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Blade100にナマスざます

 夢にまで見たSun Blade100がなぜか最近激安で投げるように売られている。このトライをキャッチしなければ、主婦がすたるというものだ(なぜ)。来年度分の予算を主人に前借りして年末のある日これをゲットした。2002年はこいつを使って使って使い倒すゼ〜というので、新しいトピックほど上にくる積み上げ方式。

/gEditも捨てたもんじゃねえんだな/Netscape7を入れる/実験用俺猫/Gnome2.0b3 on Solaris9 ( これがイイ!)/Gnome1.4 on Solaris9(あんまよくない)/メモリ増設/これからはJエディタ/Sol9について来なかったもの/Sol9についてきたもの(2)MySQL//Sol9についてきたもの(1)Tomcat/Solaris9を入れる!/USB切換器の甘い蜜と落とし穴/役に立ったのかたたないのかシリアルログインの勉強/どおしたブレーードッ!!/UltraのCDEをかっぱらう(こんなに簡単なことだったのネ・・・)/MySQLとJServ/使えるじゃん、組み込みJServ!/CD-R再追記のできない謎/デバイス変えてCD-R焼き大成功!/センスなし子/PostgreSQL三度目の正直/うちのBlade100projectは失敗だッ/BladeがWorkPadの母艦に!/BladeでMySQL/Bladeで音声/JBuilderを入れてみる/ビルトインSambaでオッケー/恐るべしNSUGパッケージ!/XEmacsは最新でオッケー/だが結局はSunモニタ/Flexscanにつなげる/Forteを入れてみる/初対面はやはりヘボ/ヤツもやってきた/
gEditも捨てたもんじゃねえんだな

Bladeにgnomeを導入した当時、geditのPerlなどで日本語を含むプログラムを書いてCDE環境で実行するとエラーになる問題があった。もう少し利口になって調べてみたら、geditの設定のファイルの読み込み・書き出しの部分で、コードを明示的に設定することができるとわかった。デフォルトはUTFになっていたのだ。これをEUCで保存するようにすればCDE環境でもちゃんと使えるし、読み込むときにサポートするキャラクタセットにSHIFT-JISを追加しておけば、いわゆるWindowsのファイルも読めるようになる。でもなぜかSolarisのgEditは複数文書を立ち上げるとマルチウィンドウにならずタブ切り替え方式になるので文書の比較がしにくい。解決策はないか考えてはいるが、Jエディタがちゃんとマルチウィンドウで動いてくれるからいらないっちゃいらないんだ。

2003年09月22日

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Netscape7を入れる

そうこうしているうちにまたSun様からメールが来て、今度はNetscape7が使えるぞとのこと。だがすぐにはそれをする勇気がなかった。なにせ標準がNetscape4.78だったSolaris8時代、自前でNetscape6をセットアップしたところ、なんの連絡もなく/usr/j2se/jreの中身を全部書き換えられてFoteが起動不能になるなどの大打撃を被った苦い経験がある。Solari9になってN6はメディアキットのオマケCDについてきたので、Sun様のご提供くださるものなら悪いようにはならないだろうと入れてみて、まあ事なきを得て今に至っていた。
しかし世の中「不正なウィルス(と今朝NHKで言っていた。よのなかに不正でないウィルスってあるのか)」がまかり通っている。IE/OEという悪の枢軸を使わなければダイジョブヨなどとたかをくくってはいられない。セキュリティのためにも、ネットツールをアップグレードするほうが望ましい。ということで勇気を出して入れてみることにした。

なんと、Solaris用のNetscapeは、いわゆるnetscape.comからは近づけない。よほどの秘蔵品なんだろうか。Sunのサイトから

http://jp.sun.com/software/solaris/netscape/

にアクセスするのである。
おまけによく読まないとなぜかSolaris9の紹介ページにとばされたりもする。よく読むと少し下のほうにダウンロードリンクがある。
ダウンロードはpkgadd版とWebstart版がある。
pkgadd版は、解凍するとまたも、パッケージのフォルダがそのへんにとっちらかる。そしてsuに上がって以前のバージョンを削除して、とめんどくさく、このままではまたあの悲劇が繰り返されるおそれが十分にある(やってないからわかんないけど)
だがWebstart版はすばらしい。解凍して・・・と、おおーっと。これも実は親フォルダを自分で作らないとその辺にサクレツだ。だが解凍してそのフォルダに入り、
./NSinstaller
を起動するだけ。ヒラユーザのままで結構。グラフィカルなインストーラのいうことをハイハイと聞いていくと、最後に自分のホームディレクトリ(でもどこでも好きなところに)Netscapeというフォルダができて、その中にアプリケーションがまるっと入っているのだ。
中を見ると、なんとこいつ自分でJava(JREかな)持ってやがる!えっらーい!当然のことながら/usr/j2seの中身は無事だ。
そして、あえてなーんにもしなかったのだが(バックアップくらいはとっておいたほうがよかったと思うゼ)、なーんにもしなくてもNetscape6の環境はそのまま7に引き継がれていた。
一番最初の起動・・・起動スクリプトはNetscape/netscape。ファイルマネージャの下のほうに現れるので見つけにくいけどkshだからKのイニシャルを持つ貝のアイコンだが、それをすると、最初にSunのページが立ち上がるので、一瞬やられたかと思う。だが二度目からは日頃ホームページに登録してあるマイウルトラサーバのトップページがちゃんと立ち上がるようになる。メールボックスなどもほぼそのまんま引き継いでくれるようだ。細かい欠落等も全くないかどうかは確かめていないが・・・

起動の速さは?決して速いとは言えないが、N6を許容できるならまあ異常に遅いわけでもないだろう。とにかくアップグレードは成功だったと言ってよい。
アプリケーションを個人フォルダに入れられるようになったり、Java内蔵のアプリケーションが提供されたりするようになったのも、うちのブッちゃんのようにSunのマシンもパーソナルユースが珍しくなくなってきたしるし、ということなのだろうか。

2003年02月25日

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実験用俺猫

Solaris9についてきたTomcat4.0.1、これはあまり実験用にいじくり回したくない。
たとえば今回Jakarta Strutsの勉強を始めたが、Sun ONE Studioの内部Tomcat上でこれを動かそうとするとなかなかめんどくさいので(詳細は「SunONEって何だ!」)、Strutsプログラミングの勉強をガンガン進めるためにはTomcat単体上で動かしたほうが手っ取り早い。
だがソル九ビルトインのTomcatだとカタリナの自宅と基地がそれぞれ/usr/apache/tomcatと/var/apache/tomcatに別れているし、起動や終了をいちいちsuに上がってやらなきゃいけないので、10回20回とTomcatの再起動をするような状態では非常にめんどくさい。

やはり、実験用に、ヒラユーザnonikoのホームディレクトリに別途Tomcatを用意したい、と思った。
だが、それではカタリナの住所に関する環境設定を書き直さなければならない。そして今修行驀進中ののに子の場合、ソル九ビルトインのTomcatとこの実験用のTomcatとをあっちゃこっちゃ使い分けたくなる必要も生ずるであろう。

そこで、以下のようにした。ログイン時の環境設定ファイル.profileには、あくまでビルトインTomcat用の記載をしておく。具体的には

CATALINA_HOME=/usr/apache/tomcat
export CATALINA_HOME

CATALINA_BASE=/var/apache/tomcat
export CATALINA_BASE

である。ちなみに、このTomcatは自動起動にはなっていない。だから実験用のTomcatとポートがかち合うことはまだ想定していない

実験用のTomcatの起動と終了用に、以下のようなスクリプトを書いておく。

スクリプトファイル名「mycat_start」

#!/bin/sh
CATALINA_HOME=$HOME/tomcat
export CATALINA_HOME
CATALINA_BASE=$HOME/tomcat
export CATALINA_BASE
cd tomcat/bin
startup.sh

スクリプトファイル名「mycat_stop」

#!/bin/sh
CATALINA_HOME=$HOME/tomcat
export CATALINA_HOME
CATALINA_BASE=$HOME/tomcat
export CATALINA_BASE
cd tomcat/bin
shutdown.sh

環境設定もコミというわけだ。この猫はどうせプログラムを修正するたびに何度も再起動しなければならないのだからそのたびにホームディレクトリのコンソールから

$mycat_start
$mycat_stop

とやってやればいい。
あたりまえ、のことかも知れないが。

2002年12月15日

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Gnome2.0b3 on Solaris9 ( これがイイ!)

ところが調べてみるとSolarisがまともにやろうとしているのはもっぱらGnome2である、というような雰囲気だ。Gnome2だったらもう少しうまく動くのではないか?さらに調べてみると果たしてあった!Gnome2.0.3beta for Solaris9!Gnomeのトップページすなわちhttp://www.gnome.orgに行く。「Get Gnome」をつつく。するとPrevious ReleaseのところにSun Solarisとあるではないか!たどりついたダウンロードサイトは、あら結局Sunのサイトなのね!?
もちろんベータ版ですから何があっても文句はいいません。ダウンロードするとグズ野郎(久しぶりの表現)である。解凍するとgnome-installというフォルダができてその中にinstall実行ファイルがある。これをつつく。

あれ?この前の1.4よりチョー迅速にインストールが完了した。やっぱりメモリ増強のせいか?あるいはパッチやライブラリの関係か?とにかく一度Gnomeというものを入れてある状態だからな。

同様ログインでGnome2.0 beta3を選ぶ。さすがに立ち上がるのには時間がかかった、特に最初の起動は。ダメかこりゃ!?二度と立ち上がらないか!?強制終了か!?と思い始めた頃白い画面の上のほうに「Welcome to Gnome2.0」というような表示が出た。あとAdobeのトレードマークも出るところを見ると、今考えるとフォントが導入されたとかいうことなのかな?

