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SS10のある日々

 ある日わが家に純正SunワークステーションSparcStation10がやってきた!Sunブランドに弱いのに子にとってはあこがれのSparcマシンだ。この往年のスーパーマシンに第2の人生を提供する過程で、またいろいろ勉強しました。たぶんこれで完結でしょうから書き下し方式。でもたまに後日談もある。

/ヤツはやってきた/準備万端/Solaris7 on SS10/基本ツールを入れる/環境を整える/OS間の比較(PostgreSQL)/OS間の比較(MySQL)/ Apache殺し健在・・・/一応まとめ/dumpsatusの謎/ Blade後のSS10/ とはいえ実は大変だった/

ヤツはやってきた

 ある日主人の帰りが少し遅いなと思っていると、「ごめんごめんおみやげおみやげ」と言って、持ってきたのがSunのSparcStation10でした。
 前からどうやら中古のそれを会社から譲ってもらえそうだということは主人からきいていたのです。だがかなり古いし「パソコンではない」ので、うちで主婦が使えるかどうかはわからないぞとも言われていました。なにせCPUクロック40MHz、数字だけきくとその場で寝てしまいそうです。でも、メモリは192MBも挿さってるそうだし、とにかくその名品をひと目見たい、使えなくてもインテリアとして置くだけでもいい、と思っていたのです。家に運び込まれたのは「使える使えないは別としてとにかく全部持ってきた」という、本体、外付けHDD、MOドライブ、キーボード、あと諸ケーブル。
 次の休日に、ホコリだらけのそれを夫婦できれいにしました。やたらにファンクションキーの多いキーボードは、あらかじめあの「写メール」デジカメでキー並びを撮影しておいて、キートップを全部はずして水洗い。夫婦で1個ずつキートップの水気を拭き取る休日の午後、しみじみとした幸せを感じます。
一方で、モニタだけは買わないといけません。しかしこの中古のワークステーションが1992年には400万以上だったということをきかされると、モニタ代を余計な出費とは感じられません。Sunのネットストアで注文しました。
ちなみに、最新のモニタと古い本体をつなぐアダプタ、Sunのマウスなどは秋葉原へ行き、ものによっては「露天商との違いは屋根があるだけ」みたいな感じのお店にまで足を踏み入れてかなり安く手にいれました。

2001年11月12日

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準備万端

 さて、注文したモニタが届くまでに、昼間家を守る主婦にはやっておくことがあります。それはネットワークインストールの練習。SS10にはCD-ROMドライブはない。中のOSはSunOSの2.5かなんかだと思うがパスワードもわからない。ちょうどうちでは以前購入したSolaris7があり、それにはSparc版もついている。そこでわが家ですでに稼働中のSolaris8マシンをインストールサーバに、ネットワークインストールしてやろうという計画なのです。それもかなり負担かも知れないけど…CDEなんて動くかどうかわからんけど…
 それってどうやるんだろ。仕事で忙しい夫に代って練習しておこうと思いました。そこで、Intel版それも8ですが、やってみることにしました。
 サーバはDell PowerEdge1300, クライアントはDell OptiplexGX-1です。やり方は付属のAnswerBook(Web形式マニュアル)にくわーしく書いてあります。別記のように簡単にできました。驚きです。UNIXってすごいなー。
 一方、Solaris7は8と違ってCompanion CDがない。しかしそこも賢い主婦はちゃんとチェックしていました。ていうか作った人が賢いのです。fsinstall,UNIXUSERの2000年8月号「Solaris道」にしっかり出ています。これを使わせていただきましょう。

