はDominoDesignerという、は、8万もするバージョンに統合されて、Notesには入っていないようだ。だが、それはめちゃくちゃマニュアルやLotusサイトを探し回ってようやく得た結論だ「データベースの設計機能はDesignerにあります」という内容がDesignerの宣伝にあるだけで、「NotesR5からはNotes4.6にあったそれが削除されました」とはどこにも書いてない!付加された新機能とやら(メールとかインターネット関連のだよ、フン!)についてはしつこいほど大々的に宣伝してるくせに!
ユーザーのニーズとか、コストの関係とかあるんだろうから、バージョンアップでダウングレードってのもあるだろう。だけど、削除したなら削除したって書いてほしい。だったら買わないし、もし買ってしまったあとでも明記されていれば、「そうか、削除されたのか」ってわかれば、それなりに使い道を考える。だけど隠すなよ!・・・・取りあえず、4.6と5を別ディスクに入れて、設計は4.6、編集は5でやることにした。5にはさすがに期待したとおりの編集機能の大幅向上は、確かにあるもの。互換性がちょっと心配だけど。・・・ま、Lotusというメーカーに対する不信感がつよーく残ったのは、確かである。
2001年3月1日
自作のAccess家計簿ソフトは、以後もときどき小さな修正をしたり、一時的に変更して他の用途に使ったりする。ここでは、集計を行う日付の範囲を一時的に変えて使うことが必要になった。
日付抽出のためのモジュールは「今月のお買い物」という名で、ここには「今月分のお買い物」というFunctionが書かれている。「分」の字のあるなしは、モジュールの名前とFunctionの名前が同じではいけないというイルカ野郎の都合によるものだ。
さて、一時的な変更でもなにかヤッてしまうと困る。そこでモジュールのコピーを「今月のお買い物コピー」という名でとっておき,本物のほうを一時変更した。
そして、元に戻すにあたり、コピーのほうはもとのままなんだから,記述を2転3転するよりはこっちのコピーと置換した方が早いと思った。
というわけで今変更を加えた「今月のお買い物」を「今月のお買い物old」にして,「今月のお買い物コピー」を「今月のお買い物」に変えて,このモジュールを実行するというマクロを実行した。すると、
「Function名が正しくありません」
なに〜? ・・・なーんとなく,わかった。VBAではFunctionを呼ぶときに,Functionの名前だけを指定するが,実はどっかでそのFunctionが書かれてるモジュール名も関わってるに違いない。それも独自のプログラム名みたいので指定してんだよ,きっと。だから同名でも別ロットのファイルというわけで,受け付けねえに違いない。
くそったれ・・・だが,それでおとなしくもとのファイルを再利用するわたしじゃない。悔しかったので,あらゆるコードを検索し,Function名 「今月分のお買い物」
の部分を 「今月分ののお買い物」 にしてやった。まったく新しい名前で関連づけをしなおしたわけである。
実行。ほれ,行った。「の」の字ひとつにだまされやがって。ちょろいぞイルカ! ・・・だけど、そういう部分が見えないっていうのは怖いと思った。こっちで設定できる限りは、全く矛盾ないように見えるんだよ。
2001年3月1日
問題発生 2000年11月/解決 同日
600EでUSB接続のスキャナを動かそうとしたときのことだ。PSLiteで「TWAIN機器からの入力」というのを選ぶ。いつもならここでスキャニング画面が立ち上がるはずだが・・・
静寂。 これが一番困る。エラー表示もフリーズもなしで,操作は受け付けるがそのあと何も起こらないという。人間でも頼み事をあからさまに「イヤだ」と言われれば,「ぜひお願いしたいのよ,その理由はね」とさらなる説得を試みることもできようが,頼み事を「はい,わかりました」と言われて3年ほっておかれる,というのが一番大変だ。おかげでドライバだのソフトだのを削除したり入れ直したりひでえ目にあった。
結論を先に述べるが、その前に「TWAIN機器の選択」てヤツを選んでおくべきだったのだ。実は問題は先にインストールしておいたUSB接続のTVチューナーだった。これもTWAIN機器と見なされているらしい。両者のUSB併用は初めてだったので,すぐにわからなかったのだ。ゆえに,わたしは我,デバイスドライバのセットアップに失敗せり,と思ったわけだ。
原因の発覚は コントロールパネルの「スキャナとカメラ」の利用だった。一応,正常動作と書いてある。テストできるようなのでしてみると,なんかちゃんと動いてる。じゃあドライバはいいんじゃん、というこになる。そして、ここに「スキャンイメージの入力先」という指定項目があり,PSと「イメージング」があった。そうか、「イメージング」でもできるんだ。ということがわかり,「イメージング」を開くと,ハッキリいってスキャニング専用ソフトというか夫に言わせればスキャニング以外ほぼなにも役にたたないというこのソフトには,ダイレクトに「新規スキャン」という命令があった。よーやくたどり着いたスキャン命令。これをかますと・・・
真実のかけらが現れた。
「スキャナを選択してください。canoscanかTVチューナーか?」
「canoscanだよ!」 と選択して、命令を出してよおーやっとスキャン画面が出てくれたというわけだ。
TWAINというのは「特に名前のない機器」とかいう意味の略語だと本で読んだことがある。だからTVチューナーがそれだと言われても、まあ、嘘だとは言えないんだろうな。でも・・・なんかやられ感が強かった。
2001年3月1日
問題発生 2001年1月 / 解決 同日
Accessで自作の家計簿ソフトを作ったわたしに、初めてのクリティカルな月集計の日が来た。つまり2000年12月25日から2001年1月24日までの日付におけるデータ抽出をしなければならないというわけだ。
入力した年と月を変数にとりこんだクエリ作成VBモジュールを作っていたわけだが、ご想像の通りそこには
LastMonth=ThisMonth - 1
などという計算がなされる。つまり「ThisMonth=10」と指定すると、LastMonth=9となり、 LastMonth/25からThisMonth/24までの日付が検索されて抽出されてくるわけであるが、今月はThisMonth=1なので
LastMonth=0になってしまう。もちろん、それを見越してIfで分岐する処理は作っておいたつもりだ。だがそれはちゃんと動くのか?!試してなかったのだ。
試してみた。ThisYear=01、ThisMonth=1で、集計ゴー!
まず、抽出結果だけ見てみた・・・今日の分しか、抽出されてない。このまま集計までやってしまってたら支出の少なさにぬか喜びしてしまうところだった(なわけねえよ)。
何が悪いのか?・・・これはクエリを作成するモジュールなので、できたクエリをデザインビューで開きダイレクトにSQLを見てやればいい。
「あ。2001年12月25日から2001年 1月24日までになってる」
なーるほど。それじゃ今日から向こう1年を抽出することになって、つまり今日1日しか抽出されねえよ。そーか、1月の集計は月が変わるだけじゃなくて年も変わるんだ!
