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音楽活動は親父と高校に入学してからとの約束通り少しずつ始めた。とい っても親父のバンドで何曲か歌うだけだが。初めてステージコーチ以外で やったのは横浜公園での屋外イベントだった。どんな内容なのかは覚えて いないけど、不特定多数の人の前でやって気持ちよかったという感覚はハ ッキリ覚えている。そういったイベントはたま〜にしかなかったけどステ ージコーチでは歌わせてもらう事が徐々に多くなってきた。そんな中、銀 座にあるカントリーのライブハウスの老舗『ナッシュビル』にも親父が出 ている寺本さんのライブに顔を出すようになると、寺本さんがステージに 呼んでくれて1曲歌わせてもらったりもした。嬉しいような恥ずかしいよう な感じだったけどナッシュビルのお客さんはステージコーチの比じゃなか った。濃すぎるって感じかな。 その他にもいろいろなイベントやコンサートがあると積極的に足を運んで いた。特にたくさんのミュージシャンが集まるようなコンサートには絶対 行っていた。そういうところで小坂一也さんやジミー時田さんなどの大先 輩達にも紹介してもらい片山の息子だという事で覚えてもらった。高校1 年生でカントリーが大好きで歌っているという事で皆さんにチヤホヤされ ていた。この時ほど親がカントリーミュージシャンで良かったと思った事 は無かった。 あるコンサートでの事。出演者は小坂さん、ウィリー沖山さん、ジミーさ んそして寺本さんの4名。俺は客席で見ていたのだが、後ろにうるさいお ばさんがふたり座っていた。聞こえてくる話を聞いていると、昔はジャズ 喫茶や日劇などによく行っていたそうで、なんでも今日が何十年ぶりのコ ンサートでかなり興奮しているらしいのだ。コンサートが始まり少しは静 かにはなったが、こそこそと心の中で思っていれば良いのにと思う事を語 り合っている。「やれ老けたのなんだの」と。でも感動的な幕切れが。コ ンサートが終わり後ろを振り返るとふたりして感動の涙を流していたのだ。 これには俺も感動したし、60歳にもなっても好きな事をやっていて、お 客さんをこんなにも感動させることのできる人は凄いなって。『俺もこん なふうに年を取りたい』と思うようになった。 そんなある日、運命の日がやって来る。親父から「誠史、今度のナッシュ ビルの時にホリプロの人が来るからちゃんと練習しとけよ」と言われ「う ん」といってみたはものの意味がわからなかった。「寺本さんのライブに 遊びに来るだけでいくらそこで俺が1曲歌ったところでどうなる事でもな いだろう。」と思っていたけど、その日が近づくにつれそのホリプロの人 は俺の事を見に来るという事が判明。焦ったね。そこの人たちが何で俺ご ときを見に来るんだろう???音楽活動をはじめてからまだ半年くらいな のに何故って。その音楽活動といってもたいしたことは何もやっていない し…決して歌にはハッキリ言って自信はないし…と不安の方が強かったと 思う。どうせダメだろうから、なるようになれ〜って感じだったね、その 時は。 |
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