2001年11月12日

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Solaris7 on SS10

予行演習をしておいたので、モニタが来たその週末、すぐにSS10へのSolaris7のネットワークインストールにとりかかることができました。だがその前にSS10のPROM画面に感動して見入ります。白地に黒字、なんて美しい文字。そしてカラーのSunのロゴマークが。ネットワークインストールをしろと言わんばかりに、イーサネットアドレスが明記されている。当たり前ですがハードウェアの設定もいらず、いきなりネットブートです。
OpenWindowsの美しい画面のもとロケールなどの設定が始まります。ここに来てはじめて40MHzの足枷が厳しく感じられるようになります。コンソールもGUIもぴくりとも動かなくなり、死んだか、いやヤツはきっと帰ってくるわたしは信じている、などと言っているとようやく次のプロセスに、ということが多くなります。とはいえそれも長くて数分。結論を言えば結局1時間程度でインストールは完了したのですから、クソWindows、あら失礼、などに比べればチョッパヤと言っていいのではないでしょうか!だって半日の間に、3回もインストールしなおしできたんですよ!
…というのは。インストールのパーティション切りが問題だったんです。SS10内蔵のHDDは、2ドライブあって1Gずつ…
にゃんとも煮えきらない容量です。実はfsinstallを使うためには/optとか/varとか特定のディレクトリに400MBとか300MBというまとまった容量を確保してやらなければなりません。あと場所の指定は自由だが作業領域がやはりそのくらい必要。一方OSのインストールでは/usrに600MB程度の領域が要求されます。2台の1G領域をそれどの容量に当てるか、ひねり出すのに四苦八苦。
「よし、こういうときのために一緒にもらってきた外付けを使おう」と夫。それは本当に重箱ほどの大きさの、箱です。
「これ容量いくらなの?」
「わかんない。つなげてみんと」
けどここでまた驚き。SCSIでつなげてOSのインストールをしなおすと、インストール時点ですでにそのドライブがしっかり認識されているじゃあありませんか。BIOSのドライバのリブートの、などという浪花節は一切いらない。純正システム恐るべし!と感動している妻の横で夫はしかしがっかり。
「400MBかよ、このガタイで…」
まあ当時はそんなもんでしょう。「だな。とにかくこれを作業領域にしてやればよさそうだな」
ということで、インストール。上述のように、一度始まるとマジっぱやでした。しかし、「リブートしています」でまた数分。リブートして…コンソール画面はしかし軽快に起動メッセージを打出し、いちどリブートすればはや…い…じゃん…いや、グラフィカルログイン画面の立ち上がりで…
「頑張れ、頑張れッSS10!」
HDDでしょうかギャーギャーガリガリと必死の音を立て続けます。しかしそれはついに立ち上がりました。CDE。一度立ち上がってしまえば、フォルダアイコンをクリックするたびに「ムムッ」というくらいの呼吸で、ちゃんとウィンドウも開きます。

2001年11月12日

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基本ツールを入れる

「さて、じゃあこれにfsinstallでツールを入れてみよう」
fsinstallのソースファイルの入ったUNIXUSERの付録CDからサーバPowerEdgeの共有フォルダに入れて、そこからSS10の本体に。起動すると、作業領域のチェックが始まります…が。
「指定の作業領域の容量は340MB、20MBの不足です」
そう。かなりギリギリの容量だった外付HDD,マウントする際にOSに書き込まれたデータのせいらしいのです。
夫がキレました。「ちきしょー、だったらこーしてやるー」
「こうして」というのは、作業領域にPowerEdgeの共有フォルダを指定したのです。めんどくさいからほぼPowerEdgeのHDD容量丸々を共有設定してあったので、こうしてfsinstallを起動しなおすと
「指定の作業領域の容量は7000MBで十分あります」
「ぎゃはははは、ざまあみやがれ」ほとんどヤケクソですが、こういうのもなんかネットワークOSのすごさを感じます。他のマシンを使って作業するなんて道理が通るんだもんなー…でも、その記事にも書かれていた通り、これはものすごい時間がかかりそうです。さっきっからパフォーマンスメータではCPUの負荷がレッドゾーンに入りっぱなし…
うちは主に茶の間にデスクトップを置いています。そこに布団をしいて寝ます。他にも部屋はありますが、サーバなどが置いてあって狭いです。今、茶の間でインストールを始めてしまいました。PowerEdgeのファンもSS10のファンもHDDもすごい音をたててます。
「寝れねえよ」
ということで、その狭い隣の部屋に布団をしいて寝ました。夜中おトイレに起きると茶の間でぶわー、ぐわー、ゲリゲリという音がしていました。翌日起きて見てみると、作業はエラーでストップしていました。
「やっぱりかなり無理な作業環境だったからなあ」
と夫は言います。「よし、隣の部屋にマシンを移そう。それからシステムの構成をもう一度考え直す」
その作業は次の週末になりました。夫は外付けHDDとして、うちにあるサードパーティー製の20Gドライブを試してみることにしたのです。Windows用に買ったものでしたが、ちゃんと認識しました。わたしはそこに居合わせなかったけれど、またfsinstallは「作業領域20,000MBで十分です」などと紀伊国屋のように景気のいい宣言をしてくれたことでしょう。そこを作業領域にして、今度はちゃんとインストールに成功しました。2日半かかりました。その間、平日の昼間ときどき部屋に入ってディスプレイをつけ作業状況を確認しては「今perlのインストールまで終わったヨ」などと夫に携帯メールを送っておきます。忙しくて返事する暇ないだろうけど。
すげえ。2日間負荷100%で稼働しつづけたSS10もすごいけど2日間走り続けて破綻しなかったfsinstallもすごいし、36個か何かのアプリを立て続けにインストールするのに一回のリブートも必要なかったOSもすごい。パソコンしか知らなかった主婦には本当に驚きです。