ということで、LastYear=ThisYear-1みたいな変数を新たに分岐処理中に導入し、引数の受け渡しなどもちゃんと直した。 そうしてもう一度ゴー。
・・・今度は、ぜーんぶのデータがそのまま出ちゃってる。このまま集計までやってしまったら支出の莫大さに青くなるところだった(なわけねえって)
今度は何が悪いんだ?・・・「あ。200年12月25日からになってる」
西暦200年じゃ、大化の改新だってまだ起こってないはずだ。原因は無論、一昨年しろーとどもにさんざ偉そうに糾弾されたコンピュータ黎明期の開発者たちと同じ手抜きをやったからである。それも彼らはメモリの節約のためにやったのだがわたしはただ入力がめんどくせえからというだけでやったのだ。同じとか言ったらきっと彼らに「192MBもメモリ持ちやがって手え抜くかコノヤロー」と袋叩きだろう。01年から1を引いた答えは、00になってくれなかったのだ。たぶん書式をちゃんと指定してやればなってくれたのだろうが・・
・
結局は急がば回れで、ThisYear=2001と入力して処理するようにモジュールを修正した。これで10000年たとうが大丈夫!でも財政は相変わらず赤ぎみだ・・・
2001年3月1日
問題発生 2001年2月/解決っていうかそういうもんだと思った
わたしのケータイはごく限られた相手としか通信しないしその内容もそう重要ではないので、あまりデータのバックアップは必要としない。だが、さーすが職業を持つ社会人である夫は、ケータイバックアップソフトなどを活用している。バックアップソフトはUSBからケータイにケーブル接続するヤツで、ゆえにわが家のデスクトップWinマシンの1台に、そのケーブルが常時挿しっぱなしになっている。だがある日わたしは、そのマシンで印刷をする必要にかられた。それでUSBのプリンタをがちゃがちゃ接続したりやめたりしているうちに、うっかり夫が挿して置いたUSBの携帯接続ケーブルを、前と違う端子に挿しなおしてしまったのだ。でも、USBってバリバリプラグアンドプレイなんだからとごくかるーい気持ちでいた。
だが、帰宅後夫が携帯電話との接続にトラブっているのがわかった。わたしにはむろん覚えがある。そういうときごまかすのは帰って事態を悪化させるということはわかっている。そこで正直に話した。おこられたけどわかった。いかなプラグアンドプレイといえども、挿す場所が変わると、ドライバからなにから全部更新になっちゃうのだ。そうしてソフトウェアの中には、接続や同期の設定がそれで全部わやくちゃになってしまうものもあるらしい。なーるほど。深く反省した。そうしてUSBを挿抜するときは、位置をよく確認することにした。ところで「活線挿抜」って日本語で渋くていい言葉ですが、「かっせんさしぬき」と読んだのはわたしです。
2001年3月1日
問題発生 2000年9月26日
たまった日誌を一気に片づけるとか、パソターム大頻出の文書を書こうとするときには、ViaVoiceが威力を発揮する。単語登録を賢く行いキーボード入力を鍛えれば音声認識がキー入力をいつも凌駕するとは言えないが、なんてったってはんなりしゃべってると文章になるんだからお楽感は断然強い。
そこで思い出したのだが、SpeakPadの困ったところである。こいつは保存のときのデフォルトがWord6文書(*.doc)になっている。テキスト形式で保存すると、保存のたびほんとにこれでいいのかと聞いてくる。わたしとしては、Word6文書(*.Doc)での保存こそファイル形式の確認ダイアログボックスを表示してもらいたいものだ。「この形式で出力すると、Word97では読めません。よろしいですか?」
いーわけねーだろ!!!・・・と、また怒りが炸裂しはじめた。そーおーなのです。ここで保存した.doc文書は、つつこうがファイルメニューから開こうが、Word97では読めないのだ!おまけに今度導入した2000でも読めない!
ところが、わたしは最初、これをWordPadの問題だと思いこんでいた。だってアイコンが同じなんだもん。ってずいぶんな思いこみだが、それもこれもあんた、Access97でExcel97形式で出力したファイルはこの形式で出力すると二度とAccessでは読み込めなくなります。よろしいですか?いいわけねーだろ!!!!・・・という前科があるからだと、いいたい。とはいえ、WordPad文書について確認しなかったのはわたしの調査不足でした。ごめんなさいWordPad。ちゃんとWord97でも2000でも開けます。
だから、本当は SpeakPadを使いたくないのだ。でも、ダイレクト入力はSpeakPad入力より格段に遅い。それに、解析したり単語登録したりしてくれないのだ。待てよ、SpeakPadに「転送」という機能がある。入力した文書を選択して、ほかのアプリケーションに移してくれるらしい・・・まあ、コピーペーストだって同じだけど?!
だが、使ってみようと思った。それで、今入力したうーんと1000字くらいの文章を全部選択した。そのときに恐ろしいことが起こった。
全部選択したところで、ふとハナイキを「ふ」と漏らしてしまったのだ。1000文字が一瞬にして消え、「ふ」という一字に置き換わった。あわてることなく「取り消し」を選んだからよかったが・・・もっとも一応保存もしてたんだろうけど・・・微妙な作業をするときは、マイクオフにしましょう。
2000年12月15日
問題発生 2000年10月13日/解決 同日
JavaにしろWSHにしろ,コマンドラインから実行しなければならないときがあるんだが,ディレクトリの深い階層にいちいち降りてくのはむちゃくちゃめんどくさい。
これを何とかする方法はいくつかある。一番最初に考えたのは,こういうバッチファイルを書くことだ。ここではMS-DOSプロンプトを実行するとC:\WINDOWS>と出てしまったときのことだ。
R:
cd \Nonindows\NONIJAVA
Rはjava関係のファイルが置かれているフォルダ\Nonindows\NONIJAVAがあるファイルサーバのネットワークドライブレターだ。
このバッチファイルを JAVA.batという名前にして、C:\WINDOWSフォルダに入れてやる。そうしておいてDOS窓を開き,
C:\WINDOWS>JAVA
と打ってやれば,R:\Nonindows\NONIJAVAまで降りていける。 しかし,もっと簡単な方法を見つけた。
「スタートメニュー」の「DOSプロンプト」のショートカットをタスクトレイに作る。このプロパティの「プログラム」タブで,
「実行時のディレクトリ」を
R:\Nonindows\NONIJAVA
に変えてやればいい。これで,タスクトレイアイコンをかちっとやるだけでそこに行ける。
他の方法としては,こんなのがあった。たぶんショートカットで,いいと思うのだが・・・
果たして,このDOS窓を開くという作業は,何のファイルを起動することにより行われるのか?実はわたしはよく知らなかったのである。
だがプロパティで調べてみると,親玉はC:\WINDOWS\COMMAND.COMだというじゃないか。じゃあ,これをつつけば開くの?
