/よみがえったのか?ArtPad/USB-Serial変換アダプタ/DELL Optiplex GX1/のに子の見たKayak(HPのブランドイメージとは?)/この子どこの子?HP Kayak/グラボの意外な条件/まだくすぶるぞ無線LAN/門前の小僧の悪魔の呪文/CPUの温度のさらなる謎(ホントか!!)/コンピュータが起動しなかったとき(導入と救出)/コンピュータが起動しなかったとき(迷走と解決)/なんか直らない言い間違いの癖/3comのNICを求めて(イヤミな客にならないためには)/のに子2号誕生/のに子3号も誕生/CPUの温度の謎/自作マシンのにこ1号/サポートの鑑ってヤツ?/パラサイトインストール/特別テーマもあります
DynabookからUSB/シリアル変換アダプタを用いてシリアル機器に接続することができるというので、うちにあったWindows用のWacomタブレットをもう一度引っ張り出した。シリアル接続型である。だがずいぶん前のことでもう正確な製品名も覚えていない。果たしてWacomではドライバを出しているのか?
出していた。すごい!2年前のOSのサポートを平気で打ち切るなどとぬかすクソソフトハウス(ちょっとなつかしい響き?)などとは大違いだ!V472jwi.exeというそのドライバはArtPad
ProIから対応するらしい。うちのはたしかIIぐらいではあったとのんのんは言うが。USB型、シリアル型どっちにも対応する優秀なドライバだ。
このシリアル用タブレットは電源アダプタが必要で、スイッチで通電する。通電させておいてドライバのsetup.exeを起動。接続型には「シリアル」を選び、COMポートを自動検出させると、ちゃんとCOM3を探し出してきた。そうしてちゃんとペンでカーソルを動かすことができた。
ただ問題は接続を抜いたときだった。そのあとOSをシャットダウンすると、あの「メモリがreadになることはできませんでした」エラーが出た。ウィンドウタイトルは「tablet.exe」である。
それ以後OSを起動すると
「エラーが発生したため、Tablet.exeを終了します。プログラムをもう一度開始する必要があります」
というあの見慣れたアプリケーションエラーとともに、

致命的なエラーは貴様だ!という感じ。このエラーメッセージが何かユーザーに意味をもたらすものなのだろうか。あまりの情けなさにスクリーンショットをとってしまった。
原因はわかっている。タブレットを接続せずにタブレットドライバを終了したり起動したりしたからであろう。
のんのんいわく「思い出した、確かそれがイヤでWindowsタブレットやめたんだよ。Macだとタブレット接続しないで起動しても、ちょっと時間かかったのちアイコンパレードでタブレットアイコンにバッテンが貼られるだけだろ」
ていうか、そのくらいOSで判断して「周辺機器が接続されていません」みたいなメッセージにしろよ、今何世紀だヨ、と思った。
2002年12月15日
いや、本当にひさしぶりであるハードウェアネタ。
実は、切換器でUSBキーボードとディスプレイを共有しているBladeとWindows、Bladeのほうが起動時にUSBキーボードに接続してないとシリアルモードになってしまう。要するに先にWindowsを起動してこれで作業しつつBladeのスイッチだけベチと入れると、これは起こる。そして常々やらないようにと心がけているつもりではあってもついやってしまうのである。
対処法はもちろんある。VT100端末からログインして再起動するなり一度power-offするなりしてやればよい。
どうせこの問題が起こるのは、切換器でつながっているWindowsマシンが先に起動しているとき、である。だからそっちにtera term proを入れておいて、両者を常にシリアルクロスケーブルでつないでおく。やっちまった、というときにすみやかにtera
term からシリアルでアクセスすればいい。
だが、「全ての穴に落ちる女、のに子」である。WindowsマシンにOSの再セットアップ中にこれをやってしまう、という穴に、めざとくも落ち込んだ・・・
しょうがないのでWindowsの再セットアップが完了するまでブッちゃんはほっておき、tera term proを入れてようやく、円満終了することができた。
そのWindowsマシンの他にVT端末はないの?・・・実は、あまりない。近くには・・・。一番近いはずの存在、マイノートパソコンDynabookには、USBポートしかないのである!
だったら、USB-Serial変換アダプタを使えばどうかな?SofmapのオンラインストアでPlanexの変換アダプタURS-03が4000円弱で売っていたので注文してみた。
日曜に支払い方式を郵便振替として注文したら、火曜日に入金方法の指示がメールで来た。木曜に近くの郵便から振り込むと金曜に入金確認と発送通知が来て土曜日にブツが来た。速い!
初期不良などないかを早速確かめなければならない。Win2000へのドライバ(フロッピーだ)のインストールはフツーに行ったようだ。さてシリアル接続をどうやって試すか・・・さすがにすぐに試せるシリアル機器はなかなかない。しょうがないからいきなり本命に行った。つまりキーボードなし状態でブッちゃん起動!