2001年11月12日

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環境を整える

 さてこうしてソル七マシンと生まれ変わったSS10。何に使うか。まず考えるのは得意の(皮肉)WebDBなどを作るためのプログラミング環境です。考えながらコード書くのはゆっくりだし、のに子程度のコードならコンパイルもさほど負荷はかからないはず。
 その前にネットワークインストールのとき強制参加させられたNISを解除しました。でないとSS10を立ち上げるときに必ずPowerEdgeも立ち上げなければならなくなるので。AnswerBookにあるとおりに/usr/lib/yp/ypbindをypbind.origに名前変更するだけ。またnis向けに仕立てられていたnsswitch.confを削除して、nsswitch.dnsを改めてこれに用います(dnsはすでにNTサーバが常時稼働中)
 そうしておいて、わたしが最初にこれに追加したソフトウェアはWebminでした。とにかくGui依存症主婦のわたしはシステムもサーバもビジュアルに制御できるこれが大好き。PerlもApacheもすでにfsinstallによりインストールされています。Apacheはhttpd.confのServerrootを指定するだけ。Hotjava上に立ち上がったApache Web ServerはなんとOpenSSL付きのものでした。なんかわたしのソルッ八環境より充実してないー?Webminのsetup.shは正常に動作しました。アーキテクチャの選択でSun Solarisを選べるのが何かすごくうれしい。今まではi386ばっかりだったから。
Webminそのものは…正常に動作。でも、やっぱり全部表示するまでには「くっ。かっ。けっ」と見ているこっちも力が入っちゃう感じ。コマンドラインをばしばしかませる人(たとえばうちの主人)にならきっと「そおーまでしてGuiでやりたいか?!」と言われそうですが。
 さて、こうしておいて、プログラミング環境と言えばやはりXEmacs、とわたしは思うのです。なにせSJISでも快く受け入れてくれるし、カッコのマッチは監視してくれるし、タブもなんとなく体裁をそろえてくれるし、その場でコンパイルなどもできる。けど動くのか40MHz?!
 とりあえずちょっと前のXEmacs-20.4を入れてみよう。現行バージョンよりもう少しコンパクトだし。実はIntel版Solaris8では起動しかけて落ちていた20.4だが、Sparc版の7ではどうか?興味もある。もちろんソースと解説はUNIX USERの1999年2月号。
./configureだけでえれえ時間がかかる。ましてやmake…4時には買い物に出かけたいと思うが、間に合うか?
間に合った。起動…した!すげえ!「まったく何の保証もありません」という日本語の表示まで!さて日本語入力は?muleからctrl+\で日本語入力を試みる。が、jserverとの接続がうまくいかないのか、漢字に変換されない…しかし、わたしはコンパイルオプションに、保険のつもりでximサポートを入れておいた。今までTurbo6, MLDなどはこれで無理矢理日本語を入れることができていたからな・・・Solarisの場合は、ctrl+spaceで、ATOKが起動して、日本語入力も漢字変換もできたー!