結論を言うときわめて実用的に改善されていた。まず、GEditやTerminalで日本語が問題なく使える。GEditはデフォルトフォントがクーリエになっていたのでPreferenceでフォントをinterface/userにする必要があったが、Terminalは設定不要であった。
実はひとつ問題があって、GEditで日本語編集したファイルをCDEに送ると文字化けする!この問題はつまりまだソルッパチでCDEのUltraで動かすべきPerlスクリプトをBladeのGEditで作成して転送したときに発覚した。だが大丈夫!このGnomeデスクトップから「Application」メニューをつついて全ての「CDEアプリケーション」にアクセスできる。ここのテキストエディタを使ってやれば、ソルっパチCDEとの互換性も問題ない。ちなみにBladeのGnome Terminal上でBlade自身のmysqlインタプリタを使っても日本語の問題は起こらなかった。

そしてかの悪名高き、もちろんのに子には「脳散らす」などの極低温ギャグをかまされた「ノーチラス」も劇的に改善されていた!
「隠しファイル表示」などの設定がウィンドウからできるできない、などという基本的バグはもちろん改善。
加えて、最初にファイルウィンドウを見て大いにげんなりしたあのクソでかいアイコン、よけいなサムネイルなどを、設定により無効にできるのだ。アイコンの大きさを50%にしてサムネイル等の効果を全部切った。劇的に見やすくなった。

愛嬌なのはメニュー等の表示が、いつかの田中前外務大臣の談話のように(しつこいな)妙に日本語と英語とないまぜになっているところ、及びなぜかホーム&ゴミ箱のアイコンが日本語版、英語版と二つずつあって、決して片方を消せない、というようなところだ。だがbeta版なんだし、こっちが日本語を使う分には問題ないんだからぜーたく言わない。

よく使うNetscape6, Sun ONE Studio, 他シェルスクリプトなどを、「ランチャー」でアイコン化してデスクトップやパネルに置くこともできた。その際すごいのはネスケやForteなどのアイコンがちゃんとGnomeに用意されていたこと。他にもかわいらしいアイコンがたくさん用意されているのでシェルスクリプトに好きなアイコンを割り当てることができる。ってたぶんLinuxでGnome使いなれてる人には何世代も前から当然のことなんだろうな・・・ちなみにGnomeのアイコンのほうがWindowsのに比べてきれいっていうかアメっぽい気がする。

そんなわけで、以後デスクトップ環境はこのGnome2.0b3に決めた!う〜ん、すこ〜しだけ重いかも知れないけど、とくにこの上でS1SやってN6で動作確認したりするとゲクゲクすることがあるけど、基本的に落ちることはないし!

2002年11月23日

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Gnome1.4 on Solaris9(あんまよくない)

Solarisでは将来CDEを廃止しGnomeを標準デスクトップ環境に採用するらしい。だがわたしはGnomeに対してあまりよい印象を持っていない。Linuxでそれを試したときとにかくやたらに落ちる、凍るという記憶がある。確かにそれは決してサポートされていないThinkPad600Eや、当時intel版Solarisと同じグラボ環境を用いる必要上とんでもなく古く非力なMilleniumなどの上に無理矢理載せたという理由もあるかもしれないが。
そんなときのんのんがSolaris9にGnomeを試してみたいと言い出したのは意外なことではあった。彼こそGnomeどころかGUIというもの全体をコンソールに比べてウザいと思っているはずの人間だからである。だが、その理由は「おまえがとにかく落ちる凍るとこぼしているGnomeがSunという商用マシンのSolarisという標準OSに組み込まれるにあたってどのように洗練されるものか興味がある」ということだった。

なーるほど。ということでメディアキットに入っているGnome1.4サポートしてないよ版を入れてみることにする。CD-ROMをくわしてinstallという実行ファイルをクリックするだけである。もちろんrootでログインしなきゃならないが。メモリ256MB環境のせいだったからかも知れないがすげー時間がかかった。日曜日近くのコンビニに昼めしを買いに行って(作れよ)帰ってきてまだインストール作業をしていた。

インストール完了後ログイン画面の「セッション」をつつくと、「OpenWinsows」「CDE」の他に「Gnome 1.4 Unsupported」というオプションがあった。これを選ぶ。見たことのあるGnome画面が確かに立ち上がった。

しかし!結論としては半分ほど使い物にならない感じだ。

まず、ユーザーホームが見つからなかった。これは最初に「ノーチラス」を起動して初めて見つけることができた。
だが、デフォルトの状態では、ノーチラスで隠しファイルを見ることができない。これはPreferrenceで「hidden file」を表示するチェックボックスをオンにすればよいのだろうが、それをやったら「この操作は都合によりGUIではできません。コンソールからやってください」と言われる。
どーやるんだヨーッ
そして、GEditは日本語を入力・表示できない。2バイトフォントは用意されているが、全て試したけどダメ。一方、emacsはきれいに立ち上がってきれいに日本語を入力できた。

まあ、サポートされてねーってんだからしょーがない。やっぱりCDEに戻った。

2002年11月22日

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メモリ増設

Sol9へのアップグレードによりBlade100のパフォーマンスにどれだけの影響が出たかはちょいとわからない。だがSun ONE Studioの影響は確実に出た。Webコンポーネントの動作テストをNetscapeで行いつつ、などということになるとなおさらだ。編集に際し腫れ物に触るように画面を操作しなければならない状態や、ローカルストレージをファイル検索しながらNetscape6とSun ONE Studioを同時に立ち上げたらどれも超低速三すくみ状態になったりしているのを見てのんのんが言ってくれた。「メモリ買っていいぞ」
「でもSunのメモリって高くない?このBladeだって128MBモデルと256MBモデルじゃ2,3万の開きがあったでしょ」
「純正メモリは高いよ。でもサードパーティーがアノ店で売ってる」

そう。ときどき宅配便さんからの電話で「若松さんからお荷物です」と言われるあそこだ。オンラインで「Sun Blade100用メモリ、純正品よりお得です」とハッキリ書いてあるそれを注文。日曜の夜コンビニ決済を申し込むと火曜に振込用紙が到着。水曜にコンビニでお支払いすると金曜には入金確認メールがきて土曜に発送完了メールが来て土曜の夕方にブツが来た。早い!

Transcendというところのメモリモジュール、512MBで27000円というところだ。Blade100の4本のメモリスロットのうち、もとからある256の隣に。切り欠きの位置を確かめる。ちょっと堅いがムシッてな感じで入りストッパーが正常に基板を挟み込んだようだ。
システムを起動するとイッパツでMemory 768MBの文字がッ!・・・

う〜ん。いいじゃん。速いじゃん、そのわりには確かに安いじゃん。Sun ONE Studioの画面がツルツルと動くようになり、起動や終了もぐっと速くなった!768MBのメモリ空間、今のところ我が家では最大だ!

でもCeleron500でメモリ196MBのDynabookのWindows2000上でのSun ONE Studioが最初っからツルツル動いてるのが、なんかくやしーぞ!!

2002年11月13日

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これからはJエディタ

WindowsにはPeggyというウルトラスーパーハイパーなエディタがあるが、それはWindowsのコンソールや環境設定がサイテーサイアククソミソだからこそ必要なものでもある。SolarisていうかUNIXなら.profileやシェルスクリプトを自由自在に編集すりゃいい(Windowもバッチファイルを書きゃいいんだろうけど)。そこでわたしがCDE付属のテキストエディタの機能以上に求めるものと言えば、

(1)Shift_JISやDOS改行のテキストファイルを自由に扱える。
(2)わざわざ指定しなくてもウィンドウ内で行折り返しをしてくれる。

くらいだ。くらいだといっても、これらがないとかなり不便だ。特に、開いたときに改行記号に「に似たものがわしゃわしゃついているときがあって読んでいるうちにゲロゲロな気になったりするし。

そんなときにJAVA Developer12月号に紹介されていたフリーウェア。「Jエディタ1.2」作者は四橋一男さん。
ダウンロードで得られるのはJeditor1.2.2.jarというファイルだ。
これを解凍するわけだが、わたしはウェブサイトにかかれたインストール方法をよく読まないでいきなりやってしまった。

jar xvf Jeditor1.2.2.jar

を、$HOME/Jeditor1.2.2.jarに対してやったのだ。圧縮されていたファイルがホームディレクトリ上に爆裂した。そう、ちゃんと防爆フォルダを作ってその中でやりなさい。だがウェブサイトには親切に圧縮ファイルの中身が示されていたので、それに従ってファイルを拾い集めひとつのフォルダjeditor122にまとめる。

起動にはjeditor122フォルダに入りtrance.jarというものを
java -jar trance.jar
で見事に起動。

「ファイルを開く」でGUI的にファイルを開くと、SJISファイルはSJISとして認識し開いてくれる。改行記号も気にしないでよい。保存時もSJISかEUCかJISか、改行コードがCR+LFかCRかLFかを選べる。

ウィンドウに表示する文字のフォントや大きさも選べるし、一度選んだものは覚えていてくれる。このエディタではHTMLファイルの編集もできるという。あいにくまだそれは試していないが、とにかくマイ標準エディタに決定という感じだ!