USBから変換したシリアルポートはCOM3だった。tera term proでCOM3からアクセスすると、見事にログイン画面・・・いやシステム起動中の画面が表示された。なぜ水面下で起動していたのかわからないが、とにかくこれでUSBポートしかないDynabookからでもブッちゃんを円満終了できることがわかった。
2002年12月15日
Solarisをもっとばんばん開発に使いたいので、せっかく作ったSolaris家計簿DBシステムをそのままLinuxやWin32環境に退避させられないか・・・・いろいろ頑張った努力が(功績がとは言わない)認められたのか、のに子のためにSolarisマシンをもう一台、買ってもらえることになりました。
機種一覧に示したとおり、オリックス・レンテックお墨付き(って言うのか)の中古品。最終購入決定の前にパソ屋さんで「インターネット体験コーナー」に行ってSunのページにアクセスし、ハードウェア互換性リストを調べLevel1(ということはかなり互換性高いということだ)であることを確認してきた。
店員さんが梱包してくれたのは裸をプチプチにぐるぐる巻きで取っ手つけだった。マジで。こんな買い方は初めてだ。今までは一応箱には入っていたのだ。
RAMがちょこっと足りないので買うことにした。ちゃんと店員さんの前で夫から教えられたとおりに「エスディーラムデピーシーヒャクサンジューサンノシーエルスリーデニヒャクゴジュウロクメガ」と門前の小僧の呪文を唱えることができたがニヒャクあたりから店員さんはハイハイわかりました銀貨が本物なら構いませんよという感じだった。
うちに帰ってさっそく開けてまず一緒に買ったRAMを増設。 RAMはこの前のiMacとは違ってマジで堅かった。位置間違ったかと思った。だがなんとか装着できた。
まず付属OSであるWinNTWSが起動するかどうか、そのまま起動してみた。すると、
「PXEがつながらないのでケーブルをチェックすれ」
のようなメッセージが出る。のんのんがいなかったらわたしは絶対IDEケーブルの断線だと思っただろう。そして初期不良とSマップに泣きを入れたかもしれない。しかし、よく考えてみれば今までそんな細かいメッセージをくれるBIOSがあったかどうか。ケーブル断線でつながらなきゃ、Primary
Masterがないと言うだけだっただろう。また落ち着いて見れば3comのPXEがどうのと書いてあるのだから、HDDではなくネットワークの問題であり、ケーブルというのはEthernetケーブルのことだと、のに子的奇跡が働けば見出したかも知れない。
そこでEthernetケーブルを差し込んでみると、母親の乳にすがる赤子のようにOptiは・・・DHCPアドレスをちゅ〜ちゅ〜と吸い出そうとし始めた。あとからのんのんが話すところではブートシステムがなかったからネットワークブートを試みようとしたのじゃないかということだった。会社ではきっとネットワークからなんでも与えられていたんだろう。ひとり切り離されて一般家庭にもらわれてきて、なんだか不憫だった。
やがてあきらめてくれたので、BIOSセットアップを出す。F2で行けた。Alt+pで次の設定画面。そこにあった。PXEサービスをオフにする。
そして起動すると、ブートシステムがないということだった。これもBIOSで起動ドライブをどう変えてもブートシステムはないという。だがHDDはちゃんとMaxtorのが認識されている。
「ということはホントーにないんだな」
という結論になった。
「どーしよ。一応NT入れてみる?」
「い〜や」
答えたのはわたしでした。
「入るものなら最初から本命で行きましょう」
BIOSの起動ドライブ設定をデフォルト(CD-ROM First)に戻し、Solaris8のインストールディスクを入れてみる・・・嘘のように入った。Optiと命名されたこのマシンはかくしてのに子のSolaris
Explorerとなったのである。
下の文章はのに子が書いた(書ける)ものではないことが内容からおわかりと思います。この渋いマシンの購入に、わたしのほうはどんな感慨を持ったか・・・
その一週間ほど前だったと思います。夫とわたしはいつものように大手家電屋さんのパソコンコーナーをぶらついていました。そのときどこのコーナーだったか忘れたんですが、店員さんがどう見てもお父さんなお客を前にして、
「HPって言うと〜、やっぱ〜、ブランドイメージがあるじゃないですかあ〜」
とギョーカイな口振りで言っているのを、耳にしてしまったのである。
(HPのやっぱなブランドイメージって・・・)
考えてしまいました。なんだろ?逆ポーランド式演算型の電卓のことか?・・・夫にきくと、
「ははは。やっぱKayakとかVisualizeじゃないか?」
・・・そして、その次の週だったか、消防署にチクったら絶対改善命令くらいそうな個性的なディスプレイが魅力の、ある中古サーバ店舗で、我々はそれをさっくり買ってしまったのです。配送は翌々日。いつもアップデータCDなどを届けてくれるS川急便の美人でさわやかなおねいさんが、細腕に抱えて持ってきてくれました。わたしがその場で箱を開けてみるとラシヒリングの下に、封印された古代の遺物のようにぷちぷちにくるまれて、それは眠っていました。けど起こすのに一苦労。マジでよくあのきゃしゃなおねいさんが、運んで来たよな?!結局下でハダカにするのがせいぜいであとはダンナさまのお帰りを待ちました。
ダンナ様は幸い少し早めにお帰り。ワークステーションの名品を手にしてやはり嬉しいらしく、「スカジ〜、スカスカジジ〜」と口ずさみながら中身を点検。あとできくと、「”塩ジイ”を思い浮かべながら歌うといい」歌なのだそうです。
わたしから見てもなんかすごいカッチョイイマシンだ。電源を入れるとふぃ〜〜んという回転音の高揚感がなんともいえません。PowerEdgeが静かに思えるほどファンの音がすごい。今ほぼわたしのもの化したPowerEdgeと一緒に茶の間で使うとテレビの音は1か2段階上げないと聞こえない感じ。隣の人ごめんなさい。
×ルコファンのみなさまこんにちは。長い間解決されなかった問題,PowerEdge 1300に無線LANは導入可能か?について終止符を打つべく行動を起こしました。とりあえず,現在PE1300は働いているものですから,代替品を用意する必要があります。そこで,秋葉原に出かけサーバとして十分使えるマシンを探してまいりました。
条件としてはSCSIを内蔵しており,新たにボードを購入する必要がないこと,堅牢であること,信頼できるものであることを基準に中古市場を見てまいりました。結局は少し違うものになってしまいましたが,大まかなところでは満足のいく買い物だったと思います。
店頭では
HP Kayak 256MB, PentiumII 450MHz, SCSI 9GB, Visualize FX4
などと書かれていました。まあ問題なさそうなので買いました。
さて問題です。この機種名,型番を言い当てなさい。
これが意外にも難問でした。機種名あるいは型番はドライバのダウンロードの際に必要になります。
中古のPCを購入する際に一番の問題になるのはドライバです。今回購入したPCにはOSはおろかマニュアルもドライバディスクも一切付属していませんでした。キーボードやマウスなどもありませんでしたので別途購入することにします。
さて,裏側の型番はどうやら海外モデルらしい型番で(Eなどと書かれている),検索エンジンには掛かりませんでした。また,本来なら型番が明確に書かれていなければいけない部分が欠落しています。Kyak
