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| ■白い花とカエル わたなべ ももこ ある山間の村の小さな池のほとりに一軒の粗末な家ありました。 そこに一人の娘と緑色の頭の男の子供が住んでいました。 娘に両親はなく、薬草で村人の病気や怪我の治療にあたる治療師の仕事をして暮らしていました。 黒い髪にきめの細かな白い肌、笑うと頬にかわいらしい笑くぼがよって いかにも人懐こい、感じのよい娘でした。 そんな彼女を村人は「白の嬢さん」と呼んで親しんでいました。 以前村には年老いた治療師がいたのですが、亡くなってしまったので娘が引き継いだのです。 娘はその治療師のもとで修行をしていたのでした。 緑の子供は実はカエルでした。 ある夏の暑い日 やんちゃなカエルは遊びに夢中になって迷子になり へとへとになって干からびそうになっているところを 娘に助けられたのでした。 以来、人間の仮の姿となって娘のところにおしかけ一生懸命娘のために働いているのでした。 突然、「弟子にしてくれ」とやってきた緑の子に娘は驚きましたが、 その子に身寄りが無いと聞いて気の毒に思い、自分の手元に置くことにしました。 両親がいなくとも、世話になった老治療師がいなくとも 娘はもう一人でさびしい思いをしなくてすみます。 夏のはじめのある日 娘と緑の子供は可憐な白い花を咲かせる薬草をつみに野原へと出かけました。 娘はその白い花の薬草を扱うのがとても上手でした。 その薬草は香りもよく、どんな病気にも効き、 娘の手によって加工され、村人のために使われます。 二人は背負ってきた籠いっぱいに薬草を摘み終わると 野原を横切って流れている小川に足を突っ込んでばしゃばしゃと遊び始めました。 薬草の甘い香り、草いきれのする中、 小川の水は冷たくて気持ちがよく、二人の周囲に勢いよく跳ね上がりました。 きゃあきゃあ陽気にはしゃいで遊んでいる二人を遠くから眺めている若者がいました。 この若者は村の出身で、長い旅に出ていたのですが、その旅も終わり村へ戻る途中でした。 「なんて美しい娘なんだろう。どこの家の娘なんだろう。はて、でも知っている顔のような気がする。」 若者が娘のことをわからなかったのは当然でした。 若者がまだ見ぬ海にあこがれて村を旅立ったころ、 娘は老治療師のもとで修行中でほんの子供だったからです。 若者が旅に出ていた数年の間に娘は美しく成長していたのでした。 村へ戻った若者は村人から「白の譲さん」の話を聞きだし、 あの治療院の小さな子供が、小川の娘であったのかと娘の成長振りに驚きました。 それからというもの若者の心の中は娘のことでいっぱいになりました。 すんなりした手足、陽気な笑い声、 小川でスカートの裾をつまんで無邪気に遊んでいた娘の姿がすっかり若者の心に焼きついてしまいました。 若者は旅の途中でみつけた珍しいものなどを持って娘のもとをたずねるようになりました。 病気でも怪我でもないのにやってくる若者に、最初娘は怪訝に思って、よそよそしくあしらっていましたが 若者が力仕事の手伝いを申しでて、丁寧に仕事をこなしたり 見たり聞いたりしたことのない珍しい外の世界の話をしてくれたりするうちに だんだんと心を開くようになっていきました。 ずっと村の中で暮らしてきた若い娘にとって 外の空気をまとった若者はとても新鮮でどこか惹きつけるものがありました。 そんな娘の様子をみていた緑の子供は娘に気づかれないようにそっとため息をつくのでした。 娘と緑の子供が 仕事部屋で、薬草を束ねたり乾燥させるために天井に渡したロープにつるしたり そんな仕事をしていたある日、 ひょいっと若者がやってきました。 若者は娘に結婚の申し込みにきたのです。 「私はきっとあなたの助けになります。」 娘には若者の胸は広く、とても頼もしく思えました。 部屋の中にはむせるほどの薬草の甘い香りが漂っていました。 娘と若者は婚約をかわし ほどなく村中にそのことが知れ渡りました。 結婚したら村を去ってしまうのではないかと心配する村人もありましたが 「大丈夫。私はこれからもこの村にいて治療師を続けます。安心してね。 村やみなさんは私にはとても大切なんですもの。あの人もわかってくれてます。」 と娘は笑って村人に話すのでした。 娘は結婚の支度でにわかに忙しくなりました。 その支度を緑の子供も手伝っていました。 時々子供は不安そうな瞳で娘をみつめました。 そんなとき 「大丈夫。あなたは私の可愛い弟、家族ですもの。ずっと一緒よ。」 といって娘は子供を引き寄せてやさしく抱きしめるのでした。 空がいちだんと高くなり、涼しい風が野原や山を渡ってゆきます。 娘と若者の婚礼の日がだんだんと近づいてきました。 ところがどうしたことでしょう、若者の心がそわそわしだしたのです。 自分の妻になるはずの娘は美しく賢い。 