2002年11月04日

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Sol9について来なかったもの

すみません。下のtarの話は私の全くの認識不足でした。パニオンCDについてこないのも当たり前、OSに標準でついて来てたんです。/usr/sfw/bin/gtarです。

そんな最強なSol9だが、Companion CDになぜかgnu-tarがついてこなかった。ではSunのtarで問題なく解凍ができるようになったのか?・・・さっそくあるフリーウェアを解凍してみたが、やはり
「ディレクトリの検査合計エラーです」
となった。そこでsunfreeware.comからtar-1.13.19のSolaris9用パッケージをもらってきてpkgaddした。これは/usr/local/bin/tarというふうにインストールされた。そこで

ln -s /usr/local/bin/tar /usr/local/bin/gtar

として、PATHに/usr/local/binを追加しておく。で、前のとおりgtar zvxfで解凍命令を出したら、検査合計エラーもなくスッキリ解凍された。どうしてパニオンからgtarがなくなったのかはわからない。

また、XEmacs-20.4をインストールしようと思ったが、configureの段階でエラーになった。audioがなんとかというエラーで初めて見た。だが、あまりこだわらなかった。エディタはXEmacsでなければならないということはないし・・・

2002年11月04日

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Sol9についてきたもの(2)MySQL

またSol9のSoftware Companion CDにはMySQL3.23がついている!
「Javaでの文字化けに強い」という決定的理由で、最近PostgreSQLからMySQLへの移行を決意したばかりだったが、よかった。
さもなくば、以後Solarisでサーバを運営して行くにあたってかなり苦渋の決断を迫られただろう。
Solaris用に仕立てられたものをそのまま使ったほうが、設定だって運用だって楽に決まっている!

さて、パニオンCDからインストールされたMySQL、その全ての機能は/opt/sfw/mysqlフォルダにあるといってよいだろう。
これも、最初の起動で、
$mysql_install_db -uroot
とやると、順不同で申し訳ないがエラーが二つ出た。

(1)テストデータベースが作れない。
(2)ユーザmysqlがいない。

(1)はやはり書き込み権限の問題で、いくらユーザはルートだとごまかしても、mysqlのrootとSol9のrootとは違うらしい(そりゃそうだな)。su -でrootに上がって同じコマンドをかますことで解決した。
(2)はただやはりrootに上がってuseradd mysqlとやった。

さて、起動スクリプトは/opt/sfw/mysql/share/mysql内にmysql.serverファイルがあった。これを編集して最初のほうに

LD_LIBRARY_PATH=/opt/sfw/lib
export LD_LIBRARY_PATH

と書いてやる。

そこまではよかったがわたしはひとつよけいなことをした。同じ/opt/sfw/mysql/share/mysql内にいくつか、規模の大きさ別にmy.cnfのひな形ファイルがある。my-small.cnf, my-large.cnf等だ。そのうちのmy-medium.cnfをmy.cnfという名で/etc下に置くのだが、そこに日本語をサポートさせるために

default-character-set=ujis

という指定を随所にするべし、ということがいろいろな本に書いてある。そこで書いてみた。こうして起動スクリプトからmysqlを起動してみたところ、エラーになった。ファイルujis.confが見つからない、というのだ。
探してみるとestonia.conf, greek.confなど似たようなファイル群が/opt/sfw/mysql/share/mysql/charset内にあるが、確かにそこにujis.confというのはない・・・
かなり暗い気持ちになったが、上の表記をmy.cnfから削除して、起動スクリプトからmysqlを起動させるのに成功した。
そうして、無心に帰って、Sol8でNSUG様パッケージでmysqlを動かしていたのと同様、コンソールから日本語データを入れて、また表示させてみた。問題なく日本語は表示された。別に記すようにTomcatでJSPでデータベースから日本語データを入れたり出したりすることも問題なかった。
つまり日本語サポートに関するよけいな設定はいらなかったわけだ。なんかすごい。

2002年11月04日

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Sol9についてきたもの(1)Tomcat

さてSol9にはTomcat-4.0.1が標準でついている。それは以下のディレクトリにあった。

CATALINA_HOME=/usr/apache/tomcat
CATALINA_BASE=/var/apache/tomcat

いきなり動くのか?

$ su -
でrootに上がって

#cd /usr/apache/tomcat/bin
#startup.sh

すると、

catalina.sh: cannot create logs/blade.log

だったかな。というエラーが出た。

まず、昔ヒラユーザで起動したとき、/var/apache/tomcat/logsフォルダがroot以外書き込み禁止になっていたため、これにアクセスできず猫が立ち上がったようで実は立ち上がっていなかったエラーというものに苦しめられた経験があるのを思い出した。今はrootでアクセスしているのだが、一応/var/apache/tomcatフォルダ全体を書き込み自由にした。(これはあくまでこのマシンは個人の学習用マシンなのでこのようないい加減なアクセス権設定をしたにすぎないということをお断りしなければならない。
だが解決しない。結局、rootの.profileに上記の環境変数の設定

CATALINA_HOME=/usr/apache/tomcat; export CATALINA_HOME
CATALINA_BASE=/var/apache/tomcat; export CATALINA_BASE

が必要であることがわかった。これで無事起動した。だが起動はまだ手動で行っていて起動スクリプトなどは作っていない。あとApacheとの連携もまじめにやっておらず8080ポートを直接指定している。

2002年11月02日

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Solaris9を入れる!

そんなBlade100、Sun ONE系のツールなど入れて使っていたが、ついにこのたびSolaris9を導入したッ。
Sunのオンラインストアで注文、一週間ほどでペソカン便さんが届けてくれた。だが配送員の方はきっと「やけに軽いノートパソコンだな」と思われたことだろう。それはこの前来たA30pと同じくらいの大きさの箱に入って「精密機器」というシールがベタっと貼ってあるが、いくらマニュアルがギッシリあっても所詮はソフトウェアであるから異様に軽い。開けてみるとなぜか緩衝材まで入っている。
メディアキッとの外観はこれまでの紫赤系のデザインから、その紫(Sun Purpleなのかなー)と黄色に変わっている。
ソフトはDVD1枚もしくはCD4枚からインストールするが、残念ながら我がBlade100に換装したTOSHIBA CD-RW/DVD-ROM SD-R1202からはDVDブートもCD-ROMブートもできなかった。そこでBladeに元からついてきたCD-ROMドライブにいちど戻して、Solaris8のときと同様CD-ROMからインストールした。
Web Startから始めた。こちらはアップグレードではなく新規インストールを決意し必要なデータはサーバに待避させている。もともとワークステーションには大事なデータは置かないようにしてるけどー。だが8のときはミニルート作成時に新規かアップグレードか聞かれるが、9では何も聞かれないままミニルートの作成に入った上に、わたしがちょっと台所に行って戻ってくるとのんのんが不安そうに「なんか画面がいきなり黄色くなってリブートしたけど大丈夫かな」と言い出し、かなり不安だったが、問題なかった。新規かアップグレードかはSoftware Disc1を入れてから聞かれるようになった。
それ以後の過程にはSolaris8と比べて特記すべき事項はなかった。たぶん。

Bladeの場合特にひょんなことからシリアルモードの旅に出られてしまうことが多いので、まず最初にシリアルポートのタイプをSolaris用のtvi925というのからvt100に変えた。これは今後滅亡の一途をたどるだろうと言われているAdmintoolで「シリアルポート」を呼び出して行った作業である。Solaris9には新しく管理コンソールがついてて、IEを使いたくて使いたくてしょうがねえWindowsのようにJavaを使いたくて使いたくてしょうがねえらしいSolarisらしくやはりJavaで動いているが超遅え、とあまり評判芳しくないようなのだが、今回は急いでいたので使わなかったのだ。

TOSHIBAのDVD-ROMドライブに関しては、Sunのインストールマニュアルに情報が出ていて、ファームウェアを書き換える必要があるとある。あいにくそれらのドライブの型番はうちのTOSHIBA DVD-ROMドライブと微妙に違う。だが東芝のサイトにファームウェアのアップデータが出ているとのんのんが探して来てくれた。AT互換機に一時的に装着してWindowsからファームウェアを書き換えた。でもそれはSol9を入れてしまってからのことなのでこれからBladeを起動できるかどうかはまだ試してないー。

2002年11月02日

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USB切換器の甘い蜜と落とし穴

我がBlade(って誰のBladeも同じだヨ)はご存じキーボードはUSBである。同じ台の上に、Windowsデスクトップマシンもある。のんのんがこれらをUSB切換器でつなぐことを考えた。成功すればUSBキーボード&マウスと、ディスプレイとを、BladeとWinマシンで共有できることになる。
買ってみたのはCoregaのChanger UVという製品。価格は12,500円とかなりお安い。ただ、対応OSにSolarisとはやはり書いていない。それが少しばくちだがだめだったらうちにはほかにも切り替えたいマシン(ていうのか)はたくさんあるのでまいっか、と買ってみたらズバーッと対応した。CoregaがすばらしいのかSunがすばらしいのかたぶん両方なんだろうがこれで机の上がゲロ片づいた。

だが、事件は起こった。快適に切換生活を続けていたはずのある日、Bladeを立ち上げたらまたあの悪夢の宣告が。
「KeyBoard not found」
マジか!また壊れたのかUSBキーボード!?しょうがない、先に起動してあったWindowsのTera Term Proで・・・・
・・・・・・
まさか・・・・・・
一応、その先に起動してあったWindowsのTera Term Proからシリアルモードでアクセスして、Bladeを円満パワーオフした。もう少し詳しく説明するとその先に起動してあったWindowsマシンというのは、BladeとUSB切換器でキーボード等を共有していたものである。
そう。先にこっちを使っていたので、切換器はキーボードをWindowsマシンに接続した状態であった。そこでBladeを立ち上げてしまったのでBladeは起動時にキーボードを見失ったのである・・・
今まで、なぜか、先にBladeを立ち上げてからWindowsマシンを立ち上げていた。一度立ち上がってしまえば、そのあとWindows側に接続を切り替えてもBladeには何も問題は生じなかったから、気づかなかったのだ。
Windowsを落としてBladeを立ち上げる。デフォルトではBladeにつながるようになっているので、Bladeは何事もなかったかのようにキーボードを見つけ出し正常起動してくれた。
安心してWindowsも立ち上げる。しばらくそっちを使ってから今度はBladeに切り替えても問題は・・・・