X_/___といった具合でなんの足しにもならず,正面にあるエンブレムに書かれているXWがせめてものヒントです。
Hewlett-Packard社のサイトでも探してみましたが,今度はSeriesXXという不明なコードが追加されています。仕方ないので検索エンジンで探しまくりましたが,どれも完全なヒットはしませんでした。結局USサイトのPDFマニュアルを一通り眺めたところ,
Kayak XW/450 Series W3
であることがわかりました。98年に発売だったそうで,当時\100万を超える値段がついていたそうです。しかもその価値のかなりの部分がグラフィックボードVisualize
FX4だというところが・・・まあいいのですが。
ようやくこれで関連するドライバを探してダウンロードすることができます!さて,一通りダウンロードが終わったところで一度本体に電源を入れてみましたところ,OSが「一応」入っておりました。Windows
NT 4.0 Workstationのようです。ちゃんとServicePack 5も当たっているようです。話はずれますが,SeagateのCheetahってイイ音しますねぇ。IBMのとはまた違った音がします。無線LANについてはやはり以前の議論が行われたNetwork編に記すことにします。
うちのダンナ様は分析機器のメーカーに勤めているが,付属のコンピュータのパーツの選定をよく任されていて,お出かけ時にパソ屋さんで検討することが多い。特に,分析結果を画面に出力するためのグラフィックボード。機種によって相性問題があるのはもちろんのこと、長時間稼働させ続ける場合、ヒートシンクが両面テープでついてるような構造だとケースの中で落っこっちゃったりする問題があるんだそうだ。でもファンだと止まってしまえばアウチ。というわけで夫が探すのは「ヒートシンクがちゃんとねじ止まっているヤツ」。でも売ってるグラボのほとんどのパッケージにはおどろおどろしいイラストが描いてあるだけで実際のボードの写真や解説図が描いてあるのはほとんどない。中にはグラボの性能まで疑いたくなるようなえらく迫力をそぐ模式図があるだけみたいのも・・・。一応あったからよかったけど。描画速度とかチップの種類とかだけでなく,そういうきわめて実用的な特徴も,是非パソコン雑誌の製品紹介で取り上げてほしいのだが・・・。
夫婦であれだけ戦闘を繰り返し十分経験値を稼いだはずの無線LANのセットアップですが,わたしひとりでやるとまだ少々てこずることがあります。デスクトップのWin98でPCMCIAカードによる無線LANをセットしようとしたときのこと。これはPCIカードアダプタWLI-PCI-OPを使っての接続だが、PCIにこいつを挿してWinを起動し,すぐにPCカードをアダプタにさすとデバイスマネージャで「WLI-PCM」と認識され、ドライバのインストールを要求してくる。これで安心してPCカードだけドライバを入れても動かない。デバイスマネージャでPCMCIAカードサービスというのに対してちゃんとドライバをインストールしなければならないのだ。確かそうだったよなと思って(もちろんマニュアルには書いてあったはずだし自分のウェブにも出してるはず)いたんだがやはりやられた。だが書いていたからこそ3度目の間違いくらいで気づいたわけで・・・ここにも書いておこう。
Macのデスクトップ、SCSIケーブルが切れてしまった。ケーブルの取り回しのとき不注意に金属のエッジに触るようにしてしまったのが原因のようだ。ショートとかする前に見つけたのは幸いだった・・・
翌日、自転車で20分ほどのパソ屋さんまで先日のMacのSCSIケーブルを買いに言った。平日だったのでわたしひとりの仕事(家事)である。慣れないわたしは夫によく確かめて、「ウルトラワイドのロクジューハチピン」という呪文をアタマの中で唱えつつ店に入った。68ピンのSCSIフラットケーブルは・・・あまりない。ていうか1種類しかなかった。コネクタが3つのと5つのという違いだけだ。しかし、パッケージには「DOS/V用」と書いてある。同じパッケージの別の場所にも「IBM
PC互換機用」
SCSIケーブルにPCとMacの違いってあるの?・・・・
「DOS/V用って、つまりOSに依存するケーブルってわけか?!」と夫はあとでせせら笑っていたが、わたしはなにせ半可通。不安になった。えーとたしかうちのMacのSCSIは・・・PCIバスにAdaptecの2940U2Wというボードがささってて、そのボードのコネクタとHDDのコネクタをつなぐケーブルを買おうってわけなんだ。裏を見るとAdaptecの2940UWに対応、と書いてある。2の字が足らないが、大丈夫なのか?さて・・・
残念なことに、このお店にあるAdaptecのSCSIボードは全部Windows用で、Mac用のはなかったから、そっちのほうから調べるわけにもいかない。
会社の夫に電話で問い合わせるわけに行かないので、お店の人にきいてみることにした。「あのーこれDOS/Vって書いてあるんですが、Macで同じウルトラワイドノロクジューハチピンの接続には使えないんでしょうか?やっぱりアダプテックノニーキューヨンマルユーツーダブリューってボード使ってるんですけど?」
わたしの呪文を交えた質問に、店員さんはさわやかなお姉さんだったが、「ちょっと待ってください」と言って、さわやかなお兄さんに相談した。
さわやかなお兄さんは「うううーん。なるべくMac用のほうがいいんですが・・・ううーん、Macはわからないなー」
そして、さわやかなお兄さんはあまりさわやかでない、かなりオタ・・・な感じのメガネの人にまた相談した。そしてその人がやっぱりオタ・・・っぽい口調で、「あ、問題ないと思います」と言ってくれたので、ようやくそれを買うことができた。
なぜ?なぜなの?どうしてわたしがひとりで買い物に行くと、何人もの店員さんを巻き込んでしまうの?!その解答は、つまり夫の要請がわりと、地元のパソ屋さんではちょっと手に余るかもって感じで、夫自身だと自分で判断して事なきを得るのだろうが、わたしが遣いだとなにせ半可通なのですぐ不安になり、意味もわからない内容をボーヨミで発するのが問題ってことなのだろう。たぶん、あのお店ではチェックされてる。厄介者として。ちなみにMacは問題なく動き、今度は取り回しに注意してケーブルが金属のエッジに当たらないようにした。
2001年9月20日
夫がpower-edgeにデュアルをかましたり、NTを4にしたり5にしたり、HDDを増設したりはずしたり、テープドライブを回せたり回せなかったりしているうちに、「マシンの内部温度ってのはホントに大事なんだなあ」というのが、ハタから見ているわたしにも感じられるようになってきた。
そんなわたしが自作マシンのひとつにWin2Kを入れようとしたときの話である。インストール中に何回か再起動するわけだが、1回目の再起動で起動しかけながらまた再起動しちゃう。こんなところでするわけないのにあれ?と思ったが、これはどうもCD-ROMドライブとの相性だ。再起動するときにはCDを抜いちゃって、再起動し終わって向こうがCDを要求したときに初めて入れ直してやる・・・だが、それでも解決しない。インストール作業の途中とか、「最後のタスクを完了する必要がある」途中とかで急に再起動してしまう。9月のある日のこと、こちらはまだ部屋の中なんか特に暑い。おまけにさっきからこのマシンつけっぱなしだし、熱・・・・
「熱かッ?!」
突如、ひらめいた。マシンは棚と壁の角になったところに置いてある。狭い隙間に手をかざしてみると、すげえ熱いじゃん!