開いた。 じゃあ,こいつのコピーを作って,実行時のディレクトリを指定してやれば,そこに行ってくれるの?
・・・わたしはそいつをその場でコピーして,NONICOMMAND.COMというファイルを作った。プロパティをいじって・・・ だめのようだ。 ところが,こいつを別のフォルダに移して(同じフォルダに紛らわしいファイルがあるとよくないと思ったんだ)そこでつついたら,一気にそのフォルダに行った。
そーゆーからくりなんだ!
そこで,わたしはJava勉強帳として使っているLotusNotesにこいつを添付ファイルとしてくっつけ,Notes書類から一気にこのフォルダに行くDOS窓を開かせようかと考えた。つまり,
R:\Nonindows\NONIJAVA\NONICOMMAND.COMを添付したのである。で,添付ファイルを開いたら
ちゃんとR:\Nonindows\のにテク\NONIJAVA\へ行ったぞ!とにかくこれでコマンドラインから実行することへの負担ていうか気詰まりはだいぶ軽減された。
2000年12月15日
問題発生 2000年4月20日/解決 同日
さて入手したBIOSファイルを一応サーバーに保存しておいて、このサーバーからMacに説明のテキストファイルを表示させそれを見ながらThinkPadにインストールするというなかなか便利な方法を用いた。
しかし読むとこれは600Eでもなんとかという型番でなければ使えないので間違いないようにと書いてあった。そこでThinkPad機能設定のシステム情報を開いてみた。すると機種の型番もBIOSのファイル名も全然違うことに気がついた。たぶんここでまあいいだろうと思ってヤッてしまう人がトホホなのだろう。わたしはそれより少しマシで、少ししかマシでないのはちゃんとした人なら最初からちゃんとしたものをダウンロードしていたと思うのだが、もう一度よく見てこの型番とファイル名が合うものがあったらそっちをちゃんとゲットしようと決めた。
でもう1回アクセスするとちゃんと合うものが他にあった。非常に危ないところだった。このままやっていたらボード交換だったかも知れない。そういえばこれを買ったコアな店でも、わたしが「600Eをください」というのに店のニイちゃんは冷たい目をして「4BJですね」と言ったものだった。600Eにもいくつも種類があるわけだ。
さてテキストを読み進めながらBIOSのファイルをフロッピーにコピーしてBIOSの更新を試みようとしたところで、無線LANカードが入っていたことに気がついた。こういうインフラの改良の時には周辺機器などはなるべく繋げない方がいい。説明書には特にポトリは外せと書いてある。あと実はバッテリーもフルチャージされてなければいけないそうだ。
あぶねえあぶねえとLANカードは外していよいよBIOSの書き換えになった。ところが執行命令を下した後さっき、他ならぬこのBIOSをゲットするためにインターネットを使った際にモジュラージャックをモデムにさしたままなのに気がついた。ちょっと青くなった。もし電話とかきたら終わりなのかなとも思った。その日はまず不動産屋さんからの電話を待っていたし、後宅配便とかセールスとか結構電話の多い日だったので、なおさらキモを冷やした。しかし30秒の間に電話はかかってこず、一応更新に成功したらしい。しかし更新に成功しましたとかいう派手な画面はでないのでちょっと寂しかったが次に進んだ。
マニュアルにはそのあとBIOSのセットアップ画面を立ち上げてテストをしろと言われた。セットアップ画面はF1キーで立ち上がる。カーソルが小鳥の形で、トラックポインタに触ると羽ばたくというとてもかわいいものであるが、そのテストの仕方をまず間違えた。テキストマニュアルを二三行読み飛ばしてしまったのである。本当はまず「Config」をイニシャライズしてからテストに移らなければならなかったのに、いきなりテストしてしまったのである。
テストはパーツごとに順番に進むようだが、メモリチェックでひっかかった。と思った。かなりブルーな気持ちで一度電源を切り、もう一度セットアップを立ち上げて今度はそのConfigのイニシャライズというやつをやった。コレクターユイでさえイニシャライズできるのにとかそういうことは言わないでおいて、次にもう1度テストをした。するとやはりメモリチェックで引っかかる。
しかし本当に馬鹿みたいに青くなったわけではない。メモリ196メガというのは(これはホントのメガ)かなりでかいメモリである。メモリは増設すればするほどチェックに時間がかかるという話はよく聴いている。たぶんそれで時間がかかっているのだろうとは思う。そこで自動チェックはやめて軽そうなものを先に全部チェックしてから最後に大魚にとりかかることにした。これはなかなか良い判断だったかもしれない。今度は辛抱強く待っているとさっきひっかかったと思った場所からようやく進んで、かなり長い時間かかったがメモリもちゃんとチェックできた。
そこで今度はWindows98を立ち上げThinkPad機能設定のシステム情報でBIOSの設定を見ると、と言っても実は前のバージョンをチェックしておくのを忘れたのだが、さっきのBIOSの更新マニュアルに書いてあった最新バージョンになっていた。
このようにしてBIOSの更新は無事終了したが、合計いくつ怖い思いをしたことだろうか。やはりあまり何度もやりたいものではない。
2000年10月5日
問題発生 2000年4月20日/解決 同日
ある雨の正午に近い午前中、わたしはThinkPad600Eをリカバリディスクから再セットアップしていた。なんで再セットするはめになったんだったか、あんまり多いんでよく覚えてない。お昼のメールにそんなことを書いて夫に送ると、返信がきて600EのBIOSは新しいのがIBMのサイトで配信されてるからダウンロードして更新したらとのこと。
これはやらなければいけないなと思った。BIOSを新しくするといかにいいことがあるかというのはダイナブックのBIOSを新しくしたときに経験ずみである。そこでひとりで多少不安だったのだが、思い切ってインターネットで新しいBIOSを入手してBIOSを更新する決意をした。
まずうちの標準インターネットマシンであるMacでIBMのサイトに行き、600EのBIOSはすぐに見つかったが、「ダウンロード」をクリックするとと文字化けページに陥ってしまった。
これは後に夫に聞いたところ、こういう場合はダウンロードをすぐに中止し、というのはツールバーの中止もしくは停止のボタンを押して、もう1回ダウンロードのページに戻って、ダウンロードとかいてある部分をクリックしてしばらく押しっぱなしにすると、メニューボックスが現れるのでリンクの保存だったかリンク先を保存だったかいうのを選ぶ。するとMacでもダウンロードできるのだそうだ。しかしその時はこれではわからなかったのでやはりWinマシンのインターネットエクスプローラーからダウンロードしないとまずいかなと思った。
しかし今インターネットにつなげるWinマシンてどれだろう。 前はとっさにのにこ1号にモジュラージャックを付け替えてやればそれでよかった。しかしのにこ1号は確か昨日再セットアップされてしまったはずで、インターネットの接続とか設定してあるかどうかわからないしせっかくきれいに再セットアップしたのに変なデータで汚したいとは思わなかった。他にはAptiva20jがあるが、20jは「簡単インターネットと」いうキャッチで売っているのを格安で買った後、まず最初の行われた改造がモデムを引っこ抜くことであったことは代々笑い継がれるべき話である。もっともあとから夫にきいたところ、20jのシリアルポートに今Macで使っているサン電子の外付けモデムをつなげればいいという方法もあるのであった。なるほど全然気がつかなかった。
