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解雇通告されたものの心の中は至って冷静だった。むしろ新たなるバンド結

成に向け心は熱く燃え上がる一方だ。ただ、“クビ”ということになった事

実を家族に言うのがなんか嫌な気分だったのかな。心配させたくないし、心

配してもらいたくもなかったし。でもなんかそれをちゃんと伝えた記憶があ

んまりない。というのも、そういう事に一番大騒ぎしそうな祖母が、ちょう

ど同じ時期に長年務めていた“詩吟の先生”をいろいろな事情が重なって辞

めるということで大騒ぎしていてくれていて、家族の話題の中心からは上手

くそらす事ができたのだ。これも俺の運の良さか…。まぁ、親父にはマネー

ジャーからちゃんと話しをしていたみたいだけどね。あえてそのことには触

れないでいてくれたのかな?



新バンドの方は、リハーサルも順調に進み、いよいよ1stライブが押し迫

っていた。そんなある日、リハーサルを終えたあとドラムのきんちゃんを伴

ない、荷物を引取りに目黒のホリプロに向かった。その頃ホリプロの社屋は

IT化に向けた改装工事を終えたばかりでピカピカになっていた。今までの

雰囲気と変わっていたし、なんか悔しかった。もうここには俺の居場所はな

いんだなって思ったね。マネージャーからデビューからの資料が一式入った

ダンボール箱を受け取り、誰に挨拶するわけでもなく、ホリプロを後にした。

その後、きんちゃんと渋谷のシーサーズでお酒を酌み交わしたが、その時に

きんちゃんが横にいてくれた事が本当に心強かった。「よし、やってやるぞ

!」って気持ちに切り替えることができた。



1997年3月27日。ホリプロ契約終了まであと4日。新バンド「片山誠

史 & The Little Strait Band」の1stライブを辻堂ステージコーチで行

った。お披露目ライブという事もあって、たくさんの人が来てくれた。嬉し

かったし、楽しかったし、来月からフリーになってもこのメンバーでやって

行くという自身が持てた。名前は80年代から90年代のアメリカカントリ

ー界を代表する歌手“George Strait”の名前から取り、彼のように純粋な

るカントリーを貫いていこうという心意気を表してみたつもりなのだが。。。



こうして、約4年間に及ぶホリプロ時代は幕を閉じたのである。まったく花

を咲かせることなく終わってしまったけど、その頃体験したことは、良い事

も悪い事も本当に貴重だった。今後は「天下のホリプロで売り出したけど、

まったく売れなかった歌手」というレッテルが付いてくるわけだけど、そん

なのは軽く吹き飛ばすようなパワーがその頃にはあった。まだ20歳だった

しね。
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