今、まだマシンはインストールの作業中である。ステータスバーは20パーセントほどまで伸びてきている。さっきはこのバーが伸びきる直前でイッてしまったんだった。このままではまた・・・なんとかしないと。どうする。冷やすか?水冷、氷冷は結露が怖い。空冷だ。おそらく、この狭い壁や棚のすきまにこもった空気を外に出してやるだけでずいぶん違うだろう。扇風機?届かない。・・・以前、洗濯機(二槽式)に洗濯物を入れすぎてロータが回らなくなったとき、キレて箒の柄を逆さに槽内に突っ込み、タイマーをセットした15分の間それでかき回し続けたことがあるわたしだが、さすがにもうインストールが終わるまでうちわで扇ぐなどということはしない。いくらオヤジの実家が、うなぎ屋でも・・・
再び、ひらめいた。「ドライヤーだッ!」
ヘアドライヤーをコールド、強風にして、マシンと壁の間の隙間に突っ込む(突っ込んで安定するほどの狭い隙間だよ・・・)。おお、熱い空気が一気に追い出されて来た。うん、下がってきた。行っけー!・・・・
インストールは、かくして無事終了した。でも、ホントにドライヤーがきいたのか?単に偶然だったのか?実はよくわかっていない。
2001年4月30日
問題発生 2000年9月15日/ 解決 2000年9月17日
1. 導入
3連休もあるので、やること(会社から持って帰ってきた宿題など)を早めに片付けて遊びに没頭したかったのです。
いつものようにコンピュータの電源を入れました。いつものWindows2000 Professionalの起動画面がでてきて,ハードディスクががりがりいっていましたが,突然再起動し始めます。2,3回繰り返しましたが,さすがに電源を切りました。
自慢の安定性はどこに行ってしまったのでしょう? そういえばこの前,scandiskを実行したところまともに動かないで以上終了を繰り返していました。一度Windows
2000のCD-ROMから起動し,scandiskを行ってみたりすると,なにやらいろいろなエラーがでています。それぞれ修正してもらったりしましたな。やな予感がします。
2. 救出
今回の目玉はここにあるのかもしれません。WindowsNTを使用している人には常識ですが,ServicePack6(SP6)を当てたWindowsNTはNTFS v5というフォーマット形式をとり,これはWindows2kと同じものなのです。実は起動しなくなったハードディスクはパーティションが1つで,データも入っています。ほとんどはサーバに入れているので大したダメージはありませんが,何となく救出できるものなら救出したいものですよね。というわけで,現在稼働しているWindows NT ServerにWindows 2000 Professionalのハードディスクをインストールし,Windows NT Serverの起動を試みました。しかし,いきなり起動しないWindows 2000 Professionalの画面がでてしまいました。一応SCSIのハードディスクにWindows NTはインストールしてあるのですが・・・BIOSを起動してIDEの優先順位を下げました。もう一度起動すると,ちゃんとSCSIからWindows NTが起動しました。起動時に正常に認識されたようで,データのコピーも簡単にいきました。これで,心おきなくWindows 2000の修復ができます。
2000年10月5日
問題発生 2000年9月15日/ 解決 2000年9月17日
3. 迷走
そういえば,GIGABYTEのBIOSを変えたりしたけど,そのときに何か変わったのかな,などということが思い浮かびます。そうそう,2000+なので,ATA33とATA66の両方を使うことができ,Windows
2000の入ったハードディスクをATA33 Primary Master, ATA33 Secondary Master, Promise ATA66
Primary Masterと居場所をころころ変えてしまったのでこんなことが原因だったりするかもしれないな,などとも思いました。それでも起動していたのだからすごいものですよね,などとそのときは思いましたがsystemが消えてしまうようでは,まだまだだな,というよりほかありません。
ちなみにATA66だとSolarisが起動しないかもしれないため,いずれATA33に戻す必要があったので,さっさとATA33につなぎなおしてみました。Windows
2000の起動はやはりATA66の方が早いようです。もちろん対応したハードディスクでしたら,ということですが,7200rpm, 2MBキャッシュというフツーのハードディスクだったら結構実感できると思いますよ。
起動が早くなるようにと,ATA33の起動時のチェックをスキップするように設定していたので元に戻します。と,実はケーブルが見あたりません。この前増設したほかのコンピュータにケーブルをとられていたのを忘れていました。ということでこの日はとりあえず終わりにして,ケーブルを買ってこようということにしました。
で翌日ケーブルを買ってきて,起動しました。すると今度は何度立ち上げても途中で止まってしまいます。いろいろ見ているうちにWinnt/systemが見つからないようなことを言っているようです。いつの間にか,あるはずのデータが消失してしまったの?
データは救出したので,迷わず再度インストールし直しということにしました。
4. 迷走2
修復インストールを試みました。しかし,起動ディスクだか修復ディスクだかがないと修復インストールはできないなどと供述します。ふざけるな! 貴様何様のつもりだ。しかもWinntになにも入っていないなどともぬかしやがります。
作戦変更,クリーンインストール,フォーマットまでかましてやりました。しかし青い画面のインストール画面でファイルをコピーした後,起動してデバイスの検出のところで止まってしまいます。何回も再起動してループにはまってしまったようです。
??