とにかくそれでしばらく考えた後、気がついたのがこの600Eである。何せWindowsはモデムが大好きだから、今切ってあるモデムさえ有効にすればあとは万難を排してもモデムのための機能を用意してくれるだろう。しかし急いで接続したいというときになると、いつもだとしつこいほど立ち上がってくれるインターネット接続ウィザードが立ち上がらない。インターネットエクスプローラーのインターネットオプションを開いて接続というボタンをクリックしてウィザードを立ち上げた。これはバージョンが古いせいか勝手に電話をかけたりということはなかったが、やはりDNSの設定をどうしても手動でさせたくないらしい。よほど不便なプロバイダの場合は手動で設定しなければいけないこともあるかもしれませんのようなことを言われて無理やり設定した。その後どうすればダイヤルアップするのかよく分からなかったが、結局どこか適当なサイトを指定すれば接続が上がってくれた。同じ所を見つけ出してBIOSをダウンロードした。
今度はちゃんとダウンロード画面に入った。もちろんテキストもダウンロードしておいたが、実は実行ファイルを解凍すれば自動でついてくるものでもあった。
2000年10月5日
問題発生 2000年 5月/問題解決 2000年7月16日
実は、先日の遅々として進まぬデータ移動操作の間、我々はただバカ面下げてステータスバーの伸びるのを見守っていたわけではない。メディアヴィジョンのウェブサイトにアクセスして、サポートページを見てみたのだ。すると、あった。
「処理に数時間から数十時間かかることがあります」 と。
「このとき、先頭パーティションを、50MBからそれ以上空けて作成することによって処理時間が大幅に縮まります。これはアルゴリズム上の問題のようで現在改善を急いでおります」
かなんか。同様のことは説明書にも添付されてあったが、これほど深刻なものとは思わなかったのである。しかし、この問題についての記述は非常に誠実なもので、仕様ですとか、ハードウェアは対応してるがドライバがないとか(執拗だ)とかいうのとは違い、悪くない印象をわたしに与えた。だったらお待ち申しましょう、そうしてこの次のトライでは御指示どおり先頭を少し空けてみましょうという気になった。
あと、アップデータを配信していた。いくつかの問題が修正され、安定性が向上するらしい。これをダウンロードして、ファイルサーバに入れておいた。この次のトライではアップデートもかまして見ることにする。
と、いうわけで、FAT32に変換されたシステムに、次にVirtual Partitionをインストールするその前に、ネットワークの設定をしてサーバからアップデータを引っ張ってこようということになった。そして無線LANのドライバをインストールしようとして、わたしは少し慎重さを欠いたためにまたやってしまったのであった。
何をやったかというと、ドライバファイルはCD-Rに焼いておいて600Eの内蔵CD-ROMドライブから読むのだが、PCMだのPCIだのNTだの2000だのといくつかフォルダがあって、設定ファイルがそのうちのどのフォルダだったかをきちんと確かめないでうろ覚えで指定してしまったのである。
すると、デバイスマネージャは読み込み処理の途中で、なんだかのファイルを寄こせとぬかしてきた。 これは、たぶん同じ場所を指定してやれば、なんてことなく処理は続くはずだ。でもえーとどこだっけ、さっきうろ覚えで指定したからなあ・・・いかん、やっぱりちゃんと確かめてからもう一回やろう。
いつも自分で馬鹿だなと思うのだが、わたしという人間は、いい加減に物事を始めながら、あとから悩み始め、わざわざ撤回したりするのである。だったら最初からキチンとやるか、最後までいい加減で通すかどっちかにすりゃいいものを。仕事をしていたときも、この性格でひでえ無駄な時間を食っていた。このときも、もう一度うろ覚えで指定してやれば、たぶんそれで当たりを引いたと思うのである。が、救われないわたしはここでインストールを中止してしまった。
で、デバイスを一度削除して、再起動したが・・・ 実はこれをわたしは前にもやっている。同様にこのドライバを入れる途中に、YES/NOを選ぶところでよく見もせずにうろ覚えでNOを選択してからあれっNoでよかったっけか、自信ないよしもう一回と、インストールを中止したのだった。この場合もノートの場合はNoを選べとちゃんとメッセージに書いてあるんだからそれをよく確かめてから選ぶか、うろ覚えでNoにしちゃったけどまあいいかと続けるか、どっちかにするべきだったのだ。過ちては改むるに憚ることなかれ、と言うがそれも時と場合により、インストール作業の場合はそれは偽であると考えざるを得ない。
とにかく、再起動すると起動画面はガビガビの文字化けになり、途中で止まるがなんとなくどれかキーを押すことを要求していそうなので押すとまたすすみ、という宇宙人との対話状態になる。
そしてようやく起動はするが最後にとどめの死刑宣告。
「ナントカ.dllファイルを読み込めないので、以下の機能の一部または全部が使用できません:Microsoft Network」
ハードウェアのせいではないのは百も承知の上で液晶を叩き割りたくなるような日本語である。本当はこの翻訳をやったヤツ、いやそもそも原文のメッセージを作ったヤツの頭を叩き割るべきなんだろう。しかし今一度謙虚に考え直すと、こんなことでパニくっているわたし自身の頭も決して保護されるべきではなく、お互い頭突きしあって仲良く頭蓋陥没しあうのがもっとも妥当な神の罰と思われる。わたしは前回同様、デスクトップに「ネットワークコンピュータ」のアイコンが出ないのに愕然とし、これではネットワークの設定ができないではないかと絶望し、果たしてもう一度システムのリカバリからやり直したのである。
読んでいる人がいるとしたら歯がゆくて歯の健康を損なう恐れがありますので、その後夫からきいて得た正解をあらかじめ書いておきます。
1.デバイスの削除だけではだめで、プロトコルも一度全部削除してから、入れ直せばたぶん改善されたと思う。
2.ネットワークのプロパティは、コントロールパネルの「ネットワーク」の「プロパティ」で変えればよい。
特に2番については、わたしはWin95を使い始めてから5年目でようやく知った事実であった。神よこの女を許したまえ。だけど1回指定してやったのを忘れてまたファイルを寄こせとか急に言って来やがるデバイスマネージャのくそったれは大いに罰したまえ。
で、もう一度リカバリをかます際に、要はシステムファイルだけを復元すればいいんだから、リカバリーのオプションで「現在のパーティションを維持しCドライブだけをフォーマットする」を選んだ。そうして復旧を待っていると・・・
初めてエラーが出た。なんだかのイメージをコンプレスできないとか言う。そして選択肢は「終了」しかない。
・・・・ たぶん、これが本日の運気最低点であったろう。しかし、わたしも一応、ずいぶんの修羅場を抜けてきた。もっとも修羅場のほとんどは自前のものだが。それで、やることはひとつしかないと思った。つまり、全く初期の状態に戻すことである。「出荷状態に戻す」を選んで、結果が怖かったので買い物に行った。いつものスーパーの店員さんの中で、「あの奥さんよく激しく落ち込んだ状態で現れるよな」と思っているひとがいるかどうか?・・・しかし戻ってきてみると、今度はちゃんと復旧されていた。たぶん、CドライブをFAT32に変換したりなんだりしたので、システムのフォーマットだけではよくなかったのだろう。
気を取り直してもう一度MSのFAT32コンバータをかまし、ネットワークの設定を今度は慎重にやって、ファイルサーバにアクセスできた。Virtual Partitionをインストールして、サーバから引っ張ってきたアップデータを実行した。するとアップデータは今入れたVirtual
Partitionをアンインストールして、自身をインストールした。 ・・・・・・ そーいや、きのうのダウンロードのページには、「現在のバージョンを削除して、ダウンロードしたアップデータを実行してください」とかいうようなことが書いてあったっけ。よく読めって・・・・・
だが、どうやらとにかく新しくはなったらしい。これを起動して、Cドライブのサイズ変更を。
できない。ハードディスクのサイズはグラフィカルに表示された領域の、前後についてるカーソルを左右方向にスライドさせることによって指示するのだが、縮小する方向にしかスライドできない。
きのうからこのソフトウェアのマニュアルを読んでいるが、例としてでているのがみんな、Cドライブを縮小して空き領域に別のOSをインストールするような場合ばかりだ。やはりシステムパーティションを増大することはできないのか?!