2001年11月12日

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OS間の比較(PostgreSQL)

ここでわたしには、少し寄り道心がでてきました。やっぱりOSのバージョンとアプリのバージョンには相性がある。とするとこれまでIntel版Solaris8でやってできなかったものでも、sparc版solaris7ならできるものがあるかも?
まず、Solaris雑誌のおまけCDについてきたPostgreSQL7.0.2のパッケージを入れてみる。CD-ROMドライブはPowerEdgeのそれをマウント。AnswerBookにやり方が書いてあるのでそれに従えば難なくできる・・・マウントは。パッケージで入れたPostgresのほうは、しかしいままで7.0.2で出てきたエラーと全く同じでした。つまりinitdbのときに「ライブラリファイルが見つかりません」・・・
そこで7.1.2をソースからコンパイルしました。ここでSunCCのmakeとgccのmakeの違いについて深く勉強したりしました。こっちは、しかしFatalではないがエラー含みでmakeもmake installも終わりました。でも一応initdbもできたしpostmasterを走らせることもできました。psqlも立ち上がる。だが、ここで妙な現象が。
定期的にpostmaster:dumpstatus というメッセージが出されるのだ。エラーメッセージなのだろうか。あのmakeやmake istallのときのエラーメッセージと関係があるのだろうか?
ひとつ試してみよう。こんな状態で、果たして今の家計簿データベースのデータをコピーできるのだろうか?
実稼働中のPowerEdgeのデータベースをpg_dumpしてみる。そのファイルをSS10に持っていき、こっちのPostgresでリストアできるか?ソースファイルは全く同じだぞ?・・・「オープンできません」。
ムム?と思って買い物に行ったわたしですが、スーパーの前の横断歩道で思わず思いつき「ああ」と言ってしまい通りがかりのお子さまとかにヘンな目で見られたりしました。
実は、SS10はOSのインストールの段階で夫がやったので、rootパスワードは夫が設定しました。それ、教えてもらいましたが、ちと複雑でめんどくさいので、自分で作ったpostgresに、より簡単なパスワードで上がって作業していました。
一方、PowerEdgeはのに子パラダイス。禁断のrootでなにもかもやっていました。つまり、rootでダンプしたファイルを、別のマシンではpostgresでリストアしようとしていました。それがよくないのでは?
postgresはSQL帝国では向かうところ敵なしなはずだから関係ない、などと勝手に思いこんでいたのですが・・・PowerEdgeのほうもpostgresでダンプして見ました。これをss10でリストアすると、おお今度はなんのエラーもなく完了した!むちゃくちゃ複雑なviewなども表示される!
とはいえ、postmaster:dumpstatusのエラーが出るのには変わりがない。要調査!

2001年11月12日

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OS間の比較(MySQL)

「MySQL徹底入門(日本MySQLユーザ会著、(株)翔泳社発行」にはソース、バイナリ、rpmなどのファイルを収録したCDがついているが、Solaris用バイナリはsun-sol7用。intel-sol8用のバイナリはネットから夫が拾ってきてくれたがさわやかにコアダンプしたのでした。こっちのバイナリはどうか?
動いた。嘘のように簡単に。何のエラーも警告もありません。考えてみれば、intelアーキテクチャってたぶん星の数ほどあるけど、sunアーキテクチャはほぼ決まってるもんなー。バイナリの動作もより確実というのはうなずける。もっともインテル版のバイナリやパッケージで、PowerEdgeとOptiplexで動作状況が違ったということはまだないですが。同じDellだからかな?!

2001年11月12日

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Apache殺し健在・・・

さて、intelソルっ八では、PostgreSQL7.1.2に対してPHPを--with-pgsqlのオプションつきでコンパイルしてできる闇の落とし子pglibというヤツがApacheを起動不能にするというトラブルがあって、どうやら他の皆様もそういうケースをお認めくださっているようです。SparcのSol7ではどうだろうか?
これは結局同じでした。一度できてしまったこいつをなかったことにするのはどうやら無理。またOSから入れ直し2日半かけて基本ツールを入れる気になるほどわたしはこれを使い込んでいないし。というわけで当分ss10でWebDBを扱うには、httpd.confからphpモジュールの読み込みをコメントアウトして、phpなしでやっていく必要に陥りました。まいっか。こいつのおかげでソルっ八のほうにMySQL入ったんだし。

2001年11月12日

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一応まとめ

かくして往年のスーパーマシンSS10は我が家で環境を一応整えられた。今のところこいつの一番の功績は、「環境が違うと同じアプリケーションの動作状況がどう変わるか」を比較できたことではないだろうか。これからプログラミング専用マシンとしてバリバリ働けるかどうかは、のに子本人がプログラミングの勉強をバリバリできるかどうかにかかっている。