よくわからないが,どうもなにかあるらしい。よくわかっているWindows 98ならインストールできるような気がしたので,8GBを越えないパーティションを作成してインストールしました。そうすると,何事もなかったように起動してしまいました。すかさずディスクにエラーがないか,わざわざ10GBのハードディスクにscandiskに/surfaceオプションをつけて検査しました。しかし,一つのエラーも出さずに終了です。Windows
2000のCD-ROMが壊れてしまったのか,などと心配もしてみます。念のため,もう一度10GBハードディスクにWindows 2000をインストールしてもう一度,再起動を繰り返すという現象を確認します。
ハードウェア的な問題か,ソフトウェア的な問題かをハンティングするために,別のコンピュータのハードディスクと交換して,別のコンピュータに中途半端にセットアップされたWindows
2000のインストールを継続させます。すると,うまくいくではありませんか。ということは,私の使っているコンピュータのハードウェアが悪いということが明らかになってしまいました。すかさずデバイスをグラフィックボードだけにしてみます。しかし現象は変わりませんでした。
BIOSの設定などは何度も見ているはずです。もう一度見直してみましたが特におかしいところには気がつきませんでした。
ATA66につなぎなおしてみたり,別のコンピュータからIDEのケーブルをはずして交換したりもしましたが,結局現象は変わりませんでした。
5. 解決,なんだよも〜
なんどかATA33<->ATA66などをやっているうちに,IDEのハードディスクをAUTOで認識させていることに気がつきました。隣のコンピュータは,確かLBAで認識させていたし,このコンピュータも組み立てたときにはLBAにしていたな。ひょっとして・・・正常に起動しました。
あ〜〜〜いままでさんざん時間を使ったのに,これだけか〜〜〜。
ちゃんと動いているシステムをさわるべきではないですな。触らぬ神にたたりなしとはこのことです。
そもそも組み立てたときはちゃんと起動していたわけで,もちろんLBAに設定するということも忘れずにやっていたのです。しかし,あわててしまうと,こういった基本的なことも出来なくなるんですね。いい勉強になりました。というより,IDEなんてもうつかわね〜って感じですか。というわけで3日の休日はくだらないことに費やされて終わってしまいました。
問題発生 2000年・・・の最近。 未解決
わたしにはコンピュータを語る際、どーしても言い間違ってしまうことがいくつかある。
まず、昨今のハードディスク容量やアプリのサイズなどを語る際、「ギガ」を「メガ」と言ってしまうこと。
「DynaBookにWin2000とOfficeを入れたら2メガのHD容量のうち1メガくらい使った」など。夫にいつも注意されるのだが、どーしても言ってしまう。書くときはさすがに間違えないが、音声認識ではゆえに間違える。
そこで、スパルタ式矯正法として日常生活で「メ」というところを常に「ギ」と言うように心がけることにした。
あけまして、おギでとうございます。
ごギんなさい。
そんなことしちゃ、だギじゃないの。
夫に「頼むからやギでくれ」と言われたが、これがよかったのか近頃はわりと間違わなくなった。夫に言わせると、会社でも年輩のヒトはやっぱりギガとメガを間違うらしい。やはり老化現象なのだろうか・・・
あと、やっぱり直らない言葉に「IDEのSCSI」がある。 明らかに矛盾した言葉だが、ここで「IDE」とは、内蔵でフラットケーブルで接続する感じのものをそう言ってしまうらしい。いずれにしろ店頭などで発すると非常に恥ずかしいので直していきたいのだが。
2000年10月5日
問題発生 2000年4月30日/解決 同日
夫が、Solaris7に対応するNICが欲しいという。のちにゲットするSolaris8だとかなりの機種に対応するのだが、7だとなかなか少なくてIntelのEther
Expressか3comのEtherLink、それも特定の型番だとのこと。アキバまで行けば手に入るのだろうが、ちょっとそこまでは行けなかったのでもう少し近くの電気街に行った。すると意外なことに、その地域ではパソコン専門店にはなく、量販家電屋のパソコン部にそれらしいものがあったのだ。そこは最近新装開店したばかりなので、まだニーズに淘汰されてない状態だったのだろう
。
だが・・・困ったことに、そこにあるIntelとEtherlinkのどっちもが、夫がSunのサイトから調べてきた対応機種の型番とビミョーに違っていたのだ。パッケージには、どちらもSolaris対応とはあるが、バージョンまでは書いてなく、詳細はOSメーカーにきいてくれとある。
「店員さんに、きいてみたら?」とわたしは夫に言った。 しかし、彼は言う。
「いいかねのに子、店員さんは仕事で忙しいんだから、してはいけない質問もある。つまり知恵比べや禅問答に引っぱり出してはいけないんだ。それをやるのはいけすかねえオタクということになるのだよ」
夫の説明はこうであった。たとえばPlanexのLANカードでも、もしかするとDECチップを使ってるヤツならSolarisに対応するかも知れない。と思うのは勝手だが、そこで店員さんに、
「このPlanexのカードですが、Solarisに対応してるでしょうかね?」 と聞いてはいけないのだ。なぜって、箱には対応OSがリストアップされてて、それにはSolarisは書いてない。ということは、書いてないけど対応するかどうかまでは、店員さんの守備範囲外なのである。それをあえて問答をしかけようというのはいけすかねえオタクなのだ。これらのNICでも、Soralis対応、と一応書いてあるが、詳細はメーカーに問い合わせてください、と書いてある。だったらそれ以上のことを店員さんにきくのは筋違いなのだ。
わたしは深く納得し非常に感心した。そのうちに夫は言う。
「載ってるチップがわかればいいんだけどなあ」
なるほど、これらのカードが何のチップを使っているか、これは実は店員さんにきいても悪くはなかろう。箱には書いてないが、どこかに記録があるはずだからだ。
