makoto051002.jpg
line.jpg
makoto051003.jpg
1996年秋。一応、華々しくデビューしてから3年が経っても、たい

して仕事もない日々が続く。2年間続いたラジオ番組も終わってしまい、

その代わりにとディレクターが紹介してくれた平塚のコミュニティーFM

「ナパサ」での番組が唯一の定期的な活動になった。実際はボランティ

ア状態で事務所への利益はまったくないわけなのだが。。。



その頃から事務所に行くたびになんとなく回りの視線が冷たく感じられ

てきた。毎月給料はもらっているけど自分自身の稼ぎは全くない状態が

続いている。「これからどうなるんだろう?」なんて他人事のように自

分の事を思っていた。小さなライブハウスで演奏する時やイベントに出

演する時はひとりでやるか、サポートミュージシャンとふたりで、とか

そんなのばかりだった。だいたいカントリーなんてひとりかふたりでや

ったて面白くもなんともない。まして、歌もギターも中途半端な俺では

なおさらだ。



そんな時に心の奥底でフツフツと湧いていた思いが“バンド結成”。実

はその年の1月にデビュー当時サポートしてくれていたメンバーを久々

に集めて親父の店でイベント的なライブをしていたのだ。その時の気持

ちよさがずーっと心の奥底に潜んでいたのかな?「やっぱバンドでやる

のはイイな!」ってね。当時は日本のカントリーの世界では最年少だっ

たと思うし、カントリーバンドと名打っていたバンドはオッサンバンド

しかなかったので、若いミュージシャンさえ見つけ出せば面白い方向に

行くのではと思っていた。ドラムとベースは運良く近場にいたのだけど、

ギタリストがまったく見当がつかなかった。その頃から密かにリサーチ

を開始。色んな人に聞き歩く日々が始まる。



そんなことを考えている時にマネージャーと今後について話す機会があ

った。バンド結成の件には渋い顔だ。まったく仕事のない俺がバンドを

抱えるなんて事務所にとってはありえない事なんだろう。でもこのまま

じゃいけないということで、パートナーを見つけて2人ユニットでも作

ったらということになった。まぁそれはひとつの意見として心にとどめ

とりあえず一番大事なリサーチ作業を継続。そんな中、銀座のライブハ

ウス「ロッキートップ」に行った時に「千葉に若いヤツがカントリーや

ってるよ」との情報が耳に入るのである。
<<前へ 次へ>>
「片山誠史物語」TOPへ
line.jpg
makoto002007.jpg
Copyright (C) SEIJI KATAYAMA All Rights Reserved.
makoto051001.jpg