・・・・・・ しかし、わたしは、わたしにしては落ち着いていた。まず、8GのDドライブの先頭カーソルを後方にずらして5Gに減らした。この処理はあっと言う間に済んだ。再起動して、Cドライブの後方カーソルをできた空き領域いっぱいに広げることができた。よーやくわたしのやりたいことがソフトにわかってもらったという感じだった。そうそう、前のほうは50MBか以上空けるんだっけ、100MB空けてみましょう。Cドライブもこうして5Gにするということで、やっちゃってください。
うわ、やっぱり時間が・・・かかって・・・るわけでもないみたいな・・・やっぱり前よりは速・・・いじゃん。マジで速いよ。1時間もしないうちに、終わってしまった。
再起動。見事にCドライブが5Gになっていた。 おいおい、マジでできちゃったよ。こんなお安いソフトで。メディアヴィジョン恐るべし。先頭の100MBの空きってのがちょっと気持ち悪いけど。そのあと600EにはViaVoice他いろいろインストールして、使っていますが、今のところ元気です。復旧ディスクは作ったけど。
問題発生 2000年 5月/問題解決 2000年7月16日
ThinkPad600E。HDDが10Gもあるのに、システムパーティションはFAT16の2Gに制限されている・・・もちろん、リカバリーディスクなどに頼らず、ドライバをがんがんゲットして製品版のOSを入れちゃえば、FAT32で使える。夫はOSなしモデルの600に実際それをやっている。でも、いまだドライバの自爆ファイルを不用意に触ってCのルートにドライバファイルをぶちまけてしまうようなジャガーノート野郎のわたしにとって、それはちょっち厳しい作業である。あるいは、Win2000を入れれば2Gどころか8Gの壁も突破である・・・が、それではわたしの遠大な野望(600Eとマイケル/キッドの仲になりたい!)に必須ツールと思われるViaVoiceが使えない。あと、WorkPadとのシンクロのための赤COMも・・・・というわけで、今まではCドライブにはOSと、あとViaVoiceのようにシステムフォルダに入れることが是非とも必要なソフトのみ入れて、あとはDドライブにインストールしてごまかしてきた。
だが、最近600Eがネットワークでトラブるようになり(実はOSのせいじゃなくてわたしの設定の間違いだったんだよおーん)いよいよ再インストールを決意したときに、夫がパーティショニングユーティリティーを買ってくれることになった。Partition
MagicとかSystem Commanderとか言うやつである。お高いんだけどー。1万なにがしも出して無精を決め込むよりちゃっちゃとドライバ集めてきた方が賢いのかも知れないんだけどー。でもOCRでダンナさまのお手伝いしたご褒美っていうか、それよりは上記のルートフォルダドライバぶちまけ事件等でこいつにドライバを扱わせて被る災禍よりはマシとの御裁量なのか、とにかくそれを買いにパソ屋さんへ行った。
実はサーバーのリモートコントロールソフトと一緒に買いに行ったのである。リモコンソフトにスグレモノが見つかり、そしてパーティショニングソフトにもなんと見つかった。Virtual
Partition というソフトである。メーカーはメディアヴィジョン。結構有名じゃん。それにしてはずいぶんパッケージの外観がショボい(よく言えば簡素っていうかいいんだよ)な・・・と思ってみると、アップグレード・乗り換え優待特別限定版で、すげえ安い!やっぱりほかのお品の半額程度!でも、対象製品持ってるかしら?心配はなかった。携速、そして激シリーズが堂々家にある!なるほど、そこの会社だったんだ。もし問題あったとしても、これはもう毒を喰らわば皿だ!で、買った。そんなわけで予算が浮いたぶんグラフィックボードを買った。それはいい。
家に帰って、まず600Eにリカバリディスクをかます。重要なファイルはいつもサーバから使っているので、バックアップするものはほとんどない。ViaVoiceのヴォイスデータとWorkPadのシンクロデータ、あといつもスタートのとき現れる600E君のメッセージングスクリプトくらいである。リカバリーが終わると、まず常駐ソフトを切る。タスクスケジューラ、こいつは断りもなしにセットアップとともに居座りやがって、その停止命令は詳細なんてところに隠れてやがってよほど停止させたくないらしいが停止してやった。あと、省電力関係をすべてなしにする。ふたを閉じたときにサスペンドするかどうかの設定も別にあるので注意深く選んでおかなければならない。スクリーンセイバーなど言語道断である。
そうして、Virtual Partitionをインストールした。インストールしている間、わたしには気になって気になってしょうがないことがあった。この作業の指導にあたりなんでもない顔でインストール画面を見ている夫に思い切って聞いてみる。
「これのシステムパーティションってFAT16だよね」
「うん」
「その限界が、2Gなんだよね」
「うん」
「だったら、これ以上領域拡張できないんじゃないの?」
「だからFAT32に一度変換するんだよ」
「システムパーティションを?」
「うん」
「自分の乗っかってるアロケーションテーブルを変換するの?」
「そうだよ」
「へええええええー」
知らなかったのである、実は、そんなことができるなんて。ちょうどその前日の金曜日見たテレビで、4次元空間にとばされたドラえもんが、自分のポケットに自分でもぐり込んで3次元に帰還する、あのなんか矛盾をはらんだっぽい不思議な自己回帰感を思い出した。そんな暇に、インストールが終了した。
じゃあやってみよう。まずシステムパーティションをFAT16からFAT32に変換。
変換作業のステータスを示すウィンドウがぱっと立ち上がって作業が始まった。だがわたしはほぼ同時にその陰にもうひとつウィンドウが立ち上がったのに気づいた。それは陰に隠れてほとんど見えないが、ちょこっと出ているタイトルバーの左端に「ハー」と半角カナの2文字だけが見えている。
「ハー、何なんだろう・・・」
すごい気になる。たぶんハードディスクがどうのというんだろうが・・・しかし、カーソルを動かすことはまかりならぬ。作業中に少しでもシステム様のお気をそらせると、フリーズしカレントパーティション全滅の恐れがあるぞよと、説明書に書いてある。
そこで黙って見守ることにしたが、も。の。す。ごーく時間がかかった。それも、プロセスが進むごとに時間がかかっていくのである。「データの移動中」という状態になって、ハードディスクのアクセスランプはビガビガしまくりになり、ステータスバーがかたつむしのような歩みになった。5時間、6時間たっても終わらない。だがそれでもすこーしずつは、バーが伸びていくので、やめる(電源を切ってもう一度リカバリディスクからやり直す)わけにもいかない。