ただし、実際の話、店員さんにそこまで要求するのは、ちと無理である。うんとカリスマな人で自分の扱ってる商品の情報は全部隅から隅まで調べ上げている、というような人なら別だが。彼らはそれよりは「インターネットしたいんだけど」と言ってくるより多くの客をサバくことのほうが重要であるからだ。それを聞くのは筋違いではないがすごく御無体である。
こうした結果、夫が考えついた、もっとも正確、かつ効率的な質問は
「この商品の詳しいカタログはありませんか?」
なるほど、これはすっきりと理にかなっている。これなら、商品名を見て、それに相当するカタログを探し出せばよいのだから、レジのおねいさんにだってきいて構わない質問である。
そこで、その辺を通りかかった店員のニイちゃんに、Intel EtherExpressの箱を示し、「これのカタログはありますか?」ときいてみたら、その店員が持ってきたのはIntelPentiumIIIプロセッサのカタログだった・・・
がっかりして店を出る。さすがの夫もこぼした。
「客が精算もしてねえCPU持ってウロウロしてるわけねーだろ・・・」
なるほど、CPUなんかは普通、無論その店でも、レジの後ろやガラスケースの中にあるから、棚からひょいと取ってこれ見せてください、というわけないのだ。おまけにLANカードの棚のとこにいたんだぞ・・・やはり御無体な質問をしかけないでよかった・・・
だが、がっかりと近くのマクドナルドに入り、いそいそとダブルチーズバーガーにぱくついているうちにわたしはあることを思い出した。
「さっきの型番だけど、3comのほうは、Jの字だけが違うって言ってたよね?」
「うん。俺が調べた型番に対して、Jの字だけが余計についてるんだよ」
「それなんだけど・・・もしかして、そのJは単に日本製ってだけのことじゃないのかなあ」
「そうかも知れないが・・・根拠がないからな?」
わたしは身を乗り出す。「ところがあるかも知れないのよ」
わたしは説明した。そんな一見アホなことを本気で思ったのは、実は昔Dynabook用のUSRoboticsのモデム用PCMCIAカードを、X2からV90にアップグレードしたときの経験からであった。
どこのサイトに行けばいいのかわからなかったわたしは、3comのアメリカサイトに迷い込んでしまったのだが、そこにはわたしのカードの型番からJの抜けたものしかなかった。そして日本サイトにたどりつくと、Jのついた型番ばかりだったという経験である。奇しくも3comだし、そういうこともあるのではないかという気になったのである。実は一度地元の店で同じことをきいて店員のニイちゃんに苦笑されていたのだが、しつこくそう考えてみたのである。
夫はわたしの提案を評価してくれた。そして、結果は、パッケージを開けたときにわかった。ボードにはJの文字がなかったのである。やったーである。のにこ的ヒットを感じた。しかしもともと当時USRoboのカードをアップグレードすれと命じたのは夫なのだから、やはりわがスペルマスターとあがめる夫の言うことには千に一つのバグもないのである。
2000年10月5日
のに子2号を作った理由は、えーとなんだっけ。そう、我が家では「デスクトップ総ハードラック体制」が敷かれることになったのである。これは、DOS/V機の話だが、デスクトップのハードディスクを全部リムーバブルラック形式にして、OSごとにガチャガチャ差し替えて使おうというものである。そうするとハードディスクのベイはみんな前方に見えるものでないといけない。となると今の環境ではCD-Rのためのベイが一個足りなくなる、ということだった。
で、ややもするとサーバマシンもう一台!とかいう暴挙に走りかねないのを必死で抑え出費などをよーく考えた結果、この前ぜひ、 PowerEdgeにデュアペンをかまして見たくて中古で買ったPenIII450MHz,確かにデュアルは速かったがなぜか発熱がひどくて、結局堪能して終わった、それがあった。あと他にもネットワークカードだのグラフィックカードだのがゴロゴロ余っている。モニターはEIZOのFlexScanが一端子分空きがある。ということでこれは案外格安で作れるんじゃないかということになりスタートしたのだ。
新たに買ったのは、ASUSのマザーボードP3B-F, FDD, CD-ROM, 128MBのDIMM、HDD, リムーバブルハードディスクのラックとインナーケース、あと外部5インチベイが4つのガワである。結局5万円以内に収まった。
家に帰ると従順な妻のわたしは、「のに子1号のときはわたしが作るのを楽しませてもらったから、今度はあなたが自作をお楽しみになりなさいな、ここ1週間お仕事で大変でしたからせめてもの気晴らしに、わたしそばから見せていただくわあらこれがマザボねふーんジャンパーフリーなんだ、これにDIMMを挿すのよねどうやるんだっけこれでいいんだっけ、あとCPUは」と言っているうちに結局また自分が手を出して作ってしまったのであった。
自作なんていまさら珍しくもないのだが、わたしがやると案外わからなかったり気づかなかったりすることがあって、もし同じような危険のある人がこれを読んで災禍を未然に防ぐことができたら幸いと思うので、一応書いておく。
・まず、ガワのフロントパネルを開けた。次に、マザーボードを開梱して。平らなところに置く。
・このマザーボードはジャンパーフリーモードで行うので、ディップスイッチを全てオフにしておくっていうかデフォルトでしてあることを確認する。またジャンパーフリーモード設定の有効無効もジャンパーで設定する。デフォルトで有効なのでさわらなくていい。
・ DIMMを挿す。CPUスロット1に支持器をつける。このボードでは支持器と止めねじが合体した形になっていた。CPUを挿して支持器のロックをかける。CPUクーラーのケーブルを挿す。端子の位置はCPUのケースと、マザボのマニュアルで指定されたCPUFANの位置。FANの端子は他にもあるのでよく見て探す。
・ マザボをガワに取り付ける。このガワでは金属の足のようなものをガワの穴に挿してマザボを載せる足台にする。マザボとガワが接触すると短絡が起こって起動しないことがあるので、絶縁ワッシャーをつけることが推奨されているが今回は非常につけにくかったのでつけなかったがフツーに動いた。問題が生じた場合はアロンアルファか何かでワッシャーをガワ側に接着することも考えられる。