Bladeの画面は「Cannot connect to X-Server」というコンソール画面で止まっていた。

そう。Bladeは今度はディスプレイを見失っていたのである。結論は、「GUIログイン画面に入るまで切換器はBlade側にしておけ」

今は、この原則を守って、今度こそ快適にBladeとWindowsマシンを使い分けている。

2002年11月02日

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役に立ったのかたたないのかシリアルログインの勉強

さて、「シリアルから出直せ」と言ったきり姿を隠してしまったBladePROM君。ヌルモデムこと、クロスのシリアルケーブルで他のマシンにつなげということだが・・・
問題は、今このBladeのシリアルポートはvt100モードでないということだ。psionでシリアルログインの実験をした後、CD-RW事件でBladeの中身は再セットアップされていた。こんなことになると思ってなかったから代わりにUltraの「Admintool」でシリアルポートをブラウズして確認した。tvi925、だったかな。とにかくSolarisしかつながらないモードになっている。そのオプションは残念ながらさすがのTeraTermProにも用意されてない(みたいだ。わかんないけど)
ということはUltraとつなげるしかない。ダウンしたサーバを端末からのシリアルログインでサルベージする話はよく聞くが、ダウンしたクライアントにサーバからアクセスするとは・・・
おまけに、さあ、Solarisからのログインはどーするんだっけ?この前さんざやったはずなんだがなんかどこにも書いてないぞッ。vt100からのログインができたのでそのことばっかり書いてあるしー!なんでいつも一番大事なことを書いてないのヨーキーッキキ・・・・

$tip hardwire

このカッチョイイ文句が突如アタマの中によみがえった。Ultraのターミナルでこれをやって、
connected
と出たら、あと何も出ないが落ち着いてもう一度リターンキーを押す。すると
ok

出たヨ・・・power-off と打ったら、静かにBladeのパワーは落ちた。

2,3日後新しいキーボードが来て、無事認識されBladeソルッパチは立ち上がった。このときわたしがやったのはすぐにAdmintoolでttyaのモードをvt100に変えることだった。そのあと故障しているに違いないキーボードを、全く同じポートに挿す。
おお、やっぱりシリアルから出直せだ。今度はヌルモデムでWindowsに。TeraTermProでSerialを選ぶ。COMいくつだ?二つあるのであてずっぽしかない。下のほうがCOM2だった(ってそんな内輪ごとをここで言ってどうする)。開いたウィンドウからはやはり何も言って来ないのでリターンを押したら
ok

おーッ。出会い系サイトで狙った相手から返事が来たときってきっとこんな気持ちがするんだろーなッ。
もすこし遊んでみたかったが、まずはpower-offでまた円満終了させた。そうしてもう一度、新しいキーボードに換えて立ち上げる(でないと間違って新しいほうを送り返したりしたら元も子もねーヨッ)。やっぱり差は歴然。壊れていたのはキーボードだったのだ。いやよかったよかった・・・実はその間に全然よくないことが起こったりしたのだが、それは自分で復旧できることだからまあいい・・・

それにしても この前のシリアルログインの勉強は役に立ってるのか立ってないのか?そのときは元気なSunをあえてシリアルモードに抑えるために必死こいていたわけで。今回だってパワー落としたってだけで何を復旧できたわけでもない・・・前回の実験の話では「派手テクばかり追いかけてもっとも基本的なことを勉強してない、反省反省」みたいなことが書いてあるが、その反省は果たして実行されてないような・・・

とにかく思った。わたしは同じ失敗を二度と繰り返さないことはできない。一度失敗し、二度目で最初の失敗の経験がいかに生かされてないかを痛感し、三回目を繰り返さないようにするのがせめてものアレ(ってどれ)なんだろうな・・・・

2002年07月11日

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どおしたブレーードッ!!

わたし、実は、みなさんに隠していたことがあります。
それは、ここ最近、 ときどきBladeのキーボードの入力ができないことがあったんです。
ログインしようとするとキーが入らない・・・でもいつもじゃないし、リモートから(PocketGearなどでッ)一回リブートすれば同じ症状が二度続くことはなかったので、あんまり深刻に考えませんでした。
Bladeで初めて搭載されたはずのUSBキーボード。きっとドライバとかが合ってないんデショ。今度Sol9でも入れればこういうこともなくなるんじゃ・・・みたいに。
けど、この前順調にログインしたのちCDEを使っていたら急にキー入力ができなくなってしまいました。マウスは動くのに。しょうがないからリモートでリブート。だが今度は・・・

keyboard not found: change to tty mode

だったかな。とにかく、「キーボードが刺さってないからシリアル端末から入れて来い」と言ったきり、ディスプレイ出力さえもやめてしまったのでした・・・

なんか、キーボードなんて、大事にしなきゃならないパーツのうちに入らないみたいな気がしてしまう。けど壊れるとホントに深刻だし、実際壊れるんですな。知人Sに(適価で)譲ったAptivaのキーボードも実際に壊れちゃってたもんな、特に乱暴に扱ったわけでもないのに。

Sunのサポートに連絡したらあっさりと「ではそちらにエンジニアをよこしましょうか」と言われた。こっちがあわてて「ちょちょっと待ってください。マウスは動くわけだしたぶんキーボードが壊れただけだと思うんです。代わりのキーボードを送っていただければこっちで試してみて、それで動けば一番手間かかりませんよね?!」と提案してしまった。
すると、「ああそうですね。ではまずそれでお試しいただいて、ダメなようでしたらエンジニアを・・・」

Sunのサポートさんッ!サービスよすぎッ!こんな主婦の、ビッケから二番目くらいに安い(買ってくれたダンナ様を軽んじてるわけじゃないのヨ、けどエンタプライズとかに比べりゃそりゃ安いでしょという)機種の、たぶんキーボードだけの問題のために、東京から電車で一時間もかけてエンジニアさんが動く費用と手間考えたら、こっちのほうが気が遠くなってしまいますがなッ。

そしてそのキーボードは翌日送られてきた。果たして交換したら復旧した。この迅速な対処にわたしもすぐ故障部品とレポート送り返してあげたかったんだけどその日台風で雨風強くなったし翌日は別の宅配便さん待ちで結局午後になってしまいました。ていうか今から行きます。すみません。

2002年07月11日

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UltraのCDEをかっぱらう(こんなに簡単なことだったのネ・・・)

Ultraサーバの処理をBladeなどからリモートでやる、GUI馬鹿一代のわたしには結構もどかしいときがある(のんのんに言わせるとコマンドラインよりGUIでドラッグドロップとかしなきゃいけないほうがむしろもどかしいそうだが)。
「だからUltraのデスクトップをBladeからいじる方法って絶対あるはずなんだヨ。WindowsからでさえAstec-Xであんなにバッチリ、Librettoの変形画面にUltraのCDEが繰り広げられたの見ただろ?」
とも言われる。そーなんだよな〜。この前Ultraの特定のデスクトップアプリケーションをBladeのCDE上に展開することはできた。けどあくまでそれはBlade上でのことだ。今見てる画面いっぱいにUltraのCDEを広げる方法はないんだろうか・・・AnswerBookを何度も見るが、なんか設定がむずかしそうでよくわからない・・・

と思っていたらある日偶然それがあまりにも簡単であることがわかった。偶然というのは偶然「ようこそBladeへ」というあのログイン画面の「オプション」をつついてみたら「リモートログイン」というのがあるのを見つけたというだけの話だ。
それを選ぶと現在立ち上がっているシステム、つまりBladeとUltraのそれぞれホスト名がリストアップされるので、Ultraのホスト名を選ぶ。するとログイン画面がもう一度現れて、
リモートホストUltraへようこそ
みたくなるのだ!そこでログインすると、ぜーんぜんカスタマイズとかしてなかったUltraのnonikoのCDEが丸のまま出てきたではないか!

・・・AnswerBook。あまりにも簡単だったから、その前後の細かい設定のことしか、書いてなかったのね。「コンピュータを起動するにはまずコンセントをつなげます」程度の扱いだったわけだ・・・わたしは何を長いこと悩んでいたんだろうか。

2002年07月04日

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MySQLとJServ

「MySQL徹底入門」(日本MySQLユーザ会編、翔泳社発行)という本で、JServでMySQLに接続するServletを動かす課題を勉強できる。
この本にはしかし、Solaris付属のApache, JServは一度きれいに削除して、ソースからコンパイルしなおすことが奨励されている。しかし、奥様は作りつけだからこそこれを使ってみたいのだ。注意を無視して、このまま使う。するとできた。この本に書かれたとおりのServletをいくつか試したがちゃんと動いたヨ。
DBドライバにはmm.mysqlを使う。これはmm.mysql-2.0.2.jarをJDK1.2のjarコマンドで
jar -xf mm.mysql-2.0.2.jar
とやると、mm.mysql-2.0.2というフォルダとMETA-INFというフォルダになる。だからもとのファイルは容器を作ってその中で作業したほうがいいのだろう。とにかくこの中のmysql.jarを取り出す。
mysql.jarを/usr/apache/libexecに入れて、jserv.propertiesを開き、
wrapper.classpath=/usr/apache/libexec/mysql.jar
とやっておく。これを忘れてServletを動かそうとすると、ただ沈黙あるのみである。だが/var/apache/jserv.logを見れば「クラスが見つからない」 と記録があって、ああ〜なるほどとなる。
とにかくこの本の通りにやると日本語の表示も問題なく面白いほどガンガン動く。ただ、添付CDにデータが入っている、美麗なフォームに美麗な画像を出させるサンプルアプリケーションExampleA,ExampleBがこの作りつけJServで動くかどうかは、やってないのでわからない。

2002年05月08日

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使えるじゃん、組み込みJServ!