2001年11月12日

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dumpstatusの謎

さて、postmaster:dumpstatusというメッセージがpsql実行時に絶えず吐き出されるというあの話だが、今回それがわかったような感じだ。どうやらそれはエラーではなく、シグナルらしい。じゃあどうだというのか・・・それを聞かれると答弁に窮するが・・・
とにかく。
それは、いくらPgSQLの覇権を握るすごいヤツといえども、他の人が作ったデータベースにpsqlをかますとそれはでてくるということなのだ。
optiでそれをやって気がついたのだ。もう何度も何度もPgSQLを入れて動かして家計簿データベースなどもこれで作った環境で、ヒラユーザnonikoがデータベースのユーザ権限をいただいてささやかに作ったささやかなデータベースに、posgtresとして「どれどれどんなデータベースを作ったと言うのじゃ余が見てつかわす見てつかわす」と入り込んだところ、nonikoに作られしデータベースは創造主を守るためにdumpstatusをケッと吐き出した・・・
てのは、嘘。だいたい吐き出したのはデータベースじゃなくてpostmasterだって。とにかくpostgresの権限はrootがマシンをすきほーだいできるのとは違い、データベースをダンプしたりリストアしたりはできてもユーザのデータベースを直接ああしたりこうしたりというのはできないようなのだ。
つまりss10のPgSQLは決して死んではいなかった。しようと思えばデータベースサーバにでもできるということだなッ。

2001年12月08日

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Blade後のSS10

スペックは低いがSun純正、という、アメリカに亡命した没落貴族のような扱いを受けてきたSS10だが、最近全くの隆盛貴族がやってきてしまった。Blade100である。Intel版Solarisでは入らなかったForteもJBuilderもバリバリ使える。ではSS10の役目はもう終わってしまったのか・・・
ヘンなところに非常にこじつけ的なSS10の役割があった。こいつは無印sparcなので、JBuilderは3.5すら取り合ってくれない。ビジュアル開発ツールはほぼ不可能に等しいのだ。
一方、今勉強中の「Javaプログラムクイックリファレンス」(Flanagan,D著、原題JAVA Examples In A Nutschell)、略称ワニ本には、この分厚い本の半分ほども割いて、グラフィックスの練習をする。全部1からコードを書くのだ。
簡単にGUIコンポーネントを導入できるForteもJBもあるのに、1からポチポチコードを起こすのもむなしいような・・・
だが、SS10にはそれがない。だからワニ本のグラフィックスの部分はこれでやる。そしてBladeではワニ本のコードをJBに合うように修正して同じ結果を出す練習をする。
かなりこじつけだ。だがSS10でマイ(といっても実はワニ本の筆者さんの)GUIアプリが動くのを見るとやはり感動する。かなーりの時間CPUフル稼働ののち「そんなファイルはありません(つまりわたしのタイプミス)」とか言ってきたりするけどそれも愛嬌。

2002年01月22日

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とはいえ実は大変だった

ところが上の試みは最初大失敗かと思われた。SS10でswingを使うコードを書いてコンパイルしたら、
「javax.swingがみつかりません」
ええ〜。だってSolaris7にはJDK1.2入ってて、swingはJDK1.2からできたはずじゃん。これにもデモプログラム入ってるよ〜。
・・・でも、そのデモプログラムも、ソースを探してきてコンパイルしなおそうとすると、swingが見つからないという。どーして?!
とーぜんネットで情報を探すしかない。そのどさくさでSunのJava開発グループみたいのの会員になってしまった。登録料無料だし。
ネットサーフィンの効果はあったといえよう。直接その悩みの回答は探し出せなかったが、あるBBSに
「swingはJDKのバージョンによってパッケージ名とかが違う」
という話があり、じゃあ ss10のソル七のJDKのバージョンはと調べてみた。
java -version
と打てばよい。結果は
1.1.7
なにイ〜
ガセか?!あのJDK1.2は、実は四捨五入して1.2というだけなのか?! (なわけねーだろ)
だが直接JDK1.2フォルダを指定してバージョンをみると1.2.1だった。
/usr/javaに1.1のシンボリックリンクが張ってあったのだ。なんで?とにかく1.2に張り直したら今度はコンパイルできた。
解決!ってなんか解せないけど・・・いいか。今はバリバリ進んでます、GUIの勉強。

2002年01月22日

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