・ ほかのボードを挿す。まずうちにあったグラフィックボードSAVAGE4forAGPを挿す。挿す前にスロットのカバー(外に面する細いすきまについている金属の板)をはずす。切り欠きの位置をよく確認したところ、なんだか合わないので、不思議に思っていたらPCIスロットに挿そうとしていたが、なんでこのAGPのボードはPCIに入らないんだろうと直前まで本気で不思議に思っていた。これはAGPというのが味の素ゼネラルフーヅとかの略じゃなくてスロットの意味っていうか種類を指していることをぜーんぜん実感していなかったためである。あとサウンド、ネットワーク、SCSIボードをPCIスロットに挿した。
・HDD(IDE)のLED, POWERスイッチ、リセットスイッチとスピーカの細い端子を挿す。場所はマニュアルで見る。コードの色の濃い方が信号出力側。つまり赤と黒では黒が信号で赤がGND。
・FDDを3.5インチベイに取り付ける。ねじはこれだけ細いヤツ。前側が位置決めの穴合わせをするヤツのようだった。フロントパネルが立体的なので位置を確かめてから取り付け位置を考える。
・ 5インチベイにとりつけるドライブの位置関係を考える。ケーブルが垂れるように、大きい(奥深い)ものほど上側にする。そこで、ハードラック(リムーバブルハードディスクのラックをこう呼ぶと悲哀度が高くていい)を一番上がいいということになった。これをとりつける。ラックに付属のプラ用ねじを使う。このねじはピッチが大きいプラスチックねじ切り用のヤツなので間違えない。プラスチックのねじ切りを一度間違えたらアウトだもんね。
・ CD-ROM、CD-Rをそれぞれとりつける。これはガワねじと同じヤツでいい。同様前方の穴で位置決めをする。
・ 電源ケーブルを挿す。フロッピーだけ細い。形状をよく見て向きを決める。
・ IDEケーブルを挿す。フロッピーのコネクタはIDEのより小さい。ピンの配列とみぞの形状をよくみて向きを決める。PRIMARYと書いてあるボードの端子と、ハードラック及びCD-ROMの端子をつなぐ。ケーブルの端子は3つあってどれも同じだが、より近接した2つをドライブ側に、離れたひとつをボード側に挿す。次にCD-RとボードをSCSIケーブルでつなぐ。
・ HDDをインナーケースにとりつける。その前にHDDのジャンパーピンがマスタの状態である(ふつうはそう)ことを確かめる。ねじ止めのときは、ケース前面とHDD前面はなるべく離したっていうかケツを合わせた状態で止めるほうが、通気がいい。ハードラックにかちゃっと納めたら鍵をかける。
・ ディスプレイ、電源、ネットワーク、キーボード、マウスをつなげる。
これで起動したら、無事に動いた。所要時間、うーんと2時間くらいかな。すごい速かったぜー。のに子2号は、結局のに子が自由に使っていいことになりました。ばんざーい。
2000年7月24日
短期間にタケノコのようにのに子号が増えているが、それなりの理由があるのだ。のに子3号は、PowerEdgeにISAバスで無線LANカードアダプタを取り付けWindows2000でファイルサーバ、ログインサーバ、ルータの3役を一気に負わせたのはいいんだけど、この夏の暑さか2000Serverがクソなのかネットワークエラー大頻発で、やっぱりもっと軽いルータを作ったほうがいいんじゃないかということによる。
軽いというのはCPUがもっと遅く、ハードディスクも1台だけでガワの中が広く、あとFDDやCD-ROMは必要なとき他から引っこ抜いてくればいいからいらねえ、というような意味である。もっと遅いCPUと言えば、うちにはまだ隠し財産がある。それは最初の自作でのに子1号にささっていたCeleron333MHzである。メモリはこの前PowerEdgeに買ってやったメモリだが、2000を4.0に下ろせばそんなにいらない(2000を入れたのは無線LANカードがそれでないと機能しないという理由によった)。
というわけで買うべきものは、マザーボード(のに子1号に入っているASUSのP2BFは4.0でもPCIでもさっくり無線LANが動くことがわかっているので、今度のルータにそれを使い、今度買うマザボはのに子1号に入れてやるのだ)、HDD,ガワ、あとキーボードである。これも非常にお安く上がった。
さてうちに帰ると大変であった。つまりのに子1号とPowerEdgeを剥き、部品をはずしたり入れ替えたりしつつ、のに子3号(ということになってしまった)を組み立てるのである。3台のハラワタ丸見えのマシンが部屋に転がり、その間を夫婦二人があちこち行き来する。
もちろんここでわたしは期待に漏れず、違うガワのねじを一式使って取り付けようとしてどれも合わないとブーたれハリ扇1発というようなことがあった。だが「今度はグラボもBanshee
for PCIだったのでこれをAGPに挿そうとかいうことはさすがにやらずに、1時間くらいで組み上がった。
さて、これにはNTServerをインストールしたが、それには、のに子1号のCD-ROMとFDD(ドライバのインストールに)を使った。CD-ROMはのに子1号から完全に引っこ抜いてのに子3号につなげたが、FDDはケーブルが長かったので、のにこ1号のベイにつけたままケーブルだけ差し替えた。ガワなしのに子1号がガワなしのに子3号に寄り添うようにした状態でインストールが施されている周りには、のに子2号とMT466。タワー4台に囲まれて晩ごはんのカレーを食べている我々って、と思った。
ところで、こいつのドライバのインストールではわたしはまたもやってしまいました。Bansheeのドライバーのインストールに、Win95/98版のドライバをかましてしまったのです。
インストール作業はあっさり終わり、ディスプレイの解像度なども変更できるようになりましたが、起動のたびに何かファイルを要求するエラーがでて激烈にウザいです。ドライバを入れ直してもだめ。というわけでOSから再インストールしました。でも2000Serverに比べるとNT4は非常にラクでした。
問題の無線LANカードはPCIアダプタで、悲しいほどさっくり動きました。注意すべきは、クライアントのほうで、TCP/IPの設定のときデフォルトゲートウェイを
ルーターの無線LANカードのアドレスに設定することです。こうして新しいルーターは今快調に働いてくれています。
2000年7月24日
問題発生 2000年6月10日
みなさん、CPU の温度ってどのくらい上がるか知っていますか?