Solarisの確か04/01からかな、ビルトインのApacheにビルトインされているJServ。Bladeでこれを全然わかんないままいじったあげく、「どうやら古いらしいわね、だからアレもコレもダメダメなのヨ〜」とカンタンに放り投げてtomcatに乗り換えようとしてひどい目にあったわたしだが(リンクなげーよ)、ジャカルタ一味に存分のお仕置きを受け反省して勉強しなおしてみると、このJServも結構使えるっていうか使えねえのはおめーだヨと言われるべきであったことがわかった。

だが、このJServはどうやらJDK1.2を使って動かすべきのようなので、そのためのユーザを作った。$JAVA_HOMEやその他のクラスパスを古いモノに指定する必要があるかも知れないからだ。
名前はshedog。she-wolf(メガデスだ)があるならこういう言い方もあるかなと思ったんで。つまりtomcatの反対ってわけだが、「雌犬」をもっとハッキリ表すアノ単語をユーザ名にするわけにいかないもんな・・・・

この環境でservletファイルを作ってjavacするためには、servletAPIのクラスファイルをクラスパスに指定することが必要だ。それは/usr/apache/libexec/jsdk.jarであることがわかった。shedogの.profileに入れておく。
コンパイルできたら/var/apache/servletsフォルダに入れて、
http://localhost/servlets/クラス名 とアクセスすれば動く。すごいのは、tomcatと違って、再起動しなくてもサーブレットの追加や編集が反映されるのだ。まあトムキャは多機能なんでそれなりにめんどくさいんだろうが、作って間違ってアレとか言って修正してとかいう場合にはストレスがかなり少ない。

2002年05月08日

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CD-R再追記のできない謎

再追記ができないのは、mkisofsの段階だ。-Cのあとには、「最後のセッションの終点と始点」を指定すれ、とcdrecordのマニュアルにもある。それはcdrecord -msinfoで調べることができる。最初のセッションが
0,13082
なら、最後つまり次のセッションは
13082,22585
とかになっている。それを入れてやればいいのだが、こんなエラーが出る。

Apr 28 14:48:30 blade Error for Command: read(10) Error Level: Retryable
Apr 28 14:48:30 blade scsi: Requested Block: 13080 Error Block: 13080

読めないらしい。それも不思議なことに、最初のセッションの終点の少し前でエラーになってるみたい・・・だが、実は、最初のセッションをブランクなメディアに焼き付けたとき、成功はするがこんなメッセージが出ているのだ。

Apr 28 16:59:18 blade uata: WARNING: timeout: early timeout chno = 0 targ = 0
Apr 28 16:59:18 blade dada: WARNING: /pci@1f,0/ide@d/dad@0,0 (dad0):
Apr 28 16:59:18 blade ATA transport failed: reason 'timeout': retrying command
Apr 28 16:59:18 blade uata: WARNING: timeout: early timeout chno = 0 targ = 0

Solaris8にはataドライバにDMA転送関連のバグがあるのでパッチを当てて置け
と、SunWorld2002年4月号の関連記事っていうかそれに習ってやったのヨ「Project:Blade100(佐藤和幸氏著)」には書いてある。もちろんハードに弱い主婦のに子にはどういうことかウスラボンヤリだが、とにかくパッチが当たっていることは確かめた。だから一応焼けているわけだが、どうやら完全にはそのバグとやらは直っていないのか・・・?なんかこのトラブルが、一度追記する分には免れるが次の再追記のときに、いわゆるボディーブローもしくはオヤジの運動会のようにあとからきいてくるのではないかと思わずにいられない。

そういうわけでチマチマ再追記再々追記をすることはできないでいるが、いずれは解決したい問題である。

2002年04月28日

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マルチセッションでCD-R(W)を焼く

最初に焼けたのはもちろん、一回きりのセッションだ。テストデータの容量は1MBもなかった。670MBのメディアに・・・
「もったいない」と思うのは主婦のサガ。Windowsで焼きソフトを使っていたときは、チマチマ追記していた。このシステムでも、ぜひマルチセッションで使いたい。
調べてやってみた。だが、問題がひとつ。2回目の追記、というか、3つ目のトラックが、成功しなかった。mkisofsでのイメージづくりに失敗するのだ。

参考にさせていただいたのは、http://www.susono.com/~norio/linux/index2.html norioさんの展開するDebian GNU Linuxのテクニカルページだ。その中で「マルチメディア/CD-Rを焼く」に、cdrecordを使ったCD-Rの焼き方が詳しく書いてある。
ここの掲示板では、訪問者の質問や相談にnorioさんが答えてくれているが、やはりCD-Rに関するものもすごく多い。
わたしも2回目の追記のことをうかがってもいいかと思うが、もちょっと自分で調べてからにしよう。

ですからのに子のヘボサイトなどで逐一無断引用することもないので、詳しくはそちらをごらんいただければと思います。
ここでは、Solaris固有の問題についてのみ特記させていくことにします。

[voldというもの]

Solarisにはvoldというデーモンがあってこれがあるとcdrecordは動かないから止める、というのは痛感した。だがこのvoldというのは具体的になにをやっているのか、のに子なりに取り組んでみた。
voldを止めると、CDEでCD-ROMを読めなくなる。ファイルマネージャウィンドウで/cdromをつついてみると一応開いてcdrom0というアイコンが見える。だがそれを開いても何も見えない。

voldを起動するとCDEでCD-ROMを読めるようになるのはもちろん、
df -k
でマウント情報を見ると、
/vol/dev/dsk/c0t1d0/cdrom が、/cdrom にマウントされているという情報が得られる。
この項目は、voldを止めると現れなくなる。
そして、この/vol/dev/dsk/c0t1d0/cdromというもの自体が、voldを止めると消え、voldを起動することにより現れる。

Solarisにはvoldがある。とするとLinuxやBSDにはないんだろう。けどcd-romはマウントされる。だったら同じUNIXなんだからSolarisでもvoldなしでcd-romが読めるはずではないか?
・・・たりまえぢゃねーか!と思われる方は多いだろうが、初心者というものはそんなことさえなんとなく自信がない。
だがやはりWebを調べると、ちゃんと情報をだしてくれているヒトがいる。voldなしでcd-romをマウントする方法についていて、「謎の処理系SunOS4.1.4」の「Solaris/Linux/FreeBSDでCD-Rを焼こう」からアクセスできる

http://www15.big.or.jp/~yamamori/sun/sd-2000-06/mount.html

に詳しく書いてあった。これによると適当なフォルダ、たとえば/mycdとか作って置いて、

mount -F hsfs -r /dev/dsk/c?t?d?s? /mycd

とやればいいとある。だがこの/c?t?d?s?/が問題だ。cd-romドライブのデバイスファイル名ってヤツなんだろうが、?にあたる番号は環境により自分で調べなければならない。さてどーする。

/etc/vold.conf というファイルがある。
これを読むと、

use cdrom drive /dev/rdsk/c*s2 dev_cdrom.so cdrom%d

という表記がある。これによると、c?t?d?s2というどれかが、cdromの本当のデバイス名だろうということになる。

/dev/rdskの中身を調べてみた。すると、c0t0d0s2, c0t1d0s2などいくつかあった。さてどれだろう。全部試してみる。すると正解はうちの場合c0t1d0s2だった。確認するがvold.confには/dev/rdskという書き方がされているがあくまで

mount -F hsfs -r /dev/dsk/c0t1d0s2/mycd

だった。しつこいようだが初心者はこんなところでも迷い道クネクネである。

要するに、voldというのはc0t1d0s2に/vol/dev/dsk/c0t1d0/cdromというシンボリックリンクを貼ってされにこれを/cdromにマウントしているような仕事をしているのじゃないかとのに子的には考えた。

[2回目からのmkisofs]

すでにデータがマルチセッションモードで入っているCD-R(W)に追記をするためのイメージづくりをするためには、まず目的のメディアをデバイスに入れなければならない。それで、

cdrecord -msinfo

とやると、

0,15228

のように、前のセッションの始点と終点が出てくる。それをふまえて

mkisofs -r -C 0,15228 -M <cdromの既知データが読み出せる場所> -o <イメージファイル名を自由指定> <イメージにしたいデータが入っているフォルダ>

とやるわけだ。この<cdromの既知データが読み出せる場所>が問題だった。
LinuxやBSDでは/dev/cdromとすればいいらしい。だがSolarisでは?わたしの実験したところでは正解は
/vol/dev/dsk/c0t1d0/cdrom
だった。ということは、voldを起動した状態でなければならないということだ。voldを止めた状態で/dev/dsk/c0t1d0s2もしくは/dev/rdsk/c0t1d0s2を指定すればいいかと思ったが、ダメだった。SCSIデバイスが見つからない、というのがエラーメッセージだ。そりゃSCSIじゃないもんな・・・その対処法はたぶんあるんだろうが今はまだわからない。

だから。Solarisでcdrecordを使ってマルチセッションでCD-R(W)を焼くテストには、今のところ

  1. mkisofsで最初のイメージファイルを作る
  2. voldを止めてcdrecordで最初のイメージを焼く
  3. voldを再起動してデータが焼かれたことを確かめる
  4. voldを再び止めてcdrecord -msinfoで今焼いたデータの始点終点を調べる
  5. voldを再起動して追記のためのイメージファイルを作る
  6. voldをまた止めてcdrecordで2番目のイメージを焼く
  7. voldをまた再起動してデータが焼かれたことを確かめる

というきわめてめんどくさい手順を踏んでいる。それもvoldはrootでないとできないし(nonikoに実行権を与えちゃってもいいんだろうけど、それではchmod馬鹿一代になってしまう)、vold &としてやらないとそこでターミナルが止まってしまうからあら大変・・・これで何度か試したが、ついに再追記はできなかった。

2002年04月28日

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デバイス変えてCD-R焼き大成功!