決して豊かではないけれど、この村で一生懸命働けば 十分に暮らしてゆけるだけの食事と衣服は得られるだろう。 けれども何かが足りない。 この穏やかに時間が流れてゆく村での生活には何かがが足りない・・・ かつて海に憧れ旅にでて、海に魅せられた彼の心は、また海を求めるようになっていたのです。 その気持ちは日ごとに高まり、自分でもどうすることもできなくなってゆきました。 悲しそうな瞳を向ける娘を説得して 一年たったら帰ってくるという約束で若者はまた海へと旅立ってゆきました。 約束を信じ、娘は若者と一緒に行きたいのを我慢してじっと待つことにしました。 心の優しい娘は困っている村人を置いて旅に出ることなど考えも及ばなかったのです。 冬が来て、春が来て、 そして可憐な白い花をつける薬草を摘む季節がまためぐってきました。 この季節が過ぎれば、約束の一年がやってきます。 娘は気持ちが浮き立つのを抑えられず、 鼻歌を歌いながら薬草摘みに励むのでした。 伸びたススキの穂をやさしく風がゆらし とうとう約束の一年がやってきました。 娘は来る日もくる日も「ただいま」と帰ってくる若者の姿を待っていましたが なかなか若者は現れませんでした。 やがて山の木々が赤や黄色にそまり、その葉も落ち、 白いものが空から降ってきても若者は現れませんでした。 旅の途中で何かあったのだろうか? 娘の心は若者を心配する気持ちでいっぱいになりました。 心配するあまり食事も喉を通らなくなり少しずつ元気がなくなってゆきました。 緑の子が娘を元気づけようと栄養のあるスープを心をこめて作りました。 「ありがとう。あなたに心配をかけてしまったわね。 あの人が帰ってきたとき私が病気になっていたんじゃダメよね。 あなたの言うように元気にならなくっちゃ。」 そういって娘はスープを口にするのでした。 また冬がきて、春が来て 一年が過ぎてゆきましたが、若者は帰ってはきませんでした。 それでも娘は若者を待ち続けましたが、いくら待っても若者は姿を現しませんでした。 娘はだんだん疲れ、弱り、とうとうベッドに臥せこんでしまいました。 もう村人の治療どころではありません。 「元気を出して、あなたのそばにずっと僕はいます。」 そう言って緑の子供はかいがいしく娘の身の回りの世話をしました。 そんな子供を娘はありがたく、またいとおしく思うのでした。 子供のためにも心配してくれている村人のためにも元気にならなければと娘は思いましたが 若者を想う気持ちが強く、娘はますます弱ってゆくばかりでした。 やがてある噂が風にのって村に伝わってきました。 若者は目指す海にたどりつき、海の向こう側に渡って、そこである娘と知り合って結ばれ 海辺の町で暮らしている と。 娘の心は張り裂けそうでした。 もうベッドから起き上がる力はどこからも沸いてきませんでした。 「スープができましたよ」 お盆にお皿を載せて緑の子供がノックして娘の部屋のドアを開けると ベッドに娘の姿がありませんでした。 驚いた子供は家中捜しましたがどこにも娘の姿が見あたりませんでした。 外も探しましたがやっぱり娘の姿はありません。 冷たい秋の風が足元を通り過ぎてゆきます。 「白の譲さま、どこへ行ってしまったの?」 緑の子供はそこらじゅう探し回りました。 ふと家のそばの池のほとりをみると、そこに白い花が一輪咲いていました。 あの薬草です。 この季節に咲くはずのない白い花。 ああ・・・子供はその花が娘なのだと思いました。 「嬢さま・・・・嬢さま・・・・・!」 子供は花に駆け寄ってゆきました。 花に触れるとわずかな暖かさが指の先に伝わってきます。 「・・嬢さま・・」 子供はがっくりと両手を地面につけました。 「神様・・・どうかこの先、これ以上嬢さまが悲しい思いをしないですむようにしてくださいまし。 お願いです。このまま静かにすごせるようにしてくださいまし。」 ぽとぽとと子供の涙が地面をぬらしました。 「あなたのそばにずっと僕はいます。」 最後に子供は言いました。 夏の初めに咲く白い花の薬草は、娘の姿が見えなくなって以来 その花を摘むと、むせるようなひどい匂いを放つようになりました。 すばらしい効き目があるのにもかかわらず人々はだんだんとその薬草には近づかなくなりました。 池のほとりに咲く白い花はどういうわけか一年中枯れることなく咲き続け 村人に珍しがられはしましたが、匂いのお陰で摘み取られることもなく やがて誰にも見向きもされなくなり、 何事にも煩わされること無く静かに時をすごしていました。 神様が緑の子供の願いを聞き届けてくださったのかもしれません。 その花にはいつもひっそりと一匹のカエルが寄り添っているのでした。 治療師を失った村はだんだんと人が外へと移ってゆき、やがてすたれて山に埋もれてしまいました。 あの若者は、海辺の町にもついには落ち着くことは出来ず、 妻を残してまた海に乗り出し嵐にあって行方知れずになったということです。 おしまい ![]() |