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いよいよ初めての外国に到着。すべてが初めての事ばかり。英語のわから

ない俺にとって最初の難関が入国審査だ。間違っても「レコーディングで

来た」とか言ってしまったら面倒な事になるからね。一緒に行ったレコー

ド会社の人の次に並んでいてフォローしてくれたのだと思うけど、日本人

の本能でもある“とりあえず笑顔作戦”でなんとか乗り切った。そしてシ

カゴから憧れのナッシュビルへ向かった。



現地時間の昼頃、ナッシュビルに着くと先行していたスタッフと合流しホ

テルへ向かった。移動中の景色を見て看板も標識も全部英語だし無駄に区

画も広く、まさに「アメリカだ〜」と感激した。そしてこれから10日間

お世話になるホテルに到着し荷物の整理等々。ホテルでひとり部屋に泊ま

るのも初めての体験だった。しばらくすると部屋に果物が届いた。後から

現地のスタッフからの差し入れだと知ったのだが、その時はホテルの人が

いきなり来て英語で訳のわからん事を散々言った挙句その果物を置いてい

ったので、まったく意味がわからないで爆弾でも仕掛けられてんじゃない

かと思ったほどだった。その後現地のスタッフ等に挨拶回りをして、夕食

の時間。若いからたくさん食べるのだろうと思われていたと思うのだけど、

ステーキを食べに行ったらすげ〜デカイのが出てきた。その日はあまり食

べていなかったから何とか残さず食べられたけど、お陰でたくさん食べる

奴だと思われてしまった。(翌日から夕食の量は地獄だった。)



そして翌朝、朝食を食べようとホテルの1階のレストランに行こうと部屋

を出た時、清掃スタッフが廊下にいた。「グットモーニング!〜」と元気

よく声をかけて来て、また英語で訳のわからん事を言ってきた。どうやら

もう出かけるのかという事らしい。仕方が無いのでツタナイ英語で手振り

を交え「食事に行くだけだ」と伝えたつもりだったが、帰ってくると綺麗

に部屋が片付いていた。俺の英語はツタナ過ぎた。「やべ〜チップ置いて

無かった。殺されるかも…」とチップを置いてなかった事を必要以上に心

配した。その事を日本人のスタッフに話したら大丈夫だよって事で安心し

たけど、その清掃スタッフに会うたびに恐怖を覚えていた。



いよいよスタジオに行き初めてのレコーディング。予定通りオケも出来上

がっていて歌入れ開始だ。最初に録ったのは拓郎さんの楽曲『おやじが嫌

いだった』。歌唱力も向上していなかったから、そこで初めて自分の歌を

聞いた時には「こんなので大丈夫なのか」と心配もした。スタッフが歌っ

ていた仮歌の方がよっぽど上手かったと思う。何回か歌って、変なところ

だけ直したりしてやっとの思いで1曲終了。まだ時間はあったが初日とい

う事もあり早めに終了した。そしてナッシュビルのダウンタウンへ。右も

左もわからなかったので、スタッフに連れて行かれたところに行くだけだ

った。はじめ想像していたほど街全体がカントリーしてたわけじゃなかっ

たけど、随所にそういうのがあって興奮したね。



翌日もスタジオでの歌入れその日から1日2曲ずつのペースで合計11曲

録音した。その5日間のスケジュールは『ホテルで朝食〜スタジオで2曲

録音〜街に出て夕食〜ホテルに戻る〜大人は夜の街・俺は部屋で一人ぼっ

ち』という流れであった。当時16歳。夜の街へは連れて行ってもらえな

かったね。でもテレビはカントリーの専門チャンネルがあったりして部屋

にいる時はずっと見ていた。まだ女よりもカントリーと思っていた時代だ

(???)
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