Dell PowerEdge 1300にはOpen Manageというハードウェアの情報を集めてくれるソフトウェアが付属しています。PowerEdgeは何気なく1CPUで購入したもので、たまたま中古で同一クロックのCPUが安く手に入ったのでデュアルに後ほど変更しました。今の時期は家の中の温度がかなり上がってきます。天気のいい日は、ちょっと窓を閉めているとすぐに30℃になります。これはCPUにはきついよね、と思ってプロセッサの温度を確認すると、CPU1->
60℃, CPU2->56℃(だいたい)となっています。意外と温度が高いので、少しびっくりしました。そういうものなのかな〜と、疑問には思ったので人に聞いてみましたがそんなもんでないかい、と言われてしまい、疑う根拠を失ってしまいました。
しかしWindows NT 4.0のMulti Processor Kernelにはなにやら問題があることがわかり、WLI-PCM-L11を認識させる過程でシングルプロセッサにしてみたりしました。そうすると、どうでしょう、さわっても全然暖かくありません。なぜ? とりあえずOpen
ManageをインストールしてCPUの温度を確かめてみます。39℃? ほんまかいな。疑り深いので、吸気口をすこしふさぎ気味にしてわざと冷却性能を下げてみます。30分くらいたちましたが、やはり温度は39℃です。
つまりCPUの負荷というのはデュアル化するだけで相当増えてしまい、温度が相当上がってしまうということなんでしょうか。
でも、どうして?? 知っている人、教えてください。
2000年6月11日
問題発生 1998年10月頃/解決 1998年11月頃/問題再燃 2000年1月/問題再々燃 2000年4月/問題再々再・・・
問題というほどでもありません。'98年冬、やはり1度は自作でマシンを1個作りたいということになり、1ヶ月ほどかけてパーツなどを吟味して予算をたて、土日でズバーッとパーツを買ってズバーッと作ってしまった、というだけの話です。自作の話題は雑誌でもネットでもいろんなところで意欲的な記載が見られるので、ここであまり威張って紹介することもないと思います・・・Celeron
333MHzにAsusのマザーボード、あと当時にしてはちょっと気合いを入れたのはAdaptecの SCSIボードに松下寿のCD-Rをつけたことでしょうか。モニタなしで総費用11万程度、冒険はしなかったので大したトラブルもなくWindows98を稼働できました。記念にのにこ1号と名をつけました。
2000年1月にCPUをPentiumIII600MHzに載せ変えて、ViaVoice等を動かしてそのCPUパワーを実感して喜んだりしていましたが、4月にわたしが自分用にThinkPad600Eを買ってもらったので夫に返却さしあげました。すると夫はキャンペーンで無償配布されたSolaris7をそれに入れることにしました。グラフィックボードを中古で買ったMillenium、ネットワークカードを3comのEtherLinkにして、Solarisがちゃんと動いているようです。それについては、別の場所で触れることになるかも知れません・・・わたしには遠いUNIXの世界に行ってしまったため、しばらくはのにこ1号の話題はないかも知れませんが、いずれはUNIXの世界にも乱入しようと意欲満々のわたしですので、いずれまたこれとたっぷり遊ぶことができるようになるでしょう。
2000年5月23日
問題発生 1998年9月頃だったかな/解決 その日の夜
今はもう里子に出してしまったIBM Aptiva T9D。ある日、それにSCSIボードを増設しようとして・・・なんの理由だったか中止しました。で、元に戻して起動しようとしましたが、これが起動しなくなりました。スイッチは入り、最初にHDDがカリカリ、と言うのですが、そのあとはHDDのアクセスランプがついたまま、ひたすらクーリングファンが回るだけ。画面は真っ暗です。
それが、ある本に記載されていた、BIOS飛ばし体験記の症状と全く同じだったのです。先天的にも後天的にも不器用な上に、中世のヨーロッパなら雷系呪文を使う魔女と宣告されそうなほど帯電性にすぐれたわたしです(アースはしてたんだけど)。腕に覚えはかなりあり。
「 ヤッてしまったな 」
と思い、 購入店のアキバのTWOTOPさんに電話をかけました。サポートのお兄さんに症状を詳しく説明すると・・・
「どこか電源コネクタが抜けているか、しっかりささってない場合がありますよ。確認してみてください」
と言われ、さらに
「もし修理と言うことになるとこちらでIBMのほうに修理依頼をすることになりますが、そうなるともし修理不能とか異常が発見されなかったとしても、ガワを開けていろいろ調べただけで技術料がかかることになりますから、よく確認されてから修理に出されたほうがいいですよ・・・これからの参考になればと思って申し上げますが」
と言われました。
「なんでい、バカにしやがって」
と思いつつもう一度点検すると・・・抜けてました。一カ所隠れたところに。今はもうどこだったかも覚えてないんですが・・・ それをつなぐと、何事もなかったかのようにT9Dは起動しました。
つまり、バカにされていたのではなく、しっかり見抜かれた上に親切に教えてもらったというのがホントだったのです。これで修理に出していたら、技術料をしっかり取られた上とんだ笑い者になっていたでしょう。「これからの参考に・・・」わたしがドトーのトーシロであることまであのサポートさんは何で知ってたんでしょう。声の調子かベシャリの内容か?!さすがプロっていうか、これぞサポートの鑑だと思いました。
2000年5月23日
問題・・・というのでは特にないです。
近年ノートパソコンもすごい薄型になったり、Librettoのように小さいものもありますが、こういう機種はCD-ROMが内蔵されておらず、新しいものでは純正の外付けCD-ROMドライブがない(古い機種ではフロッピーディスクドライブを別途購入しない)とOSの再インストールができないことになっています。しかし、中古で購入したときなどは、わざわざ純正のドライブを買い求める手間もおカネも惜しい。
そういうときよくやるテは、まずノートからHDDをはずし、次にデスクトップのガワを開け、IDEのプライマリマスタのHDDをはずしてノートのちっちゃいHDDにつけかえ、このちっちゃいCドライブに、IDEのCD-ROMからセットアップする・・・
みなさんメーカー保証外の危険を冒してよくなさっているワザのようですが、わたしはこれに「パラサイト・インストール」という名前をつけました。結構ナイスな命名と思いませんか。
2000年5月23日