Blade100でCD-Rを焼こうプロジェクトは、結論を言うと、デバイスを変えたら見事成功した!
うちの場合は、
できなかったもの:Matushita CD-RW CW-7586
できたもの:Toshiba CD-RW/DVD-ROM SD-R1202
無論、これはうちの現在の状況でできたりできなかったりしたのであって、他の場合にも同じ結果になるとは限らないことを、お断りしておかなければならない。

だが、成功に至る経緯は、きわめてのに子的であった。

1)最初に、Bladeに組み込んだのは、SD-R1202のほうであった。これでSunのcdrwと、Schillingさんのcdrecordを試してみた。前者は書き込みはしているようなのだがそれを読み出そうとするとエラーになる。後者はデバイスが認識されない(と思った)。

2)そこで、以前からあったCW-7586に組み替えてみた。これで、Sunのcdrwは、やはり書き込みはしているらしいが読み出せなかった。さてcdrecordは。そのときにダンナ様が言う。
「おい、voldってヤツ止めた?」
そうなのだ。Solarisでcdrecordを使うためには、Solaris固有のマウントシステムvoldを止めなければならない、これは参考にしたSunWorld4月号の記事にもちゃんと書いてあるのをのに子が見落としていたのを今ダンナさまが見つけたのだった。あらそーなのネと、voldをkillした。そしてcdrecord -scanbusで、仏の顔も三度ということわざを実感したのだった。

ここまでは、以前に書いた失敗談の実は詳細である。

その次の休日。ダンナさまが、
「じゃあBladeのドライブはやっぱりSD-Rに戻そう。読むだけにしか使えないとしても、DVDついてるほうがいいだろ」と、
まずBladeのドライブを入れ替えてくれて、
「あとうちにはまだSCSIのCD-Rドライブがあるから、それを試してみよう。BladeにSCSIボードさしてそっちにRドライブをつなげてみるよ」
とつなげて見た。呼ばれて行くと、半裸のBladeの上のカドのところに、ケーブルにつながれたCD-Rドライブがやはり半裸で乗っかっている。
「のに子、この状態でドイツのオッチャンのアレをかまして見ないか」
わたしとしては怖くないことはなかった。でもせっかくダンナ様がそこまでしてくださったのだから・・・と勇気を持ってvoldを止め 、cdrecord -scanbusをかましてみた。すると、
「あ、検知したあー。すごーい。やっぱりSCSIだと検知するんだー」
だがダンナさま曰く「のに子、目ん玉ひんむいてよっく見てみな・・・」
そこに検知されたのは今つなげたSCSIのR(ちなみにMatushita製)ではなく、「読むためにとにかく入れた」Toshiba SD-Rのほうだったのだ・・・

「あれ?前にできなかったことがどうしてできたんだろう」と不思議に思ったわたしはとにかく、気を落ち着けるためにおトイレに行った。そして確かに落ち着いた。2台のデバイスと、2つのライティングソフト、そしてvoldの有無。Sunのcdrwはvold必須なので、組み合わせは6通りだ。そのうちのたった一つの当たりパターン(SD-Rでvoldを止めてcdrecordを使う)だけを、わたしは確かに先週やっていなかったのである。

とにかく、デバイスにより状況はずいぶん異なるものだとわかった。それはよくあることである。ダンナ様もハードの相性問題については普段からずいぶん苦労しておられる。未認識のCD-RドライブをつなげたSCSIボードのささったままのBladeを見ながら、
「もーしかしてこのSCSIボード挿したのがなんらかのミラクルな効果を生みだした、という可能性も、決して否定はできないな・・・」
ということで、そのボードはなぜか、Bladeにささったままである。そのあとcdrecord(cdrtools-1.0)を用いて、RもRWもちゃんと焼けることがわかった。それもこの前Sunのcdrwを使って実験し、書いてエラー出して消してというのを繰り返したヤツである。ということはSunのcdrwは初期化には使えるというわけだな・・・

2002年04月28日

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センスなし子

そのうちUltraも復帰しまたただのクライアントに戻ったBlade。ある日Netscape6でWebページを見ていたらのんのんに
「なんでそんなきたないんだ」
と言われた。画面のことである。
そーかな。グレイにいろいろな色が宝石のようにちりばめられたなかなか美しい画面と思うんだが・・・
「カラーモード、256色じゃないのか?」と言われる。
「そんなの設定してないヨ。SparcだからkdmConfig出てこないし」と、のーのーと答える嫁。
のんのんの説明では、m64configで色の深度を調整すべしというのである。
suにあがって、

m64config -res 1152x900x66 nocheck -depth 24

とやるんだそうだ。nocheckというのは解像度について細かいチェックはいらないという意味らしい。やってみた。一応リブートする。
「ホラこんどはきれいじゃないか」
とのんのん。見ると、わたしがそれまで「印象派の色づかいみたい」と思っていたのは、色を表示しきれなくて原色のピクセルが残っていたというだけのことのようだ。
「キミはアレだな、少しサイケが入ってるようだな」とのんのんに言われる。

決定的だったのは、それまでねすけの6では、日本語を入力して変換などの操作を行うと、未確定文字が反転状態で出てくるが、その色がピンク地に黄色字とか、黄色に白字とか、そのときどきによって違うがいつも薄くて全然なにがなにに変換されているのか見えやしねえ状態で、これはねすけの6は問題よねーなどと思っていたのが、今全くなくなってふつうの黒地に白の状態ではっきり見えるようになったということだ。

シリアル接続だのJavaだのに果敢に挑戦するのに子だが、どうしてこういうことに気がつかないのだろうか。不思議なヤツである。

2002年04月19日

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PostgreSQL三度目の正直

さてBladeでサーバを立てるとは要するに家計簿WebアプリとSamba共有だ。Namazuなどその他の機能は一時的だから必要なときに立てればいいだろう。
PostgreSQL。NSUG様のお手製パッケージである。
(1)Bladeになんの気なしにかましたらあっという間にインストールされた。だがあまりの簡単さにそれ以上、つまり実際の家計簿データの移植などはしないでいた。
(2)そこでUltraにやる気まんまんでかましたのだが余計なことをやってさんざん苦労した後大変キズモノになったがなんとか動いている。
今度は3度目の正直だ。もう何もしない。ユーザも作らない。ただCDを入れて、回すだけ〜。・・・正解だった。パケジ様はちゃんとユーザpostgresも作ってくださる。あまりの簡単さにまた/etc/systemの修正を忘れた(懲りねえな・・)
だが。dumpしたデータは、Webアクセスで必要なnobodyユーザのアクセス権までは覚えていてくれないようだ。今回は家計簿システムの31個のテーブルについてnobodyにアクセス権を与える31個のpsqlコマンドを本気でひとつのテキストファイルにまとめた。この次からデータのリストアのときはこのテキストファイル一発でオッケーだ。あとあれだな、この次からWebデータベースシステムを作るときは、テーブルの作成も全てWeb上でできるような基本cgiを作ったほうがよさそうだな・・・・
とにかく、今度こそはものの30分で、家計簿は入力出力集計ゲットレディー状態に復帰した。この次は15分で復帰させてやるぞ〜。

2002年04月5日

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うちのBlade100projectは失敗だッ

*この問題については、翌週ライティングデバイスを替えたら解決しました。詳細はこちら

月刊SunWorld(IDGジャパン発行)に「Project:Blade100(佐藤和幸氏著)」という連載記事があって、今月号がIDE-CD-ROMをCD-R/RWに換装してライティングをかますというものだった。それでうちのBladeでもやってみることにした。
というのも、もしSolarisで大容量バックアップシステムが確立すれば、今また分離してしまっているうちのWindowsサーバとSolarisサーバはまたひとつになれるからなのだ。全くなぜうちに主婦ひとりなのに昼下がりの部屋ではPowerEdgeのWinNTとUltraのソルっ八が同時稼働しているのか(いつもじゃないけど)・・・
その候補に挙がったのがBladeのRWというわけだ。もしうまく行ったらUltraとBladeで役割を交換してもいい。今だいぶ安くなっているCD-R/RWを買ってみた。なにうまくいかなきゃ他のAT互換機に入れりゃいい、というわけで・・・
結果はダメだった。将来ダメくなくなるかも知れないのでここでは詳細は省くが。10/01からSolarisについているCD-RW Writerは、認識もディスクイメージの作成も書き込みまでできるが、それを読み込めない(つまり書き込みエラーなんだろうな、Windowsでも読めないし)。もうひとつどうやらフリーCD-Rライターの定番らしいcdrtools-1.10では、恐ろしいことにscanbusをかますたびにOSが完全凍結する
Webminもダメ。telnetさえできないのだ。電源スイッチも受け付けない。コードを抜くしかない。これを3回やったら、さすがの聖剣Bladeも死んだ。
もちろん何か間違っているのだ。そこでこんなヘボサイトでURLを出すまでもなく検索エンジンにcdrrecordと打てば、作者のSchillingさん(キョーレツにアタマの良さそうなドイツのオッチャンや)のサイトを始め、日本語からドイツ語まで無数にヒットするいろいろな関連サイトを見た。
わからん
なにせハードウェアに弱いこの主婦は。ダンナ様が「じゃあ、やっぱりSCSIで試してみよう。ということはUltraを俺に預けてくれ、他にテープドライブなども試したいし。おまえは得意のサーバ構築技術で(微妙に皮肉)今のUltra環境を一時的にBladeに移してくれさえすればいい」
と言ってくださった。それなら確かにわたしにもできる。奇しくも(ホントに奇しいよ)死んだBladeに再セットアップをする必要があるのだから、同時にサーバを立てることにした。

2002年04月5日

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BladeがWorkPadの母艦に!