結局そのままにして、寝た。朝起きてみると、ウィンドウの表示が変わっている。「ファイルシステムを更新中」となっていて、ステータスバーは100%まで行っている。だが、OKボタンが無効だ。そしてハードディスクのアクセスランプは虫の息。
朝ご飯の用意をして戻ってくると、夫が「なんか途中でエラーログが出てたよ」と言う。
「どんな?」
愚問であった。どんなエラーログだったか、この夫が説明しないはずはないのである。夫は果たして「バッタもんパーツの効能書きみてえな全く不可解な日本語だった」と断言する。それにOKボタンを押してやったらまたハードディスクがさかんにアクセスしはじめたのだそうだ。
だがそのうちカリカリカリカリッ、と言ってウィンドウが現れた。
「ファイルシステムの変換失敗/Virtual Partitionがインストールされていません」
な・ん・じゃ・そ・りゃあー。 OKを押させたいらしい。とうていOKと言える気分ではなかったが、仕方ないので押すと、次のウィンドウが。
「ファイルシステムの変換に失敗しました(OK)」
しつけーぞてめえ・・・・
そして、それが閉じるとともに、きのうの謎のウィンドウが正体を現した。 「ハードディスクの容量不足」 かなんかだった。ディスクのクリーンアップをしますか?と言う。たぶん、しなかったと思う。そのせいかあっという間に凍り付いた。きっと見捨てられたテンポラリファイルが死屍累々2G中に散乱しているのだろう。強制終了もだめ。電源を切った。
わたしが空虚感丸出しで皿を洗っている間、夫は出勤前の忙しい時間を割いて電源を再び入れ、起動しないっていうかブートフロッピーを要求されてしまうことを確かめ、だがリカバリCDからはちゃんと行くことまで見出してくれた。
夫は出がけに、「今度はマイクロソフトのFAT32コンバータで、変換だけやってみな」と言う。
「あ、そういえばそんなものが・・・・」
そうそう、スタートメニューにあった。だが、わたしは使ったことも使おうとしたこともなかった。なるほど、あれはそういうためのものだったのか。ぜーんぜん知らなかったなあー。
夫は出社し、わたしは掃除などしている間に、600Eの復旧を終えた。それから前日と同様に常駐ソフトを切り省電力をチャラにし、スタートメニューからFAT32コンバータというものを開いた。
なるほど、システムの入っているパーティションを変換するときはどうのこうのと注意がなされた。てことはできるってことだ。どんどん進んで行くと、予告通り再起動してDOSモードって言うかあのいつも「システムが正常に終了されなかったためハードディスクにエラーがある可能性があります」というすばらしい日本語で行われるScanDiskと似た画面で自動処理が進んだ。そして自動再起動。立ち上がってログイン画面になり、パスワードを打ち込もうとすると(2語ほど打ってしまった)ディスクの最適化画面が立ち上がった。だがわりと早く終わった。全行程、15分もかかったかなあ?
「はっ、速い!」 ガンダムのようなことを言うと(ガンダムはしゃべらねえよ)、わたしはかなり希望を高め、次にVirtual Partitionでサイズ変更をするための作業にとりかかったが、驚異のトラブルメーカーのに子がこれですむわけはない。思いもしないところから、それも前に経験したのと全く同じ、悪夢が。(2につづく)
スキャナのおまけソフトにe-typist bylingalというOCRソフトがあった。一度、電話番号のリストを打ちまちがいなく読み込むのに使って結構いい感じだった気がしたが、これが本格的に活躍するときがやってきた。
夫が仕事で使う英語の資料書類が、いかにもアメリカさんらしいタイプ打ちの跡もなまなましい200ページほどもある分厚いファイルで、これをpdfにしてより読みやすく検索しやすく、また他の人も読みたいときに読めるようにしようというのである。給料の足しにもならない超膨大なプロジェクトである。とすればヒマな主婦のわたし以上に適任はいない。というわけでこのおまけソフトを使ってやってみることにした。
e-typistのリファレンスはpdf形式で、なかなか気合いが入っている。ただし、インターフェイスは慣れるまでなかなか使いづらい。基本的に、猫好きの人が作ったようで、そこらじゅう猫にからめたボタンや状態の絵は悪くはないのだが、あらゆるユーザーに向けたプロのソフトにしたいならこういうコドモっぽい自己主張は卒業したらいいかもと思った。
やりかた。
(1)まず、e-typistを立ち上げ、そこからスキャンを実行する。するとその画像が表示される。
(2)次に、これを解析する。よくある範囲設定ツールで範囲を指定することができる。スキャンのときプレビューして文字部分だけ指定してスキャンするより、ページまるまるスキャンしてから認識範囲を設定したほうが効率はいい。
(3)それからあとで修正する。ソフトウェアが辞書にないと判断して赤字で示した単語については、一応修正候補が示される。しかし辞書にあるけど異なって認識された部分は自分で見つけて手直ししなければならない。もっとも、検索・置換機能があり、置換処理を行いつつ置換語リストを作れるので、必ず御認識されてしまう文字にはこれを使うと便利だ。
(4)修正が終わったら、保存して開けばテキストファイルになるし、MS-WORDかEXCELに転送できる。わたしの場合はあとでAcrobat PDF Writerでpdfに書き出すので、WORDで書類を作った。資料中の表はEXCELに転送してからWORDに貼り付け、また段組み形式になってる部分もEXCELL表の形でWORDに貼り付けた。
e-typistは残念ながら学習機能はないようだ。つまりViaVoiceみたく読ませれば読ませるほど認識率が上がるということはない。他のぶっ高い市販ソフトにはそういう機能もあるようだが、なにせただなので文句は言わない(でも考えてみるとViaVoiceだっておまけなんだよな)。しかし、使っているうちにいくつか、作業効率を上げるためのポイントがわかってきた。
(1)レイアウト解析。スキャン画像を図としてスキップするか表として読むかテキストとして読むかの設定である。「自動認識」より、全ての文章を「表」として認識させたほうがいいとわかった。なぜなら、テキストとして認識させると、原文の改行部分をテキストで書き出しても全部強制改行が認識されてしまうからである。表として認識されるとそれがない。なぜかはわからない。これは間違えて表で認識させてしまって、こっちのほうがいーじゃんと言うことになった全くの偶然であった。
(2)A-1とかいう箇条書き番号はガンガン単語登録してしまう。解析のときに案外これがひっかかってきて、書類の量が多いと足を引っ張る。