さて、かねてからの懸案事項だ。どうやらSolarisではJPilotが動き、SJISをサポートさせれば文字化け問題もなく同期できると考えられたので、いよいよマジでわたしが実用している、親戚筋の住所からアプリのシリアル番号からお料理レシピから入っているWorkPad30jの母艦を、マジでWindowsからBladeに換えるぞ!
BladeにPilot-linkとJPilotを入れる。実はこのとき手抜きをして結構トラブりました。 というのはわたし、どちらについてもダウンロードしてきたtar.gz形式のソースをどこかにやってしまったので、他のマシンに残っていた解凍後のフォルダをBladeに引っ張ってきて、./configureとかgmakeとかかましたけどなんかエラー含みで、起動してもやっぱり、コンソールにたくさんの化け文字を吐いてエラーとなりました。ですが、両方とももう一度ソースをダウンロードさせていただきなおしてBlade上でた〜からやり直したら、以前と同様全く問題なく動いたのでした。他のマシンの解凍済みフォルダを使ったのが基本的に当然の原因とは言えないと思うんだけど、おかしいなと思ったときはやはりダウンロードからやり直してみる、という、初心に返る姿勢を忘れちゃいけませんな。
そうそう、あと、こうしてソースを新しくした後も、gmakeのときに、libiconvというライブラリファイルが見つからないというエラーが一度出ました。Intel番ソルッ八では出なかったんだけどなー。だが、これはSparc用パッケージがダウンロードできて、ちゃちゃっと当てれば解決しました。
そんなわけで、一応Windowsのほうにデータのバックアップをとってから、ドキドキでシンクロしてみました。
なんか、Todoだけ、JPilot上で更新したのがWorkPadに反映されないようなんですが・・・他は大丈夫そうです。
まいっか。わたしの場合TodoはPDA上で変更することが圧倒的に多いからな。とはいえ当分WindowsとBlade、両方と同期しながらやっていくつもりです一応。

2002年03月1日

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BladeでMySQL

MySQL、家計簿データベースを作る際にはどーものに子と相性悪いっていうか、PostgreSQLのほうが便利だという結論になってしまった。だがMySQLにはMySQLの利点もいろいろありそうだ。ぜひ使ってみたい。ちょうど今やっているJDBCの勉強では、教本はMySQLを使っているようだ。Intel版でトライしたときはコンパイルと起動に一応成功はしたがなんかエラー含みで気持ち悪かったが、Sparc版ではどうか?
・・・注意すべきは、インストールするroot及び使用するユーザの環境設定ファイルに、LD_LIBRARY_PATHの指定を細かくしておくことだ。これはIntel版でもそうだったが・・・
わたしの場合、NSUG様お手製パッケージを入れたので、これは/opt/NSUGディレクトリ下にインストールされる。この際、/opt/sfw/libをLD_LIBRARY_PATHに通しておかないと、あのクソいまいましい「ナントカファイルが読み込めません、致命的なエラー」があらゆる命令に対して吐き出されるのだ。
何を通さなければならないかは、一度エラーを出してみて、そこで要求されているライブラリのファイル名を検索して見るとよさそうだ。

「だが、もひとつ特筆すべきは、mysqldを起動させるsafe_mysqldの実行は、ローカルホスト上ではちゃんとrootでCDEログインした状態でやらないと、ヒラユーザからsuで上がった状態では、su -で環境を引き継がせてさえも、何の説明もなく問答無用で強制終了されるようだ。どうもmysqlではローカルホスト上では他人に厳しいらしい。」

(・・・とこの当時は書いてあるが、のちにUltraに同じ方法でMySQLを入れて動かしたときは、特にこういうトラブルはなかったようだゾ。2002年5月20日)

とにかく、これでBlade上でMySQLが問題なく動くことがわかった。せっかく日本MySQLユーザ会様の教本も買ってあることだし、いろんなスクリプト言語と組み合わせて使って見よう使って見よう。

2002年02月12日

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Bladeで音声

Intel版を使っていたときは音声などの余興娯楽は最初からあきらめていたが、Sun純正システムならばサウンドだってチリバツさッ。たぶん。
そう思って、フォルダにある適当なサウンドファイルを再生してみる。chirp.auというのがある。ヒヨコやそういった鳴き声であろうと予想できた。チョクでクリックしてみると・・・なんやえれえ時間がかかりCPU負荷メータなどが激しく上下したあと、Javaのサウンド再生ツールが立ち上がった。再生ボタンを押してみる。

ゲゲー

耳をつんざくような咆吼だった。 どうも音量がむちゃくちゃ大きく設定されているらしい。しかしこのツールの音量調節は非常におおざっぱで、スライダを調節しようにもうるさいか聞こえないかのどっちかしかない感じ。

結局、デスクトップアプリケーションの「オーディオ」を起動してこのchirp.auを開き再生すると、全然時間もとられず、すぐにかわいいヒヨコの声が再現された。

ちなみに、このchirp.auをこちらで(教本のとおりに)作ったJavaアプレットによりNetScape上で再生させるぶんには、やはり問題なくヒヨコの声として再生された。

このヘンなJavaの音声ツールは一体なんなのか?・・・とにかく、もし何らかの突然変異によりヒヨコがクマぐらいに巨大化したら(するかよ)、きっと本人は ピヨ と 鳴いたつもりでもこのような咆吼に聞こえるんだろうなと思った。

2002年01月10日

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JBuilderを入れてみる

じゃあJBuilderはどうか?これもIntel版Solarisだけ恩恵を受けられないでいたツールだ。Borlandのサイトからダウンロードさせていただく。グズ野郎をた〜すると・・・Unexpedted EOFと言われる。GUIでの圧縮解除操作は、ディレクトリの検査合計エラー・・・
なんか不安一杯の展開、だったが、驚くことに(なのか?)セットアップシェルからなんの問題もなく起動した。
操作の基本はForteとそう変わらない。ていうかこっちが先輩なのか?・・・どっちを使おうか、迷っちゃうなー。どっちかインテル版に回ってくれればいいのに・・・っていう問題じゃないのか?!

このあと、サンプルプログラムやヘルプドキュメントを同様にダウンロードしてインストールを試みるが、やはり解凍時にディレクトリの検査合計エラーなどが出て、無理矢理のインストール命令も失敗・・・。なんで?と思ったら、どーもSolarisのNetScapeでダウンロードしようとしたのがマズいらしい。ネットマシンをWindowsに替えてIEでダウンロードしなおしたらどのプログラムも正常に解凍、インストールされた。

なんかくやし〜。Solarisのためのアプリをゲットするのに、あのバグバグのWindowsのIEの力を借りなければならないなんて・・・ていうか自分でダウンロードツールを作れってか・・・

2002年02月12日 更新

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ビルトインSambaでオッケー

じゃあSambaは?Blade100にパニオンから入れられる10/01ソルッ八のSambaは・・・2.2だ。
これを立ち上げてみた。SWATからは日本語コーディングシステムを選べない。だがsmb.confにチョクで書いてみたらどうだろうか。
ところがビルトインのSambaは/opt/sfw 配下のいろいろなところに散らばっていてsmb.conf がどこにあるのかすぐにはわからない。検索したら/opt/sfw/libにあったヨ。
smb.confを開いてUNIX USERの2001年12月号にならって、日本語サポートの記述をしてみた。DynabookからちゃんとBladeにアクセスできた。あれれ?そのあとSWATで見ると、Globalのページにコーディングシステムの設定欄ができてる。そーゆーもんなのか、ふーん。
けど、このままでは自動起動しないようだ。 まいっか。先述のUNIX USERに親切にも起動スクリプトが提供されているので使わせていただけば。まだ試してないけど。

2002年01月10日

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恐るべしNSUGパッケージ!

次はPostgreSQLである。というのも、月刊SunWorld誌の1月号に、NSUG(日本サンユーザグループ)お手製ソフトウェアライブラリのダイジェスト版がついていて、これにPostgreSQL7.1.2のSparc用パッケージがあるのだ。このバージョンのソースはインテル版ソルッ八の、06/01には対応しているっていうか古いバージョンでさんざ格闘した上やっとこれで動いたが、ソルッ八のほうが04/01になったら逆にConfigureすらできなくなってしまったという微妙な関係にある。さてどうなるか?
 postgresユーザとグループを作ってから、そのCD-ROMを入れてみた。GUIインストーラが立ち上がるので、リストの中からPostgreSQLのチェックボックスだけつけて「追加」するだけである。
ほかの作業などしていてふとウィンドウを見る。
「あれ」
パッケージのインストールの段階で、initdbのときに見られるさまざまなメッセージが。
「なにイー」
インテルッ八にバージョン7.0を入れたときの主要なトラブル、あれだけ馬野郎馬野郎と言われた(ちげーって。でもまだhosedの意味はわからない)・・・
あの最初の儀式、initdbが、パッケージのインストールの段階で、すでに自動でなされていると言うのかッ!
・・・言うらしい。パッケージインストールのウィンドウの最後は、Postmasterの起動の仕方で終わっていた。
特記すべきはLIBRATY_PATHなどが/usr/localではなくて/opt/NSUGフォルダにあることだが、それは.profileをもちろん書き換えるだけである。
pg_ctlでPostmasterを起動してみると、ちゃんと「メモリが足りないので/etc/systemを書き換えろ」というメッセージが。もちろん書き換えて無事起動。
そうそう、Perlとの連携はできるのか?ソースからコンパイルするときはPg.pmを作るのに、いつもパーミッションの関係で自動生成できないというメッセージが出て、あとから該当フォルダに入ってmake installしなおさなきゃならなかったんだゾ。
Pg.pmは・・・探して、一度「ないか」と思ったが、実はsite_perlフォルダにあった。
・・・簡単なデータベース接続プログラムをPerlで書いて動かしてみた。
見事 に、所定のデータが所定のデータベースのテーブルに書き込まれた。オッケーである。
とどめとばかりに、実稼働中のデータベースサーバからデータをダンプしてきて、こっちのPgにリストアしてみた。
一度nobodyを作っておくのを忘れたので失敗したが(またやっ たよ。CGIからデータ入力するときはnobodyをユーザに加えておかなきゃなんないの!!) 作ったらちゃんと、あの多量のデータがリストアされた。
すごすぎる。結構大変だったPgSQLのセットアップが、パッケージのおかげでこんなに簡単に・・・
もっとすごいのは、このパッケージ導入により、OS起動時のpgsqlの自動起動スクリプトも導入されており、ちゃんと起動するのだ!・・・スクリプトを、わたしが何度も書いては失敗こいたのと比べてみたが、どーもあんまり大差ないような・・・どーして?!このスクリプトを今稼働中のPowerEdgeのソルッ八に入れてやれば起動するんだろうか?怖いのでまだやってない。
それにしても、おかげでこいつを代わりにサーバにすればどんなに簡単に構築できることだろうという気持ちが急激に強まった。
「もったいないよ。Sparcソルッ八サーバならいいんだろ。だったら中古のUltra5とかを買えばいいんだ。でも今年のおまえの予算はアレだからな、ハッハッハッ」と夫に言われた。

2002年01月10日

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XEmacsは最新でオッケー

他の必要ソフトウェアを入れてみる。興味はなんてったってUltraSparcマシン及び、10/01というかなり新しいソルッ八バージョンと、いろいろなソフトウェアとの関係だ。
コア吐きまくりのインテル版06/00とくらべて、XEmacsの対応状況は?・・・こちらはパニオンCDにバージョン21.1.14が入っていたが、無論日本語対応してないので、パニオンからソースをインストールしてmuleサポートつけてリコンパイルしたらやっぱりコアダンプした!ハッハッハッ!・・・結局FTPからいただいてきた最新版、21.4.4が全く問題なくインストールされて起動もしたので平和。

2002年01月10日

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だが結局はSunモニタ

だが喜んでForteを使って市販の教本など見ながら勉強をしていると夫が言い出す。「せっかくFlexScanにつなげたけどさ、やっぱり少しでも解像度大きい方がいいじゃん。そうやってパレットをいちいちひっくり返したりのけたりしながらやってるのとても不便そうだ」
「せっかくのお申し出ですが、それではss10のモニタが・・・」
「ss10には下にあるViewSonicのモニタを持ってくればいいよ。あれはSXGAまで出るからね」
「えっ、あんな安いモニタが(失礼な・・・)?!」
「CRTは安いんだよ」
「へーそーなんだ。優秀なんだね。そういえばこの前下のマシンにRedHat入れたとき、うっかりグラフィック自動設定にしちゃって、失敗したかと思ったらちゃんと映ってるけどなんかいつもより字小さい気がして老眼来たかと思ったけど高い解像度になってたからだったのね」
「救われねえ・・・」
そこで結局お茶の間にSunモニタまでついてきた。ギリギリで入ったって感じ。これで、マルチ入力のできるFlexScanは使えない、つまりその場でWindowsデスクトップと切り替えて使うなどということはできなくなるが、近頃Windowsの使用頻度はすっかり少なくなり、Dynabookがあるからいいということにする(贅沢)。

2002年01月10日

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Flexscanにつなげる

Blade導入のその夜帰宅した夫は「よくこんなでかいのひとりで運んだな」と感心してくれた。
でも、やっぱりせっかくのBladeお茶の間で使いたい。ふたりともコンピュータ使ってるのに部屋は別なんて家庭内別居みたいだし〜。しかし問題はモニタだ。Sunモニタはss10のために残してやりたい。お茶の間にはこれまでインテルマシンやMacなどをつないでいたEIZO Flexscan E151Lがある。これってでもBladeで動くの?
「問題は解像度なんだよ。Sunモニタを使うことを前提としたSolSparcのデフォルト解像度は、おなじみのXGAより少し大きい設定なんだ。だからFlexScanに つなげるにはこの解像度を変更しておかなければならないわけ」
だが夫はそれも解決してくれた。AnswerBookを探して、コンソールから

#usr/sbin/m64config -res 1024x768x60(75以下)

とすればいいことを突き止めてくれたのだ。m64というのがBlade100のグラフィックチップで、Sunのマシンでは他にはpgxなどというものもあって、それだとpgxconfigとやって同じことをやればいいらしい。
Sunモニタを使ってこれをやり、茶の間に持ってきた。FlexScanにつなげる。するとちゃんと写った。少しずれてるぶんはオートアジャストで直せる。こうしてBladeがお茶の間で使えるようになった。

2002年01月10日

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Forteを入れてみる

プリインストールのOSだと、せっかく20GのHDがあっても、パーティション構成は /の下が6Gしかなく、残りの14G 弱が/spaceとかいうのに割り当てられている。だから本格的に使うのであれば当然インストールし直すのであるが、それより今はまずいろんな物を入れて使って遊ぶだけ遊び倒してからにしたい。
まずはなにがなくともForteだろう。Forte for Java のCDからまずインストール法を見る。インストールのシュを起動するだけでいいようだ。
起動してみる。セットアップのダイアログをデフォルトデフォルトで押していたら「ちょっと待ってForteはJava1.2では動かないわよ」と言われる。
あれ。このバージョンだとJDKは1.2なのか。と思ってJava1.3を入れようと考える。
Java1.3はForteCDにちゃんと入っていて、今度はそのインストールドキュメントを見る。そのためにはSolaris側にパッチを当てなければならない。さんざ苦労したがパッチを当てる必要はないことがわかった。おまけにJava1.3も入れる必要がないことがわかった。J2seというフォルダに入っている。
じゃあなぜ1.2?おや1.2も入っている。1.1まで。混乱しているのか。と思って1.2のパッケージを消してみた。ちゃんと消せた。
ところが今度はForteのインストールのシュが起動しなくなった。おまけにJava1.2がないとだめだというのだ。
キレかけたがわかってきた。インストールのシュ自体は、Java1.2で動くのだ。
涙ながらに1.2のパッケージを入れ直すが、つくづく再インストールしないでよかったと思った。のんのんに再三 「Windowsとは違うんだから100万回入れたり消したりしたってシステムが腐ることはないんだ(多少誇張があります)」と言われてはいるのだが、キズモノ感は残っただろうから。
今度はもう少しよくインストール画面を見る(最初から見ろ)インストール・シュを起動するためのJavaの実行フォルダを1.2のそれに指定すると、Forteで実行するJavaのフォルダがそのまま(そのものじゃないけど)1.2 の実行フォルダになってる・・・
ぷー。せっかくSparc純正なんだからそのくらいはゆーづーきかしてヨー。
これを1.3 のそれにすると、今度はなんの警告もなくインストール終了。
マルチユーザモードにする方法はインストール法に書いてある。起動して、よくわからないままにいじくってみたがとにかくアプレットビューワに「ほげ?」という文字を表示させることだけはできた。

2001年12月30日

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初対面はやはりヘボ

さて、とにかく初期不良などないか起動してみることが必要だ。ということで山賊のようにss10の資産をかっぱらった。ディスプレイケーブル。10-BASET。キーボードとマウスはなななんとUSBだからだめ。ていうか今ついてきた猫の手マウスを使わいでか。さて、記念すべき、一番最初の起動!
・・・あ、モニターつかねえ・・・
なんとss10ではモニタに電源供給してたのに、こっちでは別系統からとらなければならなかったのだ。ていうかss10につながってたのを知らなかったわたしは。
このようにBladeとわたしの最初の御対面は、闇の中だった・・・
やがてHDDの軽快なアクセス音が一息ついたようなので、ディスプレイの電源を入れた。するとインストール言語の選択のところだった。Japaneseを選択。次いでネットワークの設定。バージョン10/01ではデフォルトゲートウェイもここで設定できる。もっと便利なのはこのときどうもDNSの設定がうまくいかなかったようなのだが、そしたら「DNSの設定だけスキップしますネ」と先に進んでくれた。あとで見たらちゃんとnsswitch.confはnsswitch.dnsになっていた。
そしてBlade100の諸刃の剣のようなものがざっくりささったカッチョイイ画面も見れた。
DNSの設定はあとでresolv.confを書くことでできたヨ。

2001年12月30日

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ヤツもやってきた

連休明け、二階ではんなりと枕カバーなどを替えていると下でチャイムが。
うちのアンポンタンチャイムは、その電池は電子音発生のためのものではなく、でんぢしゃくを発生させて金属板をハンマーにひっつけてぶつけて音を出すというなんとも旧石器時代なものだ。だからなかなか聞こえない。それでも聞こえたというのはたぶん耳が自発的にダンボ化していたのだろう。
先週何度かペ*カン便は来て、でも届いたのはBryceのアップグレード版だったり、別の物だったりしていたのだが・・・。わたしは間違いのないようにはんこを押す前にかならず伝票の届け先と送り主を確認するようにしている(たりまえといえばたりまえだが)が、伝票を見て思わず「やった・・・」と言ってしまった。
「よほど待ちかねてたんだねえ」
とペ*カン便のおじさんにも言われた。だがついにそれはやってきた。
洗濯をしてからそれを上に上げることにする。キーボードとメディアキット(たかがメディアにしてはすげえ箱だ)を先に。それから本体は段ボールを開けて中身を取り出す。自分のつま先をショックアブソーバに。一度わりとマジで下に落ちたがおかげで音ひとつせずソフトランディング。
かなりでかい箱だが両手でしっかりかかえ、腹にはさみこむように。そのままヒキガエルのように一歩一歩ガニマタで階段を上がる。こいつを落とすくらいなら自分が階段を転げ落ちると思った。「ボカア死んでもきみを離さないよ」と思った。だがおかげで問題なく上にもっていけた。
とりあえず、茶の間の隣の、ss10のある部屋に持ち込んだ。

2001年12月30日

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