(3)英語の場合一番大切なのは、上下の行が一部分でもくっついていると認識エンジンが2行を1行分として変換しようとパニくってしまうことである。わたしの扱ったタイプ打ち文章はやたら行間が詰まってて、上の行のp,g,yのような文字が下のb,d,k,lなどの文字とくっついていることが多かった。そこで何も知らずに認識をさせると、半分は何かの呪文のような文字の羅列として表示されてしまい、無事な単語を探すよりアタマから打ち直すほうがはええぢゃねえかよということになった。それがわかってくると、一度スキャン画像をphotoshopで開き、白ブラシでくっついた部分を塗ってしまうことにした。こうするとprogramがorogramになったりするが、そこは賢いソフトウェアが修正候補を出してくれるので、流れ作業でちゃっちゃと修正してやるほうが、2行、3行の文章を打ち直すよりよっぽどラクだ。photoshopでの作業も含めるとどっちが効率的か?ということになるが、やっぱり認識ソフトでスカッと認識・修正できると、精神的な効果が違う。近頃暑いし。
(4)行間が狭いと、それが斜めになっていた場合やはり2行がくっついた形で取り込まれる。e-typistでは認識するときに画像が曲がっていると手動で基準を決めて修正ができる。このとき、行間が一番狭くなってる部分、一番手直ししたくない部分(数字や型番など)を基準にするとよいようだ。
このようにしてほぼ1ヶ月間、毎日うーんと5,6時間取り組んで約200ページの英文資料をpdf化できた。
タッチタイピングの速い人にとっては、タッタカ打つのとわざわざスキャンして認識させて修正して、というのとどっちが速いか、ということになろうが(ちなみにわたしのタッチタイプの速さは、「激打」でラオウを黒王から降ろせる程度だが、数字キーや記号キーが苦手なので名も無き街でむしろよくやられる)、わたしが扱ったような数値や型番の多い文章では、やはり見間違い、打ち間違いを避けられる点ではOCRのほうが安心のように思う。他のソフトはわからないがe-typistは数字や記号にはかなり強く、単語登録しておいてやればほとんど誤認識なく変換してくれた。特に表でYes,No,Yes,Yes,No,No・・・などと二者択一の結果が並んでいる列などは、見てるうちにどこを打ったかわからなくなるから、一気にOCRで読んだほうが圧倒的にラクだと思う。
だけど、なんとかならないの?と思うこともいくつかあった。たとえば、
(1) comPuterとかm8inなどという変換を平気でやっておきながら、それらにcomputerやmainという修正候補をつけてくる。その可能性がわかってるなら最初からその方向で変換しろよと思う。
(2) memoryがnenoryと変換されその修正候補がHenryだけというのも理解に苦しむアルゴリズムである。
(3) I/OがどうやってもIIOと認識されるが、最初辞書にないと思ったので登録しようとしたら、「すでに登録されています」と言われた。だったら変換してくれ。どっちが頻出単語か(っていうかIIOなんて単語そもそもあるのか)考えて見ろっつーの。
(4) analoo と変換されたときの修正候補に analogyがあるのに analog がないのはなぜ。実はこのとき筆頭候補にanal ofが挙げられて、いくら嫁入り後とは言えそんなものを表示してほしくないと思った。
結論は、「おまけソフトにしては、結構使えるじゃん!」だった。日本語の認識はまだやっていないが、やったら楽しそうだ。またお仕事ちょうだいねダンナさま。
2000年7月24日
問題発生1999年12月 / 解決 たぶん永遠にしないでしょう
99年冬、夫が仕事で使おうというネットワークの実験をうちでじっくりやるために、安いPCを求めていました。検討の結果、89,000円で売られていたIBMのAptiva20jを買うことになりました。これでわたしはかなりひそかでなく、ほくそ笑んだ。
なぜならずっとViaVoiceというものに興味があったから。音声でコンピュータに命令を下す。古くはスーパージェッター、マジンガーZ、あとナイトライダーなどとともに20世紀を過ごしてきた者にとっては、「ロケットパーンチ」願望は当然のことです。ちがう?
でもこういうものは実際はまず役に立たない悪い冗談だろうからと思い、そんなものをカネを出して買いたいとはさすがに言い出せませんでした。しかし今度Aptivaの購入により、それがおまけで手に入ることになる。夫はぜってえ使わねえと名言しているので、即わたしがいただきマシーンでございます。それも、すばらしいことに、このおまけソフトはおまけソフト集としてAptiva20jのリカバリCDとは別に入っている。つまり必ずしもAptiva20jに入れる必要はない。どれか一つのマシンに入れることにすればライセンス違反にならないんでしょ?
その栄誉を得るべきマシンは・・・サウンドボードとして、SoundBlater互換品が要求されていますが、ものによってはインストールさえできないものもあります。やはり、純正のSoundBlaster上で使った方が安心な感じです。結局、自作マシンのにこ1号にすんなり入りました。
ViaVoiceが一部の人にどうも嫌われる理由は、機械に自分の声を認識させるために指定された文書を声を出して読む作業、いわゆるエンロールらしいです。これがどうもめんどくさいっていうか、恥ずかしいらしいのだ。まあだいたい理系の人なんかは、国語の本を声出して読むなんて嫌いだったろーからなあ。しかし国語優等生(つまり出たがり)だったわたしは、午後の2時間をかけてエンロールをやりまくりました。すると、大した認識率じゃあありませんか。さすがコンピュータのソフトなだけあって、コンピュータ関連の用語には見事な強さを発揮します・・・「Macにソフトウェアをセットアップすると、機能拡張ファイルも同時にインストールされる」などという文章が、語りかけるだけであっさりと画面上に入力されるんです、マイケル。
なぜそこまでViaVoiceにこだわるか?・・・まず 特に両手の小指が普通より短く、タッチタイプのとき左手の小指が痛み出しやすいわたしには、長時間文章入力するときには音声入力の恩恵は絶大。あと、コンピュータ関係の文書を作成するときには、英数と日本語が頻繁に交錯するんで、いちいち変換キー押すのが面倒だけど、ViaVoiceでは日本語で「うぃんどうず」と言うとちゃんとWindowsと出てくるのもありがたい。・・・音声入力や単語登録をすればするほど認識率や変換効率がよくなるというのも、育てゲー感覚の楽しさがあります。・・・ただし「びあぼいす」という単語だけは何度発声しても調教しても、「びやボーイズ」「いやボーイズ」などと、むしろ意地になって変換を避けてるのかと思うくらい変換効率が悪い。謙虚と受け取るべきなのか?
そうこうしているうちに、このViaVoiceがミレニアムに無償アップグレードできるとのこと。もちろん申し込むと、結構早くアップグレードディスクが来ました。しかしこの新バージョン、当時はCeleron333だったのにこ1号で動かすのはけーっこうキツうございました。特に入力後の修正になると、修正したい部分をうまく選択できないのです(カーソルを載せた単語が修正用ウィンドウに現れてくれない!)。だから、というわけではないが、だから、だったのだろうか?2000年だしミレニアムだし恐怖の大王もY2Kテポドンもすべて杞憂に終わった記念に、松の明けたあたりでのにこ1号に600MHzのPentiumIIIをズバーッと買ってズバーッと挿し込んだのです。するとViaVoiceミレニアムはサクサク動きまくるじゃあありませんか!上述の修正ウィンドウの問題も雲散。やはりCPUパワーの力である(国語劣等生である)。
しかし、2000年1月まではそれでバリバリとばしてきたわたしだが、これがWindows2000未対応(非対応?)ということをちゃんと調べておかなかったのはうかつでした。いいわけをするとミレニアムっていうくらいだからWindows2000対応をとーぜん見越したアップグレードだと思いこんでいたのです。しかしミレニアムというのは2000年(1000年単位で表す年の区切り)のことであって2000という数字のことではない。第一本舗マイクロソフトのほうにWindows2000とWindows
Milleniumがあるのだ。じゃあWindows2000の2000っていうのはなにがどう2000なのかそれは余談で、とにかくのにこ1号はこのViaVoiceだけのために、長いこと98マシンにとどまったのでした。
さて、時は流れその年4月、他のコンピュータを全部夫に返却するという条件(はその後またウヤムヤになってしまった)で、自分用にThinkPad600Eを手に入れたわたしは、さっそくこのViaVoiceミレニアムをインストールしてみました。すると、直前の環境より少しCPUパワーの低まったこのマシン上でも、全く問題なく動きます。それも、600Eにはマイク端子を使わなくても開放されたマイクの穴があり、これが実は非常に優秀に音を拾うのです。おかげで、よりによって「マノウォー」をBGMにエンロールをやったというのにちゃんと終了しました。ViaVoiceの使用にあたっては専用ヘッドセットを買おうかどうかという問題が長いことあったのですが、これだとおもむろにノートに語りかければ入力できることになり、ハタから見てどっちがビザールかは議論の分かれるところであります。
音声データはフロッピーにバックアップをとっておけば、OSやアプリを再インストールしたとき、リストアするとすぐ使えます。もちろん違うハードウェアでのデータは全く使い物にならないので、使用ハードの変更には決心が必要です。今、かなり久しぶりに音声入力をしたのですが、ヤツ(って誰だ)は忠実にも、ちゃんとわたしの声を覚えていてくれました。
・・・これだけ音声認識技術が進歩したのに、逆は相変わらずダメですな。つまりテキスト読み上げ機能ですが・・・いくつかのソフトウェアを試してみましたが、どれも相変わらず背筋の寒くなるようなナレーションをきかせてくれます。わたしは、いつかViaVoiceと、同じIBMの読み上げソフトProTalkerを組み合わせて、コンピュータくんとお話できるようなシステムを構築したいという夢を抱いているのですが・・・先に商用アプリが出るって?
2000年5月23日
問題発生 2000年2月 / 解決(終了) 2000年4月
2000年2月にWindows2000が発売されると、わりかしすぐ、購入しました。さて、どのマシンをアップグレードしようか?・・・白羽の矢が立ったのは、前年10月中古で買ったDynabook
Portege SS3000でした。MMX233MHz,メモリ64MB、HD2Gという、決してパワフルとは言えないスペックでしたが、東芝のホームページで2000対応用のBIOSをはじめ各種2000用ドライバアップデータがちゃんと提供されていたからです。
これらのアップデータをBIOSはフロッピーに落とし、他はCD-Rに全部焼きつけました。
BIOSのアップデートは、README等で方法をよく読んでから行いました。・・・ドキドキしながらの書き換え後、今入ってるWin98がちゃんと起動するかどうか確かめ、システムプロパティでBIOSのバージョンをチェックし更新されていることを確かめて喜びました(小学校の作文みたいだ・・・)
起動CD-ROMに2000のCDを突っ込んでCキーを押しつつ起動すると何事もなくセットアップディスクが立ち上がる。NTシリーズ特有のボニーブルーな画面ですインストールは滞りなく・・・ていうかむちゃくちゃ滞りながら進行しました。なにせ非力ですから・・・。ステータスバーの隅っこに青線が一本現れたまましばらく静寂の中におり、気が遠くなりかけた頃少し太って帯らしくなる、という感じの進行具合でありました。だが、2000はついに立ち上がったのです。
そのあと、焼いておいた2000用のドライバをセットアップしました。
しかし、立ち上がってしまえば、Win98のころに比べてとくにパフォーマンスが遅くなった気はしませんでした。それよりむしろフリーズが少なくなり、特にWin98時代には,まさにサスペンド機能はあってもレジューム機能のない八甲田山状態を頻発していた
SS3000が、パワーオンキー一発で確実にお目覚めするようになってくれたのは驚きです。 ただし、このあと問題は深く静かに起こった・・・のちのち、やはり98に戻そうとしてリカバリCDを使ったところ、98の復旧作業ができなくなってしまいました。リカバリCDは起動はするのですが、2GのHDを完璧にフォーマットしたあと、長い闇の中に入ってしまうのです。2000のセットアップは何度でも可能ですが・・・いわゆる2000しか受け付けないカラダになってしまったのか。気の毒な
SS3000・・ ・
とはいえ、その後2,3ヶ月、Win2000をのっけたSS3000はわたしにより快調に使い倒され使い倒され使い倒されたあと、 ThinkPad600Eの出現(出現料は高かった・・・)により選手交代し、現在夫のもとで実験用ノートとしてがんばっています。
2000年5月23日